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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】

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<優先すべきもの>

雨上がりの学院都市、多くの襲撃により廃墟同然と化した町の中で、不自然な霧が立ち込めていた。


サティーナを連れ戻すために奮闘したグルキスは殆んどの攻撃を無力化されるなか、圧倒的に不利な相手に対し、長時間の間足止めすることが出来たのだ。


奪われた右手の破損部を凍らせるという無理な止血方法と、魔力の著しい消費により大地に倒れ伏し、サティーナが止めを刺そうとした時、突如としてこの霧は立ち込めてきたのだ。


「......すまないね。グラフォル」


グルキスはこの霧をよく知っている。そして、この霧がグルキスに対して害を与えようとしていないことを。


「少々敵の処理に時間を掛けすぎた。遅くなったな、グルキス 」


地面に倒れていたグルキスを背負い、その場から離れようとした時に後ろから近寄る足音に気付き立ち止まる。


「なんだ、まだ精神を保てていたか」


「貴方がこの霧の発生源ですか。...早くこれを消してください」


グラフォルは振り返り、サティーナに言葉を投げ掛ける。


「消すのならお前の十八番だろう?お得意の力で消し去るがいいさ。―――自身の両親の亡霊ごとな」


そう、この霧も魔法により発生した魔力を帯びた霧に過ぎない。であれば、サティーナにとってはこの霧を消し去るのは容易いことだろう。


「どうした?得意なんだろう?さっさと消してみろ」


「いいや、私は消さない。だから、貴方が...!!」


「―――今更、偽善者気取りか。下らないな。そいつらが憎くてたまらなかったのだろう?だから殺した、違うか」


「違う!私はただ...ただ!!」


頭を押さえてサティーナはその場で踞る。その肩にはしわしわの手が乗せられ、背後からは老婆と、こちらを永遠と睨み付ける男の姿があった。


『失望したぞ。お前は欠陥品だ』


「うるさい!」


『嫌だ、苦しいよぉ』


「私に話しかけるな!声を出すなぁ!」


グラフォルには最初からこうすればサティーナを無力化出来るということは分かっていた。サティーナが過去に犯した過ちを未だに忘れられないこと、父を包丁で切り刻んだ感触、水の中で悶え苦しみながら死んでいく老婆の姿が鮮明に瞳に焼き付けられていた。


「グラフォル...。後悔してるんだ、まだ彼女は言っていた戻って...」


「それはないな。あいつはあの道を選んだ。誰かに敷かれたレールの上を人形のように歩き続けることを望んだんだ」


「けど!」


「じゃあ聞くぞ。人間としての良心が残っているならどうしてお前は殺されかけた。お前がアカツキと繋がりを持っていることなんて奴にも分かっていた。一時であれ、平穏を過ごし、平和というものがなんたるかを知り、愛を知った。それでも奴はあの女を選んだ!」


グルキスのボロボロになった体を見てグラフォルは叫ぶ。


もうこんなのは御免だ。


また、誰かを失う苦しみを味わってたまるか。また、自分の判断で誰かを殺す羽目になるなんて、二度と御免だ。


「アカツキの仲間だったのは昔の話だ。俺は―――選ぶぞ」


迷いは人を苦しめる。こんなあやふやな女をこちらの陣営に招き入れれば、不和を呼ぶばかりか、破滅すら起こりうるのだ。


「...すまない。少し躍起になっていた」


グラフォルにもまた、貫き通さなければいけないものがあったのだ。妻を失った時のような絶望を、あの悲しみを味わいたくない。あんなのは人を狂わせることしか出来ない。


「帰るぞ」


「あぁ...。分かったよ」



グルキスは最後に振り返り、苦しむサティーナのことをちらりと見て、そのあとはゆっくりと目を瞑った。


『サティーナ、私はお前を完璧な存在にしたはずだ。何故苦しむ。父を殺し、母をも殺し、果てには一番の理解者を殺したお前が何故怯える』


「黙れ」


『お前は完璧なんだ。今更亡霊ごときに遅れを取ってどうする』


そうだ。何も変わっていない。この男は殺す前のあのときと何も変わっていない。子供を、母を道具として見ている。この男が一度として母のことを愛したなどと言ったことは無かった。


『ここにいるのは全部お前が殺してきた人間だ。今更過去のことに囚われてどうする。忘れろ、私とてお前にとって踏み台でしかない、母親でもないくせにしゃしゃり出てきたあの女もな』


