<弟子と師匠と>
「メモリア...」
夢のような世界で見た少年の名前を呼んでみる。もうこの声はあの少年に聞こえることは無いというのに。
抗いたかった。このまま、人々の幸せを奪っていくだけの人生に、世界に良いように使われるだけの悲しい人生に。
「俺はどうしようもなく酷い奴だな...」
僅かだが、アカツキの記憶に綻びが見え始めた。当たり前のように女神との会話を忘れ、当たり前のように自分を助けてくれようとした少年の言葉を忘れてしまっていた。
「それでも...」
進むしかない。今は進むしかないのだ。彼が言っていたように、どこかで答え合わせをすることになるのだから、今は自分がやるべきことをやろうではないか。
「メモリア...。今、楽にしてやるからな」
目の前で不完全ながらも四肢を再生させた化け物が驚いた顔でアカツキを見下ろす。絶対の力、記憶の改変に抗ったという事実はそれほどまでに凄まじいことであった。
「お前のおかげで、俺は思い出せたよ」
記憶の消去により無力化するはずが逆にきっかけを与えてしまったのだ。メモリアの助言、不死なる肉体の殺し方をアカツキに与えてしまった。
「――――――ッッ!!」
雄叫びをあげて、クルスタミナは目の前に立つ天敵を威圧する。
理性を持たない、破壊衝動と本能だけで暴れまわっていたクルスタミナが、ほんの少しであれ恐怖心を覚えてしまった敵の名はアカツキ。
幾度の苦難を乗り越え、ここに立つ最大にして、世界を破壊するクルスタミナにとって最初の敵。黒服の人間共とは違う、捕食対象ではなく、明確な敵として。
アカツキの何倍もある巨体に似合わぬ動きでアカツキへ接近し、横凪ぎの一撃を行う。巨大な掌をアカツキは軽々と飛び越え、無防備な目をまずは一つ、貫いた。
片目を失い、クルスタミナに大きな死角が生まれる。当然、むざむざ死角からの攻撃を許すわけにはいかない。
タイミングも大きさもバラバラな水晶の柱がクルスタミナを護るように地面から出現し、死角を補う動きを見せる。
もう一度攻撃を叩き込みたかったが、もうこれ以上のダメージは許されないアカツキは一度その場から離れる。
不規則に出現する結晶の柱はクルスタミナの意志が加わっていない故に、避けながら接近するのは困難になるだろう。
アカツキの動きが止まると、クルスタミナはそれを許さないというばかりに、自身の巨体を利用した突撃を繰り出す。治りきっていない体から水晶が崩れ落ちていくも、それを全く気にしていない。
凄まじい速度で突撃をするクルスタミナから避けようとしないまま、アカツキはその巨体に大きく打ち上げられる...と思いきや、衝撃を極限まで受け流してアカツキはクルスタミナの頭上に到達する。
「二回目だ」
そのまま重力に身を任せて、剣をクルスタミナの頭頂部へと突き刺す。すると、クルスタミナの体がブルブルと震えだし、頭上に立つアカツキを右手で追い払う。
「バババババババ」
魔獣として完成してしまったからこそ、今のクルスタミナには人と同じように目があり、口があり、内臓があり、勿論体を動かすために必要な脳も存在する。
だが、急所を突かれてもクルスタミナにとっては無力だと思っていい。多少体のバランスや言語能力が低下するだけで、傷つけられた部位は再生してしまうのだから。
「グガァァァァァァァァ!!」
両の手でアカツキを包み込み、そのまま磨り潰そうとするが、クルスタミナの手はアカツキを束縛することすら出来ずに、地面へと落ちていく。
巨大な手を切り落としてクルスタミナの青い血を全身に浴びながらアカツキは立ち上がる。
そして、ゆっくりとクルスタミナの方へと向き直す。
クルスタミナの全身が警鐘をより一層強く上げる。ここで殺しておけと、自分はどこかでこの脆弱なはずの生物を恐れているのだ。今、ここでこの恐怖に打ち勝たねばならない。完璧な生物として、この男を絶対に殺すのだ。
「まだ...まだだ」
とうの本人は何かを待っているかのようにメモリアから伝えられた決定打を打ち出そうとはしない。
「死...ね」
人々の記憶から学習したのか、段々と板についてきた口調でアカツキに呪いの言葉を投げ掛ける。それと同時にアカツキを包み込むように水晶の壁が四方から出現し、アカツキを押し潰そうとする。だが、それすらもアカツキは闇で包み込み、無力化する。闇に飲み込まれた四つの壁は形を変えて、斧、槍、剣、鞭へと形を変える。
