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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【学院都市】幕間の物語
132/185

旅立ちの物語<それぞれが思いを背負って>

後書きまで今回のお話は続きます。

学院都市が静寂に包まれ、暗闇が満たす。深夜の森はそれは煌々と輝いていた。


その光の中心、いや、森を燃やす炎の中心には一人の少年の姿があった。


「...騒ぎが落ち着いたところで奇襲を仕掛ける。如何にもあの女が好きそうなことだ。そんなこと、僕が予想していないとでも?」


少年の足元には右足をもがれた女が力無く倒れていた。


その女性の体の半分は焼け爛れ、喉は水分を失って枯れ果てている、そうして徐々に衰弱していく様をアレットは冷え切った瞳で見下ろし。


「さようなら、名前も知らない誰かさん」


「の゛ろ...て。や...る゛」


「呪うなら力の無い自分を呪ってなよ」


そう言い放つと、無表情な少年の掌から放出された極炎が女の体を焼き尽くした。人間の塵が空に舞い、やがてそこには燃え盛る木々だけが残った。


その周囲には女性と同じく、炎に焼かれ死んでいった黒服の集団の死体が無造作に放り投げられていた。


「さて、と。もうこの都市に用は無いかな」


そう言って茶髪に白髪が混じった少年、アレット・スタンデは次なる復讐の為に街を後にしようと歩を進めていく。

───しかし、アレットはこちらへ近付いてくる足音に気付き、その歩みを止める。。


聞き覚えのある足音、そして、懐かしい声が聞こえた。


「アレット君、探したよ」


どうしてこんなところに、とまでは聞くまでもあるまい。この少女は、そういう人間なのだから。


「アカツキに救われて、これから大切な姉との生活が始まる。そんな幸福を描いてたんじゃないの?―――ミクっち」


愛称で呼んでいるというのに、その言葉には感情と呼ばれるものは存在しない。ただ、真似ているだけに過ぎないのだ。


「そんな幸せもあったかもしれない。けどね、私には君を置いて幸せになるなんて、出来ないよ」


「百年、君は多くの人間に傷つけられてきた。僕もその人間と同じ人種なんだよ?そんな奴を君は幸せを捨ててまで...」


「―――違う!」


アレットの言葉に被せるように腕に包帯を巻いた少女は声を荒げる。


「私にとっての幸せは、皆が戻って、ようやく幸せになるの!一人、たった一人でも欠けてしまったら、そんなの幸せじゃない。私を救ってくれた大事なお姉ちゃん、私と友達になってくれた大切な人達。誰も、―――もう、誰も欠けちゃいけないの!」


ミクの人生はとてもではないが、幸せと呼べるものではなかった。多くの人間に虐げられ、出会いより多くの別れがあった。匿ってくれた村も焼かれ、ようやく出来た親友もこの手で奪った。


「贖罪、ううん。こんなことをして許されるなんて思ってない。けど、私は今度こそ失わない。大事な親友を、絶対に失わないって、そう決めたの」


「...何を犠牲にしても君は平穏を望んだんだろう。それを自ら捨てるのかい?────冗談はよしてくれよ。じゃあ、お前のせいで、お前の幸せの為に奪われた命はなんの意味がある。お前は幸せを捨てると同時に、その幸せを掴むために奪った命の意味も捨てるんだぞ」


「やっぱり、知ってたんだね」


「正確には知ったが正しい。まさか、こんなところに親の仇が居たなんて思いもしなかったよ」


過去にミクはジューグに姉を捕らわれ、助けるためにクルスタミナの反抗勢力を潰すために手引きをした。実際にジューグを信用させるために、友人の命すら奪ったのだ。


「じゃあ、アレット君の復讐の為に私を殺す?そうしたら、貴方は満足するの?」


「ミク、僕はもう止まることは許されないんだよ。もう、燃えてしまったものは、燃え尽きるまで止まることはない。この憎しみに身を委ねて君を殺したって、僕は止まらない。だから、僕は全ての元凶、ジューグとかいう女をこの手で殺して、ようやく僕は燃え尽きることが出来るんだ」


