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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
122/185

<忘却の記憶>

苦しんでいる。泣き叫んでいる。どうして死んでしまったのかと。

私達はただ当たり前に生きていただけなのに。子供を奪われ、両親を奪われ、友を奪われたのは何故だと叫んでいる。


叫んでいるのは既に終わってしまった人達だが、確かにこの世界で平穏な日々を送っていた人達だ。


唐突に訪れた理不尽な死と絶望を最後まで理解できないまま、死んでしまった哀れな死者の泣き叫ぶ声がアカツキの耳からこびりついて離れない。


自分の刃が人の形をした結晶体を切り裂く度に、悲痛な叫びと、明らかな死を与えたという罪悪感が心の内から込み上げてくる。


辛く、苦しいけれど───決して目を背けてはいけない。

この人達は自分より辛くて苦しい思いをして死んでしまっただから。絶対にその人達から目を背けてはいけないのだ。


そうやって現実から逃げていてはこのクルスタミナという悪の化身には勝てないのだから。


痛くないように、一撃で体を構成している核を破壊する。無駄な傷は与えることなく、的確に死を与えることに専念する。


千を超える亡者を殺した頃だろうか、ようやく産み出された人々の怨念に終わりが見え始める。遠くでアカツキの動きを観察しているクルスタミナをようやく視界に捉えることが出来たアカツキは一瞬、地獄かと思える光景を目にする。


頭を握られ、体を肉団子のように丸められ巨大な口の中に放り込まれる人の姿、黒い服に身を包んだ集団は自らの命を差し出すかのように武器を持たない無防備な姿でクルスタミナの下へ近づいては食われるを繰り返している。


人の記憶を糧に力を増す神器メモリア、その特性を有効活用したのだろう。既に百を超える黒服の集団がクルスタミナの飢えを満たし、成長させていた。


時間は刻一刻とアカツキを追い詰めていく。人々の記憶で作られただけの人形と分かっていても剣は鈍る、剣が鈍れば殲滅速度は遅くなっていき、クルスタミナが怪物として完成されていくのを待つばかり。


「っ...!」


クルスタミナに気を取られていたアカツキは背後から接近する結晶体に気づくことが出来ず、肩へ噛みつかれる。


自身の肉ごとそれを引き離したあと、頭を即座に切り落とす。ごとりと水晶で出来た頭部が地面に転がり、黒く腐食して地面へ溶け込んでいく。


持久戦に持ち込むわけにはいかない。ならば、やるべきことは一つだけだった。


「ごめん」


闇を剣に纏ったアカツキはそれを周囲に集っていた結晶体へ向けて放出される、精度を無視したその攻撃により、一撃で死ぬことが出来なかった結晶体が痛みに耐えきれず、叫びながら地面に這いつくばり、苦しそうに悶えたあと、腐食して消えていく。


無駄な苦しみを与えてしまう、しかし、そうでもしなければアカツキは今度こそどうにも出来なくなってしまう。


「あ...かっ...ぃ」


地の底から響くような声がアカツキの名前を呼ぶ。


「変わっちまったな、お前も...俺も」


自身の何倍もある体躯のクルスタミナを見上げる。口と思われる場所からは人の血液と肉片が時々こぼれ落ち、地面を赤く彩る。


「こ......ろ...ず」


クルスタミナを中心として巨大な魔方陣が出現し、自身をも巻き込んだ極炎の渦が無詠唱で発動する。


既に見飽きる程、無詠唱の魔法攻撃を見てきたアカツキにとって、無詠唱発動の際に起きる前兆を目視することは容易かった。


炎の中心地で再生と溶解を繰り返すクルスタミナの下へ、アカツキが近寄っていく。


魔法による攻撃を無力化できるのはあと数えるほど、メモリアが救いを求めてアカツキへ譲渡した魔力も既に底は見えてきている。


今のメモリアは既にクルスタミナと深く交わり、もう一度同調してしまったら、クルスタミナの邪悪な意志が同時に流れ込んできてしまう、そうなれば今のアカツキの精神状態では到底耐えきれない精神的負担が掛かることになる。


