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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
125/185

<終演の時>

あり得ない。この世界に存在する生物は自身を含めて、二人だけであったはずだ。


あり得ない。永き時を経て世界へと舞い戻り、圧倒的な力を持っている自分が血を流して、地に這いつくばるなど。


何もかもがあり得ない。どうしてだ。


私は、人の血の中で刻々と受け継がれ、その人物の魔力を溜め込んできた。たかが、一人の人間に敗北するなど、あってはならないのだ。


「もう、そこから動かない方が身のためですよ。今度動けば、その首を撥ね飛ばします。半ば強引に覚醒した影響で再生力は戻っていないようですから、首を飛ばされたらいくら天使であれど、死にますから」


私は覚えている。この男が身に纏う服と、そしてその顔を。


「狂...信者めが」


「おや。私のことを知っているようだ。ならば話は早い。その体を直ちに正しき主へと返却しなさい、さもなくば、貴方という存在がこの世界に残らないくらい消し飛ばして差し上げますが」


分が悪いにも程がある。この男と自分とでは、圧倒的に不利の関係にある。この男は―――神とその使徒を殺すことが出来るのだから。


「教団と言ったか...。そんな形だけの組織で貴様は何をしている」


「...さあ?どうでしょうね」


とぼけた表情でシラを切るその男に天使は歯噛みすることしか出来ない。羽はもぎ取られ、致命傷とまではいかないが、大きなダメージを負ってしまった。


「形だけなのは...組織だけ...か?」


話の途中で、天使の首筋に黒い鎌が突き付けられる。この男の背後で魔力が形となり、死神のような黒装束に骨の仮面、その手には万物を殺す業物が握られていた。


「無駄話は寿命を縮めるだけです。貴方はただ僕に従うだけですよ」


最後に男の顔を睨み付けた後、天使は諦めたようにその体の奥底へと眠る人間へと体を返還し、また血の中で眠り続けることを選んだ。


「私が来るのを読めてましたか」


すぐ側で横たわるガルナに問いかけると、意識を失っているにも関わらずガルナの口が開かれる。


「天使の二度に渡る現出。それを見逃すほど教会は甘くない、そう思っていただけだが、まさかな。―――どうやって生きていた、化け物が」


「その罵倒には慣れてるつもりでしたが、いやはや、あまり気分のいいものではない。理由は簡単、私は生きていたから、生きている。それだけですよ」


男は「それでは失礼します」と言って、空間の歪みを利用して、現実世界へと帰還していく。


その頃、屋敷前では、再三に渡る反撃が繰り広げられていた。


「は...なせ。...足手まといに...しかな...らない」



体のあちこちに巻かれた包帯から血が滲み、痛みに耐えながらも魔獣の猛攻から回避するミクの姿がそこにあった。一度は魔獣に敗れ、再起不能かと思われた傷を負ったが、アオバの治療により、最低限動ける程度に回復したのだろうが、それでもこんなことをするべきではない。


「私は、守るって決めたから。アカツキ君が戻ってくるこの場所を、絶対に守って見せるって。リリーナさんはアカツキ君の大事な居場所なんです。彼が戻ってきた時に、師匠が居なくてどうするんですか!」


分裂し、多方向から不可視の刃を振るう魔獣の攻撃は着実にミクを追い詰めていた。


見えないというのは、本当に恐ろしいことだ。それを見ようとすれば隙は生まれ、見えなければ回避することは出来ない。ミクは砂煙の中に見える刃を出来る限り回避するが、致命傷になり得ない細かな部分の回避はしていない。


「だから、リリーナさん。―――生きてくださいね」


ミクはそう言うと、屋敷の表に出て来ていたジャックスに大きな声で叫ぶ。


「リリーナさんを、皆を頼みました!!」


リリーナを屋敷の正面へと投げると、結界が一度崩れ落ち、リリーナをキャッチしたジャックスにより、新たな結界が生成されていく。外からも、内からもジャックス以外の一切の干渉を受け付けない最高規模の結界。


屋敷の窓からはこちらへ叫んでいるように見えるクラスメイトの姿があった。その少女の姿もやがて、青い結界に飲み込まれていく。


ほんの十分前くらいの話だ。


「ミク、そんな傷でどこに行こうとしてるの?」


ベッドの上で目を覚ましたミクは心配するクラスメイトの言葉を聞きながらも、痛む体を引きずるように立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。