少年の目には復讐の炎が灯っていた。消えることの無い、永遠に燃え続ける炎が。


「だから、そこに至るためなら何だってする。たとえ、両親を奪った君を利用してでも、僕はジューグという女を殺す」


アレットはまず、クルスタミナの親類を片っ端から殺して回った。次に母が廃人になった原因、父が殺された真実を知った。そこでミクと両親が友好関係にあり、そのミクがジューグの手先を手引きしたことで、母が狂い、父が死んだということも。


そして、ミクがそうせざるを得ないような状況をジューグが作り出していたことも。


「許す許さないは関係ない。僕が必要なのはジューグへと繋がる道。それをミクは持っているんだよね」


「...とても弱い呪い。本人は気付きもしない。その呪いを辿れば、ジューグに会えるよ」


「肉体に掛けた呪いではなく、魂にかけた呪いならば複製体が存在しようと関係ないってことか。───であるのなら、この旅を、僕の人生の終着点としよう」


空を見上げ、燃え盛る炎に囲まれながらアレットは決意を露わにする。


───狂っていた。アレットは復讐に憑かれてしまったのだ。

道徳も、倫理も、罪悪感すらも捨て去って、人として必要なものまで切り捨てでも前に進み続けることを選んだ機械のような少年。


───その名を、アレット・スタンデ。

世界を、運命を呪う復讐者はその身に宿る怒りと、脳を焦がすような復讐を終えるその時まで止まることはない。



......。



早朝、とても清々しい程に晴れ渡った空の下で、アカツキは寝転んでいた。


「随分と早起きだな」


何か考え事をしているアカツキに話しかけてきたのは制服姿のガルナだった。


「普段ならまだ寝てる時間。今日は偶然早起きだっただけだよ。んで?そんなお前はこんな朝っぱらから制服姿でどうしたよ」


「寮は粉々になってしまい、イスカヌーサ学院もあの様だ。だが、結界で炎上を免れた場所がある。そこに残してきた荷物を取りに行く」


「だからって制服じゃなくても良いだろ」


「...きっと今日が最後になるからな」


「何が?」


ガルナは「付いてくれば分かる」と言い、歩きだす。気になったアカツキは特に用事と呼べるものもないので付いていくことにする。


相も変わらず町はボロボロだが、僅かに瓦礫が避けられている。それは少しずつでも復興が進んでいる証拠だ。


奪われたものの多くは帰ってこないけれど、それでもあの戦いで亡くなった人を思いながら、今を生きる人間は前に進んでいく。そういうことなのだろう。


強くもある、悲しくもある。この街の人達は忘れること無く、過去を引きずりながら前に進んでいくのだろう。


「ガルナ」


「...何だ」


「ガブィナと仲直りは出来たかよ」


アカツキの言葉に少しの静寂のあと、ガルナは言葉を返した。


「どこで聞いた」


「昨夜、俺がクルスタミナの奴と殺しあっている時に起こっていたことをイロアスに教えてもらったんだ。お前がめちゃくちゃなことをしてたってこともな」


ガルナはめんどくさそうにため息をつく。そして、数秒後に口を開き。


「お前を除いた皆で、昨夜は話し合ったんだ。これからの方針と、アレットのこと。そして、サネラやサラとララ、それにリナもか。今回の件で記憶を持たない私達にも何があったのか教えてほしい。とな」


理解しようとしている。あの苦しみを、聞くだけしか出来なくとも、それを友として共有し、共に背負っていく覚悟を決めたのだろう。


「そこで、各々が自分なりの道を選んだ。平穏を取り戻すために町の復興を手伝う者、アレットが帰ってきたときの居場所を作る者、そして―――弟の身に巣くう天使を殺すための方法を探す者」


