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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【学院都市】幕間の物語
131/185

幕間の物語<あるべき未来と、これからの未来>

窓から差し込む光が徐々に部屋を照らしていく。長い夜を越えて、アカツキは久々に長い睡眠から目を覚ます。


「...クレア、か」


アカツキを一人ぼっちにしたくなかったのか、ベッドの隣ではクレアが静かに寝息を立てながら眠っていた。


「......」


昨夜はみっともなく泣いてしまったが、おかげで心に溜めこんでいたものを吐き出すことが出来て心なしか体も軽い。


クレアを起こさないようにゆっくりと立ち上がったアカツキはベッドの脇に置かれている剣を取ってみる。


―――どうしてもあの光景が脳裏にちらつく。


まだ、鞘の中から剣を抜くことが出来ない。人を殺したということが今もアカツキの心に重くのし掛かっている。一度目よりもはっきりとしていた人を貫いてく感触に、絶命していくクルスタミナの顔が鮮明に焼き付けられている。


まだ忘れられない。けれど、昨日までとは違うことがある。


ベッドでスヤスヤと眠るクレアを優しい眼差しで見て、アカツキは決意する。


今はまだ剣を抜けなくてもいい。けれど、いつか守るために必要になるのならば、その時は...。


「それまで、待っててくれ」


神器に語り掛けるようにアカツキは呟く。それに反応するように柄が淡く光る。やはり、神器にも人と同じような魂が宿っている。


―――あの光景は、人の記憶に蝕まれ続けた少年は確かに存在したのだ。


「お前は、救われただろうか」


人の思い出を永遠に保存し続ける神器メモリア、しかしその力を悪用され、人の負の部分だけを見てきたメモリアは壊れてしまった。これ以上、誰かにいたぶられるだけならとサタナスはアカツキに変わって、手を下した。


だから、許せなかった。


あいつだって化け物になりたくてなったわけじゃない。この世界を呪っていたことは確かだった。しかし、それ以上に愛していたのだ。


それなのに、あの神父のような男は貶した。アカツキが目を覚ましたのは誰かの泣き声が聞こえたから。その辛そうに泣いていたのは他でもないサタナスだった。


後悔している。今までのことに他でもないサタナス自身が後悔している。


世の中には化け物になるしか方法が無かった人間がいた。愛する人を守るには、それしか無かったのだから。


「静か...だな」


今まで心臓にあった謎の違和感は消え、色々な場面で助言をくれたあの声も聞こえない。ここにあるのはたった一つの心と魂。それ以外には何もないというかのように静かだった。


「いつか、話してくれるって約束だからな」


今は恥ずかしいところを見られて出てこられないだけだ。また当たり前のように話し掛けてくれるはずだ。それまで、待ち続けよう。


「アカ...ツキ、さん?」


一人で思い耽っていたアカツキの名を、目を覚ましたクレアがまだ眠たそうに目を擦ったまま呼ぶ。


「おはよう。昨日はその、ごめんな」


少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめながらアカツキが感謝と謝罪をする。ここまでこんなに親身になってくれた人なんて居なかったから、つい弱音を吐き出してしまったのだ。


「大丈夫ですよ。また辛いことがあったら、頼って下さいね」


ベッドから身を乗り出して、クレアがアカツキの体を優しく包み込む。


そして、やっとあの言葉を伝えるのだった。


「お帰りなさい。アカツキさん」


若干恥ずかしそうに苦笑して、アカツキもようやく帰って来たのだなという実感を言葉にする。


「―――ただいま。クレア」


こうして、長い戦いにようやく幕が降ろされた。



......。



「アオバ、ありがとうな。今まで面倒を見てくれて」


あの後、目を覚ましたアカツキとクレアはもう一度アオバの部屋へ出向いたのだった。そこでは徹夜明けなのか、若干疲れ気味ながらも、無事に心の病を治したアカツキを見て、微笑むアオバの姿があった。