「私が...行かなきゃ。もう、すぐそこまで来てるのに」


鬼との一体化が著しく進行してしまったからだろうか。普段は聞こえなくていい音まで、ミクには聞こえていた。屋敷の中で恐怖に怯える人々の声と、外から聞こえる地を掘り進むような音、着実にこの屋敷に破滅は近づいていた。


「ジャックスさん!ミクを止めてください!」


ミクが立ち上がり、ドアを開けた時、それを待っていたかのようにジャックスは立っていた。


しかし、その顔はどこか焦っていた。


「来てるん...ですよね?」


「はい。リリーナさんも全力で戦っていますが、何より数が多すぎる。残る黒服の集団と、魔獣も加わればリリーナさんでも......」


ジャックスは言葉を濁す。そもそも、ここまで耐えれたことが奇跡に近かったのだ。どこかで屋敷を覆う結界が破れてしまってもおかしくなかった。


だが、そうなることはなかった。リリーナと、グルキスを中心として、多くの人々が運命に抗った。不意を突いた義足の少年を打ち破り、数えきれない数の黒服の集団の進行、多くの難題をここまで撃ち退けて見せたのだ。


「まさか...行かせる気ですか...?」


ジャックスが立っていた理由、それに気づいたリナは立ち上がり、ドアの外にいるミクを連れ戻そうと手を伸ばす...が。


「いっ...」


そこにはぼんやりと揺らめく結界のようなものが施されており、その結界はこの部屋から出られぬように覆っていた。


「開けてください、ジャックスさん」

「こうすることで多くの人が救われるのなら、僕は悪人でも何にでもなりますよ。ミクさんには...戦ってもらうことしか出来ない」


未だ治ることのない右目を押さえてジャックスは悔しげに呟く。こんなことなんて、皆望んでいないのだ。それでも、彼は選ぶしかなかった。この屋敷を守るための非情な決断を。


「開けてよ...早く―――開けてよ!!」


声を荒げて結界を何度も殴り付けるリナは自身の拳に血が滲んでも構わずに結界を叩き続ける。そして、徐々に殴る力は弱まっていき、リナは力なく崩れ落ちる。


「どうして...。ミクちゃんも、私達と同じ、子供なのに」


あぁ、私はやっぱりろくでなしだ。


こんなにも私を心配してくれている人達が居るのに、自分の我が儘を突き通してしまう。


本当に、この都市ではたくさんの出会いがあり、それに見合うだけの別れがあった。


私の呪われた百年の孤独を、洗い流してくれた。


「ごめんなさい。そしてありがとうね。こんな私と一緒に居てくれて、本当に―――ありがとう」


ドアが閉まり、ミクの姿が見えなくなると、泣き崩れるリナをクレアは抱きしめ、こんな最悪な展開を予想していても、止めることの出来なかったナナは歯軋りする。


こうなるのは、分かっていた。ミクがこの屋敷で唯一魔獣に対抗できる以上、どれだけ怪我を負おうと、彼女は自身の与えられた役割を全うすると。そうすることで、一人の命が失われ、多くの命が救われることも。


「ナナちゃん、そんなに自分を責めなくてもいいの。こうなるのはきっと、皆分かってたから」


その場に居るクラスメイトは皆一様に俯き、己の無力さにうちひしがれていた。


私はたくさんの物を貰えた。


だから、それを皆に返すだけだ。


私の命でたくさんの人が救われるのなら、―――私は鬼になることを選ぼう。


腕に巻かれていた包帯が千切れ、そこから人のものとは思えない形と色をした異形の腕が現れる。


ミクの目が充血し、額には僅かだが一本の角が生えている。


もう、人目を気にすることもない。こんなに哀れな鬼の姿を彼女達に見せることが無くて良かった。


「最後まで、お願いね」


ミクの背後から巨大な腕が現れ、その手には膨大な魔力を含んだ大きな剣が握られていた。


『後悔は、無いんだな?』


内側から語りかけてくる鬼の言葉に、ミクは天を仰ぎながら言葉を紡ぐ。


「ありますよ、いっぱいやりたいこともあったし、お姉ちゃんとももう一度会いたかった。けど、皆を守れるなら、私はその後悔も踏み越えてみせます」


『───お前が決断したのなら、その意思に従おう』


そう言うと背後から巨大な腕は消え、その代わりにミクの体に変化が現れる。人間としての本能が邪魔していたせいで鬼としての部分が醜く現れていた腕は正常な人間のものへと戻っていき、角は魔力の上昇に呼応するように大きくなっていく。


