<向かうは信仰都市>
新しい章突入!
医者からアカツキが危険な状態であることを知らされ、アカツキ一行はすぐにイロアスが住む屋敷へ向かう。
「なるほど、話は大体分かったよ。確かに今のアカツキの魔力には何か違和感がある。そしてその旅にはガルナ、君も動向する。それでいいんだよね?」
「はい。俺が決めたことです」
「なら僕としては言うことはない。君が決めて、そうしたいと思うならそうするといい。けれど、死んではいけないよ。君にだって、やらなくてはいけないことがあるんだろう?」
ガルナが旅に出ることは特に止められることなく、イロアスは至急足を確保してくれた。
「...最後に一つだけ。君らが向かおうとしているのは信仰都市と言われている場所だ。そんな彼らが信仰している神は教会とはまた別物の神様だ。教会はそんな彼等を毛嫌いしている。何せ、教会にとっては自分達が信じる神が唯一この世界に存在する神だと思っているからね。普通、背信行為をすれば、教会は黙っていない。それなのに、信仰都市は未だに健在だ。その理由は大体分かるね?」
「教会が手出し出来ないような何かを持っているか。もしくは教会に勝る秘密兵器を持ってるか、とか?」
「真意は僕にも分からない。けれど、教会の手が届かないということはあそこではこの世界の普通が通じない可能性がある。教会は弾圧と同時に秩序も保っている。人食い、信仰都市はそれをしている可能性すら十二分にある」
イロアスの忠告、それはとても流せるものではない。しかし、それを聞いても、彼らの決意は揺るがなかった。
「アカツキ、今回の旅は君の為のものだ。君の為に仲間は危険に晒されることになると思っておきなさい。だから、仲間を守るために、君はもう一度その剣を抜かなければならなくなる時が絶対に来る。───過去にばかり囚われてはいけないよ。その剣は、守るためにあるんだろう?」
今回は危険を承知で都市に乗り込む訳だ。となれば、何かしらの厄介ごとに巻き込まれることになるだろう。その時、果たして自分は仲間を守るために剣を抜けるだろうか。
「分かってる。またその時が来るってことくらい」
「その時に君は何かを犠牲に出来るかい?」
「そうするしか方法がねぇなら、そうするけど。極力人は殺したくない。もう、あんなのを見るのも、誰かを殺すのも御免だ」
その答えはきっと正しいのだろう。イロアスはどんな答えが返ってきても否定をすることはない。だって、それがアカツキの信じる答えならば、アカツキにとってそれは正しいことなのだから。
「頑張ってくれ。馬車には今回の件の報酬も積んでおく。あとはアズーリからの手紙もあるはずだ。それをよく読んでおいてくれ」
「わざわざ報酬なんていいのにね。こいつにやってもどうせろくなことに使わないよ」
「ナナ、そうは言ってもね。彼は今回の件で大いに活躍してくれた。それなのにお礼も無しに見送るなんて、そのような非礼、学院都市の理事長として到底許されない。それに、───そんな肩書が無くても君達には正当な対価を受け取って欲しいんだ。それだけのことを、君達はしてくれたのだから」
その言葉を聞き、アカツキは少し恥ずかしそうにはにかみ、
「まぁ、確かに今は殆んど無一文に近いし、何かしら報酬を貰えるっていうなら断る理由もないよ」
農業都市で渡されたお金も殆んど使いきり、今のアカツキ達にはおよそ資金と呼べるものがない。となれば、どんな贈り物でもありがたいことに変わりはないのだ。そして、誰かの善意を受け取らないほど、アカツキ達は頑固ではない。
「執事が旧正門前で都市を渡るための足を用意してるはずだ。そこに僕からの餞別の品とこの街の人々からの感謝の贈り物がある、是非受け取ってくれ」
「おう。色々とありがとうな」
「お礼はまた別の人物に言うといい。君らに足を提供してくれたのは僕ではないのだから」
「...?」
その意味深な言葉に疑問は残るが、イロアスも仕事が忙しそうなので、これ以上厄介になるのは迷惑だろうと、アカツキ一行はイロアスに指示された場所に向かう。