最初に鞭がクルスタミナの体を絡めとり、足を引っ張りその巨体のバランスを崩すと、クルスタミナの体を両断するように斧が空から降り注ぐ。
体をぶつ切りにされたクルスタミナの肉体が離れた肉体と融合しようとしたときに、それを許さない剣がクルスタミナの巨大な頭部を撥ね飛ばし、体から吹き飛ばされた頭部を巨大な槍が貫く。
クルスタミナの悲鳴が轟き、地を大きく揺らす。しかし、悲鳴を上げるほどクルスタミナが痛がろうとも、体は当たり前のように再生を開始する。
死すら感じさせない再生は、尚も健在であった。
むやみやたらに体力を消費させて再生を鈍らせるよりは、少ない手数で相手の動きを鈍らせた方が良いだろうと判断したアカツキは、再生が終わり、こちらへ接近してくるまで一定の距離を保つ。
体の再生が中途半端なままで攻撃を開始しても、返り討ちにあうだけだとそろそろ理解した頃だろうか。最初は吹っ飛んでいた理性や、知性も少しずつ備え付けていく。
しかし、この魔獣にはクルスタミナとして生きていた頃の記憶が欠落している。嫌らしい作戦や、先を読んだ厄介な作戦を考えることはない。
ここにいるのは新たな生を受けた、もう一人のクルスタミナであり、人間ではなく魔獣なのだ。いくら理性や知性を学習しているとはいえ、その頭では人を殺すことしか考えていないだろう。
「消え...ろ。じや...まぁ」
クルスタミナの視界に映るのはただ一人、アカツキという名のただの人間のはずだ。全力を込めて放った一撃もこの不死なる体の前では無力だった。それなのに、どうして抗う。あの規模の攻撃を放つことは出来ないはずだ、自分とは違い、人とは命や魔力量すら有限に縛られた脆弱な種族だ。
何故走る、何故剣を振るう、その小さな頭で何を考えている。分からない、このアカツキという男が分からない。
分からないのは気に入らない。私は完璧な生物なのだから。ならば、殺してしまえばいい。体はあと僅かで完璧に修復される。そうしたら、確実に殺せる手段を取る。
あの黒服の人間たちから得たのは、人を殺す方法だ。そのなかで、今の自分に最も合う方法を取ろう。
3、2、1。
――――――走る。
巨大な口を大きく開き、地面ごとアカツキという人間を食い殺す。
土を深々と抉りながらアカツキをその巨大な口内へ捉えようとするが、アカツキを守るように闇の球体が出現し、クルスタミナの口内に入ると同時に闇の球体はその体積を瞬間的に増大させ、クルスタミナの顔を軽々と吹き飛ばした。
知性や理性を得たとしても何も変わらない。先程から何かを仕掛けてくると思いきや、馬鹿の一つ覚えのように突進を繰り出してくるのみ。確かにその速度は異常な程に速いのだが、既にその速さにも慣れてしまった。
再度距離を取り直して、再生が終わるのを待ち続ける。そう、待ち続けるのだ。
次はどのような攻撃を繰り出してくる、学習していたとしたら、そろそろ攻撃の仕方も変えてくるだろう。だとしたら、それは何だ。
「......?」
おかしい。確かにクルスタミナの体は目の前に転がっている。だが、その体は動く素振りを見せなければ、再生も始まっていない。普通であれば、何度となく与えた死により、再生が止まったのかと思ってしまうところだが、この化け物に当たってはそれはあり得ない。
まだ、決定打を与えてはいないのに、再生が止まるはずがない。それどころか、―――崩れていた。
再生とは真逆に、クルスタミナの体は崩壊していく。いや、あれは―――
「脱け殻か!!」
アカツキがその事態に気付いたときには時既に遅く、地面から無数の水晶柱が出現し、アカツキの逃げ場を奪う。
闇を展開させて水晶を飲み込もうとするよりも早く、クルスタミナは地中から姿を現す。水晶で覆っていた外皮を取り払っているその姿はおぞましく、とても直視出来ないほどに崩れ落ちている。
あの水晶の皮でボロボロに崩れ落ちてしまわないように押し止めていたのだ。
「くっ......そ!!」
この男の核たるは、所持している剣にある。あれほどの魔力を込めても尚、全く壊れることなく、アカツキの攻撃の要となっているのだ。
