幕間の物語<深夜の会合>
今回は短め
「随分と嫌らしい面子を揃えたものだね」
体が自由に動かせないようにされているアカツキの体を借りた何者かが吐き捨てるように言う。
「誰も彼もアカツキと関わりのある者だからさ。救われた者、教えた者、共に旅をした者、彼等には知らなければならないことがあった。君が嫌らしいというのはこの中に居る者の多くに知ってほしくない秘密があるから、そうだろう?」
全てが筒抜けだ。誰も知らないことをこの男だけは知っているようで、最初から掌の上で遊ばれているみたいだ。
「大賢者、ね。まさに君に相応しい称号じゃないか」
全を知り、全ての根元を知り得た者に与えられる称号であり、人類史で未だに一人の人間にしか送られていないもの。それを冠すに相応しい人間が今、自分の前に居る。
「こんなもので大賢者になれるはずがない。虚無の大穴で何年も閉じ込められていた人間だからさ、僕は」
「あの大穴から戻った唯一の帰還者が言うと説得力なんてあったもんじゃないね」
虚無の大穴には過去に何度も調査員が派遣され誰一人として戻らなかった。時には死刑囚を使い、実力を持った人間を送ることもあったという。
それでも生還者はゼロ。そんな場所から戻ってきた人間が言うと冗談にすらならない。
「さて、皆を待たせる訳にはいかないから本題に入るとしよう。今回わざわざ君を生かしてまでここまで連れてこさせたのは他でもない、君から聞き出すことが幾つかあるからだ。僕は未熟者でね、まだまだ知らないことは多くあるのさ」
イロアスが立ち上がり、皆が入ってきた入り口とは別の場所に備え付けられた扉を開く。どうやら隣の部屋に繋がっているようで、そこに誰かを待たせているようだった。
「待たせてしまって申し訳ありません。ようやく全員揃いましたので、話し合いを始めることが出来ます」
目上の者に対する口調、この都市の頂点に座する彼がそんな言葉を使うということは、大方の予想はつく。
アカツキに対する接触を異常なまでに求めた者が居るというのは分かっていた。分かるのは男ということ、それに教会の人間ということだ。
彼の演説のおかげで荒れかけていた学院都市を纏めあげた功績者。顔も名前も知らないが、どうせ教会に媚びへつらう狂信者だろう。
「―――ええ。随分と楽しそうに話していたので私も混ぜて貰いたかったところです」
先に壁に手が掛けられ、次に足が伸びる。
隣の部屋から笑顔で現れたのは一人の青年。
アカツキの体を借りる彼にとって、よく見慣れた容姿の―――。
「―――――――――――――――――――――――――――」
思考が一瞬にして停止する。一体何が起きているのか理解できない。数秒後に浮かんだのは、赤く燃える炎の中で張り付けにされ、民衆から石を投げられる光景が今起きていることのようにフラッシュバックする。
次の瞬間、彼の行動を制限していた枷が全ての闇に飲み込まれ腐食し、その扉から現れた人間に誰の目にも映らない速度で急接近していた。
あまりにも人間離れした動きに一同は体が動かなかった。
アカツキの体から黒い魔力が溢れ、彼の動いた軌跡を描くように宙に漂っていた。目が赤く光り、今目の前に居る人間を射殺さんと睨み付けていた。
いつの間にか手に握られていた神器が彼の首元を切り落とさんと振りかざされるが、それを止めるようにリリーナと護衛に来ていたフードの男に止められる。
次にアカツキの足を氷が包み込み、小さなフードの人間のポケットから手錠のようなものがアカツキの手足を床に固定する。
それらのことはやはり一瞬の内に行われ、椅子に座っていた彼等からはいつの間にかアカツキが地に伏せられ、首元に二振りの剣が突きつけられている光景が広がっていた。
「―――お前、その体をどこで手に入れた」
圧倒的に不利な体制であるにも関わらずアカツキの体を借りる何者かは見上げた先に居る教会の人間に問いかける。
「―――おやおや、これはとても運がいい。まさか、このようなところで貴方様とお会いできるとは」
「質問に答えろ、その体を...。僕の体をどこで手に入れたんだ、お前は―――!!」
一体何が起きているのだ。イロアスすらあまりの出来事に固まってしまっていた。
そんな時が止まったままの彼等とは逆に、当たり前のようにその男、教会の大司教キリス・ナルドは歩を進める。
その行動を見ていたイロアスは反射的にその動きを止めていた。
「キリス、駄目だ。君がこいつに近づいちゃいけない」
「友人の言葉でもそれには従えませんね。私は言ったでしょう、真実を伝えると。それは彼にとっても同じだ。まさかアカツキの体に宿っているもう一つの誰かが貴方とは思いませんでした」
「そんな嘘を聞きたいわけじゃない。そもそも、僕がここに居るから、お前は見せつけに来たんじゃないのか?この道化野郎」
その罵倒を聞いたキリスは楽しそうに笑みを作りながら、彼を見下ろしながら言った。
