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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
137/185

<いつかその時まで>

アカツキが信仰都市の核とも言える一人の巫女が住む神社で目が覚めた日の夜。


昼間の緊迫した時とは反対に、緩やかで、落ち着いた日常を過ごしていた。


「ごちそうさまでした」


アカツキと雫の二人は夕飯を食べ終えると、雫は自室に戻り服を着替えた後、外へ出ようかと提案する。


「ずっと家に居るのも体に悪いですし、外に出てみますか?」


「良いのか?俺がここを出ても」


「はい。ここは檻の中ではありませんから」


それに、と言葉を続ける。


「信じてますから、勝手に居なくならないって」


会ったばかりの時とは違い、少しだけアカツキとの会話もはっきりしてきた頃だろうか。雫は恥ずかしげもなくそんなことをさらりと言うのだった。


「それじゃあ、その期待を裏切らないようにしないとな」


アカツキだって自身の立場をよく理解しているつもりだ。ここから出ても特に行く宛もない。しかも未だに謎に包まれた狐の仮面をつけた集団からの逃亡生活もセットとくれば、勝手に居なくなるようなことはするはずがない。


こうして、フードを目深に被った雫と共に暗くなった夜道を歩きに行くのだった。


......。



そこは発展した町であった。長い階段を下りた先には神社というどこか落ち着いた様子の町ではなく、人と物に溢れた、とても豊かで、それこそ豪華な町並みであった。


「何か、すごい違和感だらけだな」


「そうですね。あそこは変わりませんが、街は変わっていく。たくさんの人々が豊かに生活をするために、便利な場所に。あの町並みが消えていくのが少しだけ残念だけど、新しいこともあって、悪いことよりも良いことの方が多いくらいです」


流石に車といった便利な交通手段は無いものの、物を買うのに困らない多くの店に、整理された道路のようなものを走っていく牛車や馬車。


人が多くなればその分お金の流れも多くなり、そして商人も多く集まり、街は賑わいを見せる。


昔から住んでいた者よりも、今は外からの移住者の方が多いようで、雫はその景色を感慨深そうに眺めていた。


「まぁ、豊かになって悪いことは無いと俺も思うよ」


「はい。沢山の人が笑って過ごせる未来になるなら、私はそれでいいんです」


いつの間にか雫の顔は、どこか遠くを見ていた。アカツキにも分からない、何かを抱えているその表情に、アカツキは少しだけ黙り込んだ後、意を決したように言う。


「俺は来たばっかりだから知らないことばっかりだけどさ、この都市の人達はとても楽しそうだよ。それを守るのが雫たちなのは大体分かる。だからさ、お前も笑っていいと思うぞ?」