町一つを軽々と吹き飛ばせる程の魔力量にも驚いたが、それよりもその魔力を受け止めれるだけの媒体があることに驚きを覚えた。メモリアによって奪われてきた記憶の中には、その膨大な魔力を受け止めれるだけの武器を持たなかったことにより、記憶を奪われた人間もいた。
ならば、まず最初に奪うは剣を持つ腕だ。
咄嗟の回避行動により、頭部まで喰らうことは出来ないが右腕を喰らうことは容易かった。
アカツキをこれまで支え続けていた剣を持つ右腕はクルスタミナにより、食い千切られ、とてつもない痛みがアカツキを襲う。
堪えようのない痛みに耐えて、アカツキはその場から離脱しようとするが、その足をクルスタミナは掴み、雑巾を絞るようにねじ曲げる。
「あ゛あ゛ああ゛ぁぁ゛ぁぁぁぁぁ!!」
なんと心地の良い声だろう。この声を聞くために幾度の死を味わってきた。
右足が使い物にならないくらいにねじ曲げられたアカツキはクルスタミナに捕らえられる。
武器を握るための手を失い、果てには機動力の中心たる足をも失った。アカツキをその巨大な手で軽く握るだけでとても心地の良い悲鳴が空に響き渡る。
アカツキを握っていた力を緩めると、気絶してしまったのかアカツキは力なく頭を垂れていた。
終わりか。初めて自身を畏怖させた、最後の天敵は遂に終わりを迎える。このあとはどうしてやろうか。手始めにこの都市を全て喰らい尽くし、人が生きていたという痕跡すら残さないくらいに破壊しよう。
もう、自分を止めるものはいない。この男の死をもって、クルスタミナは完成する。天敵の存在しない世界を支配し、―――何を言っている?この身は全てジューグ様のもので...。違う、違う違う違う!!
誰の記憶だ。どの人間の記憶がこのような戯言を抜かす。この身は世界を滅ぼすためにあるのだ。誰の物でもなく、世界を支配するのではなく、破壊するために生まれてきた。
痛む頭を押さえながらも、クルスタミナは笑った。
この記憶が誰のものでもいい。ようやく、クルスタミナ・ウルビデダの悲願は叶うのだから。このような化け物になってしまったのも、怒りに身を任せて自傷の絶えない夜を送ったのも、これでようやく報われる。
この男の死が、自分を変えてくれるだろう。
クルスタミナは口を大きく開けて、アカツキをその口で捉え、飲み込んだ。
「やっと、やっとだ!ワシはついに全てを―――終わらせた!!」
英雄は死んだ。人々の最後の希望は潰えた。アカツキは―――死んだ。
クルスタミナは最初で最後の天敵を殺し、突き進む。目指すは最も人の密集する館。黒服の集団が与えてくれた記憶の中には、生き残った人々が集まる屋敷への道が鮮明に残されていた。
クルスタミナの剥き出しになった体を水晶が覆い、崩れ落ちていく肉体を押し止める。完全な再生を終えてから進むとしよう。もう焦ることはない。
......。
同時刻、屋敷にて。
「.........」
屋敷の前には無数の死体が転がり、その死体が積み上げられた頂点ではリリーナが鎖で四肢を貫かれ、十字架に固定されていた。
屋敷の背面では突如として魔獣の襲来が発生、それをどうにかするために農業都市からの助っ人、グルキスが戦っていた。だが、魔獣を屋敷から引き離してから戻ってくる気配がないとなると、いよいよここも陥落してしまうだろう。
そんなことを胸の内に秘めておきながらも、リリーナはこんなボロボロの体になるまで戦い続けた。
「まさに悪鬼羅刹、自我を持たぬ人形とはいえ、彼らも元は人間、貴女はそれを知っておきながらも暴虐の限りを尽くした。故に私が派遣されたのです。ジューグ様は悲しんでおられる、多くの死を前にして、きっと泣き続けていることでしょう」
「...はっ。元々イカれていたとはいえ、ますます糞みたいな思考に磨きがかかってんな、背信者」
「...貴女はご自分の立場を理解していない」
リリーナの腕を縫い合わせるように鎖が突き抜けていく。想像を絶する痛みにリリーナは叫び声を上げる。
「私こそが正しき信者です。背信者とは彼らのことを言うのですよ。あの教会がやってきたのはただの虐殺です。故に私は教会を抜け、ジューグ様にこうして教会に対抗する力を与えて貰ったのです」