「クレアさんに任せて良かった。僕としても苦しそうなアカツキさんは見たくありませんでしたから」


「その節は本当にお世話に...」


申し訳なさそうに口ごもるアカツキを見て、アオバは安堵のため息をこぼす。


「僕から言えることは二つ。あんまり抱え込みすぎないことと、今後こんな無茶をしないこと!いいですね?」


「善処します」


「善処じゃなくて、実行してください」


「はい...」


アオバに押されたアカツキが項垂れる。その光景を見て、クレアがおかしそうに笑う。それと同時に、ようやく平穏を手に入れたのだなと実感が沸いてくる。


「笑わないでくれよ...。まあ、楽しいならいいけどさ」


アカツキも少しだけ嬉しそうに見えるが、それを言ったら本人は恥ずかしがるので言わないでおこう。


「それじゃあ、一先ずはここでお別れですね」


「もう帰るのか?」


「ええ。負傷した人達は皆治療し終えたので、僕がこの都市に居る理由は無くなりましたし。ユグドさんやシーナさん、農業都市の人達は一足先に帰ってしまいましたが、リリーナさんは残っているみたいですし、挨拶をしてきてはどうですか」


「そうですね。アカツキさん、今回は色んな人にお世話になったんですから、お礼をしなくちゃいけませんよ」


「はいはい。一応病み上がりだから、あんまり急かさないでくれよ」


扉の取っ手に手を掛けて、アカツキとクレアが振り返り。


「アカツキさんを診てくれてありがとうございました。またどこかで会えることを楽しみにしてますね」


それに続き、アカツキも最後にアオバへ礼をする。


「ありがとう、本当に感謝してる」


そう言って、扉は静かに閉じられる。その場に一人残ったアオバは笑顔で二人を見送るのだった。


「お元気で。あまり会うことが無いように願いますが、いつかもう一度貴方と共に戦える時があれば、尽力しましょう」


静寂に染まった部屋で、アオバがそう告げると辺りにあった資料が次々と転移していく。


「アオバ君、もう良いんだね?」


「はい。やるべきことはやって、伝えたいことは伝えました。僕と彼女だけを例外で残してくれてありがとうございました」


ウーラの手回しにより、クルスタミナとの全面対決が終結してもアオバと彼女だけが都市に残れるようにしてくれていたのだ。他の名も無き医師団の者は一足先に拠点に帰還している為、アオバもしかるのちに迅速な撤退を求められていた。


「アカツキ君や他の皆の資料は全部この部屋にあるんだよね?」


「えぇ。機密事項の隠匿、僕の魔法の痕跡も外には残っていない。それで大丈夫ですよね」


「はい、それじゃ、帰りますよー」


光がアオバの部屋を包み込み、一分も経たない内にその部屋から人が住んでいた痕跡が消え去る。何もない空き部屋、最初から何も無かったかのように、静かな空間が広がっていた。


......。



そこはとても静かな庭園。小鳥のさえずりが耳に心地よく、草花の柔らかい匂いが漂ってくる。そこで一人の女性がアカツキを待っていたかのように立っていた。


「こんな所に居たんだ。久しぶりです───師匠」


リリーナ。アカツキの剣の師にして、都市壊滅部隊の副隊長を務める例外的な力を手に入れた人間の1人。


「やっと立ち直れたか。ま、私の弟子なら多少の絶望くらい乗り越えて貰わないとね」


相変わらず手厳しい人だが、それと同じくらいにアカツキの容態を心配していたようで、アカツキが無事に退院するまでこの都市に残っていたらしい。


「...どうだった。人を殺した感触は」


「正直、とても耐えられるものじゃなかった。だから、農業都市では何とも思わなかった自分が気持ち悪かった。人は力を持ってしまったら変わってしまう、そう思いました」


「確かに人は変わっていく生き物さ。金を持つもの、持たぬもの、育ちの違う者、思想の違う者、血の繋がりを持つ者、持たぬ者。誰もが同じなんてことは絶対にありえない。人間なんていうのは案外簡単に変わるもんさ」


そう言うリリーナの顔はどこか遠くを見ているような気がした。まるで、変わってしまった人間がいたかのような、そんな悲しそうな表情だ。


「特に戦争は駄目だな。あれは人を狂わせる。だから私達が居る。都市間の争いが起こるくらいなら圧倒的な力を持ってねじ伏せる。憎まれるのは仕方がないけど、それで死ぬ人間が減るのなら私達は喜んで人だって殺す」


