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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】
119/187

<狂気に堕ちた者の宿命>

一体、どこで壊れた。どこで自分が壊れつつあったことを知った。その先のことも知っていたら、どういう選択肢を取っていたのだろう。


クルスタミナという人間は、流されやすい人間だった。その場のことしか考えず、常に自分の思い通りに行くと勘違いしていた。初めは良かったかもしれない。


幼少期から恵まれた一族の子として、常に勝利だけを味わい、常に人の上に立つ存在であった。


最初は仲間内のリーダー、次はクラスのリーダー、次は学年のリーダー、そして、果てには学院のリーダーとして、常に人の上に立ち続ける存在であった。


最初に、壊れたのはそう。あの夜の出来事か。


子宝に恵まれた家庭で、兄妹含めて四人の子を両親は神から授かった。父は何をしても完璧で、人望厚く、学院都市を統べる者として君臨していた。


母は父のサポートとして、数々の業務をこなしていた。表にたって何かをすることは無かったが、縁の下の力持ちとして、長い間学院都市の統治を手伝ってきた。


当時十三だった一人の少年は、幼くして野心を抱いていた。いずれ、父を越えて、頂点に立つのは自分だと。父の隣に立つのは今だけだ。いずれは...。そんなことを十三の歳にしてクルスタミナは心に秘めていた。


二十歳を迎えた記念すべき日、その日にクルスタミナは今のクルスタミナを形成するであろう大事件を起こす。完璧な作戦、自分がやったという痕跡すら残すことなく、クルスタミナは学院都市を統べるという悲願を達成する。


父は衰えを見せず、クルスタミナが継ぐはずの理事長の席が空くのは当分先かと誰もが思った。クルスタミナも完璧であったが、それ以上にクルスタミナの父は完璧であり、善政を敷いていたのだ。


当時からクルスタミナの悪評はポツリポツリと顔を見せつつあり、このままではと、クルスタミナは先を急いだ。十三を迎えた日から書き留めていた、完璧な殺人をクルスタミナは実行。


結果、クルスタミナを除いた兄妹三人と、父と母、屋敷で雇われていた執事やメイド、一人残らず―――焼死体として発見される。


魔法の才においては父をも越えるクルスタミナによる魔法の時間差発動。それにより、屋敷は閉ざされ、そのなかで迫り来る火から逃れられず、屋敷に住んでいた人間は一人残らずこの世を去った。


クルスタミナはその時間を友の家で過ごすことにより、容疑者として疑われることは無かった。それどころか、家族を殺された悲劇の子として、学院都市中に知れ渡る。


知名度は上がり、理事長の息子ということで、彼が理事長を継ぐのかと思われた。


そう、完全に壊れてしまったのは、この出来事のせいであった。


一時の感情により、クラスメイトを殴ったり、暴言を浴びせるなど、思うがままにやってきたことのツケがここでようやく支払われる。


学院都市を創設したと言われる大英雄の子孫が突然姿を現し、クルスタミナの成績は勿論、クルスタミナを越える魔法の才を全市民に示す。


人柄もよく、まさしくかつて善政を敷いていたクルスタミナの父よりも更に秀でた才の持ち主であったその少年はクルスタミナよりも年下であるにも関わらず、その少年は学院都市を統べる理事長として頂点に立つ。


どこで間違えたのか、どうすれば良かったかも全て後になって分かる。だが、彼には、結局はそういう生き方しか出来なかっただけで。


「ワシが一番だぅた、おばえらにわぎゃらない!なじぇ!?どおおしししねぇぇぇぇ」


意味不明な言葉と共に町を破壊して進む破壊の化身、クルスタミナ。体を覆う水晶は禍々しい黒で彩られ、地獄の底から現れた怪物と言われたら、そう思ってしまうだろう。


狂気、ただその一言で今のクルスタミナは表現できる。


アカツキにより一度殺されても尚、クルスタミナは死を克服し、更に狂った状態で世界に戻ってきた。人というにはあまりにも壊れすぎた。


「クルスタミナ、もうやめよう。そんなに自分を壊し続けて、お前に何の得があるんだ」


狂気に堕ちたクルスタミナの前に完全に殺したと思われるアカツキが現れる。


クルスタミナが声のする方へ振り向くよりも早く、地中から伸びる黒い腕に体をからめとられ、身動きを封じられる。


「お前のしたことは、絶対に許されることじゃない。たくさんの人を汚し、たくさんの思い出を摘み取り、たくさんの命を奪ってきた。それはお前が望むことの為なんだろ?この都市を、この世界を自分のものにしようとしてたのに、どうしてそうなることを選んだんだ...」