「はっ...。冗談も休み休み言いやがれ。あの女がしてきたのは......」
「――――――ジューグ様、でしょう?」
男の怒りに反応するように鎖は自我を持っているかのようにリリーナの腹を深々と抉っていく。
「あの女は...!なんの罪もない人々を幾億と殺してきた!何も知らない民を誑かして、戦争を起こしたことだってあった!あんたに分かるか...。故郷に帰りたくても帰れない、哀れな子供の気持ちが!!」
「ジューグ様はこう仰った。神は絶対的な存在。人は増えすぎた、私が行っているのは選別、愚かで、必要のない人間を間引くのも神として行わなければいけないことだと。その時、ジューグ様は泣いておられた。人を選別することに対する罪悪感が、ジューグ様に安寧の日々を送らせることを許さないのです」
イカれていた。リリーナが言っていたように、この男は完全に人としてイカれている。洗脳以上の狂信的な信仰、その対象は神ではなく人だというのに、この男はジューグを神として崇めているのだ。
「教会は殺した人間のことなど覚えていない。ただ、家畜のように間引くだけだ。私はそれが許せなかった。彼等は奪うだけで、与えることなどしなかった!!」
男の顔が大きく歪み、醜いほどに怒りを露にする。
「どうしてだ!あいつらは何故妻を奪った!私の愛するべき妻と、私の愛しい子を、豚を処分するように淡々と殺した!!それどころか、彼等は笑っていた!数百年の孤独を知れ!我らの怒りをここに示すのだ!!」
リリーナの体の自由を封じていた鎖は更にリリーナを十字架に縛り付け、空高くへと上がっていく。
「この流れ落ちる赤き血は我らの怒りだ!聖処女の肉体を持って、我らは世界に天罰を下そう!!黒き神の一部を現界させ、世界に終末を!」
意識が遠退いていく。
自身を中心とした魔方陣が展開されていく中、リリーナは何故か思い出してしまう。
家族を殺され、やがて殺されゆく小さな子供を救うために村中に溢れていた魔獣と黒服の集団を葬り去った一人の女性を。
彼女は今まで見てきた人間のなかで最も強かった。その一振りで魔獣の群れは切り刻まれ、光のような速さで村を襲った黒服の集団を殲滅したのだ。
それほどまでに強い力を持っておきながらも、彼女は何も守れなくてすまないと、その少女に頭を下げた。分からなかった。誰も辿り着くのできない圧倒的な強さを持っているのに、何も持っていないその少女に頭を下げる理由が。
自分は見ていただけだ。老若男女、誰彼構わず殺して回る黒服の集団を。動かなくなった家族が火で焼かれ、灰になっていくのを、ただ見ることしか出来なかった。
分からない。何も分からない。どうすれば、あの人のことが分かるようになるのだろう。
答えを求める為に、私は強さを求めた。自分だけにしか出来ない技も手にいれた。神器とまではいかないが、それに近い業物も自身の力で掴みとった。
その武器は私の心を写す。ならば、私はまだ中途半端なままだ。
自在にその形を変えるということは、私はいつまでも強さを見いだすことが出来ていないということになるのだろう。
追っている。幼き日に見た、あの剣を。圧倒的なまでに、孤独なまでに強すぎるあの人を。
「...届...かな......い」
私はまだ、見つけていない。
強さの先にあるその景色を。あの人のことを、まだ私は何も理解できていない。
「原初の破壊よ!聖なる闇よ!!人が抱いた希望と絶望を、ここに!!」
魔方陣が黒く輝きだす。
―――ああ、私は終わってしまう。
『ねぇ、師匠。どうやったらそんなに強くなれるんですか?』
ふと、ある少年の言葉を思い出す。この都市に来て、初めて出会ったその少年の名前はアカツキ。まだ二十にも成っていないのに、過酷な戦いに巻き込まれた少年だ。
彼は一度は全てに忘れ去られ、誰も信じることが出来なくなるくらいに絶望したという。それこそ、大きな人格破綻が起きても不思議ではないくらいに深い絶望を味わっても、戦うことを選んだ。
決して一人だけの力ではない。今の彼になるまで多くの人に救われ、支えられてきたはずだ。
彼は強さを求めていた。その姿は私と同じようで、大きく違っていた。私は私の為に力を求めた、けれどアカツキは違った。自分の手の届く範囲だけでも守れるようにと、力を欲していた。