リリーナが今回屋敷の防衛に当たるに至って、戦いの終結の際には無数の黒服の死体で埋め尽くされていた。リリーナの実力を物語るにはそれだけで十分だった。そして、人を殺すことに慣れていることも。


「アカツキ、あんたはそれでいい。人を殺すのなんて、慣れちゃいけないんだからさ」


その言葉はもう人を殺すことに慣れてしまった自分に対する軽蔑でもあった。リリーナは自身の異常性に気づいている。だから、そんな自分をどこかで嫌っている。それを表に出さないだけだ。


だから、伝えなくちゃいけない。今回助けてもらったこと。剣を、守る術を教えてもらったこと。たくさんのことを貰ったことを。


「師匠、俺は感謝してます。誰が何と言おうと師匠は良い人ですよ」


「良い人、ね。何年ぶりだろうね、誰かに誉めて貰うのは。―――アカツキ、来な」


「...?」


疑問に思いながらもアカツキは呼ばれた通りにリリーナへ近づいてく。そして―――


「ありがと、あんたは―――大事な私の弟子だよ」


後ろにクレアが居るにも関わらず、大胆にアカツキを抱き締めた。クレアだけが驚いているが、アカツキはこの意味を理解していた。


「もう、行くんですね」


「もっと色んなこと教えてあげたかった。けど、私は本来壊す側だ。今回みたいに都市を守るために戦うことなんて殆どない。次に会うときは、もしかしたら敵になっているかもしれない。そんな人間なんだよ、私は」


「...けど、たくさんのことを貰えました。本当に、本当に感謝してます」


「バイバイ。出来ることなら、もう会わないことを願ってるよ」


そう言ってアカツキを名残惜しそうに手放したリリーナは庭園を後にする。


きっと、そのとおりなのだろう。都市壊滅部隊とは、文字通り都市を破壊するための組織であり、本来守る側ではないのだ。今回が例外なだけで、次に会うとすればそれは敵としてだろう。


だからリリーナは言った。もう会うことがないようにと。


「ありがとうございました」


ようやくこの世界に来て巡り会えた良き師匠にアカツキは礼を行って、遠くなるリリーナの姿を最後まで見送った。



......。



太陽も沈み始め、夜の帳が静寂な町を包み込んでいく中で、クレアとアカツキが誰も居ない廃村のような町を歩いていた。


「ユグドさんや農業都市の皆さんは一足先に帰ってしまっているので、これで挨拶は大丈夫ですね」


「いや、最後に寄らなくちゃいけない場所が一つある。...付いてきてくれるか?」


アカツキの頼みを断る理由などクレアには無く、そのままアカツキが行きたい場所へ向かう。


「この道は...」


進んでいるうちにクレアはアカツキが寄らなくてはいけない場所がどこなのか理解できたようだ。


「こんなデカイ屋敷が今まで見つからなかったんだから不思議だよな」


初めてこの都市の理事長、イロアスとのコンタクトを取ったときにアカツキは彼の屋敷の引き出しとだけ言われた。そこに何があるのかは分からない。けれど、それはきっと彼にとって見つかってほしくないものか、クルスタミナを破滅に追いやる何かのなのかは分からないが、それが大事なものだということだけは理解できた。


「それに、前は一方的に拒んでいただけで、話し合いなんてしなかった。それも含めて頭を下げに来たんだよ」


アカツキが正門に到着すると待っていたかのように、門が静かに開かれ、アカツキとクレアを屋敷に招き入れる。


薄暗い廊下に蝋燭が灯り、赤々と周りを照らす。


そのまま、蝋燭がアカツキ達の進む道を照らしていき、大きな部屋の前で通路が途切れる。


すると中から。


「入ってくれ。丁度揃ったところだ」


何が揃ったのか考えることなくアカツキは扉を開き、中に入っていく。


そこに広がっていた景色にアカツキは目を疑うことしか出来なかった。本当に未来でも見えてるのかと疑いたくなるほどだ。


「「「「おかえりなさい、アカツキ」」」」


クラスの中でも特に仲が良かった面々がその部屋に揃っており、大きなテーブルにはたくさんの料理が並べられている。


「クレア、お前も知らされてたか?」


「......いいえ。そもそも、ここにナナちゃんが居ることの方が不思議です」


アカツキとクレアも知らないのなら、共に旅をしていたナナも知らないと思うのが普通だが、この部屋には最初からナナが待っていた。


「君の退院祝いというわけだ。本当はリリーナさんとかも呼んでいたんだが、これ以上この都市に滞在できないようだったからね。だから、君のことを心配していたクラスメイトを呼んだってわけさ」