これほどまでに鬼と同化しておきながら、今更人としての体に戻っていくというのは、それほど深くまで鬼と融合してしまったからだ。


やがて角が折れ、完璧な人としての姿となれば、形は人であれど、その中身は鬼のものとなる。そうなれば、どうやっても戻ることなど出来なくなってしまう。


鬼と融合すればするほど、人に近くなっていく。なんともおかしな話だ。


だが、戦い方を変えなくていいのなら、それは大いに助かる。


ミクの右手に怪しく光る妖刀が握られ、あれほどまで痛みに苦しんでいた体から感覚が抜け落ちていく。


「最後まで、踊ってみせますよ」


最初に動いたのは魔獣の方であった。もう一度目の前に現れた敵に対して、慢心することなく、今度こそ確実に仕留めるという意思のもと、不可視の刃がミクを切り裂かんと連続で振り下ろされる。


凄まじい速度かつ、一度でも当たれば即死の一撃だ。常人という枠組みから大きく外れたミクの身体能力はそれを見事に避けてみせる。


攻撃の隙を突いて、ミクの持つ妖刀が見えないはずの尻尾を切り落とす。いや、正確に言えば、ミクの瞳にはそれは見えざる刃でなく、れっきとした形として映っていた。


「貴方のそれが見えないというのなら、私の宿した天の邪鬼はそれを映す。そして、私が今の攻撃で死ぬのなら、その運命は反転する」


魔獣の体が一瞬で細切れになったかと思えば、それが瞬く間に集合し、分裂する。


そして、掌サイズ程になった魔獣は一斉にミクへと噛み付き、その牙からミクの体内へ毒を送っていく。


だが、ミクの体は炎に包まれ、体に張り付いていた魔獣達を焼き焦がしていく。


毒も効く気配もなく、分裂しても特に利点がないと判断した魔獣は再度巨大な形を取るが、それはエイのような姿ではなく、巨大な蛇のような形をしていた。


けたたましい雄叫びと共に、その大蛇は周辺の民家を破壊しながら町の中を這いずり回り、ミクの華奢な肉体を噛み砕かんとし、口を大きく開ける。


「連れていってあげる、悪鬼の眠る場所へ」


だが、ミクを中心として世界が一瞬の内に上書きされていく。巨大な門が魔獣の前にそびえ立っており、その中から巨大な腕が蛇の喉元を掴み、地面へ叩き伏せる。


体がまるで磁石のように大地に固定されると、その巨大な腕は門の中へと戻っていき、もう一度戻ってくるとその手には大きな包丁が握られていた。


自身の細切れにされる姿が見えた魔獣は必死の抵抗を見せるが、この世界での神に値する力を持つのはこの腕の持ち主なのだろう。結局のところは、何度も包丁でぶつ切りにされ、体液を辺りに飛び散らしながら、魔獣の意識は朦朧としていく。


圧倒的な力、自分では抗うことは出来ない。その姿を、その力を...


―――魔獣は学習した。


『ここまで化け物とはな』


魔獣の体から切り離された肉体が自身を何度も切り下ろしたその腕を元に、新たな形を取っていく。


その姿はまさしく鬼のもの。更には、今まで食らってきたありとあらゆる生物の利点だけをかき集めた、最高の肉体を実現させた。


「邪魔...だ」


鬼の背後から二頭の蛇が姿を現し、その蛇の頭を掴むと、魔獣は力一杯に引き抜くと、その蛇の尻尾に当たる部分には鋭利な刃物が生成されていた。


『肉体を自在にありとあらぬる物質に変換する。これは、本当に生物か』


そのまま二対の剣を振り下ろし、門を左右上下に両断するとミクによって生成された世界に亀裂が生じ、跡形もなく砕け散る。


学習する獣、ジューグとクルスタミナが作り上げた化け物は、遂に完成した。幾日に渡る同種との戦闘と補食、人の知識と自身をここまで追い詰めた鬼という存在を力の象徴として、魔獣はここに新たなる生物としての雄叫びを上げる。


