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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】
117/187

<立ち上がる少年少女>

現在、学院都市では多くの問題が発生している。農業都市に続いて、学院都市でも暗躍をしているジューグによる学院都市全土に住む人間の記憶の改変、本来この都市の理事長である彼の記憶を消し去り、クルスタミナが行ってきた悪事も人々の記憶から取り除き、クルスタミナが望んだ自分の思い通りにいく都市を作り上げて見せた。


ジューグによる過去の改竄により、クルスタミナは理想の都市を手にいれた。しかし、その感慨に浸ることは出来なかった。


アカツキとその一派によりことごとく自分の策略を打ち破られ、子供ごときに完全敗北を喫したのだ。ジューグの人形であることを受け入れ、自尊心の崩壊と、依存の魔法の付与によるジューグに対する忠誠。


かつては世界を手中に収め、自分を利用しているジューグをも我が物としようとしたクルスタミナはジューグに対する絶対服従を誓わせられてから、自分が一番であることしか許さないクルスタミナと、ジューグが全てを統べる者であると思っているもう一人の自分。クルスタミナの中で新たな人格が産み出され、矛盾が精神を蝕んでいった。


身体中に刻まれた爪痕は生々しく、あれほど豊満だった肉も痩せこけ、肉を失った皮が体から垂れ下がっていた。


とてもかのクルスタミナとは似ても似つかないその姿は見る者を畏怖させていた。目の下にある隈は深い闇を湛え、感情を見せない無表情な顔。


クルスタミナの中で生まれたもう一つの自我による精神崩壊が始まってからは自傷行為をすることはなくなり、その代わりにジューグに対する絶対的な忠誠心が芽生える。


ここにいるクルスタミナは既に昔のクルスタミナではない。かつてのクルスタミナという一人の人間は死に、ジューグを狂信的に崇め讃える完璧な人形となった。


「殺すのは!殺じて!食べるぅ...。おいじ、?食べれ!!?」


壊れた先の姿がこれだ。神器に体も心も奪われ、意味不明な言葉を羅列していく。


「おじゃれ!死にますぅきぃ!?やべて!!逃げねすとば!?」


水晶に覆われた体で唯一クルスタミナと認識出来るのが、アカツキにぐちゃぐちゃにされたクルスタミナの顔だ。水晶体の上部にある首は140度曲がり、白目を向きながら口からは黒い血を溢している。


クルスタミナの体を覆う水晶には多くの顔が映っており、その顔には憎悪で唇を噛み締めているものもあれば、悲しみで涙を永遠と流しているものもある。だが、それぞれの顔に共通するのは、負の感情であること。誰一人とて笑っているものは居ない。


「いじゃいよぉ!!くるじ...死れ、こりゃ!?ねばら、なじで!!!!?」


狂っているのは一目で分かるだろう。辺りの家屋を破壊しながら、アカツキであろう影を吹き飛ばした場所へ突き進んでいく。


自我など持ってはいない。だが、アカツキを殺せと誰かが言っている。ならば、殺そう。骨すら残らないくらいに磨り潰し、この破壊衝動が命じるままに全てを壊す。


既に人とは認識できない化け物の前に、一人の少年が立ち塞がった。その姿は若干髪が伸びていたものの、クルスタミナの周りを調べるために性別や名前、その他もろもろを偽っていた時のものではない。


本来の姿、あるべき形としてそこに立っていた。


その少年の顔からは涙を流した痕があるが、それ以上に何かを成し遂げようとする強い意思が瞳には宿っていた。


「アガガァァァア!!死にゃゃゃゃ!!!れぇぇぇぇぇえ!」


クルスタミナは目の前にいる少年の体を粉微塵にする勢いで水晶の右腕を振るう。目の前で立っているこいつを殺せとずっと頭の中で誰かが言っている。なら、殺そう。すぐに殺そう。そして...!