「...はぁ、分かった。さっきの荷物の件といい、大体の察しはついたよ」


「手間が省けて助かるな。そうだ、―――俺はお前らの旅に同伴することにした」


「いや、まぁ。うん。確かに俺としては大歓迎だよ。でも───お前は本当にそれでいいのか?」


「俺が決めたことだ。後悔はしないさ」


「多分、結構な頻度で厄介事に巻き込まれるぞ」


「そこで情報がより多く得られるのなら俺としては構わないさ」


ガルナの情報網を持ってしても見つからないその方法をアカツキ達の旅で見つけ出せるのだろうか。そもそも相手は過去に絶滅したはずの天使、それを完全に消し去るための方法など、そもそもこの世にあるかも怪しい。


何せ現状この世界には【天使は存在していた】という、たったそれだけの情報しかないのだ。天使が存在していた痕跡も、その天使に関わる情報は一切残っていない。だが、確かに存在していたとだけ遺されているのだ。


「反対はされなかったのか。特に委員長とか、あとはミクとかさ」


それだけじゃない。アカツキは意図的にその名前を口にすることを避けたが、それを何よりも悲しく思うのは委員長であるサネラでもまく、苦楽を共にしたミクでもなく───彼の弟であるガヴィナだったのではないかと。


だからこそ、口に出すことは出来なかった。ガルナも、それを理解して尚、前に進むことを選んだのだから。


「されたさ。こっぴどく叱られた。ミクは......。まぁ、大体俺と同じ考えでな、特に言及はされなかった」


「そっか。まぁ、自分で決めて、話し合いもしたなら俺は何も言わないよ。けど、どこかで急に終わっても不思議じゃない旅だぞ」


「ならその時まで付いていくだけだ。何、あのときの延長戦だと思えばいいさ」


ガルナが思い浮かべてるのは記憶の改竄が起こる以前の、クルスタミナの調査をしていた頃の話だろう。思えばあれから3ヶ月以上経っている。


───本当に、時間の流れは早い。


「着いたぞ、待っていろ。すぐに戻る」


「へいへい」


ガルナが荷物を持ってくるまでそこら辺をブラブラしていると、近くで人の声が聞こえる。


どうやら二人組で、両方大人のようだ。


悪いことをしている訳でもないが、何故か隠れながらアカツキは声のする方を覗く。


『ねぇ、聞いた?カルタッタ先生が林の中で見つかったって』


『えぇ。聞いたわよ。まさか、焼死体で見つかるなんて...。それに教頭先生も見つかってないそうじゃない』


『身近でこんなことが起きるなんて、不吉よね』


カルタッタ、確かこの都市に来たときにクルスタミナと一緒に居た人、アカツキにはあまり接点のある人物ではないが、知っているのはクルスタミナの関係者であるということだけ。


