<眼帯の男>
学院都市に向かっていた時とは違い、あまりにも平和すぎる旅の道のり。唯一驚くことがあったとすれば、アカツキの中にある違和感の正体が、破壊されたはずの神器によるものかもしれないということ。
「神器との異常共鳴、それゆえに一度は破壊されたはずの神器がアカツキの体の中で復元されつつある。さっきのお前の言葉が正しければ大方そういったところだろうな」
過去に一度、神器の欠片と言い伝えられている特殊な石に触れたことで人格が変化してしまうという場面に出くわしているガルナが立てた仮説が正しければ、あまりにも神器との共鳴が強すぎるが故にアカツキの体を依り代としてメモリアが復元されている、そういうことらしい。
「しかし、前々からそんな症状の前兆が少しでも見られていたのなら、アオバとかいう医者が見過ごすはずがない。つまりは―――」
「考えたくはありませんが、そう考えるのが妥当ですかね」
「ふーん。誰かに埋め込まれた、ね」
「そういうことになるな...。ん?」
三人の会話に当たり前のように割り込んできたナナをアカツキは数秒の間凝視する。
「おい、手綱と同時に俺達の命綱を握っているお前がどうしてここにいる」
「いや、めちゃくちゃあの狼が利口でさ。私の思っていることが分かるのか、寸分違わず信仰都市に勝手に向かってるんだよ。途中で、あれ、これ私がここにいる意味ある?って思うくらいに」
「いやいや、人の心を読める狼とか凄すぎるだろ。寝言は寝て言えよ。ついでにもう少し発育も良くなってこい」
アカツキの分かりやすい挑発にナナは躊躇うことなく乗っかかり、二人の間で一触即発の空気が漂っていた。
「あんたさ、やっぱり私のことなめてるよね」
「舐めるとかいうなよ。俺はそういう趣味無いから」
「よっしゃ、ボコボコにしてやる。泣いて謝ったって許さないよ」
「返り討ちにあって涙目になる未来が想像できるな。お子さまらしくお行儀よくしてろ」
ついにナナの堪忍袋の緒が切れ、先手必勝とばかりに素早い一撃がアカツキに放たれる。
「おいおい、そんな攻撃で一本取れるとでも?あんまりにも遅くてため息が出るぜ」
「こっちか手加減してればいけしゃあしゃあと...。ぶっ殺す!!」
「はいはい、ぶっ殺すぶっ殺す。その台詞も久しぶりだが、とっくに聞き飽きてるぜ」
お互いに引く気はないらしく。余裕そうなアカツキと、怒りで口元をひくひくさせているナナ、二人の間で罵倒と蹴りの嵐が起きると、クレアとガルナは少し離れた所でそれを見ていた。
「止めなくていいのか」
「じゃれてるだけですから。そのうち収まりますよ」
あの緊迫した空気からよくもまぁ、すぐにこんな元気にはしゃげるものだと、ガルナは感心すら覚える。
「色々と考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなるな」
「いつものことですよ。アカツキさん達にとって、これが普通なんですから」
じゃれてるとクレアは表現していたが、確かに聞くに耐えない罵倒の応酬と猫のように引っ掻き会う二人の姿からは確かにじゃれているというのが正しく思える。
精一杯走っている後ろで暴れられている白狼からすれば、たまったものではないが、そんなことは知らないとばかりに二人のじゃれあいはエスカレートしていく。
「あ、ついにナナちゃんが殴った」
それをきっかけに少々やりすぎな喧嘩が始まり、そこでようやくクレアが二人の間に割って入り、これ以上喧嘩が続かないように仲裁する。
「アカツキさんも年上なんですから、もう少し手加減を覚えてください」
「そーだそーだ」
「ナナちゃんもですよ。アカツキさんはひ弱なんですから、殴ったり蹴ったりしたらまた怪我をしちゃいますよ?」
「なぁ、確かにひ弱かもしれないけどさ。その...もう少しオブラートに包んでくれませんか。直球ストレートで投げられたら硝子の心が砕けちゃうんだけど」
「あ、すみません」とクレアは少し言い過ぎてしまったことをアカツキに謝る。そんな光景を勝ち誇ったように眺めているナナと、その顔を一瞬で泣きっ面に変えられないかと画作するアカツキ。
「そうだ!学院都市で一緒に風呂に入ったときの話でも...!!―――ぶごふ!?」
ようやくナナに対抗するための策を思い付いたアカツキの鳩尾に容赦なく放たれる拳。
