<思惑と狂乱>
信仰都市、そこでは大昔から強大な力を持った人間が百年に一度現れる。
かつては絶大な力を持った魔術師、または全てを見通す予言者。又あるときは、一振りの刀で万の敵を屠った恐るべき鬼人など、ここ信仰都市では本来、あり得ないことが歴史の分岐点に度々起こる。
そのなかには常人では辿り着けない境地に至る者も存在したという。そういった、人間に対する祝福と呼ばれるものもあれば、災害と言われる自然に関する事象もいくつか記されている。
空から降り注ぐ赤き雨に触れた者は僅か三日で見るも無惨な姿になって絶命するという未知の病気に、突然人に襲いかかり、その喉を噛み千切り、内臓を啜る者が現れたりなど、かつてこの都市では混沌が蔓延っていた。
そこで人間は分かりやすく、神にすがることで救いを求めた。教会の信じる神は我々に何も与えてはくれない。ならば、我等で新たな神を信仰しようと生まれたのがこの都市だ。
最初は気を紛らわす程度だったろう。不可解なことが起きれば神に祈り、当たり前の平穏を1日だけでも過ごすことが出来たなら神に感謝した。
それだけでも人間は大きく変わる。
勿論教会との対立は凄まじいものであった。しかし、一人の人間の手により、教会から派遣された総勢1500人、全てを無手で葬った。
血にまみれた歴史はあまり遺されてはいないが、それでも当時の劣悪な環境は見てとれた。
神に祈り捧げて三百年経った頃だろうか。ある日、その都市に一人の老人が訪れた。
かつては山に囲まれ、辺境の地であった為、旅人など滅多に来なかったらしく、村は総出でその老人をもてなした。
一宿一飯、僅かそれだけだったという。
この村に訪れた老人はふと気づいた時には数多くの巻物を残して消え去っていた。
1から100までの数が割り振られたその巻物は当時の人間達にとっては不思議な物であっただろう。
だがその十年後、村で唯一の学者はそれが未来を示した巻物であると知る。
その巻物一つに書かれた文字はこれからこの都市に起こることを十年分記していた。断片的ではあるが、それは十年前から今日に至るまでの災害などを記していたと気づいた時の衝撃は凄まじいものであったろう。
だが、その巻物のおかげで今まで不規則に起こり、多くの被害を出していた災害を最小限に抑えることが出来るようになっていた。
そして、学者が何者かに暗殺される僅か一日前。村中が歓喜に溢れる。
『祈りは届き、彼の地にて降臨せん』
難解な文字であった為に解読は困難を極めたが、それを知った学者は直ぐに村長へと報告し、瞬く間にそれは村中に知れ渡ることになる。
ようやく我等の願いは届いたのだと、これで永遠の平穏を手にいれることが出来ると、それは大層喜んだことだろう。
―――だが、現実は更に試練を村人に与えた。
巻物の解読に勤しんでいた学者は何者かの手により殺され、それを期に予言を知ることが出来なくなった村人は長らく忘れていた混沌を味わうことになる。
しかし、学者が読みといていた神が降りるその日まで耐えて、耐えて、絶望を乗り越えてきた。家族は死に、愛人は世界を呪いながら死んでいっても、自分だけは、自分だけはと神を信じて生き延びてきた。
そして、遂にそのときは訪れる。
───その日、夜が訪れても太陽は有り続けたという。
明らかに昼を過ぎ、太陽は沈んだ。だが、突然空には煌々と輝く太陽がこれでもかと存在を強調していた。
神が降りた日、その日は永遠に語り継がれるべき約束の日だ。
人間が空から舞い降りた神と契約し、年に一度の生け贄と共に、この都市を襲うありとあらゆる災厄を退ける。
一人の犠牲と、百を超える犠牲など、比べるまでもなく一人の犠牲を選んだ。
書物には当時の状況が鮮明に、そして───残酷に記されていた。
『貴方は、自由になってね』