「......まさかな」


そう、偶然だ。


たまたまこの騒動に乗じて襲われて、たまたま焼死体で見つかっただけ。そう、こんなのは...。


「盗み聞きなんて、あんまり誉められることじゃないわね」


「そんなこと言うなって。こういうのは......?っ!!」


さも当たり前のようにその声の問いかけに返答してしまったが、いつの間にか隣に居たリゼットに驚いてアカツキは声をあげそうになる。


「なんでこんなとこに居るんだよ!」


───上げてしまった。


「そのままそっくり返すわよ。こんな朝早くからどうして学院に来たのよ」


「俺はガルナに付いてきただけだよ。んで、リゼットはどうしてこんなところに?」


「忘れ物ね。暇だったから本を読もうと思っていたんだけれど、学校に読みかけの本を置きっぱだったことを思い出して」


そう言って、リゼットは鞄の中から一冊の本を取り出す。


「面白いわよ、読んでみる?」


「優秀な一組の委員長様の本なんて俺が読んでも理解でき.........は?」


アカツキはその本の表紙と題名に釘付けになる。それは学院都市に来たばかりの時に、アレットが借りたものだと言っていた本の中にあった物の続編と思われるもの。


「おま...!仮にも委員長なんだからこんなもん読むなよ!?」


口にするにはアカツキでも恥ずかしい題名の本をさも当たり前のようにリゼットは読み上げる。


「そう?案外面白いものよ、たとえばこの、あの人の恋は私の恋。ねとら...」


「バカ野郎!」


題名を言い切る前にアカツキはリゼットの頭を叩き、難を逃れる。


「なんでそんなに怒っているの?それに私は女の子よ、野郎じゃないわ」


「あんたはもう少し真面目な奴だと思ってたのに...。俺の期待を返してくれ」


「勝手に期待しないで。うざったい」


「毒舌っすね...。まぁ、理由は分かったよ。そしてあんまり言及しないでおく」


ガルナが戻ってくるまでの間、アカツキはリゼットと少しの間暇潰しがてらに話すことにする。


「それで、そっちの方はどうだ。屋敷にはまだたくさんの人が残ってるんだろ?」


「皆帰る場所が無いのよ。仕方ないと言ってしまえばそれで終わりよ。それでも街の人達は止まることなく、少しずつ進んでるわ」


「...そっか。傷はもういいのか?」


「えぇ。てっきりこっちは死ぬつもりだったから、恥ずかしいこととか考えてたのに、生きてるんだから、びっくりよ」


「へぇー。それはどんなことを?」


からかい口調で質問するアカツキにリゼットはどこか遠くを見ながらポツリと言葉を溢す。


「私を救ってくれた、大事な人のこと。私と初めて友達になってくれた、とても優しくて強い人のこと」


「――――――」


そこでアカツキは自身の失言に気づく。が、もう遅い。


リゼットが言う大事な人というのは大方察しがつく。闇の中で見た記憶の中に、リゼットと思わしき少女とアレットの姿があった。きっと、二人は自分が知らないところで接点を持っていた。


そんなの、少し考えれば気づいたことなのに。


「戻って...くるのかな」


その言葉はどこか悲しそうで、今にも消えてしまいそうな程に小さな声だった。


「戻ってくるさ。いや、連れ戻して見せる。あのバカ野郎の頭をひっぱたいて、目を覚まさせてやるさ」


「そう、じゃあ期待だけはしておくわ」


そう言って満足そうにリゼットは立ち上がり、歩きだす。しかし、途中で何か聞き忘れていたのか、振り返り。


「屋敷には戻ってこないの?」


「...あそこはもう俺の居場所じゃないからさ。それに、戻ったら止まってしまいそうだから」


あくまでもあそこはジューグが整えた舞台の一つ、一方的な戦いではなく、ギリギリの戦いを見たいという理由で記憶を書き換えられた執事のジャックスと多くのメイド、あそこにはちゃんとした主が居たにも関わらず、そこにアカツキはさも当たり前のように滞在していた。