「終わりにしよう、もう、こんな戦いは」


極炎の渦を闇が内側から飲み込んでいき、クルスタミナの身動きを奪うように周囲から粘着性のある闇が伸びる。


クルスタミナの発動した魔法を飲み込んだ闇はやがて一点に集中する。これは願いを込めた一撃だ。


ここでケリをつけられなければアカツキには勝つことが出来なくなる。込める魔力は一時間程度は動けるだけの魔力を残した全てを使用するのだ。


確実に当てろ。外すことは許されない。


「―――吹き飛べぇぇぇぇぇぇ!!」


剣に込められた最高出力の魔力をクルスタミナ目掛けて出来るだけ魔力を分散させないように放つ。


大地を抉り、空を割って進んでいき、確実にクルスタミナを捉える。


だが―――クルスタミナはそれを余裕そうに笑みを浮かべながら避けようとする動作すら見せず、直撃することを受け入れた。


剣から放たれた大量の魔力、一瞬で魔力を大量消費したことにより、軽い目眩が起こるが、それでも地に足をつけて立つ。魔力を一点に集中させて放った渾身の一撃はクルスタミナを殺すに至ったのか。


―――答えは、ノーだった。


「ひ...ひひ」


不気味な声を出して、体を修復させながらこちらを睨み付けるクルスタミナ。咄嗟にその場から離れると、クルスタミナを守るかのように無差別な攻撃が開始される。


宿主へ近づかせんとばかりに、結晶で作られた柱が止まることなく地面から出現し、クルスタミナの体から崩れ落ちた水晶は自我を持っているかのように蠢き、人と同じくらいの大きさになると周囲に残っていた黒服の集団を襲い始め、補食を始める。


最初から食われるのが目的なのか、黒服の集団はただ命を差し出す。痛みに顔を歪めることもせず、叫び声すら上げずにただ食われるのをよしとしている。


「なぁ、あとどれくらいで俺は使い物にならなくなる?」


自身の中に存在する誰かへ話しかける。

戦いの最中は無闇に出てくることなく大人しく力を貸してくれていた存在へ。


『貸しているわけではない。ただ、調整してるだけだよ。けれど、そうだね。質問に答えるなら、今のままで戦うなら持って三十分、逃げ回りながら時間を稼ぐなら一時間二十分程度かな』


そして、と一拍置いて彼は話した。


『メモリアから譲渡された魔力が空になっても尚、立ち向かおうというのなら、───人間として生きるのは諦めた方がいい。魔力のストックなら君には尽きないほどある、けれど、それらには不純物が混じっている。僕が調整しているのはそこだよ。そのストックを消費して戦えば、次第に自我は薄れていき、最終的には目の前の男のように神器が体を支配するだろうね』


「―――なら、やることは一つだよな」


右手でもう一度剣を強く握り、前を見据える。


『本当にやるんだね。いいよ、止めはしないさ。思う存分にやるといい』


「もちろん」


神器の力を多用していることにより、魔法を発動させることは極端に少なくなったが、それでも一撃一撃は凄まじいものだ。それを計算した上で三十分程度しか戦えないのなら、それ相応の立ち振舞いをするまで。


「ガァァァァァァァァ!!」


アカツキの心情の変化を察知したのか、クルスタミナは大声を上げる。すると、今まで補食を続けていた結晶体がクルスタミナの下へ戻っていく。


そのままクルスタミナの体に吸収されていき、捕食した人間の記憶を、経験をクルスタミナに分け与える。人を殺すだけに特化した人間達の記憶や経験は、人を殺す魔獣へと変貌したクルスタミナにとっては宝の山だろう。


どこをどうすれば無力化できるのか、どこを貫けば人を簡単に殺せるのか分かるのだから。


アカツキは闇を辺りに展開しながら走りだし、クルスタミナへと急接近する。それを阻止するかのように水晶の柱の生成速度は上がっていき、クルスタミナは空へ向かって口を大きく開ける。


すると、その口から禍々しい魔力が漏れだし、空中で巨大な水晶体を生成さしはじめる。さしずめ、膨大な魔力を含んだ水晶を爆発させて死ぬことのない自分もろとも辺り一帯を吹き飛ばすつもりなのだろう。


「やらせるか!」


完成される前にクルスタミナの体制を崩し、生成を中断させる為にアカツキは走り出す。


しかし、そうはさせまいと、クルスタミナの体から突如として人の形をした水晶体が産まれ落ち、足止めを開始する。


『一撃で殺すのはいいけれど、その分手間が掛かるだろう。僕のオススメとしては、片足さえ切り落とせば元々バランス感覚の悪い木偶人形のことだ、まともに立ち上がることは出来ないだろう。優しいのもいいけれど、戦場ではそれは捨てた方がいい。君がこれから旅を続けるというのなら、こういった出来事は何度も起きるだろう。人の苦しむ声には慣れていないと、まともに戦えないよ』