地面には右腕を切断されたミクが力なく倒れ、虚ろな瞳で魔獣を見上げていた。


ここまで強いとは思ってもいなかった。玉砕覚悟で挑めば相討ちまではと思っていたが、この生物をいくら切り刻もうとその直前に分離し、ダメージを分散させる。


勝ち筋というものが見えない。


何をどうしようと、この化け物には敵わない。


鬼と一体化し、その力を行使しても、殺すには至らなかった。


魔獣はミクのことをつまみ上げ、持ち上げると大きな口を開く。今までと同じように、自身を追い詰めた敵を補食し、その力を我が物とする。


「―――まだ、食べさせてあげないよ」


魔獣が補食しようとした時、ミクの体から無数の刃が生まれ、その手を切り落としていく。地面に降り立ったミクは限界を越えて、鬼の力を行使する。


「―――アァァァァ!!」


口元からは禍々しさを象徴するように牙が覗き、頭部にある角は更にうねり、大きくなっていく。理性が吹き飛ぶほどの力を体に宿し、目の前に立つ魔獣の体を毒で溶かし、百の刃で切り刻んでいく。


だが、それでも、ここまでしても―――魔獣には届かなかった。


一方的な攻撃を許していた魔獣は、地面を経由して分離していた肉体を使い、背後からミクの頭を切り落とそうとする。


背後からの奇襲をミクは人のものとは思えない動きで避けると、その幾分か小さい魔獣を瞬く間に切り刻み、分離して逃げようとしていた魔獣の一部を地面ごと毒で溶かし尽くす。


「よくやった、人間」


巨大すぎた為、不完全だった透過を完璧に自分のものとした魔獣は空間の中から姿を現し、ミクの体を空高く蹴り上げる。自身の数倍もある巨体に蹴りあげられたミクの体は鬼との同化も含めて限界すら越えて酷使された影響で、今までとは非にならない悲鳴を上げる。


あばら骨が内臓をごちゃごちゃにかき混ぜ、心臓が緩やかに停止していく。


「ったく。おめぇは少し頑張りすぎだぁ」


空高く上がったミクに止めを刺そうと放たれた尾が男の声と共に分離する暇すらなく、切り落とされ、一秒程経過した瞬間、再生することが出来ないくらいに切り刻まれていく。


「―――よぉ、化けもん。久しぶりだなぁ」


―――知っている。私は知っているぞ、この人間を。


「オオオォォォォォ!!!」


「あら、随分と隙だらけね」


男の体を毒液で溶かそうとした瞬間、その体は凍りつき、砕け散る。


そうだ、この人間たちだ。


あの時、自身が狙っていた獲物を奪い取った、泥棒猫達は。


数週間ぶりの獲物を奪い取り、学院都市の研究員どもに捕まるほどに衰弱してしまった原因を作った憎き人間共は。


「知性を身に付け、それに見合うだけの力を手に入れた魔獣。複合種キメラ!!気をつけて下さい二人とも!きっとワーティー達よりも脳の数も、命のストックも多く持っているはずです!!」


「核を持った部分をどこかに潜ませているってことか。それらは安全な場所に隠れながら、分離した肉体に命令と力を送る。んで、体を作るために物質を食わなくちゃいけねぇとなるとぉ...」


「ちょっとユグド!やめ...!!」


女の声を聴くまでもなくその男の振るった一撃は結界の張られた屋敷を残して周囲の大地を吹き飛ばし、地下深くに隠れていた魔獣の核を持った分離体を消滅させる。


「本当に...人間か?」


「魔獣に人間かどうか疑われたらおしまいですよ、ユグドさん」


「うっせぇ!こっちの方が手っ取り早ぇだろうがぁ!...つかよぉ、おめぇどこまでストック持ってやがる。こちとら一発で殺す気でやったんだがなぁ」


やはり、この人間は危険な存在だ。核を分散させて戦えばこちらの肉体の供給が間に合わない。ならば―――。


「人の言葉を喋るもんだから命乞いでもすんのかと思ったが、そっちの方が手っ取り早く済んで助かるぜぇ」


「ちょっと!ユグドさんもシーナちゃんも何を悠長に見てるんですか!辺りに残っていた核が集まってきてますよ!」


「変に長引かせれば負けると悟ったようね」


「けどよぉ、それは悪手ってもんだ」


―――全身全霊を持って、この人間共を殺す!!