出迎えてくれたイロアスはそう告げると、アカツキとクレアを料理の並べられた大きなテーブルに座るように促す。


『あとで個別に話したいことがある。一先ずは楽しんでいってくれ』


アカツキの側を離れる瞬間、イロアスが耳元で呟く。


そのあとは何事もなかったかのように進行を進め始める。


アカツキの左隣には無理やり連れてこられたのか、あまり乗り気ではないガルナが座っていた。


「久しぶり、元気にしてたかよ」


「それはこちらの話だ。お前は無茶をしすぎだろう」


ガルナとは一時、クルスタミナの悪事を暴く為に共に行動をしていた。最後に別れたのはもう何ヵ月も前の話だ。


「ていうか、やっぱりお前は覚えてるんだな」


アカツキが無茶をしたということをガルナは知っていた。ということは記憶の改変が行われた後にガルナは自力で奪われた記憶を取り戻していたことになる。


「...俺は自分のことで手一杯だったが、共に旅をした人間のことくらい気にかけるさ」


ドライな一面ばかり見てきたアカツキにとってそれは意外なことだった。ガルナにも人を心配する気持ちがあるのだなと。


「...お前、もしかして俺のことをバカにしてないか?」


「してない」


さも当たり前のように人の心を読んでくる辺り、とんでもない人間だ。


その隣で黙々と並べられた料理を飲み物のように平らげる人間はそれ以上にとんでもないが。


「なあ、お前んとこ食費やばくないか?」


「基本的に寮での飲食は無料だからな。その点は問題ない」


「じゃあ、お菓子代で金が溶けてるとみた」


「......さあな」


当たりだったようだ。


アカツキは席を立ち、ただひたすらに食べているガブィナの隣に座る。


「...やぁ、アカツキ。君は無事に戻ってきてくれて嬉しいよ」


アカツキが来たところで食べる手を止めてガブィナが話しかけてくる。前とは少しだけ雰囲気が変わっている気がするのは気のせいだろうか。


「あれ?」


そこで、アカツキは前とは違う部分をもう1つ発見する。


「その肩の痣、どうしたんだ?」


何かの模様のような変わった痣がいつの間にかガブィナの肩に存在していた。


「...こちらも色々あった、それだけのことだ」


その問いに答えたのはガブィナではなく、ガルナだった。その口ぶりからして、あまり深くは聞かない方が良いだろう。


「僕とばかり話をしてたら時間が足りないでしょ?覚えてる人は少ないけど、皆君を心配してたんだ。行ってきなよ」


「おう。じゃあ、また後でな」


「うん」


やはり今日のガブィナはあまり元気がないようだ。


それもそうだろう。アカツキが知らないだけで、ガブィナはクルスタミナに操られていたのだから。


今回の戦いの中でも、特に苛烈を極めたのは神器を操るクルスタミナと相対したアカツキと、己の中に眠る天使の血により暴走したガブィナを静める為に戦ったガルナである。


そもそも、絶滅したと言われている本来存在してはいけない存在と戦ったガルナが生還したこと事態奇跡に近く、その天使を一方的に圧倒したあの司教はそれ以上に化け物だろう。


そして、ガルナにたくさんの傷を与えたことをガブィナはまだ後悔している。だから前ほど元気もなければ、ガルナに話しかけることも無くなっている。


そのあともアカツキはクラスの面々と言葉を交わしていく。やはり記憶を持たない人も一定数居たが、アカツキが思っていた以上にクルスタミナの記憶の改変後に自力で記憶を取り戻していた者が多かった。