私の大好きな人はそう言って最後まで使命を全うして死んでいった。誰も止める者は居なかった。目の前で朽ちていく一人の女性に手を差しのべようとしなかったのだ。
人には罪がある。
―――私には、罪がある。
血に濡れたこの手と口では、誰にも愛されない。
「...ぁ」
目が覚めると、いつも見慣れた天井があり、僅かに差し込む月明かりが部屋の一部を照らしていた。
いつもと変わらない部屋、いつもと変わらない光景、だが、心は違った。
気を失う直前まで暴れていた少年の顔が頭から離れない。少しずつ狂っていく様子が忘れられないのだ。
「っ...!」
咄嗟に痛みを感じた左腕を見ると、そこにはどす黒く染まる痣のようなものがあり、雫はそれを見ると大声で叫ぶ。
「どこ!どこで、こんなことに...!!」
辺りを見渡しても何も変わらない。そこにあの少年が居るわけでもない。
「何で...どうしてなの?こんなの、酷すぎる」
この痣はアカツキの中にあった力の一部を引き取って出来たもので、雫には直接の害は無いがこの本体、アカツキの中にある神器が暴走した時に大きく変色する。
人の肌とは思えない程に染まった漆黒の痣はすなわち、アカツキに起こっている異常事態を知らせてくれる。
「雫様、どうかなされましたか」
「ネオ...?どうして貴方がここに居るの。ううん、アカツキさんは何処なの!貴方なら知ってるでしょう!!」
「あの方なら今は私共の保護下で...」
この場でも平然と嘘をつく少年の眼前に雫は変わりきった左腕の痣を見せつける。
雫とて彼等を信じていない訳ではない。むしろ毎日掃除から何から色んな所で手伝ってくれることに感謝してすらいる。だが、彼等は決まって危険なことに雫を合わせたがらない。
僅かでも雫に危険な事が及ぶのならそれを許さず、平気に嘘をつく。
「私だって学ばない訳じゃありません。この痣はアカツキさんの容態を表しています。すぐに連れていって下さい」
「...出来かねます」
「私が連れてってと言ってるんだから...ぁ、違う。何でもない。早く連れてって下さい!!」
命令は駄目だ。命令をすれば彼等は従うが、それは物として扱うことになる。この少年は生きていて、機械ではない。
「命令でしたら、お聞きしましょう」
「っ......!」
それを見透かして彼等は選択を迫る。それを出来ないと知っていて雫に命令ならばと言う。
「お願いだから...。早くしないとアカツキさんが死んじゃうの!!」
「失礼ですが、一言。雫様とてあの者が災厄の子であるとご存じでしょう。別世界から来訪せし黒髪の少年、人ならざる力を有する者、と」
「だからって見捨てることは出来ないって貴方も知ってるでしょ!お祖父様に育てられた貴方なら!!」
「私を拾って下さったダオ様には感謝しております。だからこそ、雫様を危険から遠ざけるのです」
無駄だ、このまま話していても決着はつかない。命令をすれば一刻も早くアカツキの下へ迎えるだろう。だが、そうすればネオの人間性を否定することになってしまう。
親からの愛情も得られず、拾われた先では雫の為に命を賭けるという使命に縛られて、道具のように命を捨ててしまうことが出来るまでに人間を捨てたのに、その命を賭ける人間にすら道具として扱われてはあまりにも報われない。
『無意味な話し合いだ、体を借りるぞ。雫よ』
己の中に響き渡る声が一方的に体の支配権奪い、満月が雲間から覗くと同時に雫の体に異変が起こる。
それに共鳴するように境内に白い霧が立ち込める。
「まさか...。まだ二日なのに」
雫の瞳が澄んだ青色から赤く燃え盛る炎のように染まり、髪が恐ろしいまでに白く透き通っていく。
「―――今は機嫌が悪い。願いを聞く気はないぞ、ネオ」
「......。は、お目覚めになられましたか」
一瞬の躊躇いの後に少年はこの都市で信仰する絶対の神の前に跪く。頭を垂れて、決して機嫌をこれ以上損なわせないように。