「なじぇ...?」


クルスタミナの水晶で造られた剛腕をアカツキは剣一本で受け止めて見せる。自身の何倍もある大きさの右腕を華奢な腕で受け止めたのだ。


...今なら何かを出来る気がする。ついさっき見たときとは驚くほど姿が変わっているクルスタミナを前にしても、心は焦っていない。それどころか、自分でも恐ろしいくらい静かだ。


地獄のような夢を見てきた。あれは紛れもなく現実で、あのような世界があったのかもしれない。けれど、それは違う。今の自分はあの地獄を体験しなかった。


お前のせいだ、どうして俺だけが、とそんな風に言ってくる人は誰もいなかった。皆、優しかったんだ。


何も知らない俺に託してくれた。だから、俺は。


「何が何でも守り抜くって―――そう、誓った!!」


アカツキは巨大な腕を弾き飛ばし、頭の中でイメージをする。クルスタミナの巨体を封じるために必要な檻を。


『影牢』


アカツキが剣を地面に突き刺すと、辺りの廃墟と化した町ごと闇が覆っていく。クルスタミナの足元も闇で覆われ、まるで泥沼のようにクルスタミナを飲み込もうとする。


「ガァァァアアァァァア!!」


闇に飲み込まれんとクルスタミナは表面の水晶を爆発させ、己の体ごと周囲の闇を吹き飛ばす。


爆発させては新たな水晶を生成させ、持続的に爆発を続けながらアカツキの方へと歩を進める。こうすれば近寄れまいと思っているのか、クルスタミナの顔は笑みを浮かべていた。


「死..!....、...ね」

「死なねぇよ」


アカツキの方へと近づいてくるクルスタミナ目掛けて、闇で生成された鎖や剣などが闇で包まれた町から幾度となく発射される。それもクルスタミナの体で起きている爆発により吹き飛ばされ、一見効果は見受けられない。


だが、確実にクルスタミナは気づいてはいなかった。


―――頭上にある巨大な闇の塊に。


「飲み込まれろ」


アカツキの命令と共に凝縮された闇が溢れだし、クルスタミナの爆発を意にも介さず、その巨体を飲み込んでいく。


「キカャャァァァァア―――ない!!」


闇に飲み込まれようとしていたクルスタミナは体から漏れ出すメモリアの魔力を一ヶ所に集中させ、それをわざと暴発させる。人の感情によって産み出された負の魔力は行き場を無くし、凄まじい振動を発しながら───弾ける。


クルスタミナ自身を巻き込んだ自爆により、溢れた闇は吹き飛ばされ、爆発の中心地で幾分か小さくなったクルスタミナが立っていた。


余裕を持った表情で前を向いた瞬間、小さくなったとはいえ、アカツキの何倍もある体が真っ二つに切り裂かれる。


クルスタミナの巨体が切り裂かれた原因はアカツキの手に持たれたどこにでもあるようなただの剣。その剣には闇が纏われ、アカツキはそれを空高く掲げ、―――振り下ろす。


剣を介して、増幅した魔力の塊がクルスタミナ目掛けて放出され、闇で覆われた町を両断する勢いで魔力の波がクルスタミナを吹き飛ばす。


体を半分に両断され、だめ押しの一撃により、神器から生まれた水晶で造られた体もぐちゃぐちゃになり、少し離れた場所で倒れているクルスタミナを発見する。


両断された部位の断面を見ても、それは人の体を構成する骨や肉ではなく、青い水晶で出来ている。この水晶の体の中に本体の肉体があると思っていたけれど、どうやらクルスタミナの肉体は既にこの結晶体の一部となってしまったらしい。


辺りに四散したクルスタミナの水晶体の中から神器メモリアを探す。大分広範囲に吹き飛んでいる水晶の中にきっとあるのだ。皆の記憶が詰め込まれた神器が。


「...あった」


何分かして、クルスタミナの肉体の中に埋まっている杖を発見する。その近くには唯一クルスタミナに残された肉体と言ってもいい、顔が転がっている。


「変わっちまったな、お前も」


残された首を見て、アカツキは少しだけだがクルスタミナに同情する。とんでもない悪党だったが、それでも人であったことに変わりはない。その人であった名残すら殆んど残されてはいない。


「...え?」


アカツキが水晶の中に埋め込まれた神器を取り出そうとして振り向こうとした時にあることに気づく。目を瞑っていたクルスタミナの瞳が大きく見開かれ、その瞳には多くの苦しむ人の顔が映っている。