辺りは殆んど同じような景色だが、ガルナを除いた面々は僅かにその場所を覚えている。
「学院都市の正門。あんなに立派だったのにな」
「仕方ないよ。私達の都市以上に被害が出たんだから」
「そうですね。また、あの時のような活気が戻ることを祈りましょう」
ハプニングだらけの道中を何とか抜け出し、辿り着いた学院都市の正門。人で賑わっていた町の面影は今となっては残っておらず、ただ静かに瓦礫の山が佇んでいる。
「...あれか」
ガルナの視線の先、そこには見覚えのある顔が数人と、大きな荷台が付いた二頭の狼に似た動物、そして、その持ち主と思われる一人の女性とその子供がアカツキ達を待っていた。
「一難去ってまた一難。どれだけ日頃の行いが悪いのかしら」
「同感。屋敷に来たと思ったらぶつぶつ呟いてんだもの。ついに精神が逝ったのかと思ったわよ」
遠回しにアカツキを罵倒するラルースとリゼットの二人組、それとアカツキの在籍していたクラスの委員長であるサネラが見送りに来ていた。
「ガルナ、昨日はあんなに怒ったけれど、貴方が何の為に旅に出るのかくらい私にも分かるわ。だから余計に心配したくなるの。本当にガブィナの為を思うなら、―――最後まで側に居るのが兄ってものじゃないの?」
「最後って...。そんなに容態が悪いのかよ」
「必死に抵抗している状態だそうよ。ガルナが施したのは荒療治。根本的な解決には至らない。直に人として生きていくのも難しくなるそうよ。最近はあまり食欲も無いみたいで、一日中寝てるなんてこともあるわ」
アカツキが聞いていた以上に天使の血というものは恐ろしいものなのだろう。徐々に呪われた血による体の再構築が行われ、次に天使が眠りから覚めた時、その時がガブィナの最後だろう。ガルナはそんなことを淡々と語る。
「...天使を完全に消し去る方法、お前らの旅に同伴するのはそれが理由だ。タイムリミットは予想より早く目覚めが始まることも考えて、約三年。一年後にはガブィナをアオバに預かってもらうことになっている。一年間、あいつがおおよそ人として活動できるのはそれだけだ。その後、二年を掛けて体の分解と再構築が始まり、天使が目覚める」
「サネラの言い分は最もよ。本当にあるかも分からない方法を探すなら、あと一年くらい一緒に居てやりなって、けど、貴方がそんな言葉で諦める訳が無いのも重々承知よ。だから、―――やるならちゃんと最後までやりなさい」
「言われなくてもそのつもりだ」
ガルナはサネラ達との最後の挨拶を済ませている間、アカツキは見覚えのある執事の下へ向かっていく。おそらくイロアスから頼まれてこの荷台の持ち主と共に来てくれたその人物はさも当たり前のようにアカツキの名を呼ぶ。
「あ、どうもアカツキ様。お久しぶりですね」
「...は?」
アカツキがそんな声を上げてしまうのも致し方ないだろう。なんせ気軽に話し掛けてきたその執事とは、もう本来の主の記憶を取り戻しているはずのジャックスなのだったから。
「なんで、とか聞いてみたり?」
「まぁ、僕の忠誠心は神器を越えるですかね」
「はぁ、つまりはお前も記憶を思い出してたってことだな?」
「それ言っちゃいます?感動の再開、本来ならもう出会うことのない主従が巡り巡ってもう一度会うそんなシーンなんですよ?」
ジャックスは茶化してくるが、おそらくこの男もナナと同様に記憶の返却が行われる以前に本来の記憶を取り戻していたのだ。
「どいつもこいつも演技派だなぁ...」
「僕、一人二役くらいなら軽くやってのけちゃいますよ」
「はいはい。まぁ、覚えてるなら手っ取り早いや。こんな立派な足を貸してくれるのは」
「うーん。貸すというか、譲り渡すが正しいですね。あの人、アカツキさんも知っている人の奥さんなんですよ。その隣に居る可愛い女の子は勿論あの方のお子さんです」
知っている人、それだけでは今のアカツキにはおおよそ検討もつきやしない。なんやかんやで今の自分には多くの知り合いが居る。その中でも結婚している人物といえば...