そして、アカツキの耳元でナナは小さな声で忠告する。
『もし次にその話題を出したら、―――分かってるよね?』
半ば脅しに聞こえる言葉にアカツキは腹を押さえて苦しそうに呻きながら。
「コワイ。この子、コワイよ」
「ナナちゃん!喧嘩は駄目って言ったばかりなのに!!」
「天罰だよ。乙女の秘密を語ろうとしたんだ、これくらいやられた方が懲りるでしょ」
あまりの恐怖に震えるアカツキをクレアはよしよしと宥める。
短い間にこんなコントのような所を見せられたガルナは感心を越えて、呆れてすらいる。
「お前らにはもう少し...。こう緊迫感とかないのか」
......。
とまぁ、あれやこれやと色々なことがあった訳だが、スムーズに進んでいたこともあり、一行は中継地点に設定していた小さな村に日没の前に到着する。
「なぁ、中継地点は自然に溢れた綺麗な村って話じゃなかったか?」
「一応ここも信仰都市の一部だからな。こういう中継地点に金が渡るほどに潤っている。そういうことだろうな」
「良かったー。もっとボロイ場所かと思ったけど、結構綺麗じゃん」
「ナナちゃん、失礼ですよ」
各々が目の前に広がる光景に違った反応を見せる中、この村、いやここまで発展しているのだから町と言っていいだろう。その町長が旅人を歓迎しに現れる。
「このような辺鄙な村にようこそお越しくださいました」
「ねぇ、このおじいさんって言葉知ってるの?」
「それは俺も思った」
この町にはおおよそ不便という言葉が見当たらないほどに充実している。辺鄙な場所と言っておきながらも町長の服装はファンシーで、右手には手先が見えるカッコいい手袋をはめていた。
「かっけぇ...!」
「お前はどこに興味を示してるんだ」
「こんなところで立ち話もなんですから、近くの喫茶店にでも...」
「ねぇ、本当にここは辺鄙な場所なんだよね?そうなんだよね?」
ナナが突っ込みに回らなければいけないほどのボケ、というかこの歳だから本当の意味でボケていても何ら不思議ではない。そんなことは置いといて、どこか変わった町長と共に喫茶店に訪れる。
「マスター、いつもの一つ」
「麦茶ですね。畏まりました」
何度も訪れているにしては頼むものが独特すぎないかとか、そんなことを心の中だけで想っていながらアカツキは話を切り出す。
「ここは信仰都市に向かうまでの休憩所、そう聞いたんですが」
「えぇ。休憩所ですよ、村人も三万人程しか居ませんし」
「やばい。やっぱりやばいよこのおじいさん」
「ナナ、少し黙っててくれ。こっちも理解するのに必死だから」
珍しくナナが他人に戦慄しているなか、この意味不明な場にもう一つの意味不明な存在が現れる。
「―――導かれし勇者達。俺は待っていたぞ」
「......もうやだ」
右腕に包帯を巻き、特徴的すぎる程に目立った模様の刻まれた眼帯を付けた一人の男が、アカツキ達を更なる混乱に陥れていた。
「おや、クロバネ殿。宿に戻っていたのでは?」
「運命が俺を引き寄せたのだ。来るべき時が来たのだから」
「なんなんだよぉ...。ただでさえ頭のおかしいやつと話してるのに、その上位互換が来るんじゃねぇぇぇ!!」
「よせ。誉めたところで何も出んぞ」
クレアは話を聞く必要性を感じないのか、同じく無駄なことに首を突っ込みたくない隣に座るガルナと中身のない会話を繰り返していた。
「まずは名乗らせて貰おう。我が名は黒羽勇矢。―――異界から招かれた、地獄の使者である」
近くにあったメニュー表にデカデカと自身の名前を書き込む黒羽、その文字は久しく目にしていなかった懐かしいもので、この場でゆいいつアカツキにのみ伝わるものであった。
「...嘘だろ?」
「真実とはいつも残酷なものさ。そして俺は紛れもないもない―――お前と同じ世界から来た、転生者だ」
一日でこんなにも内容の濃い話が続くなんて、アカツキには予想など出来たものか。ここに寄るのも決まっていたこととはいえ、深夜に到着していたかもしれない。それなのに、この人物はこの時間を運命の時と語り、この場に現れた。
「新しい演劇の設定ですかな?」
「町長殿、ついに運命の歯車が動き出したのだ。この邂逅は定められたこと」
「...なんと!しかし、そうですか。クロバネ殿が仰るのなら、遂に来たのですね」