そんなの分かっている。戦場では優しさを持ったまま勝つなど不可能だと、時に冷徹であることが必要だということも。


「痛くするけど、我慢してくれよ」


アカツキを中心として闇がもう一度辺りを包み込んでいく、影牢わ再発動し、数の差を逆転させる。闇に足を取られ、そのまま闇へと落ちていけば、アカツキが手を下すまでもなく彼らを消滅させることが出来る。


悲鳴を上げながら闇へと吸い込まれていく水晶体を尻目にアカツキは無防備なクルスタミナへと接近する。


頭上で更に肥大化していく水晶の塊、クルスタミナはアカツキが近づいてきたことを察知し、それを空へと放つ。未完成ではあったが、膨大な魔力を帯びた水晶は空中で爆発し、クルスタミナを巻き込んで、尖った水晶の雨を降らす。


魔力を帯びた水晶はアカツキの展開した闇に穴を穿ち、無差別な破壊を引き起こす。


水晶の雨は三分程地上に降り注ぎ、クルスタミナの体にも無数の穴を開けていく。痛みを感じない体ではそれは些細なことにすぎず、傷は勝手に癒えていく。


「こんなんでやられるかよ」


降り注ぐ水晶の雨の中をどういう方法で潜り抜けてきたか分からないが、いつの間にか背後まで回っていたアカツキ。


「力を分散させたのが失敗だったな」


クルスタミナは首を百八十度回転させ、アカツキをその目に押さえると、アカツキがここまで接近できた理由を知ることが出来た。水晶の雨はアカツキに触れると、それこそ水のようにパシャリと溶けていく。


「まず、一回目」


片目を剣で貫かれ、そのままの勢いで顔を切断される。動きが停止した瞬間、アカツキは闇を纏った剣でクルスタミナの水晶で出来た体を切り刻んでいく。


「流石に頭を失えば、動きは鈍るよな」


アカツキは残った頭部へ剣を突き立てる。そのまま無慈悲に貫くとクルスタミナの体はビクンと跳ね上がり、もがくように手足を地面へ叩き付ける。


その場から離れ、クルスタミナの様子を観察する。体はボロボロになりながらも再生は行われている。だが、明らかにその再生速度は鈍っていた。


剣に纏わせていた魔力を解いて、アカツキは再生が終わるまでの間思案する。再生速度の違い、さっきと今とで何が違ったのか。


「お前、何かしたか」

『......さぁ、どうだろうね』


相変わらず協力的なのか、よく分からないが、もし彼が何かしたのならば、それを知ることで少しでも長い間クルスタミナをここに繋ぎ止めることが出来るかもしれない。


『心当たりは本当に無いんだね?』

「俺にはないね」


『―――だろうね』


まるで何でも知っているかのような言い方だ。しかし、ここで問い詰めても答えを返してはくれないだろう。


『これは君自身で知らなければならないんだ。悪い癖は早く治して欲しいからね』

「悪い癖...ね」


頭痛がする。また、この感覚か。煮えきらないような、とても気持ちの悪い感覚だ。


知らないようで知っている。けれど、分からないのだ。


「そろそろ、限界でもきたか...」


微かに笑みを溢して、右手で握っていた剣を鞘に納める。もう、どれだけの時間が経ったのか分からないが、まだ終わらないということはそういうことなのだろう。


「こんな中途半端に終わってたまるか」


まだ、自分にはやらなければいけないことがある。まだ、自分にしか出来ないのだ。クルスタミナをここで食い止める。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