もう全てが戻った今、あそこにアカツキが居ていい理由は何一つとして存在しない。


「都市を出る前には挨拶くらい来なさい。ちゃんとお礼しないと、私が怒るわよ」


「...分かったよ。ちゃんと挨拶しに行くから」


「よろしい。それじゃ、また後でね」


今度こそリゼットはイスカヌーサ学院を後にする。それと入れ替わるようにガルナが荷物を持って戻ってくると、リゼットの後ろ姿を見て、疑問を投げ掛けてくる。


「何か話していたのか?」


「世間話程度だよ。それでお目当ての...」


アカツキがガルナの方へ振り返ると、その瞳が大きく見開かれ、ある一点を凝視していた。


その視線の先はイスカヌーサ学院の屋上、そこにフードを被った女性と思われる姿、フードの隙間から覗いたのは長い黒髪と見覚えのある顔。


「...サティーナ」


「な...!?アカツキ!!」


突然走り出したアカツキを追いかけていくガルナ、だが突然その視界が闇に塞がれていく。


「サティーナ、ジューグの側近...。そういうことか、貴様らはどこまでも!!」


「あははは。おにーさん、僕の遊び部屋へようこそー」


次第に目の前を覆っていた闇が晴れていくと、そこはたくさんの玩具が揃えられた不気味な暗い部屋だった。


「空間転移、その類いか」


「そのとーり。ジューグ様の言い付けでおにーさんにはここで僕と遊んでもらうよ」


「......。子供に手を上げるのは忍びないが、今は生憎と手加減できる余裕がない。―――あいつに手を出すならお前らを殺す」


「あははは。こわーい。けど、―――やれるならやってみてよ!おにーさん!」


天井から落ちてくるのはファンシーな人形と蝋燭、だが人形は血に染まり不気味に笑っている。蝋燭は尖った先端をガルナに向けている。


そして―――。


瞬間。


――――――全てが弾けた。



......。



「はぁ...はぁ、はぁ」


階段を急いで上り、廊下で走るなの張り紙を無視して廊下を全力で走る。息を切らしながらも、その目的の場所へと向かう。


「サティーナ!!」


屋上へ繋がる階段を掛け上がり、勢いよく屋上の扉を開ける。そこにはアカツキが先程目視した人物が悠然と立っていた。


「お前、どこに居たんだ」


「...お久しぶりですね」


頭を覆っていたフードを取ると、そこあったのはアカツキが予想した通りの顔。あの日、あの戦いの後、現れなくなってしまった大切な人の1人。


───だが、同じ人物だというのに明らかに人が変わってしまっていた。

その笑顔はまるで人形のように作られた笑顔で、その瞳からはかつての優しさが微塵も感じなかった。


「冗談...なんだよな?グルキスの話も、仕方なかったとか、そういう、色んな事情があったからやるしか無かっただけで...!!」


―――だって覚えてるじゃないか。


―――サティーナが記憶を取り戻したなら、久しぶりなどと言うはずがない。記憶を改竄されたサティーナがクルスタミナの死亡と共にジューグの側近であったことを思い出したのなら俺のことは忘れているはずだ。