実を言えば最初は少しだけムカついていた。守りたいなんて言っていながらも、あまりに弱すぎた。けれど、手合わせしている内に彼は自分のことを師匠と言い慕ってくるようになり、弟子なんて取るつもりなんて無かったのに、いつの間にか彼の師匠のように剣を教え、最低限身に付けれるだけの技術を叩き込んだ。
『はぁ?利き腕じゃない方で戦いたいだぁ?』
たまに何を言っているのかよく分からないこともほざいていたが、まあ、良い弟子だったと思う。
ちょいとばかし気負い過ぎるせいで、涙を流して眠る夜も少なくなかっただろう。
『師匠としての、言葉だよ』
なーんて、ガラにもないこと言ったこともあった。二人だけで風呂に入って、焦りすぎたアカツキを落ち着かせるために。
師匠、師匠。毎日のようにそう言ってきては手合わせをして、その度にアオバが心配するくらいに大ケガをする。
けど、強かった。力ではなく、心が強かったのだ。
「なんで...だろ...」
「...おや?まだ意識がありましたか。そのまま、気絶してれば痛みを味わう必要もなかったというのに」
もうじき、この体を媒介にこの男の言うとおり、黒き神の一部がこの都市に放たれる。体を侵食していく闇がリリーナの体を包み込んだ時に、全てが終わってしまう。
―――私は決して強くなんてなかった。
誰かに何かを教えられるほど出来た人間でもない。けど、アカツキに師匠と呼ばれた時に、どこか楽になれた気がした。
私は、弱い。私は、脆い。中途半端で、どこまでいってもあの人の背中を追い続けるだけ。
―――もう、やめよう。
誰かの背中を追い続けるだけの人生はここで終わりだ。私はもう一人じゃない。戸棚に隠れてカタカタと震えるだけの少女なんかではない。
私には弟子がいる。私の背中を彼は追っているのだ。
「諦め...るな」
そうだ。こんなところで終わってどうする。
「進...む」
剣を握れ。目を開いて前を見据えろ。
「もう遅いのです。その鎖からは逃れられない。私の鎖をそう易々と...」
男はそう言って空を見上げる。だが、そこには張り付けにされているはずのリリーナの姿はなく、赤い血を滴らせた鎖が何が起きたのか分からないと言わんばかりに制止していた。
「そう易々と...何だって?」
背後から声がして、振り向くと血だらけの体ですぐ側まで接近していたリリーナの姿があった。
「なに...を...?」
突如として右目の視界が暗黒に包まれる。
それと同時に右目を襲う凄まじい痛みと喪失感、抉り取られたのだ。今の一瞬で右目を...!!
「鎖よ!!」
リリーナを束縛するのではなく、殺すために赤き鎖は勢いよく放たれる。それに動じることなくリリーナはこちらへ走って向かってくる。
「我が鎖で死に至れ!!この、化け物め!!」
リリーナの顔面を吹き飛ばすように射出される鎖、確実に顔面を捉えた鎖は―――。
「こんなもの、効かねぇよ」
リリーナは赤き鎖を歯で噛み砕き、こちらへ突っ込んでくる。
「来るな...来るな来るな来るなぁ!!この、魔女めぇぇぇぇぇ!!」
無数の鎖が男を守るように出現するも、リリーナの持つ黒い剣で次々と切り裂かれていく。
「ああ...。あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男の断末魔が最後に響き渡り、辺りに静寂が訪れる。
「...アカツキ」
ここにはいない彼の名前を呼んでみる。
今はどこに居るのだろうか。まだクルスタミナを足止めするために戦っているのだとしたら。こう言いたい。
「私は...。信じてるよ。あんたならやれるさ。―――だってさ。私の弟子だからな」
───そして、地面が崩落し地下から巨大な魔獣が大きな口を開いて現れる。タイムリミットは過ぎてしまった。
多くの敵を相手するばかりに、本命であるはずの魔獣のことが抜けてしまっていた。
聞いていた大きさとは幾分か小さく思いえるが、もうそんなことを考えていられるだけの頭もない。
頑張ったさ。よくここまで戦えたものだ。
最後にアカツキの顔を見られないのはちと残念だが、まぁ、仕方ないだろう。
リリーナは今度こそ瞳を閉じて運命に身を委ねる。