「かつて世界の半分を滅ぼした悪魔であり、教会の創設者、───サタナス。貴方の体は死して尚、力を持ち続けた。肉体のみの再生を行うほどの、この世界に対する執着心、その空っぽの体を私が貰い受けた、それだけですよ」
あまりにも唐突の出来事と、告げられる真実。神器に宿るのは創られた魂ではなく、かつて生きていた人間のものであり、アカツキの体を時折奪っていた者の正体は、世界を滅亡にまで追いやった大罪人、あまりの情報量に一同はただ黙ることしかできない。
その中で唯一ガルナだけが何かを思案しているように見えた。
「お前...!!」
「時期尚早だとでも?いいえ、それは違う。確かに名というものは人を構成する上でとても重要なものだ。貴方が自身の名をアカツキに伝えられなかったのは、名を知られればその人物がどのような人間か分かってしまうから、それを恐れて世界は貴方に名前を伝えることを禁じた。貴方はそれに従い、ただ予定通りに動いてきた。けれど、それでは駄目なんですよ」
キリスはカーテンを開け、空に向けて両手を上げる。
「―――世界が変わる時が来た。老害どもの筋書きなんて、最早必要ない!貴方が私の前に現れた、世界を狂わせた大英勇の肉体と魂がようやく邂逅した。これから、世界は大きく変わっていく」
キリスは何かに酔いしれるように、言葉を綴り、数秒後には軽い足取りでサタナスの下へと向かっていく。
「さぁ、もう一度世界を変えてみせましょう」
キリスが伸ばした手をサタナスへと近づける。床に組み伏せられたアカツキの体では身動きを取ることは出来ない。だが、僅かにアカツキの体から闇が漏れ出す。
「―――退け、糞野郎」
短い言葉と共にアカツキの体から漏れ出した闇がキリス目掛けて放出される。アカツキの身動きを奪っていたフードの人物達はそうはさせまいと、部屋に居る人間達を守るように氷で結界のように張り巡らせ、それを補強するように小柄なフードの人物の投げた魔力を帯びた石が砕け、コーティングする。
威力の集中した闇は大柄なフードの男と思しき男がそれと同等以上の力でねじ伏せる。
「お前が、やったのか。あいつをてめぇが...。泣かしたのか―――!」
その目はいつも通りのアカツキのものだが、明らかに殺気を帯びていた。人が死んでもおかしくない規模の攻撃をアカツキの意思で行った。それが、どうしても信じられなかった。
「退けよ。そいつがやったんなら、ここで...!」
我を忘れて怒り狂うアカツキをフードの男は制す。鞘から抜かれた剣を握り、アカツキの顔を睨む。
「アカツキ、やめろ。おめぇがそんなことしたって、誰も喜ばねぇよ」
「―――――――――あ」
フードを取り、顔を晴らした男、その男はアカツキに守るための力を与えた。奪うのではなく、誰かの為に振るえとその剣をアカツキに譲り渡したのだ。
「俺は...。どうして、」
アカツキは我に戻ったのか、鞘から抜かれた剣をただ見つめていた。
「あ、あぁぁぁ―――!」
アカツキの体は覚えていた。
アカツキの瞳はその光景を鮮明に焼き付けていた。
アカツキの心は覚えていた。
―――人の体を貫いていく感触を、血を流し、虚ろな瞳で一粒の涙を流しながら死んでいく男の姿を。
――――――人を殺したという罪悪感を。
「アカツキ、もう少し休め」
ユグドはアカツキのことを気絶させ、倒れそうになった体を支える。
「もう満足だろ。てめぇの自己満足にこれ以上アカツキを付き合わせるな。こいつは今、この場に居る誰よりも傷ついている。その上から、更に苦しみを与えるつもりだってんなら、いくらあんだでも許さねぇ」
ユグドの鋭い眼光がキリスを捉えて離さない。
「えぇ。もうやることは済んだので彼は返してもらって結構ですよ。彼がどういう人間なのかも今ので分かりましたし。どうぞ、シーナさん達も戻ってもらって結構です」
「そう。なら帰らせてもらうわ」
ようやくフードを取り、シーナとワーティーもユグドに続き部屋を後にしようとする。
「―――すみません。助かりました」
アオバの横を通ったとき、彼は感謝の言葉をシーナに告げた。
「大丈夫よ。貴方も大変なんだから、これくらい任せなさい」
シーナは小声でアオバにそう告げると、部屋を出る。短い時間で起きたあまりにも多くの出来事、この部屋に居る者の多くは未だに整理がついていないのか、それぞれが思い思いの表情で席についていた。
そんな空気も読まずに、この男、キリスは何事もなかったかのようにイロアスの隣に用意された席につく。
「急に多くの出来事が起きて、皆さん大変でしょうが、私の伝えたいことが分かりやすく起きてくれたと思っています」
キリスは笑顔を崩さないまま、彼等に現実を突きつける。
「―――アカツキという人間の不安定さと、彼の持つあまりにも危険すぎる力を」
そして、彼等に問いかけた。選択を迫る天使のように。
「―――これでも、貴方達はアカツキを仲間だと、言い切れますか?」
こうして、アカツキに知らされることのない深夜の会合が始まったのだった。