「―――っそだろ!!」


緊急事態にその場を離れようとしたアカツキを絡めとるように水晶が四方から伸びてくる。そこらじゅうに散らばった水晶はモゾモゾと動きだし、クルスタミナの顔がある場所へと集まっていく。


「なんで...。そんな状態で生きてんだよっ!」


最早ここまで化け物になっているとは予想もしていなかった。体を両断され、水晶で構成された肉体も四散していた。それにも関わらずクルスタミナは生きていた。


体が再生していくクルスタミナの体から漏れる魔力はやがて形を取っていき、何人もの苦しんでいる人の顔が宙に霧散してはクルスタミナの体から溢れていく。


「消えりゃぁァァアァアイィィイイイイ!!」


体が再生しきってもいないのに、クルスタミナは体を強引に動かし縛り付けられているアカツキの腹を殴打する。水晶で造られた剛腕をもろに受け、身体中の様々な骨が砕けるような音と共に、体は遥か向こうへと飛んでいく。


「が...ぶぁ...。く...す、り」


アカツキは血を吐き出しながら懐に隠していた瓶を取り出し、口の中に無理やり流し込む。


この瓶自体はアカツキがわざわざ作った闇の袋の中に閉まっておいたおかげであの攻撃を受けても砕けてはいなかったが、アカツキの肉体が深刻なダメージを負ってしまった。


込み上げてくる嘔吐感ごと薬を飲み干す。すると、先程の一撃で折られた肋骨やその他諸々が凄まじい速度で治っていく。...が。



「いっ......っ。は...バァ」


吹き飛ばされた骨や潰された内臓などは治っても、痛みまでは消えない。体に残された無数の痛みと、体の中で治っていく内臓や骨の輪郭が嫌な程伝わってくる。


例えようのない気持ち悪さと痛みに耐えて、アカツキは立ち上がり前を見据える。中途半端に再生したせいか、その体は余計に禍々しく見える。


「......はっ。来やがれ、クルスタミナ」


勝てる算段などはない。それでもやるしかないのだ。誰でもない、自分がやりたいと思っている。勝てないのは分かってる。けど。―――負けたくない。


どうしてかそう思ってしまう。


アカツキは剣を構え、迫り来る驚異に挫けることなく立ち上がった。


それと同じようにここでも立ち上がる少年の姿があった。


「......これで、終りかぁ」


誰もいない町、誰も存在しない空間でガブィナは内側から暴れ出る魔力を意識が保てる限り押さえ込んでいる。ここまで力が溢れるのを感じてしまうと、この力に溺れてしまいそうになる。


今なら何でも出来るのに、何もしたくない。意識が途切れるその時まで過去に思いを馳せているのだ。


「楽しかったな...。皆と会えて。少しだけ心残りはあるけど、やることはやれたから良いよね」


出来ることならアレットを連れ戻して、また皆とふざけあいたかった。けれど、昔からやりたかったことはちゃんと達成できた。


「最後くらい、家族を守れ...て。よか...た」


その一言と共にガブィナの瞳は閉じられる。その瞬間、空間が急に揺れ始め、ガブィナの背中から魔力の奔流が溢れ出す。

光り輝く魔力は辺りの家屋を縦横無尽に駆け巡りながら、尚も破壊を続ける。


ぐったりと首を下ろしたまま、ガブィナの体は宙に浮かび上がり、その頭上に巨大な光の輪が出現する。それと共に天空から讃美歌のような声が地上に降り注いでくる。


まさに天変地異、世界の終わりとも言える破滅が誰も居ない世界を満たそうとした、───その時だった。


「まだ、やり残してることがあるだろう。ガブィナ」


ガブィナ以外には存在しないはずの世界で聞こえるはずのない声。また、こうなのか。そう思ってしまう。


「前回とは違うさ。今度こそ、お前を救いに来た」


目が見えなくとも、声だけでその人物が分かるだろう。しかし、ガブィナがその人物の名を呼ぶことは許されていない。体を支配する何者かによって、思いを形にすることすら出来ないのだ。