「.........」
押し黙るアカツキにジャックスは少し悪戯が過ぎたかと、思い、答えを口にする。
「仕方ないですね。あの方はアカツキさん達がこの都市に来るときに馬車に乗っていた男の人、おそらく今回の件の魔獣に殺された方の、妻と子供ですよ。ユグドさん達が回収した亡骸を農業都市に持って帰った時に、少しアカツキさんの話を聞いたようです。それで、アズーリさん達と入れ替わるようにこの都市に来たんです」
「......あの人の」
アカツキが考案したあの魔獣から逃げ延びるための作戦。不意打ちをくらい満身創痍になった男は、このままでも死ぬからと、体のいい囮のために自らその役を買って出た。
あの人の妻が、どうしてこんなところに来ているのだろう、アカツキ視点からすれば感謝していても夫を奪われた側は良い印象を持っているとはとてもではないが思えない。
「合わせる顔がないなら僕が話してきましょうか」
「いや、俺が行く。これはけじめみたいなもんだ」
アカツキは狼のような動物にブラッシングをしているその女性の下へと向かう。
「あぁ、どうもこんにちは。貴方がアカツキさん?で良いのかしら」
「はい」
「まさかこんなに若い子なんて思わなかったわぁ」
「えっと、その」
アカツキは責めてくるような様子を一切見せない女性に困惑するが、その女性はアカツキの体を端から端まで観察するように見ている。
「あの人が守るくらいの人なんだから、どれくらい偉い奴なのかなかって思ったけど、そう、まだ子供なのね」
一人で納得したように頷く女性にますますどうしていいか分からなくなったアカツキはただただ次に投げ掛けられる言葉を待つことしか出来ない。
「ほんとに...。偉そうな奴だったら文句の一つでも言えたのに」
「え...?あの、怒ってるんじゃないんですか?」
「勿論、ここには恨み言の一つでも言ってやろうと思って来たわよ。けど、貴方は主人のことを想ってくれている。ほんの数時間程度の付き合いしかないはずなのに、死んだら悲しんでくれる。―――優しい子なんだから」
「優...しい」
「ねぇ、主人は。貴方にはどんな人に見えた?」
その質問に、アカツキは少しの静寂のあと、ゆっくりと口を開く。
「とても、聡明で、優しくて───格好良かったです。僕達はあの人に命を救われた。命の恩人です」
「そうでしょう、そうでしょう。なんたって私が選んだ......だい...大事な人、ですもの」
少しずつ女性の声に涙声が混じり始める。
「本当に、どこまでもお人...好しで。どんなお客さんでも、最後まで送り届ける...優し...す...る人」
最後は嗚咽で聞き取れなくなるくらい、女性は涙を流しながら愛する夫のことを自慢していた。世界で一番の旦那だと誇っていた。
「...すみません」
「あぁ、ごめんなさいね。こんな歳になってまでみっともない。この子が見てるのに」
そう言って女性は足に捕まっている小さな女の子の頭を優しく撫でる。
「夫が残してくれたのは、この子と、その二頭の狼です。その子達は夫が仕事の途中に捨てられていたと言って拾ってきた、とても希少な動物で、急ぎの用事がある時にはその子達を使っていました。名前はロロとミミ、ロロがオスで、ミミがメスです。その子達はとても頭が良くて、きっと皆さんの旅にも役立ってくれます。皆さんの旅に連れていってはくれませんか?」
「けど、旦那さんの残してくれた大事な狼じゃ...」
「私には夫のような商才もなければ、その子達を走らせることも出来ません。元気にその子達が走れるならと、今回はその為に来たんです」
「...本当に、ありがとうごさいます」
涙の痕が残ったまま、女性は笑顔で二頭の狼の頭を撫でる。
「二人とも、元気にね。今日からはその人があの人の代わり、ちゃんと守ってあげてね、ミミ、ロロ」