「今更頭を下げた所で何が変わる。お前がすべきことは私を奴の下へ連れていくことだけだ」
「御意」
決して逆らうことのできない存在、この都市の象徴にして、これまで教会が信仰都市に手出しできなかった理由の一つ。
異邦の地にて、絶対的な神として知られ、知らぬものは居ないとまで言える崇め奉られた存在だ。
「頭を貸せ。どこに連れていかれたかは分かるじゃろう」
「死の牢獄、最下層にて暴走状態だと知らされております」
ネオの頭に触れると、雫の体は淡く光り、その少年の記憶を下に扉を開く。空間という絶対の法則を無視した魔法だ。
記憶にあればたとえ何処だろうと道を繋ぎたどり着く。
「大方あれを無理矢理引きずり出し、心に張った根ごと取り除くと考えたのだろう、大馬鹿者が。あれを祓うなどと、私でも無理だと言うのに」
「は...ぃ?」
おかしい。聞いていた話とは違う。彼がダオから聞いていた話では、あくまで表面を取り除いただけ。全てを祓うにはそれ相応の準備が必要であっただけで...。
「全てを出しきれば祓うことが出来るのではないのですか!?」
「行ってみれば分かるだろうよ」
そして、ネオの記憶を下に死の牢獄へと道を繋ぐ。二人の目の前に赤い門が出現し、この先にアカツキが投獄されている死の牢獄に続いている
「...そんな」
扉を渡った二人の眼下に広がった光景は予想もしていなかった惨状であった。
どんな凶悪犯だって逃げ出すことの出来ない魔力を奪う牢は許容量を大幅に超えて暴発してしまったのか、鉄格子の残骸だけが転がる。
「遅かったか」
ネオが周りに倒れる仲間や残骸に目を奪われている中で、彼女だけは別のものを見ていた。
「ネオよ、構えろ。あれに捕まったら無事では済まないと心得るのじゃ」
「...っ。分かりました!」
辺りの惨状に気を取られていたネオが臨戦態勢に移り、同じく地下へと続く階段へ視線を移す。
ズルズルと奇妙な音を立てながら何かが引きずられながら近づいてくる。それ同時に深く充満した血の臭いが鼻孔を麻痺させる。決して馴れることなどない、人の血の臭い、それが意味するものに半ば思考に蓋をして小刀を取り出す。
「ァゥ...ビャ」
聞き取ることが困難な低く、おぞましい声が地下深くから聞こえてくる。それは少しずつ上へ上がってたが、途中でそのおぞましい声と奇怪な声が止まる。
「止まった...?」
「―――避けろ!!」
ネオに生じた一瞬の油断、それを見逃すことなく記憶を食らう化物は階下から飛び上がり、大きな口を開きながらネオ目掛けて突っ込んでくる。
不意打ちの攻撃だが、それをネオは間一髪の所で右に逸れることで回避する。狐の仮面がカランと音を立てて床に転がり、それを踏み壊しながら化物はようやくその醜悪な肉体を見せる。
「別離じゃな。アカツキの体から完全に引き剥がされている、そのような常識破りな技など聞いたことないがな」
そもそもアカツキの肉体と半ば融合しかけていたのだ、それをアカツキから切り離したり、消滅させようものなら融合しかけている体にも莫大な負担がかかり、数刻も待たずに絶命する。
それを危惧した雫の手により、表面に出てきたメモリアを自身の左腕に移すことで、メモリア本体、つまりはアカツキの体に大きな異変が起きた時に迅速に対応できるようにしていたのだ。
「しかし、今は既に主を無くしたのなら!!」
「そもそもの問題じゃ。考えてもみよ」
少女がため息を吐きながら右腕を振る。それだけの動作でその華奢な右腕は荒れ狂う火炎を纏い、その腕には白く燃え盛る炎の剣が握られる。
「―――神が産み出したものが、悪のはずがなかろう」
神器とは、太古の昔に唯一の神によって産み落とされた13の武器。その存在は神と同等の扱いを受け、世界によってその力が如何に悪用されようと人々が信仰する神のように『善』を象徴する。