何かにすがるようにアカツキは思考を停止させる。あり得るかもしれない可能性を否定する為に。


―――戦いの最中に記憶を取り戻し...。違う、そんなことあってたまるか。


「サティーナ、帰ろう。まだ、覚えてるんだろう?」


「...はい。貴方と過ごした日々、あの幸せな時間を私はまだ覚えています」


「―――なら...!!」


期待した羨望でサティーナの顔を見上げたアカツキ、しかしその僅かな希望も一瞬で砕かれることになる。


「―――私の主はジューグ様、たとえ、かつての私に幸せというものを教えてくれた人であっても命令に従い、私は殺す」


サティーナから放たれた納得しがたい言葉と共に突如としてアカツキの体から力が抜けていき、突然意識を失った人間のように地面に倒れ込む。


「サ..ティ......ナ?」


「私の最終目標、貴方から魔力のサンプルを回収した後、ターゲットの息の根を止めること、監視役だって居ます。私がちゃんとアカツキさんを殺せるかどうか見定める人物が」


「―――あんまり喋ってる時間はないよ、おねーちゃん。僕のお人形さんがさっき死んじゃったから、すぐにあのガルナとかいうおにーさんが来ちゃうよ」


「えぇ。分かっていきます」


物陰から現れたのは右足を義足で補った少年、その風貌からジューグに改造を施されたであろうことが一瞬で理解できた。

そして、その人物と当たり前のように話すサティーナが―――ジューグの仲間であるということも。


「どうして...。もっと、仲良く...なって。あの絶望から―――救ってあげたかったのに...!!」


「―――――――――」


アカツキの言葉に、サティーナは言葉を失う。


どこかで見られていた。一番見られてほしくない部分がこの人に見られてしまっていた。


「ほら、丁度よく絶望してるみたいだし、さっさと殺してね。―――おねーちゃん」


殺人を催促するように少年は冷酷な言葉を言い放つ。それに従い、サティーナは自身の前で倒れているアカツキに手を伸ばす。


「触れちゃうだけで人間を殺せちゃうんだから本当に便利だよね。魔力の方向を変えるだけだったのに、いつ魔力そのものを消滅させるなんてこと覚えたの?」


「貴方に言っても理解できないでしょう。いいから私の任務を見届けなさい」


「はーい。じゃ、さっさと済ませてね」


サティーナは、どうしてジューグに付いていくことを決意したのだろう。確かに自分が最初にサティーナに言った言葉は酷いものだった。


ガキのように八つ当たりして、不安定な心をもっと傷つけてしまった。けれど、もう一度やり直そうとしたんだ。


悪かったことは謝って、また一緒に進もうって、そう思ったんだ。


―――あの時、ボロボロだった心の拠り所は、お前だったのに。


「ごめんな。あの時、お前に酷いことをして。ごめんなぁ、サティーナ。ちゃんと......。救ってあげられなくて」


「――――――さようなら、アカツキ様」


サティーナは膝の上に乗せたアカツキの口元へ顔を近づけていき───そして。 


「大好きでしたよ、アカツキさん」


2人の唇が重なり、アカツキばその唇越しにサティーナの体温を感じ取り、その頬を大粒の涙が流れていく。


私があの人に奪われなかった、アカツキに捧げられる最初にして最後の贈り物。誰かに奪われてしまう、その前にサティーナは最も大事な人間にそれを贈った。


───さようなら。さようなら。これでもう思い残すことは無い。これでもう、ようやく私はただの人形に戻ることが出来る。


───あの、明るく眩しく光る思い出達に別れを告げられる。


甘くて、体が溶けてしまいそうな接吻は、アカツキから無慈悲に魔力を奪っていく。そうなれば、訪れる結末はただ1つ。


───アカツキは、ゆるやかに死へと向かっていくのだ。


───暗闇に落ちていく。後悔を抱きながら。


「...おやすみなさい」


体の肌が黒ずみ、しわしわになったアカツキの亡骸から離れ、サティーナは義足の少年が用意した異空間に繋がる扉へ向かっていく。


「お疲れ様、大事な人だったはずなのに、本当に殺しちゃったんだね」


「私が仕える主はただ一人ですから。目的を果たすならかつての主であろうと、私は殺しますよ」


「こわーい。けど、これで信用して貰えるね。だって、大好きな人を殺したんだからさ」


「―――今すぐその口を閉じなさい。そのことを口外しようものなら貴方でも容赦しません」


「目の前で殺したところを見たあとだから、本当にやりそー。けど、そうだね。帰ろっか」


静かに異空間の扉が閉まっていく。それと同時にようやく屋上へ到着したガルナがアカツキの亡骸を見て、消えていくサティーナに叫び、問い掛ける。


「お前だって、人並みに生きれたんじゃないのか!!こいつに救われたんだろう、―――お前も!!」


その問いにサティーナは答えることはなかった。最後に義足の少年が悪戯っぽく笑いながらガルナに手を降る。


「バイバーイ、おにーさん。またどこかで会おーね」


だが、ガルナは逃がさんとばかりに扉が存在する空間を大きく歪めようとする。


―――しかし。


「ただの人間の力で僕の能力を越えれる訳がないじゃん。じゃーね」


少年の言葉を最後に、開かれていた扉は勢いよく閉まり、何も無かったかのように消滅した。


その場に一人残されたガルナはアカツキの体の前に座り込む。


...そして。その最後を少しでも引き延ばし、アオバの下へと連れて行こうと考えて───。


「―――生きているのか?」


おおよそ生きているとは思えないような姿だが、僅かな呼吸の音がガルナに聞こえていた。


そして、アカツキの喉が上下し、それと同じくして徐々にアカツキの肌に色が戻っていく。死の淵をさ迷っていたアカツキの体が戻るまで、そう時間は掛からなかった。しかし、それでも目覚めることはない。