周囲に分散させていた肉体を一ヶ所に集中させた魔獣は自身の奪ってきた同種族の力をあますところなく使用していく。


鉄すら用意に溶かす毒液に、全てを平等に切り刻む刃、人の目では捉えることの出来ない不可視の能力、灼熱の息、極寒の氷で覆われた肉体、それら全ては研究者が生存競争をこの魔獣に強いて、得させた特異の力だ。


「ワーティ、シーナ。離れてろ、こいつは一撃で吹き飛ばす」


「一人で大丈夫?」


「まぁまぁ、シーナさん。この人なら大丈夫でしょう。ワーティー達が心配するのは如何に被害を広げないかですよ。ちょっとジャックスさんにも協力を要請してきます」


ワーティーの持っているポーチから小さな虫のようなロボットが空へ飛び立つと、外部からも一切の影響を受け付けない結界を張っているにも関わらず、そのロボットは結界をすり抜けて屋敷へ侵入する。


結界の中に何か入ってきたことを関知したジャックスはその場所へ全速力で向かう。どのような方法で入ってきたのかは分からない、だが、侵入したということに変わりはない。


戦闘をする覚悟を決めて、屋敷の中から出るとそこには一匹の虫らしき生き物が飛んでいた。


「......?」


ジャックスがその生き物に疑問を覚えて近寄ろうとした時、こちらを認識した虫の小さな口が開き、そこから映像が映る。


『あ!シーナちゃん繋がったよ!』


『あら、随分と早いわね、ええと。貴方がジャックス?』


「えぇ。まぁ。あの、貴方達は?」


『私達はバーサーカー。魔獣専門の討伐部隊です。これから魔獣の殲滅を行うのに、貴方の力が必要なので、力を貸して頂きたいのですが』


その隣では大声で『もう少し我慢してくださいねー!』と叫ぶ白衣の少女らしき人物、見るからにこの機械を作ったのは彼女だろう。


「それよりも、そこに包帯を巻いた少女は居ませんか...?」


『えぇ。大分傷が酷くて、ワーティーの生命維持装置で何とか生きている状態よ。そこにアオバという医者が居るのならその人も連れてきて頂戴』


映像が動き、その先にはおびただしい機械により、そのか細い命を繋ぎ止めるミクの姿があった。あまりにも豹変してしまった肉体と、どうして生きているのか分からないほどに血を流していた。


『時間がないのはお互い様よ。それに勝算ならあるわ。―――まずは結界の外を見てみなさい』


ジャックスは一刻も早くミクの元へ向かう為に二回で治療をしているアオバを呼びに向かう。


「よくもまぁ僕の前に姿を現せましたね」


そこには多くの患者を治しながらもこちらへ明らかな嫌悪を向けるアオバの姿があった。普段の穏やかな様子とは違い、ジャックスに対する敵意すら持っていた。


「彼女達から聞きましたよ。ミクさんに無茶をさせたんですよね?」


「―――はい。全ては私の独断で行ったことです」


「ミクさんは僕の大事な患者だ。如何に僕だとて、怒る時は怒りますよ。患者に無茶をさせたとなれば、尚更です」


「それも含めて後で罰を受けます。ですが、今は貴方の手が必要なんです、力を、その再生の力を貸してください」


ジャックスはアオバに手短に状況を説明する。外で魔獣を倒すための専門家が来たこと、医療機器で命を繋ぎ止めているミクがいることを。


「......行きましょう。僕の感情よりも今は彼女の命が優先だ」


ジャックスの選択は人としては間違っていたが、この屋敷を防衛するという一点に限っては正解であった。実際、突然の乱入とはいえ、魔獣を殺すことを専門とする彼等が到着するまで時間を稼げたのだから。


農業都市から来たグラフォルと言っていただろうか。あの男は彼等の乱入を予想していたのだろう。彼とその仲間であるアスタは作戦の開始と共に姿を眩まし、如何に陣営が劣勢であろうと助太刀をすることは無かった。


彼等には魔獣の討伐以外よりも優先すべき何かがあった。だからこそ、確実に勝てる人員を外から招き入れた。関わってしまった以上、彼等も罪なき人々がただ蹂躙されていくことは避けたかっただろう。


アカツキと話していた時に言っていた足止めは、そういうことだったのだ。今頃、彼の所にも強力な助っ人が現れている頃だろう。


今はただ主の無事を願うことしか出来ない。主から賜った命令は屋敷を守り抜くこと、それを放棄して助太刀しに行っては絶対に再生の許されないことだ。それに、あの戦いの後から体の調子が優れない。


