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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
114/185

<私の罪>

魔獣の咆哮により建物が崩れ落ち、辺りにバラバラになった瓦礫が雨のように降り注ぐ。その地獄のような天変地異を前にして、揺れる大地を踏みしめて戦い続ける少女が居た。


「は...。はぁ」


不可視の刃がミクの軌跡をなぞって大地を深く抉っていく、


「は...。なすんだ。ぼぐ...ぉ」


逃げてばかりで攻撃に打って出れないのはもちろんそれ相応の理由がある。ミクに背負われて血を吐く青年。彼は足枷になるくらいなら置いていけと言っていたが、ミクはそれを良しとしなかった。


「何を馬鹿なこと言ってるんですか!!貴方まで居なくなったら...私は―――!!」


魔獣の周りには勇敢に立ち向かい無惨に散っていった戦士の亡骸がぐちゃぐちゃの肉の塊となって置かれている。グルキスの帰還以降残っていた人員は既にミクとこの青年のみとなっていた。


「...横だ!!」


尽きぬ攻撃を避け続けていると背中から青年が叫ぶ。ミクは咄嗟にその場で急転換し左へ走り出す。


先程まで居た場所が一瞬で粉々になり、瓦礫が宙を舞う。


そう、これが精鋭であるミク達が押されている理由の一つ。魔獣の分裂体の完璧な透過。そこに存在してることすら感知させない透明化で潜伏していた分裂体の凶刃によって大半が切り刻まれ、その死体は中途半端に食い荒らされたせいで益々酷い有り様となっていた。


「これ以上は逃げ切れない...!君だけでも...ぉ。生きて...ば、それ...ぇ。がぁ...」


血の塊を吐き出し、青年の吐血がミクの肩を赤く彩る。このままではじり貧なのは知っている。逃げ続けていても青年の傷は勝手に治ることはない。何せ脇腹を深く抉られているのだ、こんな状態で意識を保っていられる方がおかしい。


「本当に!喋らないでください...っ!!」


後方から伸びる尾を最早慣れた感覚で弾き返す。同時に左右から伸びてくる不可視の攻撃は呪いを自身に付与し、身体能力を飛躍的に上昇させることで防ぎきる。


「っぁ...!」


強引に呪いを体に宿したことにより右腕の鬼化が進んでいく。耐えようのない苦痛に呻き、その場で青年と共に倒れこむミクに容赦なく刃が振るわれる。


「消え...ろぉ!!」


荒い息を吐いて辛そうに呻く青年を守るためにミクの右腕は肥大化し、手から生えた巨大な刀が周囲の建物ごと切り崩していく。


「はぁ...。はぁ...」


肉体の異形化、それはミクが呪いを使用すればするほど進行していき最終的にはミクは自我を失った化け物となる。


『いだいよぉ...』

『おがあ゛ざん...』


耳にこびりついて離れない死人の声、それは私が奪ってきた製の数だけ聞こえ、私に対して怨嗟の声を発し続ける。


それもそうだろう。私は多くの命を奪ってきた。呪いというのは本来人に対して害を与え、遠回しに言ってるとはいえ殺すためのものだ。


それを私は人々を救うために使用している。今まで世界を呪い、人を殺してきたときとは違う。明確な意思でこの学院都市に居る人々を救うために呪いを使い続けている。


それは矛盾だ。呪いは人を殺すためのものであって救うためのものではない。つまりはそういうことなのだろう。


『どうじで...わたじはしん゛だ...の?』

『ごめ゛んなざい。たすげで...』


どうしてお前だけ平穏に過ごしている。どうして私達はお前の勝手で殺されたのに、お前は私達の呪いを使って人を助けようとしている。


―――今更、人を愛することすら出来ないくせに。


「あ...ぁぁぁぁぁ―――!!」


脳裏に響いてきたのは私自身の声。こんな血にまみれた手で人を救うことも、ましてや人を愛することすら自分には出来ないと言っている。


自己否定。ミクが壊れてしまうにはそれだけで十分だった。


今まで戦ってこれたのは自分で自分を騙してこれは正しいことだと思い込ませてきたら。だってそうしなければ、絶対に壊れてしまうからだ。


「私は...私は...!!」


何をしているのだろう。こんなところで何故善人ぶっている。ミクという人間は仲間を騙し、友人の家族を殺してきた殺人者、つまりは悪なのだ。


その場でもがいているミクを見て魔獣は一瞬攻撃の手を緩め、ミク首もとへ伸ばしていた刃を戻し、観察を開始した。


これは新しい発見だ。あの少女は何故泣いている。怖いという感情は感じられない。あの研究者どもは私に対して畏怖を抱いていた。だが、この少女からはあの冷たい視線を感じない。


あれは...なんだ。


私の知らない感情がこの娘には備わっているのか。ならばそれはどのようなものだ。


苦いのか、甘いのか、楽しいのか、苦しいのか?一体それはどうやったら得られる感情だ。―――ああ。乾く。喉が乾いてくる。私はそれが欲しい。


「ミク...さん。早...く。逃げるんだ...!」


魔獣の目が初めて細められ、青年の背筋が凍りつく。数時間戦ってきて初めての行動だ。ただ破壊衝動に任せて暴れていただけの時とは違う。


「あぁ...」

「ミクさん。立つんだ!」


もう分からない。何もわからない。どうすれば私は正常な思考に戻れる。


「くそ...もうそこまで...!」


魔獣の尾が不鮮明にその姿を現し、明らかに今までとは違った雰囲気を出している。あれは確実に殺しに来ている。知性を持っている風には感じられないが、何かを考える頭はあるのだろう。