アカツキには分からない。今のクルスタミナは何かを成し遂げる為に戦うのではなく、何も考えないまま無差別に破壊を繰り返す。クルスタミナは何を望んだ、クルスタミナは何故こうなることを受け入れてしまった。


人間の屑ではあったが決してクルスタミナは弱い人間ではなかった。力もあれば、知恵もあり、何かを成し遂げるための意志があった。


同情するわけではない。ただ、知りたかったのだ。


「...わがラナイのか」

「分からないよ」


どうして人間はここまで変わってしまう。初めてクルスタミナと出会ったときには自信に満ち溢れた表情で自分達を見下していた。最悪な野郎で、クレア達が居なければ殴ってしまっていただろう。


だが、今のクルスタミナの表情は苦しみで歪み、体は異形のものへと成り果てた。これが―――人が力を求めた先の姿なのか?


「お前のせいだ、なにもかも、ワシがこうなったのも!あの女の人形と成り果てたのも!!」

「お前が俺を恨んでるのは分かってる。けど、そんな力に頼らないと俺を殺せないほど、お前は弱かったのか?」


「神器を所持しておきながら何を!ワシのメモリアも、貴様のそれも!同じだろうががぁ!」

「ああ、同じだ。そして、あんたが今どれくらい後悔してるかも俺は知ってるんだ」


かつて、アカツキもクルスタミナのように壊れてしまったことがあった。数ヵ月前の出来事だが、今でも鮮明に当時の絶望は色褪せることなくアカツキは覚えている


「俺は意識すら残せなかったけど、あんたは生半可に意識があるばかりに神器と混濁しちまってる。どうだ、圧倒的で空虚な力は。―――苦しいだろ?」

「......」


クルスタミナの抵抗をする力が抜け、縛り付けている腕が少しだけ緩くなる。


「後悔だらけだった。真っ白な世界で、絶望だけが心を満たしてくれた。苦しくて、悲しくて、助けてほしかった、そうだろ?」

「............」


「だから、そんな力を使うのは...」


やめろよ、アカツキがそう言い切るより前に緩められていた黒い腕が引きちぎられ、クルスタミナの巨大な拳がアカツキに降りおらされる。


砂煙が辺りに立ち、真っ赤な鮮血と共に肉片が辺りに飛び散る。


「ワシが後悔しておるだと?何をほざいているのか...分からんなぁぁぁあ!!?素晴らしい力だ!圧倒的で理不尽で、絶対の力をワシは手に入れた!!お前とは違う!特別で選ばれた存在なのだ!!」


クルスタミナが拳を上げると、その下にはアカツキのボロボロになった左腕と右足だけが残されていた。


今度こそ、殺したと―――そう思ってしまった。


「―――やっぱ、―――あんたは救えない」


クルスタミナの背後に移動をしていたアカツキ、振り返り様に見えたのは瞬く間に再生していく左腕と右足、そしてアカツキの右腕に握られた紅色の柄の剣が抜かれ、振り下ろされる瞬間だった。


直後、視界が赤く染まったかと思うと景色が下に落ちていく。というよりは、クルスタミナの頭が地面に落ちた、が正しい。


「ミクで二回、あんたで二回。アオバから貰っといて正解だったよ、まあ気分は最悪だけど」


先程よりも傷は少なく、首が切り下ろされただけだ。また同じように再生が始まるだろう。


どこから壊れた?いつ壊れた?そんなの決まっている。


この地獄の始まりは、―――生まれた時から始まっていた!