その言葉に反応するように二頭の狼は毛を大きく震わせる。そして、女性の足元にいる少女のことを大きな舌で舐めると、少女はとても嬉しそうに笑う。
しばし別れを惜しむようにじゃれる2頭の狼と少女、それを見ながらアカツキはジャックスの下へと戻っていく。
「話は、ついたんですね」
「あぁ。また、大切な仲間が出来たよ」
ジャックスは最後まで口出しせずに事の顛末を見届けると、弁当の入った大きな袋をアカツキの前に差し出す。
「これは僕らからのささやかな贈り物です。屋敷の人達で精魂込めて作ったので、皆さんと食べてください。荷台の中にはイロアス殿から渡された荷物と、街の皆さんが少しでも助けになるならと提供してくれた贈り物が積んであります」
最後まで執事としても、友人としても居てくれたジャックスから思いのこもった弁当を受け取り、一足先に入っていたナナに続き、荷台の中に入っていく。
「ねぇ、本当にこんな立派な白狼を貰っていいの?最近じゃ滅多に見ない希少種だよ」
「そんなに凄い狼なのか?」
「特徴的な白い毛に、海のように青い瞳をした希少種。その毛皮欲しさに乱獲されて、今じゃ殆んど見なくなったんだってさ」
「そっか、お前達も苦労したんだなぁ...。でも、良かったな、あの人達に拾ってもらえて」
そう言いながら2頭の頭を撫でると、ミミとロロは嬉しそうに喉を鳴らす。
そして、ナナの知識量にはただただ感服する他ない。きっとグルキス達による英才教育のおかげだろう。
「すまん、遅れた」
アカツキに続き、話を終えたガルナが荷台へ乗り込む。
最後に一通り挨拶を済ませたクレアが戻ってくるのを確認した後、馬車の運転経験があるナナとガルナの二人で交代しながら、手綱を握るように話し合い、ようやく学院都市を発つ準備が完了する。
「アカツキさん、良い旅を」
「おう。ジャックスも元気でな」
最初から最後までアカツキの仲間であってくれた友へ別れの言葉を告げる。それと同時に前からナナの声が聞こえ、少しずつ前に進んでいく。
速度は緩やかに上がっていき、一分もしない内に手を振って見送ってくれた人達が遠のいていく。その姿が見えなくなる時まで、アカツキも手を振り続け、やがて人影が見えなくなると、上げていた手を下ろして、自身の心臓に当てる。
「......」
何も変わらない。別段異変の無いように感じるが、ここには何かが巣食っている。アカツキにとって、良くない何かが。
『―――してい...ます』
「え?」
突然耳元で何者かの声が響く。それはまるで揺れる水のようにアカツキの心に染みるように溶けていく。
「まさか...な」
誰かの記憶。聞いたことのない、いや、知っているようで知らないその声は実際に誰かが言ったのではなく、アカツキの見てきた記憶のもの。
だとすれば、今こうして頭の中に響いたということは、何かの力が働いたから。前は時折聞こえていたサタナスの声のように、誰かが何かしらの目的を持って、アカツキに語りかけてきたのだ。
『きっと、いつか会えるその時まで』
「...俺は待っている」
その声と重ねるようにアカツキはポツリと言葉を発する。それは荷台に残っているクレア達の耳には届くことはなく、平原を駆け抜ける風と音に相殺される。
―――あぁ、そういうことか。
医師が言っていた違和感の正体、それは信仰都市に到着するよりも早く判明する。
「なぁ、ガルナ、クレア。少しいいか」
「はい?どうかしましたか」
「どうした、何か異変でもあったか」
若干心配そうにしているクレアと、何か起きたのか危惧したガルナに、アカツキは苦笑いしながら告げる。
「多分だけどさ、その良くない魔力って。―――メモリアだわ」
「は?」
「え?」
あまりにも突拍子もない話に、二人はただただ困惑するしかなかった。