空白。真っ白、何もない。


突如として闇で彩られていた世界が白に包まれる。ここにあるのは白のみ、色を持つものは何一つとして存在しない。


そう、自分の体さえも。


「...っ!そういうことかよ!」


これは修正であり、改変であり、忘却である。神器メモリアの暴発、ごく一部だが、周囲を巻き込んで起こる新たな過去改変。


体から抜け落ちていきそうな何かをアカツキは繋ぎ止め、白を上書きするように闇の支配域を広げていく。


白の世界にヒビが入り、失われつつあったものが体へと戻ってくる。突然の出来事に的確に対処をしたアカツキはそのまま記憶の改変を無効化しようとした時、ハッと気づく。


いつの間にか立っている少年のような姿、崩れつつある世界でその人物は確かにアカツキへと告げる。


「お兄ちゃん、きっと僕を殺してね」


聞き覚えのある声、それも昔の話じゃない、ここ最近どこかで聞いたはずだ。


「お前は...誰だ?」

「それはお兄ちゃんの記憶が知ってるんだ。だから、―――女神様との約束を思い出してね」


謎の声がそう告げると、視界は突然暗闇の底へ落ちていき、ガラスが砕けるように精神世界は崩壊し、小さな花園らしき場所に立っていた。


そして目の前に立っている女性は今まで見てきた時と同じように、顔が鉛筆で書き殴ったように黒く塗りつぶされ確認することが出来ない


「―――――――――」


何を言ってるのか聞こえない。約束なんて知らない...!


「―――忘れないで。もう、誰も苦しまないように」

「ぁ...」


アカツキは自身の頭を押さえて、その場に倒れ込み、突然独り言を呟く。


「なんで、なんで、なんでだ!どうして、忘れてたんだ...!」


『悪い癖は早く治して欲しいからね』


あいつは知っていた。アカツキに記憶の欠落があることを。その記憶は当たり前のように忘却され、始まりの場所で会ったことさえも無意識に記憶から消去されていた。


矛盾だらけだ。なんで、アカツキの始まりを忘れていた。なんで。


「お前のことを忘れてるんだ!!」


何度も救ってもらった、それこそ、新しい自分として歩み出せたのはお前のおかげだった。自身が無意識に消し去っていた記憶の共通点、それは女神、すなわちこの世界を創造し、全ての頂点に立つ存在に関する記憶のみ。


メモリアも、アカツキの中に巣くう何かも知っていた。記憶の蓋は僅かだがこじ開けられる。


『思い出したようだね。彼女とのやり取り、神器メモリアとのやり取りを。きっと、メモリアの奴も最後の抵抗をしたかったんだろう』


花園にはいつの間にかあの女性の姿は消えており、その代わりにある青年が立っていた。


「君に僕の姿を見せるのは初めてだね。僕の名前は――――――。おや、やっぱり聞き取れないみたいだね。まだ僕の名前は話すときではないらしい」


白髪の青年は少し物思いに耽る。何から話したものかと、考えているのだろう。


「アカツキ、僕がこうやって君の前に現れたということは確かに君は進んでいる。彼女とのやり取りを当たり前のように忘れてしまっていたのは、そういう風に世界が作られているからだ。誰も知ってはならない、誰一人とて、彼女のことを認識してはならない。そういう風に世界は創られてしまった」


しかし、と青年は言葉を続ける。


「現段階を持って、君は生存する人類の中で唯一世界の創造主たる彼女を知ってしまった。これは偶然ではなく必然だ、こうなるべくしてこうなった。世界は変わることを望んでいる、―――つまりはそういうことだ」


「今はただ、進め。メモリアの助言は思い出したろう?今度会うときにはもう少し詳しく話そうと思う。だから、自分の使命を果たすんだ」



そう言って青年は僅かだが微笑む。そう、とても悲しそうに。


「考えるのはこの戦いが終わってからにしよう。僅かだが、君が扱える魔力のリミッターも外しておいた。君が考えていた無謀な作戦を成功させるのにはこれで十分だろう」


アカツキは顔を俯けたまま、現実世界へと帰還する扉へ向かっていく。純白の扉はアカツキを歓迎するように勝手に開き、なにも言わずにアカツキは帰っていく。


「君が何を思っているかなんて、いい加減予想はつくよ。本当にすまないとは思っているさ」


青年は青く、そう、人間を嘲笑うように青く澄んでいる空を見あげる。


「本当に愚かな世界だ。君は誰にも忘れて貰いたくないと思っているというのに、世界は忘れることを当然のように強いる。メモリアは、それに抗いたかった。自身の力が母親を傷付けることになるのが、とても辛かった。こんな紆余曲折を経て、メモリアも壊れるくらいに酷使され、人々の呪いに蝕まれ、闇に堕ちていくというのに、これだけは譲れなかった。どうか、待っていてくれ。僕が、アカツキが―――きっと君を助けて見せるさ」