「ガァァァァァァァァアアアア!!!」


大地を震わす咆哮と、増大していく結晶体。クルスタミナは最後の理性すら投げ捨て、圧倒的な闇がクルスタミナの体を塗りつぶす。


辛い、苦しい、悲しい、助けて、多くの人々が助けを呼ぶ声が聞こえる。奪われた記憶はクルスタミナという化け物を動かすための糧となる。


そんなの...。───許せるわけが無いだろう。


「お前も償う時だ、クルスタミナ」


アカツキが剣を地面に突き立て、再度影牢を発動させる。町を飲み込む規模の暗黒と、その中心部でアカツキを睨み付けるクルスタミナ。


アカツキの作り出す闇よりも更にどす黒い闇を纏うクルスタミナがアカツキを睨み付ける。赤い眼光で見つめられたアカツキの肉体が反射的にしゃがみこむ。


何で自分でもそんなことをしたか分からないが、先程アカツキの頭部があった空間で結晶が生成され...。


―――弾ける。


闇の糸が近くの家から伸び、アカツキを引き戻す。何もない場所から結晶を作り出し、更にはそれを爆発させる。しかしそれを体は知っていたかのように伏せ、更にはこの場所まで回避した。


「知ってるのかよ、俺は」


心臓部分で何かを訴える存在がある。ああ、そうか。


『アカツキ、聞こえてるかい』

「聞こえてるよ。今のはお前が?」


『正直間一髪だったよ。借り物のくせによくもまあここまで()()()()()()ものだ』

「......頼む。協力してくれるか」


アカツキはかつて自身の体を乗っ取り暴れ狂っていたその存在に助けを求める。今のクルスタミナの攻撃を見て、自分だけでは力不足だと悟ったからだ。


『...良いよ。君が望むのなら、僕は力を貸そう。何より君に死なれて困るのは僕だ。精々上手くやっておくれよ』

「ありがとな」


『元はと言えばこの力はとっくに君のものだ。それに、今の君になら安心して力を発揮させられるよ』


長い間心臓にあった違和感が晴れ、体が軽くなる。それと同時に頭が綺麗に纏められていき、クルスタミナの行動の一つ一つが細やかに記録されていく。


「シ......ね!」


クルスタミナの振り下ろした巨碗の軌道を目で追い、最低限の動きで回避する、そのあとの行動も迅速かつ的確であった。


乱雑に振るわれた巨碗は瞬く間に細切れにされ、新たな水晶が切断面から再生、その再生を妨害するように闇が切断面を覆い、クルスタミナを侵食する。


「じゃけるなぁがぁぃぁぁぁあ!!」


侵食された腕を引きちぎり、頭上に放り投げると眩く光り、爆発する。その光の中で、背後に回り込む人影を確認したクルスタミナは体の表面を連鎖的に爆発させ、周囲を破壊し尽くす。


ニタァと口角が上がり、下卑た笑いを見せるクルスタミナに遠くから放たれた闇が頭部に突き刺さる。


「二回目」


槍のように細い闇は膨れ上がり、クルスタミナの頭部を軽々と吹き飛ばす。しかし、欠損した頭部を覆うように増大した水晶が次から次へと生成されていく。


影牢により、辺り一体を自身に有利なフィールドとしたアカツキは巨大になった分、見切ることが容易くなった攻撃をいなしてはカウンターを決めていく。


「(もうアオバから貰った再生薬は無い。これからは以下に攻撃されずに立ち回るかだ)」


クルスタミナを何度も殺しては、再生した部位から切り下ろしていく。動きが鈍重とはいえ、一回でも攻撃を食らえば致命傷に成りかねない。


理性を無くしたとはいえ、相手はクルスタミナ。どんな手を使ってきても不思議ではないのだ。


『くるじいょぉ』


足元に落ちている水晶片から子供の苦しむ声が聞こえ、足元へと視線を向ける。そこには吹き飛ばされたにも関わらず、生きているかのようにのたうち回る水晶体があった。その大きさは赤ん坊ほどで、僅かだが目や口も確認できる。