この一日を通して、アカツキは雫に対してこう思っていた。


―――この年の子供にしてはあまりにも笑わなさすぎる、と。


いつも誰かの為に行動しているようで、唯一人間らしいと思ったのはあの怪しい老人と話していた時のみ。それ以外の場面では、感情が薄くて、少しだけ不気味だった。


この都市で最も重要視されているであろう巫女として、そう振る舞っているのかと思ったが、ここまで話していて分かった。


無意識ではない。意識的に自分を閉じ込めている場面が幾つか見てとれた。


「ま、今日会ったばかりの人間にそんなこと言われても...って思って当然か」


不思議な顔でアカツキを見る雫、しかし、それはアカツキを馬鹿にしている訳でも無ければ、何だコイツなんて思っている訳でもない。


ただ、初めてだった。


―――いや、二度目だ。


前にも言われたことがある。その人は不思議な雰囲気の男の人で、お祖父様に追い出されるまで毎日のように私を気遣って、笑わせてくれようとしてくれた。


―――あのとき、私は何と答えたのだろう。


思い出せない。あの人に対して私はどんなことを言ってしまったのだろうか。


「やっぱり、変ですか?」


ノイズだらけの頭の中から導き出された言葉は、質問であった。


「いいや、変じゃないと思うぞ?」


そして、その質問は即答され、大目玉を食らった。目をパチパチとさせながら雫は不思議な顔でアカツキのことを見つめている。


「俺が今日話して、一緒にご飯食べて、夜の町で一緒に歩いているお前は普通の子供だよ。けどさ、苦しいだろ?」


「...不思議な人ですね。まるで、私を知ってるみたい」


「どんな人間で、どんな人生を歩んでるのかなんて俺には分からないよ。ただ、笑うってのはいいもんだぜ?」


確かに、笑うのは楽しいからだ。それを苦しいと思ったら笑うなんてことは出来ないのだから。

だから私は今が楽しくないのだろう。今の状況、立場、色んな事を我慢してるから。


そんな私にも―――いつか心の底から笑える日が来るのだろうか。


「ん?急に止まってどうしたんだ?」


「いえ、何でもありませんよ」


雫はそう言ってアカツキの手を引きながら、夜の町を見回りついでに観光を開始する。


「おい、引っ張るなって」


「お祖父様が帰ってくるまでに戻らなきゃいけないんですから、あんまりうかうか出来ませんよ。ほら、私が案内します」


きっと今は楽しいのだろう。笑えないけれど、彼女は確かに町を歩くことを楽しんでいる。今は色んなしがらみがあるだけで、それを取り除けば笑ってくれるのだろう。


―――俺が、救ってみせる。


「...?」


自分で考えた事なのに、それはまるで他人の願いのようで、アカツキは今自身が抱いた事に違和感を覚えた。


違和感に気づいてしまったら、()()は一瞬であった。


『雫、どうだった?』


『面白かったです!次はどんな手品を見せてくれるんですか?』


『こーら、―――さんが困ってるでしょう。準備が出来たらまたしてくれるから、待ってなさい』


『はーい!』


見覚えのある景色の中で見覚えのない女性が一人と、見覚えのある男性に少し似た一人の少年が居た。そして、―――そこにはよく笑う少女が居た。


その幸せな光景を見ている。それをどこからかじっと眺めているのだ。


いつまでも、いつまでも続くと思っていた。


見ているだけで頬が緩む、お母さんのように優しいその人と、一人の少女が居れば、それで十分だった。それ以上、必要なものなんてないのに。


―――俺はこの幸せがいつまでも続けばいいと、そう思ってしまった。


けど、永遠なんて人間である限り叶わないんだ。誰だって、終わりが来てしまう。それと同じように、幸せが永遠なんて限らないんだ。


「───雫、駄目だ」


アカツキが突然歩みを止めて、掠れた声を出す。きょとんとした顔で振り返った雫の顔が青ざめるのが見てとれる。


「どうして、まだ、一時間も経っていないのに」


「帰ろう。駄目だ、あそこに居ないと駄目だ」


アカツキの体から漏れだす雫にだけ見える力の流れ。それは昨夜精神世界の奥深くへと封印したはずの人ならざるものの力。誰かに埋め込まれたそれは、長い時間を掛けて体から抜け出すのを待っているだけだった。