「何をしに来たんだよ。ガルナァ。また、来ちゃったらさぁ...。殺したくなるだろぉぉぉ!!?」


閉じられていた瞳が大きく見開かれ、ガルナを睨み付ける。口角は大きく上がり、狂気的な笑みを見せる。


『あれに耳を貸すなよ。見た目は人間だが、中身は別物だ』

「知っている。天使の残骸だろう?魔力に魂を宿らせて、子々孫々まで呪いを受け継がせるとは、余程現世に未練があるらしい」


『天使とは一方的なものさ。あいつらは悪魔と違って人間に何かを与えることはない。自分が上位者だと勘違いしてる奴等だ』

「ふん。お前もその部類に入るんだろう?あいつのことを言える口か」


胸元にある黒い輝石に魂を宿らせたラジエルに皮肉の言葉を浴びせる。しかし、それにラジエルは笑って答える。


『笑わせるな。私がここに留まる理由は私情ではなく契約だ。あんなものと同じにするな。それに、私は天使ではない。あんな奴等と同じにしてもらっては困るな』


「...俺からすれば変わらんよ。取り敢えずは目の前に集中する。戦闘中はあまり話しかけるな」

『分かっている。私とてお前に死なれては困るからな』


優しい人間はいつも身勝手だ。そんな存在を間近で見てきたから分かる。アカツキも、アレットも、そしてガブィナも助けたいと口で言っている癖に他人が自分達のことをどう思っているのか知らない。


彼らが誰かを助けたいと思うように、他の誰かも彼らを守りたいと思っていることを。


『来るぞ、構えろ。あれの攻撃は私が解析する。お前は魔力を温存しながら戦うことを心掛けろ』


輝石の忠告を受けて、ガルナはあの天使の動き一つ一つに細心の注意を払う。どの動作が攻撃になるのか分からないのだ。


「ガルナァ。ねぇ、ガルナァ。ほら、こんなになっちゃったよぉ」


ガブィナの体を奪った天使は下卑た笑みを浮かべながら服を捲し立て、無数の魔方陣のようなものが描かれた腹を見せつける。そこに爪を立て...。


「っ...!!」


そのまま自身の腹を貫き、高い声で笑いながら辺りにガブィナの血を撒き散らす。


「ほらぁ。なにもしないからさ、お腹に穴が開いちゃったじゃないか」

「この屑が」


「酷いなぁ...。実の弟に......さぁ!!」


ガルナは背後から迫る魔力の本流に気付き、咄嗟に周囲の時間を停止させる。時間が止められた空間を避けるように魔力の渦は二つに別れ、ガルナに直撃することはなかった。


天使と人間の戦い、この戦いは誰でもない自分のために戦うものだ。ガブィナに同情したからではない。ガブィナを助けたいと、そう自分が思っているから戦うのだ。


───同時刻、この戦いと同じように現実世界で立ち上がる少女の姿があった。


「...戻ってきたかしら」

「うん。ありがとうね、ラルースちゃん」


「当然のことをしただけよ。だって私達は友人。でしょう?」

「その当然のことに救われる人も居るってこと」


そう。ラルースにとっては当たり前のことでも、それは他の人からしたらとてもありがたくて、救いを与えることもあるということだ。


それと、感謝しなくてはならない人がもう一人居た。


『ありがとね、鬼さん。私が馬鹿してる間に守ってくれて』


ミクの精神世界に住まう恩人へ感謝の言葉を送る。ミクが不在の間、ミクの体が無事だったのも鬼のおかげだ。


『やることをやったまでだ。―――もう、怖くないか?』


「うん。この人達と向き合うことが私に出来ることなら、私は頑張るよ。だからまずは...」


ミクは目の前で暴れ狂う魔獣を見やる。ミクが居ない間も鬼の攻撃により何度も傷を負っていたはずにも関わらず、魔獣のどこにも傷は見当たらない。


最早死という概念すら感じさせない再生力に、分裂や不可視の尾、どれもこれもたった一匹の魔獣が持っていてい力ではない。


「人口魔獣、クルスタミナが長年研究してきた最初の実験体にして最初の完成体。まぁ、才能だけはあったからそれは頷けるわ」

「弱点はない...ってなったら誰がやっても同じだと思うなー」


「あるわよ。確かにあれは完成した存在。けれど、人間が作り出したものよ?完璧ではない生物が作ったんだから完璧な存在になるはずがないじゃない」

「体の核を探すしかないのかなぁ...。けど、あの巨体じゃどこにあるか分からないよ」


多種多様の魔獣にとって唯一共通するのは核があるということ。そこから魔力が身体中に運ばれ、あれほど巨大な体でも維持させることができる。あれほどの巨体となれば核もそこらの魔獣の倍はあるだろうが、その核を探そうにも分裂により本体はどれか分からなくなったり、そもそもあの体ではどこに隠されているか分かるはずがない。