今の言葉からどうやって会話を繋げたのか、お互いに話が通じあってるというのだからこの町長には理解できるのだろう。
「それでは向かおうか。―――運命が収束するあの地へ」
意味ありげな言葉で、意味の分からないことを言うのは勘弁してほしい。今の俺には何が言いたいのかさっぱり分からない。
しかし、この意味不明な会話にも、唯一アカツキが理解できたことが一つある。
アカツキにしか分からない文字で自身の名前を書いた黒羽勇矢、この男は間違いない。
「―――中二病だろ、お前」
「ふ、治ることのない不治の病。そう言って貰おうか」
一時期こんな口調で話す友達が居たことを思い出す。それは俗に言う中二病という、ありもしないことを当たり前のように語る。今のアカツキと殆んど変わらない歳であろう、それなのに未だにその病気が治っていないのだから、重症だ。
「詳しい話は明日にしてください。それじゃ、失礼します」
最早会話は必要ないと判断したアカツキは状況の整理も含みがてら、休むために宿へと向かう。丁度ここへ来る途中にそこそこ立派な宿があったので、そこへ行くとしよう。
「ほら、帰るぞー」
頭を抱えて悩んでいるナナの手を引き、ガルナとクレアと共に宿屋をすぐに後にする。
「―――あ、ちょ、待って」
最後にそんなことが聞こえた気もするが、気のせいだろう。
「ミミ、ロロ、待たせてごめんな」
喫茶店の前でアカツキ達が戻るのを待っていた二頭の白狼を引き連れて、一同は宿へと向かうのだった。
......。
意味不明な黒羽という男も夜遅くだから流石に遠慮したのか、宿にまで訪ねてくることは無かった。
一応男二人、女と子供二人で部屋を分け、風呂あがりにアカツキとガルナの部屋に落ち合おうと約束し、各自部屋で休息を取る。
「クロバネ、とか言ったか。あいつの書いていたあの文字は何だ」
当然といえば当然の反応だろう。
この世界とはまた違う世界で発展した文字、それを知っているとなればあのクロバネという男の同郷者であるということ。この世界で生まれ、この世界で育った人間ならばおおよそ一生見ない文字なのだから。
「なぁ、ガルナ」
だからこそ、まずは聞かなければいけない。
「なんだ」
信じてないというのならそれでいい。もし信じるというのなら、あの文字がどのようなものかを伝えよう。
「お前ってさ、異世界とかって信じる?」
その言葉を聞いて、ガルナはそうか、と言うような表情になる。なるほど、思っている以上にガルナは多くのことを知っている。彼は今の言葉のみでこれからアカツキが説明しようとしていたことを簡略的に述べる。
「道理で見ないわけだ。こことは違う別世界の文字ならば、知らなくても不思議ではないからな」
「なに?もう全部分かっちゃったの?」
「難しい話ではないさ。お前も聞いているだろうが、別次元、別の進化を辿った世界が存在していることは既に知れ渡っている。あいつもその異世界とかいう場所から来た、それだけだろう?」
ガルナの中ではあれが何らかの意味を持った暗号かと思っていたが、今のアカツキの言葉で理解できたらしい。
「そうか。少しだけだがあの男に興味が出てきた。言葉が通じるかは別だがな」
「それどころかこっちが理解できないと思うぞ。あれは一種の病気だし」
あっちは恥ずかしげもなく、あんなことを言っているが、聞いている側としてはとても痛い。自分のことでは無いというのに、自分のことのように恥ずかしくなってしまうのだから。
「一先ず考え事はやめだ、やめ。今はゆっくり休もうぜ、あとミミとロロにご飯やってこないと」
どうせそういったことも後で考えることになるのだから、ここで決定するには早すぎるだろう。クレアとナナが部屋に来てからこの会話の続きをしようとガルナに言い、二人は着替えを持って、まずはここまで頑張ってくれた二頭の狼の下へ向かう。
外へ出ると既に町は夜の帳に沈んでおり、冷えた空気がアカツキの体を容赦なく包み込んでいく。
「そうか。もう夏も終わりかー」
夏といえば海水浴とか、虫捕りとか、そういったことをするのが当然だと思っていたが、そんなことも出来ないくらいに忙しなく、また、そういった娯楽に興じれる程の余裕も無かった。
「次は普通に観光とかで良いかもな。行く先々で荒っぽいことしかしてないし」
「それなら良い都市があるぞ。今はとにかく、お前が治らないことには行けんがな」