「うるさい!お前がそうさせたんだ!」


『あぁ。そうとも。お前は得意だろう?誰かに決められた道を進むのは、かつては私という男に、今はジューグという女に。だが、良かったよ』


男は下卑た笑みを浮かべてサティーナの顔を覗き込む。


『お前はまだ、私のことを絶対的な存在として見てくれてるんだな、サティーナ』


「......っ」


この男の顔をどうして忘れられない。これほどまでに憎み、殺してしまう程に嫌悪していたというのに、私は何故かこの男の命令に逆らえない。


『お前の体に染み付いてるんだよ。父さんが全ての道を示してくれる神のような存在だと』


「うるさい、うるさい、うるさい!!」


憧れなど抱くはずもない。こんな糞みたいな親のことなど、どこも誇れるところはないのだ。


『さぁ、立ち上がるんだ。さぁ、今度はちゃんと殺してくれよ、サティーナ』


「あ...」


サティーナに施された幼き日の教育は、一種の洗脳のようなものであった。ある実験の被検体として、産み出された哀れな少女は、毎日のように実の父親から虐待を受けては、優しさを与えられた。


途中から感覚が麻痺し、サティーナの中から人として大事な何かが抜け落ちていった。


言われた通りにやれれば誉められる。お父さんがちゃんと教えてくれるし、私の進む道はちゃんとお父さんが作ってくれる。


『さぁ、まずはそこにいる醜い老婆を殺そうか。今度はどう殺す?もう一度水に沈めるか、それとも弱火でじっくりと焼いていくか?』


体が、言うことを聞かない。


やっぱり、私は人形でしかない。この人が望んだから生み出され、たった一つの目的のために狂っても、壊れても進み続ける、哀れな人形でしかないのだ。


『サティーナ』


誰かの呼ぶ声が聞こえた。


『こっちを見て』


幼い少女のような、とても可愛らしい声だ。


私はこの声を一番知っている。


『―――自分を、殺さないで』


あぁ、そうか。


この霧が殺した人の亡霊を見せるというのなら、私は一度殺してしまっている。


自身を縛っていた全てを終わらせたあの夜に、私は殺してしまっていたではないか―――自分という、一人の人間を。


「あ...!」


手を伸ばして、その華奢な指に触れる。すると、自分を取り巻いていた霧が晴れていき、亡霊の姿が消えていく。


無意識の内に発動した魔力の無効化、きっと自分を守るために体が勝手に動いてしまったのだろう。


―――本当に身勝手な人間だ。


私はどこまでいっても中途半端なままだろう。誰かを愛することも、憎むことも出来ない。中途半端な人間だ。


「私は...。何がしたいんだろう」


サティーナは痛む頭を押さえながら呟く。


一体、サティーナという人間は、どうあれば人間らしく居られるのだろう。昔からそう思っていた。けれど、長い時間を過ごしてみて分かったのだ。私は人間のようにはなれないと。それなら、だれかに求められるがままに、何かに与えられた道を行こうと。


―――人形のようにあろうと。


そうやって、諦めはついたはずなのに。


あの人と出会ってから、何かが自身の中で変化していく。噛み合わない歯車のように、心にわだかまりが出来ていた。


葛藤に悩まされているサティーナとは対照的に、屋敷への帰路に着くグラフォルは明確な意思を持っていた。


「...ちゃんと、仕事はこなせたかい」


「あぁ。一先ずは魔獣の近くで固まっていた黒服どもを、次にジューグが拠点としていた場所に配置されていた黒服を、こちらの知る範囲では大体の敵は処理できた」


「じゃぁ、これで終わりなんだね」


「アスタには外部からの侵入者に警戒をしてもらっている。余程のことが起きない限り、これ以上の増援はないだろうな」


学院都市の周囲を覆うように巨大な岩壁が聳え立ち、唯一の通路を作り、そこには敵の侵入を阻むようにアスタが佇む。

その傍らには無数の黒服の死骸が転がり、その凄惨たる光景を作り上げた男が、血に濡れながら立っている。



これは外の敵を阻むと同時に、中から逃げる敵に対しても有用なセンサーのようなもの。この岩壁のどこかで穴が開けば、アスタの魔力を元に、数々のトラップが発動し、殲滅するという作りになっている。


しかし、これは大多数の敵を予想して造られたために、個が強力な力を持っていたら、それを止めることは出来ないだろう。


「今のところ逃亡者はなし...か。ジューグはまだこの都市のどこかに留まっていると考えていいかな」


アスタはそう言いながら朝焼け色に染まっていく空を見て、ため息をこぼす。自身に与えられた役目を全うするということは都市内でのありとあらゆる光景に目を瞑るということ、心配で無かった筈がない。


───しかし、信じていたのだ。人の意志を、人々の持つ明日へ向かうための力を。


こうして学院都市の戦禍は少しずつ終わりを迎えていく。

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