「僅かに知性は残っているようだけれど、完全には考えていることが読み取れないわ。けれど、何かしらの変化に気づいたら教えるわ。それまで、ミクに頑張ってもらうしかないわね」

「よし!それなら、任せてよ。ラルースちゃんは出来れば近づかないでね。本気で行くから巻き込んじゃうかも」


「分かってるわ。ここから叫ぶことになるけれど、ミクなら聞き取れるでしょう?」

「うん」


ミクは地上に降り立ち、魔獣の方へとゆっくり歩いていく。最初は歩きながら、途中から早歩きになり、最後には全速力で魔獣に急接近し、空高くジャンプする。


天空へ突き上げた右腕が赤黒く染まっていく。同時にミクの背中から巨大な剣を持った腕が現れる。ミクが魔獣目掛けて腕を振り下ろすと連動したように巨大な剣が魔獣へと振り下ろされる。


大地を深く抉る剣の余波は遠く離れたラルースへも伝わってくる。


「やっぱり、近づくのは危険ね」


苦笑いしながら遠くで戦うミクの姿を見る。ミクが本気で行くということはその分ミクの体には負担が掛かるということ。そして、ミクが力を使うに当たっての代償は...。


「潰れちゃえ」


何度も巨大な剣を地上へ振り下ろし、オーバーキルとも思える攻撃の連続。土煙が宙に舞い、完全には魔獣を捉えきれないが、ミクが剣を振り下ろす度に緑色の体液が確認できる。ダメージは蓄積されているであろうことは分かるが、魔獣の分裂体が移動をするにはこの土煙は最適だった。


ミクの背後へと迫り、中くらいのサイズになった魔獣が強襲する。不可視の刃を四方から伸ばし、ミクの足元からは大サイズの魔獣が地面を突き破って巨大な口を開ける。


『天邪鬼憑依』


一瞬ミクの体が赤黒く光るが、そんなのお構い無しとばかりに魔獣はミクをその巨大な口で捉え、鋭利な歯で噛みきる。遠くで見ていたラルースがその場を離れ、ミクの下へ走ろうとした瞬間、魔獣の体は粉々に弾け飛ぶ。


辺りに緑色の体液を飛び散らせ、その爆発の震源地と思われる場所に血に染まったミクが立っていた。


『あまり使いすぎるなよ。天邪鬼ともなれば体への負担は凄まじいぞ』

「うん、分かった。死なない程度に頑張るよ」


ミクが体に宿したのは全ての物事を反転させる鬼の一部、ミクが死ぬはずだった運命と、その命を奪うはずだった魔獣の運命を入れ替え、今のような芸当を可能としたのだ。


ミクの異質な力に魔獣は過剰に反応する。今までの誰も自分をここまで追い詰めたことはない。これが、本当の戦いだ。一方的に食らうのではなく、互いに死の瀬戸際で攻防を繰り広げる。


高揚感。初めて魔獣の中で戦いを理解し、かつそれを楽しみたいと思う気持ちが生まれた。


魔獣は雄叫びをあげ、土煙の中から姿を現す。全方位から敵を補足するために体の至る所に目を備え、周囲には不可視の刃を纏い続けている。


「いいよ。そっちがそのつもりなら...」


ミクの体を包み込むように漆黒が地面から生まれでる。顔を覆う鬼の仮面と、右手に持たれた赤く光る妖刀。


『夜叉、憑依』


ミクの一凪ぎで前方に迫っていた魔獣もろとも町が瓦解していく。凄まじい崩壊と土煙の後、瓦礫の山の上には一人の鬼が立っていた。


「―――来イ。細切れ二してやル」


これは運命に抗う戦いであり、それぞれの守りたいものを守るための戦いである。


そして。


───平穏を取り戻す為に立ち上がった少年少年の戦いである。

学院都市編もいよいよ終盤です。ここから一気に最後まで駆け抜けます。......多分

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