今行っても何の役にも立たないだろう。


「ジャックスさん、結界の解除を」


今はただ、自分にできることをしよう。


「......なんてことだ」


結界の解除と共にアオバの絶句する声が隣から聞こえる。それもそうだろう。彼女は言っていた。勝算ならあると。


外の景色をシャットアウトしていた結界を解いたら全てが理解できた。


―――屋敷を残して、地表は大きく削られ、すぐ近くでは氷に覆われたステージのような場所で死闘を繰り広げる魔獣と、それに立ち向かい、一つの傷も負っていないたった一人の男と、それを少し離れた場所で見守っている二人の姿があった。


「急ぎましょう、ミクさんの容態が悪化すれば僕でも治せないかもしれない」


「ええ、結界で足場を作ります」


二人は屋敷から出ると、そのままシーナとワーティーの下へ向かった。


「早い到着で助かるわ。アオバ、この子のことをお願いできるかしら」


「ええ。大分危険な状態であることに変わりはありませんが、まだ僕でも治せる範囲です」


「頼むわね。それじゃあジャックス、私が氷で覆った場所を結界で補強して頂戴。―――ユグドが決めにいくわ」


「......分かりました」


あまりにもはちゃめちゃな戦いだ。本当にユグドという男が人間なのか疑わしい光景が眼前では繰り広げられていた。


その手に握られた剣で数々の攻撃をいなし、一振りで魔獣の体を軽々と吹き飛ばしていく。それも、桁違いの威力だ。その一振りで更に地形が抉れていく。


「ワーティ!ユグドに連絡を!」


「任されました!」


ワーティのポーチから結界を超えてきた虫の機械が二十程飛び立ち、氷の壁を通り抜けながらユグドの下へ向かっていく。


「あれはどういう原理で?」


「あれは物理法則を僅かにねじ曲げ、更にはその魔力を分析し、同調することで結界を通り抜けたり、今のように氷の壁を通り抜けれるんですよ!けど、通り抜けれるのは静止している物体のみ、魔獣の尻尾を透過することは出来ません」


ユグドの下へ向かっていく道中で戦いの余波により大半が壊滅するが、最後に残った一機がユグドの耳元で録音メッセージを流して、魔獣の尾により破壊される。


それと同時に魔獣に向けて、大降りの一撃が放たれる。それは斬るというよりも地面に叩きつけるようなもので、まるで二回叩き伏せられたかのように、途中で加速して地面の深くへと吹き飛ばされていく。


そして、地下から飛び出してきた巨体に向けて剣を構える。その動作だけで先程の攻撃とは全くの別物であることが察せられる。あの魔力の集まりかた、剣の構えかたは確実に獲物を殺すためのものだ。


「―――来るわよ!衝撃を逃がすために上を開けるわ!無茶を言うようで悪いけれど、ユグドの攻撃に合わせて、彼を守るための防護壁を張るからタイミングを合わせて頂戴!」


「分かりました!!」


結界の中では魔獣がユグドの攻撃の変化に気付き、その攻撃を放たさせまいと速度を上げて攻撃を繰り出す。


ユグドは毒液や蛇の尾を潜り抜け、空へと続く氷の足場を使いながら位置の調整を図る。確実に殺せる距離、角度からの攻撃をしなければ、この化け物は倒せない。


「人間ごときか...!!調子に乗るなぁ!!」


横穴から巨大な蛇が姿を現し、氷の足場を噛み砕きながらユグドの下へと突き進んでいくが、それもあと一歩の所でジャックスの結界により防がれる。


「ナイスアシストだ、んじゃまぁ、―――人間ごときの力を見せてやらぁ!!」


ユグドの剣が膨大な魔力に包まれ、青く光り出す。その攻撃を受ければ間違いなく即死だ。あの密度の攻撃を受けては再生する間もなく、塵となるだろう。


魔獣となり、知識を得た彼にもそれが如何に異常であるかは理解できる。

───あれは、人間の持っていて良い力ではない。


「ふざ―――けるなぁぁぁぁ!!!」


怒り、恐怖、この短期間で感情すら身につけた魔獣はその攻撃から逃れる為に体を分離させようとするが、その分離する箇所を的確にシーナに見抜かれ、その部分のみを的確に凍らされ、分離することを許されない。


「てめぇによって殺された人間達の怒り、苦しみを知れ。これで―――終わりだぁぁぁ」


ユグドの剣から放たれた剣撃は膨大な魔力を含みながら、魔獣の皮膚を焼き、内部を吹き飛ばし、無数に存在するコアを破壊しながら突き進んでいくが、まだ体は動く。


最後にこの人間に一矢報いることくらいは出来るだけの肉体と魔力が残っている。


「オオオオオオオォォォァァァァァ!!!」


魔力の渦の中を崩壊しながら突き進んでいく魔獣とそれを見ながらも一切避ける素振りを見せないユグド。


―――やはり人という生き物は勝ったと思った時に油断する!