その中でも特に驚いたのは。


「まさか、あれが演技だなんて思わなかったぜ...」


「まぁ、あんたの節穴で見抜けるくらいのやっすい演技なんてしないさ」


「お前...。俺の傷ついた心に更に傷をつけようってのか」


「はっ。誰があんたのことなんか...」


ナナは微塵もアカツキを心配してるようには見えないが、その隣に座っているミクがポロリと言ってはいけないことを言う。


「この退院祝いを計画したのはナナちゃんなのにね」


「ちょ...!!」


「へーーー。そーなんですか、ナナさん」


「わ、笑うな!ミクも折角隠してたのに余計なこと言うな!」


これでナナだけが知らされていた理由がはっきりした。まさか、主催者がナナとは思いもよらず、そんな可能性すら考えていなかった。


「ん?何か言っちゃった?」


「あんた...!!」


からかい口調で惚けるミクにナナはガミガミと叱りつけるが、叱られている当人は気にもしていないようだ。


「こーら。ミクっちもまだ退院したばっかなんだから、そこまでにしてね」


その中に割って入ってきたのは珍しく運動着姿ではないミクの大親友、リナであった。


「――――――」


「ん?どうしたのアカツキ君、そんな不思議そうな顔をして」


「いや、ううん。何でもない」


―――そうか。


アカツキは目の前に広がる普通の光景を見て、目をゆっくりと閉じる。


あの苦しい日々も、忘れ去られた人々も、全部が終わったのだ。ここにあるのは本来のあるべき未来がここなのだ。


必死に掴み取らなければ落としてしまっていた世界が、ここにある。だからといって自身の罪を許容は出来ないが、この選択は間違っていなかったのだと理解する。


人生は選択の連続だと、どこかで聞いた気がする。


進むのも、立ち止まるのも、右に曲がるのも、後退するのも、それは選択だ。奪って救うか、奪わず後悔するか。


「ちょっと!あんまりベタベタしないでって...」


まるで長い空白を埋めるかのように親睦を深めるナナとリナ。ここまでナナが押されるのは初めて見るが、確かにナナは押されれば妥協していた。


「ほらほら、そんなこと言っておきながら体は素直......っ痛い痛い!ごめんミクちゃん、髪引っ張らないで!」


「リナもあんまりナナちゃんをからかわないの。ナナちゃんをからかっていいのは私だけなんだから」


―――後悔は、しているかもしれない。


けど、これで良かったのだろう。あのままクルスタミナを野放しにしていれば事件は解決せず、人々の奪われた記憶は戻ってこなかったのだから。しかし身近な人を、愛しき人をいつの間にか奪われていた人にとっては今は地獄だろう。


知らない間に何ヵ月という時が過ぎていて、ついさっきまで隣にあったものが無くなっている。辛くて、苦しいだろう。


「...間違って、ないよな」


ボソリと言葉を溢したアカツキ、それはそうであってくれと祈るように、―――そう、聞こえた。



......。



楽しい時間は本当にあっという間だ。あのあと、委員長のサネラと短い会話を終えて、サラとララの二人とちょっとした世間話をした後、存分にこの退院祝いを楽しんだ。


一人だけ、再開できていない親友が居ないのがどこか物足りなかったが、それでも楽しい時間だったことに変わりはない。


「さて、理事長としてあまり夜更かしは推奨出来ない。今夜はこの後大浴場に入った後、空いている部屋を使って休んでくれ。後片付けはメイドの人達に任せておくから、君らは先に戻ってるといい」