長い間、本当に気の遠くなる程長い時間、人の呪いを、欲望が自分を蝕んでいた。


世界は我が物顔であの人が産み出してくれた僕の力を使って人間達に修正をかける。


あの人はこんなことのために僕を創ってくれたのではない。どうか、人の思い出を長く保存して、人々に希望を与えるようにと願っていた。


ようやく、僕は君に会えたんだ。


『やぁ、アカツキ。初めまして、僕はメモリア。クルスタミナが所持している神器だよ』

『ここは...?』


『精神世界とはちょっと違うね。母さんが作ってくれた僕だけの世界だよ。僕が道を繋げてクルスタミナの中から君に招待を送ったんだ』

『母さん...って。お前は人間なのか?』


『うーん。ごめん、その人じゃなくて、その神器が正しいかな。ともかく、僕はもう人間じゃないよ』

『それって...。昔は人だったみたいな言い方だな』


『そうだよ?昔は僕も人として生きてきたつもりなんだ。周りの人間たちは僕を人として扱ってくれなかったけど』

『......っ』


突然の暴露にアカツキは一瞬言葉を失い、か細い声でメモリアに謝る。


『ごめん、嫌なこと聞いた』

『ううん、大丈夫。...あはは、そんな申し訳なさそうに謝らなくても大丈夫。今はお兄ちゃんと話すのが楽しいからさ、だから、さ。───もっと色んなことを話そうよ』


こうして、人と話すのは実に何千年ぶりだろうか。それも長い間待ち続けてきた人と話しているのだ、楽しくないはずがない。


『───けど、やっぱり駄目みたい』


メモリアは自身の右腕を見てため息をこぼす。爪先から肩にかけて侵食している闇、その闇はまるで生きているかのようにその範囲を広げている。


『メモリア、その傷跡みたいなのは...?』

『人々の記憶だよ。僕でも溜めきれない程の記憶がこうして表に出てきたんだ。ごめんね、お兄ちゃん、本当はもっとたくさん話したいんだけど、時間がないみたいだからさ、もう言っちゃうね』


僕が長い間言いたかったこと、いつか来るその人に伝えたかった大事な言葉。


『―――僕を殺して、クルスタミナを、皆を解放してほしいんだ』

『...ぇ』


『僕は、死にたかった。望んでもいない使い方で人々のことを傷付けるだけなら、僕を殺せる誰かに殺してほしい。それが出来るのはお兄ちゃんだけなんだ』


アカツキはメモリアの小さな体に似合わない、とても辛くて悲しい提案にそう簡単に「はい」と返答することが出来なかった。


『どうして、そう簡単に死にたいなんて言えるんだ。お前は本当にそれで...良いのかよ』

『優しいね、お兄ちゃんは。けど、そうしないとお兄ちゃんは守りたい人を守れないんだよ?クレアも、ナナも、皆の記憶は僕の中に保管されている。殺し方なら一つだけあるんだ』


ようやくだ。ようやく、この長い人生に幕を閉じれる。


『クルスタミナの不死性はそうなるための魔法なんだ。終わりがある人間に永遠を与える魔法なんてものが使えるのも、神器だから出来ること。けど、その魔法をお兄ちゃんなら打ち消せる。クルスタミナが勝利を確信して油断した時に打消しの力を剣に付与して頭部を切り飛ばす。そうすれば、頭を再生することは出来なくなり、やがて死に至る』


『俺は...。───僕はまだやるなんて、言ってない!メモリア、君は本当にそれでいいのかい!?』

『そう表に出てくるものじゃないよ。アカツキの意識と混濁したらどうなるか知っているでしょ』


悲痛な顔でメモリアを見つめる───にメモリアは少しだけ微笑みながら『大丈夫だよ』と告げる。


『こうすることでお互い救われるんだ。それに、殺すための力なら僕が分けて上げる』


そう言ってメモリアはまだ侵食していない左腕を引き千切る。宿主から離れた左腕は小さな結晶となり、それをアカツキへ渡す。


『――――――さん、アカツキはきっと忘れちゃうだろうから、よろしくね』

『...分かった。彼が忘れてしまったら僕がきっかけを作る。アカツキには今、君の中に眠る人々の記憶、クルスタミナが犯してきた罪を見てもらっているから、終わったらここに戻ってくるだろう。伝えたいことを全部伝えたら返してやってくれ』


『じゃあね、どうかお願いだよ』


『分かった』


――――――さんなら約束を守ってくれる。


あとはお兄ちゃんが戻ってきたときに全部伝えて僕の役割は終わりだ。母さんのことも少しだけ話そう。世界がそれを消し去ろうと、絶対にお兄ちゃんは思い出す。


これは僕に出来る最後の反抗だ。世界に対する、最初で最後の反抗だ。

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