慢心が人を殺すのだ。


あの男の喉笛を噛み千切り、それを最後の抵抗としよう。どんな顔で苦しみながら死んでいくのだろう。楽しみだ、あの男は私に至上の喜びを与えてくれるのだ。


息が出来なくなり、苦悶の表情を浮かべながら、小便を垂らし、醜く這いつくばる。あぁ―――本当に楽しみだ。


「おめぇには俺は殺せねぇよ」


何を言っている。私は見誤っていたのだ。それも良い意味で。このくらいの攻撃ならば、消滅する前に―――!!


「―――そら、二撃だ」


これほどまでに膨大な魔力を更に越えた、二撃目。攻撃をする素振りすら見せなかったというのに、何故これほどまでの威力を出せた。


理解できない。どうやったのだ。


分からない。分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない!!


「冥土の土産に教えてやる。何も特別な能力を持ってるのがてめぇら魔獣だけだと思うなよ。俺の攻撃はよぉ、その場に残り続ける。それも一度目の攻撃よりも増した状態でなぁ」


なんだそれは。一体どうやったらそんな力を手に入れられる。どうすれば、人間という生き物がそれほどまでの魔力と、技術と、力を手に入れられるというのだ!


「―――じゃあな。地獄の底に落ちろ、化け物が」


衝撃を逃がすために開けられた天井から暴れ出る衝撃波と魔力の残り滓、その残り滓ですらこの密度だ。


ジャックスは今までに感じたことのない程の重圧感に耐えながら結界の維持に全ての意識を集中させる。この結界が解ければ、屋敷にも被害が届き、何よりこの破壊を引き起こしたユグドの体が、自身の攻撃の余波で吹き飛んでしまう。


しかし、止まることを知らない攻撃の余波により、次第に結界が不安定なものになっていく。


「私の言ったタイミングでユグドに全力で結界を張って頂戴!衝撃の余波ごとあの一帯を凍らせるわ!!」


「やれるんですか!!?」


「やるのよ!!」


隣ではワーティーとミクの治療をするアオバが心配そうな顔で事の行く末を眺めている。


失敗すればユグドごと氷漬けになるか、最悪ユグドの体が衝撃でバラバラになるかのどちらかだ。


失敗を考えるな。今の自分にはこれしかないのだ。


「3」


絶対に成功させろ。


「2」


シーナのカウントダウンから一度たりとも気を反らすな。


「1」


全てがこれに懸かっている!!


「今よ!」 「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」


シーナによりユグドが引き起こした余波ごと全てが氷の中に閉じ込められていく。幻想的な光景が眼前に広がり、空からは氷の結晶が降り注ぐ。


「ユグドさんは!!あの人は無事なんですよね!!」


ワーティーの悲鳴じみた叫びにジャックスはその場で力なく倒れ―――。



「―――成功です」



巨大な氷塊の内側から青い結界が突き出て、そこから傷一つないユグドが手を振りながら現れる。


「全く...。どうなることかとひやひやしましたよ」


ユグドの無事を確認してアオバは胸を撫で下ろす。


その隣で、ワーティーが少し怒り気味に機械を起動させそれに跨がり、ユグドに突進していく。


殆んど魔力を使い果たして立っているのもやっとなユグドに、そのまま近づいていき、ぶつかるかと思いきや、急停止し、ワーティーだけがユグドの胸元に飛び込んでいく。


「無茶しすぎです!今回ばかりはワーティーでも、死んだのかと思ったんですよ!」


「わりぃ、確かにちょいとばかし無茶しちまったなぁ」


「ちょっとじやないですよ!」と、ワーティーが心配そうにしながらも起こっている様子をシーナは眺め、安心したように瞳を閉じた。


「本当に...。貴方は無茶ばっかりして」


こうして、対魔獣戦は多くの苦難を乗り越え、見事勝利を掴み取ったのだった。

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