「そうだな、早く治し...」
ガルナと何気ない話をしていた時、またもや誰かの声がアカツキの頭の中に響き渡る。
『―――してる』
「.........っ」
「ど......た?」
突然頭を抱えて座り込んでしまったアカツキを心配するガルナの声も聞こえないくらいにノイズが聴覚を支配する。そのノイズに混じって聞こえる誰かの声が聞こえる度に、心臓が締め付けられていく。
「っはぁ...。はぁ」
あまりにも突然に起きた異常事態、ガルナはすぐさま心臓を押さえているアカツキを見て、事態を察する。
「メモリアと共鳴しているのか...?何故だ、あまりにも早すぎる」
ガルナでも分かるほどにアカツキの体から大量に漏れだしていく魔力の中に混じる異質な魔力、アカツキが分からないくらいでしかなかった謎の違和感はこの短時間で急激に増大していた。
「アカツキ!聞こえていたら今すぐ俺の言うとおりに動け。あくまで応急処置にしかならないが、一先ずは落ち着くはずだ」
「っあ...。ぁぁ」
ノイズにまみれて聞き取りづらいが、アカツキはぶつ切りで聞こえる言葉を繋ぎ会わせて何とか理解し、力なく頷く。
「深呼吸だ。苦しいとは思うが、まずは心を落ち着けろ」
「はぁ...。すぅ」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。心を落ち着ける、今はそれだけに集中するしかないのだなら。
「いいか、聞こえる声には決して反応をするな。それに答えたら一気に持っていかれるぞ」
ガルナの助言に頷く。アカツキにだってこの声に反応してしまったらどうなるかくらい予想は出来ていた。
この声は本来聞こえてはいけないものだ。ここではない、遥か昔から紡がれた記憶に反応してしまったら、おそらくだがアカツキの自我は崩壊する。
詳しく言えば、この声を聞いたであろう人物がアカツキの魂を飲み込み、表面に現れることになる。
「次に...」
俺の言うとおりに言葉を言え、とガルナが言おうとした時、二人の背後から数人の足音が聞こえる。
その足音からして数は十人程、慌ただしくこちらへ向かってくる様子からして、ただごとではない様子だ。
そして、その者達から放たれる殺気の混じった異質な何か。
「魔力、いや、違う。似ているが、違う」
そして、その姿が暗闇の向こうから現れ、その人物達のあまりにも異質すぎる服装にガルナはようやく、この者達が来た理由を理解する。
狐の仮面に、和服と言われる独特な着物。その姿形から、信仰都市の者、それもガルナが事前に仕入れていた情報の中にあった良くない噂に聞く集団の格好と合致する。
金を得るための人身売買に、自分達に歯向かう人間達の暗殺。汚れ仕事と呼ばれるものを行う裏の実行部隊。
ありとあらゆる都市に多大な影響力を持つ教会が敵対してるのならば、その教会をこの都市の人間が敵対視するのは当たり前のことだ。
「神器と思われる魔力を関知した。今すぐ祭司様に報告しろ。その後速やかに目標の排除を結構する」
「了解した」
男達の間で交わされる短く、事務的な報告。事態はおおよそ最悪といっていい。
「―――仕事中悪いけど、眠ってな」
だが、またも突然現れた小さな影により狐の仮面を被った集団が瞬く間に気絶させられていく。不意を突いたとはいえ、僅か十秒足らずであの人数を無力化したその人物は―――。
「―――ふ...。この程度か」
「何、自分がやった雰囲気出してんのさ。確かにここに居るって教えてくれたのはあんただけどさ、年下の後ろに隠れるとか人として恥ずかしくないの?」
特に意味の無い意味深な言葉を言う頬に大きな手の痕が残っている男と、その隣にいるのは髪を濡らしたまま宿を飛び出してきたナナと、その後方から荷物を持って走ってくるクレア。
「風呂上がったら出待ちしてたから変態かと思ってビンタしちゃったよ」
「そうか...。だが、どうしてここに」
「うーんとね。大分うざったい言い回しだったけど、こいつがすぐに荷物を持ってここに行けって言うから、クレアに荷物を持ってくるように頼んで、私が先に来たんだ」
「ふ...。まだ俺の境地には至らないか...」
黒羽の言葉に「はいはい」と適当に相づちを打ったナナ、ようやく合流したクレアも加えて、ここにはいつものメンバーと、その他一人が集結していた。