「医者は...。屋敷か!」


ガルナはすぐさまアカツキを背負い、かつて拠点となっていたジャックス達が居る屋敷へ走り出す。

とても、とても暗い場所だ。

音もなく、体の感覚もない。

どこか心地いい闇に、身を委ねそうになる。


けれど、そんな自分を何かが縛り付けている。闇に沈んでしまわないように体を引っ張ってくれている。


一体、誰なんだろう。


「......キ」


闇の世界に響く、幼い声。


「...ツキ」


さっきまで話していた誰かの声。


「アカツキさん!!」


光が、闇の世界を包み込んでいく。


「...ぁ」


視界が次第に鮮明になっていく。失われていた感覚がまた体を満たしていく。


「...そ...うか」


生きている。そう、実感するしか無かった。


「バカが、一人で行くからこうなるんだ」


「はは。ごめん」


力のない声でアカツキは謝り、クレア達の手助けで、その体を起き上がらせる。


「アカツキさんですね。無事目が覚めたようで何よりです」


「先生。本当にありがとうごさいます!」


まだ万全ではないアカツキに変わり、クレアが感謝を伝える。急に運び込まれたアカツキを診てくれたのは唯一、この人だけだった。


「いえいえ。私達の命の恩人なのですから。そんな人をほっとくなんて出来ませんから」


そう、運び込まれたアカツキを助けようとしてくれた医者は彼女だけだったのだ。


「...いくつか質問をしてもよろしいでしょうか」


手を伸ばしてくれたのが一人だけだったその理由は、すぐにアカツキにも分かることとなる。


「あ、はい。どうぞ」


「先ずはですね。最近、悪夢などにうなされたりはしませんか?」


「いや、特に...。えっと、夢は見てるかもしれません。覚えていないだけで、何かを見ていたと感じることはあります」


「先程、運び込まれた時のことです。貴方はひたすら誰かに謝っていたんです」


その言葉にアカツキは少しの間思案する。たまに夢を見ていたと感じることはある。その時には知らない間に涙が流れていたこともあった。しかし、今回は何かを見ていたような感じはしなかった。


「いえ、無理に思い出そうとしなくてもいいんですよ。覚えていないのなら、仕方のないことなんですから」


「あ、すみません。ちょっと考えていただけです」


「いえいえ。別に謝ることはありません。それでは次の質問です。これはアカツキさんと行動していた皆さんにも聞いていただきたいことなのですが。―――二重人格、アカツキさんとは別の誰かと話しているような感じがしたことはありませんか?」


医者の質問はアカツキの中に誰か居るということを質問しているようなもの、詳しい事情を知らない一般人にどうして、アカツキとは別の人格があると予想できたのだろう。


いや、この場合は思考を変えてみよう。逆に言えば、一般人にも分かるほど、アカツキの体に違和感があったとしたら?


「なにか、あったんですか?」


「いえ、あまりにも分かりやすかったんです。アカツキさんの体の中で主張するように、アカツキさんとは別の魔力が胎動していた。そして、同時にそれはとても禍々しいものでした。魔法というものに少ししか触れていない私にも分かるほどに」


「別人格、あのときの奴か?」


「いや、それは違う。心臓にあった違和感はなくなってるんだ。だから、今回のその魔力とは関係ない...はずだ」


「本人にも自覚はない。なら、何か起きてしまう前にその魔力を払ってもらうしかありません。そして、禍々しい魔力を払うことが出来るのは、この世界にただ一人」


「...巫女、か」


ガルナだけが、医者の言いたいことを理解していた。アレットと協力関係にあった他都市の人物、クルスタミナの攻撃を無力化出来るほどの力を持つ存在。


「正直、オススメは出来ません。あそこは教会と敵対関係にある都市です。それに最近は悪い噂しか聞きません。しかし、その魔力を放置していればやがて貴方の精神と体は蝕まれてしまう」


危険な場所に出向いてまで、治せないものがある。それだけで、アカツキ以外の者は覚悟を決めていた。


「それで、どうにかなるんですよね?」


「はい。巫女でなければ魔力を払うなんて芸当は出来ません」


「なら、やることは一つだね」


「そうだな。行くしかないだろう」


次の目的地、旅の行く先は決まった。


「すぐにでも向かった方が良いでしょう。事は一刻を争うと思ってください」


「でも、そんな危険な場所に...」


「なに、今回の件以上に危険な事はまず無いだろう」


「そうそう。ま、私らに任せときなって」


「そうとなれば急ぎましょう。イロアスさんに話をすれば、すぐにでも出発できるはずです」


クレア達に引っ張られるようにアカツキは部屋から連れ出されていく。

その部屋に残されたのは一人の女。―――ありもしない嘘をついた女は楽しそうに笑みを浮かべながら、その後ろ姿を見送るのだった。


「頑張って下さいね。―――紫雲さん」


新たな旅はこうして始まる。

仕組まれていたことも知らずに、彼らは危険な場所へと誘われていくのだった。

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