たくさん遊び疲れたせいか、一部の人が眠たそうにしていることもあって、理事長の言葉に誰一人反対するものは居なく、各々が自身のペースで部屋へ向かっていく。


そこに残されたのはこの屋敷の所有者であるイロアスと、彼と話をするために屋敷に訪れたクレアとアカツキの二人だった。


「アカツキさん?早く戻りましょうよ」


「ちょっとだけ話さなきゃいけないからさ、クレアは先に部屋に行っててくれ」


「......あんまり、遅くならないで下さいね」


隠し事をされるのは誰だって嫌なことだ。だが、アカツキの顔を見てクレアは気軽に踏み込んではいけないと思ったのだろう。


静かに扉が閉まっていく。


「こんなところで話すのも何だからね、僕の部屋まで来てくれ」


「おう」


大部屋を出て、向かった先はすぐ隣にある理事長の私室であった。そこら中に資料が散乱し、机の上には判子を押された資料が束ねられていた。


「とりあえず空いている椅子に腰掛けてくれ」


言われた通りに何個か用意されていた椅子の中から近くにあった椅子に座ると、イロアスは胸元から小さな鍵を取り出す。


「君と水晶越しに話したときに言った言葉は覚えているかな?」


「引き出しの中、それくらいしか分からなかったよ。まぁ、引き出しはおろか、こんな大きな屋敷すら見つけられなかったけど 」


「普通の人の目には映ることのない特殊な結界さ。中には数人の執事とメイドだけを残して、僕は調査に行った」


「...わざわざ相手の策に嵌まってまで、何を探していたんだ」


ここが学院にあったような認識阻害された部屋と同じ原理で守られ、外からの衝撃に耐えられるような結界が張られていたのは分かる。


「けど、何もない空間に入った人が消えたら誰だって不信に思う。そんな綻びを生まないように、この屋敷にはざっと十年分、生活に必要な食料やその他諸々、それと一緒に信じれる使用人を残した。お前は自分がこれからどうなるか気づいていたんじゃないか?」


「...大体察しはついていた。僕は昔に教会と大きな喧嘩をしたことがあってね。それ以来お互いに不干渉であろうという約定を結んだ。といっても僕が一方的に結ばせたものだ」


「聞いた話では教会は化け物だらけと聞いたんだが、そいつらとやり合ってあんたは無事だったのか」


「今まで血統に甘えていただけの老害を捩じ伏せるのは赤子の手を捻るより簡単だったよ。頭がどうしようもないと、その手足は満足に動くことは出来ない。それに教会の最強戦力は最後まで姿を現すことは無かった。司教ならまだしも、司祭は殆ど力を持たない。───空席が1つあったことだけは気がかりだけどね」


イロアス曰く、教会の頂点に位置する大司祭と言われる13人の人物は殆ど力を持たないらしい。過去に教会を設立したと言われる人間の子孫である以外、彼等に求められるものは殆ど無かったのだという。


生まれた時から頂点に立つ人物だと運命によって定められ、同時にそこにあるだけの置物であることも運命によって決定された。


「あちら側からしたら関わりを持ちたくない人間に頼み込むなんて、裏があると思っても当然だろう?それこそ、ありもしない疑いで捕まるとか、そういうものだと思ったけれど予想の斜め上を行ったよ」


大賢者に最も近い人間と言われるイロアスですら抜け出すことの出来ない場所、虚無の大穴と言われる地獄を具現化したような場所から戻ってくるには外からのパスが必要だとイロアスは言う。


「今まで帰ってくる者が居なかった理由は大きく分けて二つだ。1つは中に入ったが最後、そこは世界から大きく逸脱した別時空に存在する虚無の大穴内部、そこから脱出するには外からその時空に干渉し、一時的に抜け道を作ること。中から外に出ることは出来ないが、外から入ることでおおよそ七分の間、外へ繋がる道が出来る」


「そして」と、イロアスは言葉を続ける。


「中には無数の魔獣が存在し、侵入者を圧倒的な力と数で食い散らかす。まず、あの大群を相手にして生き残れる人間は居ないだろうね。それも多少の魔法しか習得していない学者なら、尚更ね。幾らパスが通じようとあの魔獣の群れを掻い潜るのはまず不可能だ」


今まで調査に向かった者の多くは戦うことに長けない、無力な学者と、数人の傭兵だけ。そんな戦力で戦える程魔獣は甘くない。


「といってもあれは模造品だ。魔獣に似せた器に出来損ないの魂を入れただけ。与えられた役目は人間を殺す、それだけだった。空腹という機能も無ければ、協調性の欠片もない。お互いの攻撃で自滅するなんてこともあったほどに、彼等の役目はただひたすらに侵入者を殺すというものだけだった」


「どうやって、そんな場所で何年も生き残れたんだ」


「なに、僕は血みどろの戦いには慣れていてね。魔獣の肉くらい栄養源にしてみせるさ。だから、殺して、その肉を食ってをずっと繰り返していた」


その発言が如何に常識外で、人間の域を出ているかはこの話を聞いた人間なら分かるだろう。事も無げ話す彼の実力も、アカツキには推し量ることが出来ない。


「魔獣の肉は猛毒なんだろ?そんなものをどう調理したら人が食えるようになるんだよ」


「そうとも。アズーリが兄ヴァレクに魔獣の血に依存させられ、長い間服用していたことで成長が止まり、寿命を縮めていたように、魔獣の肉や血は猛毒だ。そういう風に出来ているからね、だから、その構造を弄った。自分を丸ごと創り変えることで難無きを得た」