「アカツキの容態が急変した。今は応急処置をしようとしてるが...」
今も苦しそうに胸を押さえているアカツキを見て、黒羽が前に出てくる。
「―――随分と早いが、これも運命か」
何かを知っているのか、黒羽はアカツキの体を背負い、立ち上がるとミミとロロが休む宿舎に向かう。
「向かうぞ、全ての運命が集う地に。彼の地にてこの呪いが払われるだろう」
「呪い?」
「時に薬は猛毒となる。禁断の儀式をすれば、神の武器は暴発する」
「禁断の儀式って、ガルナが言ってた応急処置のことかな」
「多分そうだろうな」
だが、ガルナが行おうとしていたことは禁断の儀式なんていう物騒なものではなく、一時的にアカツキの体を蝕んでいる神器メモリアの欠片よりも膨大な魔力を持つ、アカツキが持つ本来の神器であるアニマを呼び出させ、メモリアの魔力を上書きするだけ。
それをすることでアカツキの身に何が起こるわけでもない。ただ神器がそこにあるだけで、魔力のリソースは完結するのだから。
「呪いと魔法。それは決して相容れることはない。呪いを解くには原初の呪いを司る神の力を借りなければいけない」
「もう少し、分かりやすく」
「簡単に言えば。巫女に会いに行く。そんなところか」
「え...。今ちゃんと人の言葉を喋ったの?」
「さあ行くぞ!選ばれし勇者達よ!!」
ナナの質問に答える気は毛頭無いらしく、大分強引な話の進め方をする。しかし、今出来ることは黒羽という男を信じるしかない。確かに変な人間ではあるが、悪い人間とはとても思えないのだ。
「信仰都市に入ったとして、場所は分かるのか」
「神は我に道標を示した。されば、それに従うのみだ!」
「本当に言葉が通じているのか、疑問になってきたな」
「元々そういう奴っぽいし。仕方ないって割りきったら大分イライラしなくなったよ。まぁ、やるなら派手な方がいいね。それに釣られて巫女様とやらが出てきたら大万歳だし」
大分無茶なことを言ってくれるが、確かに時間が無い今、それが最善の選択に思えたガルナは、ミミとロロを連れに、宿舎へ向かう。
「すまないな。まだまだ、お前らに頑張って貰わなければいけなくなった」
二頭の狼はやれやれと言いたげに立ち上がりながらも、その目はとてもやる気に満ち溢れていた。きっと、走ることが何よりも好きなのだろう。
「頼むぞ」
ガルナ達を乗せた二頭の白銀の狼は凄まじい速度で平原を駆け抜ける。空は雲一つなく、無数の星々と、大きな月が夜の世界を照らしている。
僅か一日にして、アカツキの容態は急変し、都市へ向かうことを余儀なくされる。
『祭司様、教会の者と関わりのある者が都市に侵入したようです。連絡があった部隊は既に無力化されたかと。その者らと共にあの男も目撃されております』
狐の仮面を被った一人の男が、頭を垂れている先に居るのは荘厳な祭服に身を包んだ白髪の老人。年を感じさせないギラギラと光る目と、威厳を感じさせる並々ならぬ雰囲気を出す祭司と呼ばれる老人は、不愉快そうに顔をしかめながら言う。
『殺せ。教会の者がここに来る前にその息の根を止めるのだ。害虫は一匹たりとも侵入させるな。あの男もだ。決して巫女様に近づけるな』
『御意』
老人はそれだけ告げると、暗い部屋を後にする。その後、老人が何よりも優先して向かった先はこの都市の象徴とも言える、神が祭られた神社であった。
『...このような時間に訪れるとは何事か』
老人が境内に足を踏み入れた瞬間、凄まじい重圧感と共にどこか不機嫌な様子を感じさせる声が男だけに聞こえるように響き渡る。
『既に知っていると思いますが、予言にあった通り、この都市にかつてない驚異が訪れようとしています。決して、我等の希望が断たれぬよう、どうか、巫女様をお願い致します』
決して、あの者達を巫女に会わせてはいけない。特にあの男だけは駄目だ。たとえ、派遣した部隊が撃退され、侵入されたとしても、それだけは避けなければいけない。
運命などという馬鹿げたものに、これ以上振り回されてたまるものか。ここは既に異界の神からの支配を免れた理想郷。
『―――それだけか。ならば用は済んだろう』
あぁ、我等が神はなんと勇ましい。この事態に直面して尚、【それだけ】と言えるのだから。
―――信仰都市を舞台とした新たな戦いは、僅か一日で開始される。誰かに仕組まれたように、邪悪な意思によって。