そういう風にプログラムのようなものに組み込まれている時点で、神器によって生ずる多くの物質、現象は『善』に値する。
「巫女の力は悪しきものを祓うもの。それが人によって善きものであれば、祓うことなど出来ん」
「あれが...我等人間の『善』なのですか」
矛盾した解答に頬に汗を流しながら立っている少年の瞳の先には体から無数の闇をボタボタと溢しながら四つん這いでこちらを見て不気味に笑う口だけの化物。
それが目の前の人の記憶を噛み砕かんとその醜悪な口を歪ませる。
「人にとって大事な存在、それは必ず存在する。その部分だけを喰らうことで、記憶に重大な欠損が生じる。そうして狂っていくのだろうな。―――忌々しい」
その忌々しいと罵る対象は既に世界の法則によって『善』に組み込まれている。悪しきものを祓う巫女の力では、決して倒すことは不可能だろう。
「これも全てアカツキの体に神器を組み込んだ者の思惑か」
「全てが仕組まれていたと言うのですか」
「そうでもなければ、こんなに下卑た嗤いを見せるはずがなかろう」
体を左右に揺らしながら嬉しそうに嗤う化物は口から涎のように闇を流しながら、まずは少年へと焦点を定め、その巨体に見合わぬ速度で喰らう為の活動を再開する。
「―――話は最後まで聞くものじゃぞ、化物」
その巨体は自身よりも小さな少女の蹴りによって、壁際まで吹き飛ばされ、その下卑た嗤いを見せる顔面を白き炎が瞬く間に飲み込んで、荒れ狂う業火がメモリアの体を燃やす。
「私はあくまで『巫女の力』では対抗できないと言ったのだぞ?」
焼き焦がされた顔を修復しながら金切り声を上げる化物、地下に響き渡る奇怪な音が殺すための戦いの合図となる。
......。
どこまでも暗い。そして、どこまでも果てしなく深い闇の中だ。落ちていく、終わりなき闇の中に永遠に落ちていく。
『......』
魂だけの状態で永遠の闇の中をただひたすらに落ちていく。それが終わることなど決してない。これは終わりがない。そして、始まることもない。
外に出ることも、ここから一歩だって別の場所に行くことも出来ない。
どこまでも空っぽで、終わりのない深い、深い闇をひたすらに落ちていく。
『メモリア』
その中で、忘れられない少年の名前を呼ぶ。同じ世界で生まれ、同じ世界で死んでいった悲しい運命の果て神器へと辿り着いた少年の名を。
『サタナス』
それは悪魔の名前。かつて世界を破壊せんと力を振るった人間の名前でもある。――――――の為に悪になることを選んだ悲しき男の名前だ。
どちらも同じで、変わらない存在だ。
どこで道を間違えた。ただ幸せな人生の終わりを望んだ僕らをどうして世界はあんなにも残酷な別れと絶望の終わりを与えた。
『ありがとう、アカツキ』
闇に落ちていく意識の中で、アカツキはいつの間にか目の前で同じ様に落ちていく白髪の青年を見た。
『おかげで目が覚めたよ』
その青年との約束を覚えている。次に会ったときは話をしてくれると。―――その約束は、知りたくもない記憶と共にアカツキに与えられた。
「...ぇ」
数えきれない程の死、世界の歪さと残酷さ、幼い子にも手を掛ける狂った男、有りもしない神を称える無数の人々。草花が生い茂る原っぱを駆け回りながら走る二人の子供と、焼け焦げた臭いが充満する赤き大地で世界を呪う一人の少年。
『狂っているんだ、壊れているんだよ』
「ぅ.....。そ」
泣きながら許しを乞う男性の頭を非情に打ち砕いた青年の手と、羽をもがれて地に落ちる人のような生物。空では闇と光が交錯し、幻想的な世界の下、そこで地の底から現れる闇と共に一方的な破滅と虐殺が引き起こされる。
「...嫌だ、こんなの」
『あの神父と出会って、ようやく僕がどんな人間だったか思い出した』