「っ...!」


反射的に持っていた剣で突き刺そうとした右手を止め、悲痛な顔でその人形を見つめる。


その様子を見て、クルスタミナは笑みを作ると体から離れた水晶体を使い、メモリアで復元した子供達の記憶を埋め込んでいく。


一つ一つの子供のような水晶体が知性を持ち、アカツキに救いを求める。悪辣で非人道的な行いにアカツキが目を見開いてクルスタミナを睨みつける。


相変わらず余裕そうな表情で笑うクルスタミナの顔面をアカツキは吹き飛ばし、剣を突き立て、そのままの勢いで貫く。唯一残された肉体部分の頭部を突き刺すと、真っ赤な鮮血が溢れ、アカツキの体を血で彩っていく。


「ケハハハハハハハ!!」


不気味な笑い声と共に水晶体が形を変え、更に広範囲を吹き飛ばす大爆発を起こす。咄嗟に闇の防御壁を展開するも、爆風を完全に相殺出来ず、アカツキの体は宙を舞い、地面に投げ出される。


影牢で覆われた町を平らにした大爆破、想定外の威力ではあったが、それ以上にアカツキには目を奪われる光景があった。


───黒い堕とし子。


クルスタミナを中心として、無数の子供が産み出され、アカツキへよたよたと這いずりながら近付いてくる。


「っ...!!」


その子供達から逃げるようにアカツキは後退するが、背後で生成された落とし子が背中にへばりつく。


「ダ...す、けて」


耳元で救いを求める声がアカツキの心を揺さぶる。アカツキが所有する神器の特性上、肉体的な攻撃よりも精神的な攻撃の方が効果的ではあるが、アカツキは一言「ごめんな」と言うと、子供の頭部を貫き、背中から引き離すと左手で動かなくなった水晶体を闇で侵食し、前方に投げつける。


数秒後、その水晶体を中心として黒い棘が周囲の赤ん坊や子供の記憶を埋め込まれた水晶体を貫いていく。記憶の再現により、痛覚も与えられたのか、子供達は悲鳴を上げながら倒れていく。


アカツキはその光景を冷静な顔つきではあるものの、明らかに怒りを含んだ視線でクルスタミナを見つめる。


愉快そうに倒れていく子供達の水晶体を見ているクルスタミナに詰め寄ろうとするが、その瞬間、地面を突き破り、巨大な水晶の柱が足元から生えてくる。


アカツキは咄嗟に柱を闇で覆い、威力を最低まで軽減し、逆に空高く飛翔するために用いる。右手に握られた剣が黒い魔力を帯び、それを天空から地上へ振り下ろす。


威力はそれほどではないが、広範囲を闇で覆いつくし、少しの間、クルスタミナの視線を遮る。


一分間程地上は闇に包まれ、クルスタミナが前方に立つアカツキを発見する頃には、追撃として周囲を覆うことに使用していた闇が剣に集中しており、とてつもない魔力を秘めた一撃が放たれようとしていた。


何度も傷つけられたことにより、小さくなっていたとは言え、そこまで俊敏に動くことのできないクルスタミナにアカツキは容赦なく剣を振り下ろす。


学院都市の空を黒い波動が伝わり、クルスタミナの水晶体をいとも容易く砕いていく。止めることの出来ない魔力の流れにクルスタミナは必死に耐え続けるが、やがてプツリとなにかが事切れ、膨大な魔力の本流に飲み込まれていった。


ありったけの魔力を込めた一撃は見事にクルスタミナの巨体を打ち砕いて見せた。今の攻撃のために体の中に残っていた魔力を殆んど費やした。―――費やしたのだ。


「なんで...。なんでなんだ、クルスタミナ」


最早その体はアカツキの知るところの人のものではない。何度も崩壊と再生を繰り返し、四足で地面に足をつけ、赤黒い瞳でアカツキのことを見つめている。


首が180度回転し、奇怪な声を上げて身動きの取れないアカツキに突進する。クルスタミナの突進を成す統べなく食らい、空中に体が放り投げられる。


空中に浮かび上がったアカツキの体を地面から生成された細い水晶の柱が貫いていく。四肢や腹を幾度となく貫かれるが、心臓や頭などを貫くことは無かった。それはそうだろう、クルスタミナはアカツキの苦しむ姿を見るためにわざと急所を外しているのだから。