なんてめちゃくちゃな理由だ、そうアカツキは思った。


まさか生物の構造を弄ることで食べれるようにしたなどと聞いて、到底信じられないと思うが、この男ならばそれは可能なのだろう。


「...あんた、そんな膨大な量の知識を一体どこで?」


この世界に来て、魔法というものに多少触れただけでもイロアスの異常性は理解できた。生物の構造を弄るなんて魔法は、そこらで普及している通常の魔法とはかけ離れた特殊な魔法だ。これ以外にもアカツキでは想像も出来ないような魔法を幾つもイロアスは知っているのだろう。それを実際に使用も出来るのだろう。


「それはあまり多くは語れない。君が隠し事をしているように、僕もまた他人には知られたくないことがあるのさ」


「その隠し事もあんたには筒抜けだろうがな」


「まぁ、大体のことは。ラルース、彼女が無意識に発動させている人の心を読み取るという魔法、あれを使えば隠し事は隠し事ではなくなるからね」


「生徒の魔法まで把握済みで、しかもそれを自分の物のように扱える。あんた、本当に人間か?」


「まさかそこまで疑われるとは思ってもいなかったよ。...僕だって傷つくんだからね?」


「...えっと、ごめん」


本気で気落ちするイロアスにアカツキはすぐに謝罪する。だが、それほどまでにこの男、イロアスは例外すぎる。


「まぁ、僕の話はここまでにしておいて、本題に入ろうじゃないか」


アカツキもそれに同意し、ようやくこの屋敷に来た理由を告げる。


「まずは、俺に頼んでいた屋敷の引き出し、そこには何があったんだ?」


「あるご老人から託された君に対する手紙、それがこの中に入っている」


イロアスが胸元から取り出した鍵を使い、引き出しを開くと、そこから一通の手紙を取り出す。


「全部、ここに来ることも含めて分かっていたんだな」


「既に君も察しがついているだろうが、そのご老人は未来を見通すことが出来る。けれど、必ずそうなるとは限らないんだ」


「未来が分かるなら、それは絶対じゃないのか?」


「絶対ではない。そのご老人が見ているのは無数にある未来の内、この世界に最も近い状況の未来。既にこの世界では、別次元の存在も確認されていてね。その中には殆どこの世界と同じ場所も存在すると断言されている。だから、ご老人が見るのはこの世界の未来ではなく、その別次元の未来を視る。そして、そこからあり得るかもしれない未来を選び出すんだ。そして、彼はこの手紙を残していった」


アカツキはゆっくりと手紙を開き、そこに書かれた文字と、挟まれている一枚の写真を見つめる。



【これからの未来を決めるのは、お前だ】



短く書かれた文字と、そして。


「―――――――――」


―――たった一枚の写真。


――――――知りもしない女性と一緒に写る、一人の男の姿。


―――――――――名前も、顔も、何も知らない女性とアカツキが写る、たった一枚の写真だ。

※ここからは本編に関係ないの無いものです。殆ど作者の感想なので見たい方はどうぞ。



ようやく、学院都市編は完結です。


前々から書いていた番外編、記憶の手帳も投稿しようと思っていたんですが、もう少し本編を進めてから投稿することにしました。


大体90話程ですかね。大分長引きましたが、書き終えることが出来て良かったです。


この都市ではアカツキが異世界の文字とかを学んだり、常識を身に付けたり、神器をもっと扱えるようになるなど、結構重要なお話だったりします。


あとは、クルスタミナ。彼無くして学院都市編は語れないですね。最初はもう少し悪役として気に入ってたんですが、何か書いている内にどんどん最悪な奴になっていきました、それと嫌いになっていきました。多分、今後書く別世界のお話でも楽には死ねません。


まぁ、一先ずはこんなところですね。


次に旅立ちの物語を書いて、新章突入です。


本当にここまで読んでくれてありがとうございました。

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