「聞こえるんだ。見えるんだ。俺じゃない声と、俺の物じゃない記憶だ」


アカツキの体を急速に蝕んでいくそれは、町の中であろうと昨夜のように暴れ狂うかもしれない。


その瞬間、周囲を歩いていた人達にも異変が起き始める。


「ちょっと、あなた。ねぇ、どうしたの!!?」


突然意識を失い始め、倒れ始める民衆。錯乱状態に陥り暴れだす者、様々な症状があるものの、その原因は一人の少年によるものだろう。


「―――総員、対処に当たれ」


何をしていいか迷っていた雫の耳に届いたのは一人の老人が発した声。大きな傷がついた狐の仮面をつけた、彼女がよく知る人物のものだ。


「お祖父様!アカツキさんが!」


「後は私に任せなさい。お前は神社へ戻り、すぐに寝室へ行きなさい」


「けど...!!」


「───雫、私の言うことが聞けないのかい?」


上から降りかかる声には冷徹な怒りが宿っていた。彼女に対してではなく、こういう事態になることを想定しておきながらも見逃していた自分に対して。


「所詮は人の形を持った化け物に過ぎなかった。運命の子よ、我等が安寧の日々を奪う、―――災厄の子!」


老人が手を振りかざすと同時に周囲から出現した狐の仮面を付けた男女が飛び出し、アカツキによって正常を奪われた民衆を救い、五人がかりでアカツキを取り囲む。


「捕らえろ。暴れるようなら生死は問わん」


「お祖父様、やめて...。だって、悪いのは私で...」


連れ出してしまった。気分転換になれば良いと思って、彼を連れ出したのは私なのに、どうしてその人を責めてしまうの。叱るなら叱ってくれれば良いのに、どうして、優しくするの。


「どうして、―――見てくれないの...」


いつだってそうだ。お祖父様は私を見ようとしない。お茶を溢しても、泣いて喚いても、ただ機械的に優しくするだけ。愛情なんてもの...。


「ネオ、雫に触れることを許す。直ぐに雫を連れて離脱せよ」


「御意」


老人の近くで頭を垂れていた少年は、踞る雫を背負うと体に見合わぬ膂力で駆け出す。その背後では頭を抱えながら必死に力を制御するアカツキがもがき苦しんでいた。


「ダオ様、アカツキに近づくのは危険です。既に二名が正気を失っております。神雷を使用した方が良いかと」


「アカツキの瘴気に触れ、正気を失ったか。分かった、神雷の使用を許可する。直ちに準備にかかれ」


「あぁ...。がぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!!」


アカツキの瞳がどす黒く染まっていき、辺りには黒い水晶が無尽蔵に生成されては破壊を繰り返す。その衝撃波から逃れるように狐の仮面を付けた者達が大きく後退する。


「ワシが時間を稼ぐ、準備を進めろ」


「御意。皆、神雷の準備を急げ!」


ようやく屋根の上から降りてきた老人は目の前で狂っていく少年に言葉を掛ける。


「望まぬ力を得た代償がこれとはな。さぞ、苦しいことだろう」


「ふぅぅぅ...。ど...ぇ」


「意識がある内に殺した方が幸せか?それともいつ自分という存在が消えてしまうかの恐怖に耐えるか、どちらだ」


思考はどす黒く染まっている。死と生なんて正常な判断が下せるような状態ではない。それでも、忘れてはいないものがあった。闇に飲み込まれながらも煌々と輝く希望の光があった。


「俺は...もうい...ど、あい...っ...らに」


―――会いたい。


こんな得体の知れない何かに飲み込まれるなんてまっぴら御免だ。もう一度、この世界で生き残ると、そう決めてしまった。


「止めてくれ...」


悲痛な声で願うアカツキ、その言葉に返答せずに老人は空へ手を上げ、振り下ろす。


それと同時に周囲で儀式を行っていた狐の仮面を付けた集団から光が空へ向かって伸びる。やがてそれは暗雲を呼び、煌めく一つの雷を生み出す。


「今は眠るがいい、我等に災厄をもたらす少年よ」


同時刻、信仰都市へ侵入したクレア達もその異常な光景を見上げていた。周囲では多くの人々がざわめき、ある者は恐れ、またある者は敬っていた。


都市の中心に集まる黒い雲と、その中で存在を主張するあまりにも美しく輝く雷。


『神雷よ、闇を祓え』


巨大な光が天から地上へ勢いよく降り注ぎ、アカツキを飲み込んでいく。遠くから見たその光景は神が降臨したのかと思わせるほど綺麗で、神々しいものであった。


「行くぞ、あそこに何かあるのは間違いない」


「賛成。今のが敵の技なら相当厄介だけど、行くしかないしね」


「アカツキさん。どうかご無事で」


遠くで尚も光り輝く光景に目を奪われる民衆の間を抜けて、ガルナ、クレア、ナナの三人は信仰都市中枢に存在する神社へと歩を進める。

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