泣いてなどいなかった。失われていく命に悲痛な顔で闇が蹂躙していくのを見ているのではなく、―――笑いながら、人の死んでいく様子を見ていた。
どこまでも空虚で、底の見えない悪意が世界を包み込んで、崩壊が始まっていく。
『メモリアとの分離は予想外だったけれど、今の僕でも君の体の支配権は奪える』
「渡さない。今のお前には絶対にだ」
真っ逆さまに落ちていく闇の中で二人は言葉を交わし会う。
「お前はまだ本当のことを言っちゃいない!お前は話してくれるって言ったんだ、こんなのは話し合いじゃない」
『知りたかったんだろう?僕のことも、君のことも』
教えてあげよう、と言って青年はアカツキの頭を右手で掴んだ。それと同時に流れ込んできたのはアカツキにとって見覚えのない景色と、冷たくなった体を抱き締める自分に似た男の悲痛な叫び声。
忘れてはいけない。
―――私は愛するべき者を失った。
誰かの願いが聞こえる。この声は紛れもなく自分と同じ、アカツキその者の声だった。けれど、今のアカツキとこの声の人物は決定的に何かが違う。
―――願わくば、君は失わないで欲しい。
「―――アカツキ、君は幸せに生きてくれ」
とても優しくて、とても悲しい瞳をした男の願いが体を突き動かす。記憶を一方的に流れ込ませ、アカツキの体を奪おうとするサタナスの強大な力に抗う為の力を与えてくれる。
「いつか、また会おう」
神器の魔力がアカツキの体を奪おうとするサタナスを弾き飛ばす。
―――いつだってそうだ。
この神器はアカツキの為に力を貸してくれた。一度も拒否などはしなかった。全部、アカツキを悲しませない為に力を振るい、時には守るためにその圧倒的な力を貸してくれた。
「サタナス、お前には渡せない」
手に握った一振りの刃がサタナスの体を切り裂き、闇に溶かしていく。
『くそ...くそ、くそ、くそぉ!!』
「俺はおまえを信じてる。優しいお前を信じてるんだ、だからどうか。―――救われてくれ、サタナス」
その刃を握るアカツキの瞳には涙が滲み、やがて大きな一つの粒となって流れ落ちる。
流れ落ちた涙は落ちていく世界で唯一上に昇っていく。誰も悲しまないように、誰も苦しまないで済むようになって欲しい。そんな願いをこめて涙は上へと昇っていき、闇の世界を浄化していく。
最後に見えた景色は楽園のような花園で満足そうに微笑む紫色の髪をした一人の女性の姿。
たとえ今は手が届かなくても、絶対に救いだしてみせる。だから待っていてくれ。――――――いつか、また会う日まで。
......。
「おはよう、よく眠れたかしら」
目が覚めるとそこは真っ暗な牢獄でもなければ、あの神社の中でもなく、夢のような楽園でもない。
明るすぎでもなくて、暗すぎでもない薄暗くて、落ち着く場所だった。
「どうして、俺は」
アカツキは自我の崩壊を覚悟で胸の奥で燻る強大なメモリアの力を解き放った。そうすることで突破することは不可能かと思われた牢を破壊し、残った意識で彼女から離れて暴れまわるはずであった。
そうすれば誰もがアカツキを殺すために夢中になるはずだった。たとえ正義とは認められなくても、助けるために力を使った彼女を脱出させ、メモリアの力が如何に誰かの手によって弱まった所で体を取り戻すというあまりにも無謀な手段に出た。
だが、彼女はアカツキと同じ部屋に居る。そして、周りには誰もアカツキを殺そうとする者など居ない。
「生きてて良かった。あんな無茶はもうしないで」
「...お前、は」
牢の中に居た時は真っ暗で容姿が分からなかったが、薄暗い光に照らされて、ようやく一緒の牢に捕まっていた女性の容姿が確認できた。
長く透き通る黒髪、穏やかな海を思わせる薄く青い瞳、静かな印象を漂わせるとても綺麗な女性であった。
「貴方とメモリアを切り離して、ここまで連れてきた」
信じがたい事実を伝えて、彼女は自分の名前を口にした。
「―――私の名前はリア、ただの旅人よ」