「くっそ...野郎!!」


血まみれになりながらも意識を強く持っていたアカツキは自身の周りに闇を発生させ、目眩ましとして利用する。おおよその見当でアカツキがいるであろう付近をクルスタミナは何度も水晶の柱で貫いていく。


しかし、アカツキは既にその場から離れ、まだ残っている民家の中に潜むことに成功する。体は血まみれで、ところどころ痛いでは済まされない傷跡がある。出血を抑える為に傷口を闇で覆い、一時的な応急処置を施すが、それも底の見えてきた魔力では気休め程度。いずれは傷口を塞ぐために使う魔力すら枯渇して倒れてしまうのがおちだ。


些か感情的になりすぎたのがいけなかった。あの産み出された子供達を見て、何も思わない程人間性を捨ててはいない...が。


「そろそろ、腹を括る時か」


空を覆う星々を見て、アカツキは逸る気持ちを落ち着かせる。この期に及んでまだ躊躇っている。自分で勝手に限界を決めて、無意識に神器の出力を弱めている。


力ならまだまだあるはずだ。ただ、その力を使えずにいるのは、まだまだ未熟だから。農業都市(あの時)のように、感情が爆発してしまったら、戻ってこれるだろうか。


あの時は絶望というものを晴らしてくれた存在がいたから、戻ってこれたが、怒りになれば話は別になる。理性を失う分、人の話をまともに聞けなくなるのだ。女神にもう一度出会って、たくさんの思い出を見せられても、一時の怒りは思いですら塗り潰すだろう。


「落ち着け...。大丈夫、俺なら出来るさ。心を強く持て...」


必死に震える体を抑えて、アカツキは視界を上にあげる。すると、月明かりに照らされて光るものがある。それは...


「っそだろ!!」


その光る物体とはクルスタミナの体から分離したであろう水晶の欠片。アカツキが隠れるであろう場所にあらかじめ分離させた水晶を監視カメラのように設置していたのだ。


民家の窓を突き破って外に出た瞬間、少し離れた場所から放たれた業火が民家を飲み込み、その後には地面が焦げるような匂いと共にクルスタミナが四足歩行で迫ってくる。


周囲に結晶を浮かばせながら、口から火球を放つと周囲に漂っていた結晶を介して、その魔力量と面積を増大させ、アカツキ目掛けて放たれる。


アカツキを焼き尽くすために放たれた業火、それを成す統べなく見つめる。最早魔法を無力化するために使用する魔力も残っていない。ならば―――やるべきことは一つだった。


夜空を彩る星々を覆うように闇が空を覆い、地上を侵食していく。アカツキ自身が定めた神器の力のリミッターを外し、その先にある深淵を僅かだが受け入れる。


アカツキに与えられた魔法の才は一つ。神器によって体の仕組みを変えられた際に、生まれたであろう唯一の才能。


「...アァ?」


クルスタミナが放った魔法が消し飛ばされ、空と地上をどす黒い何かが埋め尽くしていく。何が起きたかなど、理解する時間すらクルスタミナには与えられなかった。


突如として、四肢が吹き飛び、体だけの状態で地面に倒れ伏す。異変はそれだけに留まらず、本来ならすぐにでも始まる肉体の再生が鈍る。


その中で、クルスタミナは―――死神の足音を聞く。


かつかつとこちらへ向かってくる足音、それなのに姿はおろか人の影すら見当たらない。いや、この空を覆う闇が月明かりを極限まで弱めているのだ。


漆黒に染まった世界で、アカツキの声ではない何かを聞く。


「キヒ、ヒヒヒ」


視界は暗転し、体がふっと軽くなる。表面を削がれていくような感覚と共に、明確な死がクルスタミナに迫る。


「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだや...」


絶命の時。


ああ、人の命とはこんなにも儚いのか。

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