「何で...生きてるんだろう」

「......」


魔獣の尾は音を立ててゆっくりと近づいてくる。青年はボロボロになった体を無理矢理起こして、崩れ落ちているミクの下へと歩いていく。


「ミクさん」

「......」


「―――生きててくださいね」


青年が魔法を唱えると同時にミクの体は弾かれたように遠くへ飛ばされていく。発動したのは風の魔法、遠くへ飛ぶように多少威力は高く設定されていたが、それはミクを傷つけるものではなく助けるものとして発動していた。


「あ...!」


ミクは風で吹き飛ばされ、青年から遠ざかっていく。剣を構えて魔獣の尾を切り裂き、おぼろげな足取りで走っていく。


―――そして。


「さようなら、ミクさん。諦めちゃ...駄目ですよ?」


こちらを振り向いて笑顔で別れの言葉を言った青年の首が切り飛ばされる。


「ああ...。私はまた.....」


目を閉じる。もう何も見たくない。やはり私は何にも変わらない。どうしようもない、バカだ。


......。


「お前は、諦めるのか」

「はい。だって私のせいでたくさんの人が死にました」


目の前に背中を見せて座っているのは巨大な鬼。私の力の源であり、私の不老を実現させている魔力の塊。太古の昔に滅びた鬼の魂が私に宿っている。


私はこの鬼の名前も顔も知らない。こちらを振り向こうともしないし、名前を聞いても答えようとしないからだ。


「あいつらは死ぬ覚悟が出来ていた。お前が居ても居なくても死ぬときは死ぬのが人間だ。あいつらにとっての人生はあそこが終着点だ」

「ええ。だから、私はここを終着点にします。貴方に体を渡せばあの怪物は死にます。そのあとはきっと...アカツキさんに殺されます」


「あの少年と出会って変わったと思ったのだがな」

「変わりましたよ?私と同じ故郷で、私と同じ呪われた力を持っている。私にとって唯一の理解者でした。だから、私はアカツキ君を信じて体を明け渡します。私が化け物になってもあの人なら私を殺せますから」


鬼はこちらを振り向くことは決してない。ただ巨大な背中を向けたままこちらへ語りかけてくる。


「また嘘をついているのか」

「嘘...?なんで今更私が嘘をつく必要があるんですか」


「友との約束はどうした。あの子達を見守ると約束したのだろう」

「...何ですか、それ」


ミクには鬼の言うことが分からない。ミクは今、本心からここで死ぬことを選び、友との約束なんてした覚えが...。


「......自分を保つためにわざと忘れているのか。ならば見せてやろう。お前が立ち向かうべきはあの魔獣程度ではない。真に立ち向かうべきは、―――過去だ」


景色が暗転する。体を浮遊感が満たしていき、腹から何かが込み上げてくる。息が詰まり、苦しい。


「...お前にしてやれることはこれだけだ。私はお前を見てきたに過ぎない。お前と共に泣き、お前と共に語らうことなどしてこなかった。今回もそうだ。私はただお前に希望を託して、信じることしか出来ない」


意識が戻った時に居た所は簡素な造りの家だった。そこに居るのは見覚えのない...。いや、違う。私は知っている。この人達を。


「ミクさん...?どうしました?」

「顔が真っ青ですよ?何か悪い夢でも見たのかしら」


心配するようにこちらを見ているのは当時のミクにとっての仲間達。そして、―――ミクがこの手で殺した友人達だ。


「いえ、何でもありません。話を進めましょう」


ミクの目の前に居るのは過去の自分。カレンに拾われ、家族のように過ごすようになり、少しずつ人を信じ始めていた時の自分だ。


「そういうことなら...。では話を戻しましょう、まずはクルスタミナによって殺された人達のリストです...」


ぼんやりとした意識で頭を押さえる。話が一切頭に入ってはこないが、やるべきことは分かっている。


「―――さんの両親、教師だったようですが、クルスタミナの実験を知ってしまったせいで―――」


話しは順調に進んでいく。今回ここで話すのはとてもではないが大っぴらには出来ないものだ。何せ、私達はかのクルスタミナ、現状では学院都市を牛耳る男を告発し、正しい先導者である彼を呼び戻す為の話し合いだからだ


「本当に大丈夫ですか...?やはり、今回の話は...。ほら、貴方にとっては一番聞きたくないものでしたし」

「大丈夫です...。とは言えないかもしれません。最近、あまり体調が良いとは言えないので」


「やっぱり...。カレンちゃんも心配してましたよ?最近は特に避けてるみたいって」

「あの...。えっと、あの人はスキンシップが過ぎるので」


私は学校に行きたくないと言っているので基本的には自由に過ごしている。家に帰ると当たり前のようにセクハラ紛いの行為、それに疲れて最近は少しだけ距離を置いている。


「そうですか...。カレンちゃんも元気そうで良かった」

「あの...。私は大変なんですけど」


「そうですか?」


彼はミクの顔をまじまじと見て、少しだけ微笑みながらこう言った。


「ミクさん、ちょっとだけ嬉しそうですよ?」

「な...!?」


いつの間にか笑ってしまっていたのだろう。人の前で笑うなんて失態だ。私は常に冷静で...。


「いいんじゃないですか、ちゃんと女の子らしく振る舞っても。確かにミクさんと僕達では年が離れすぎているかもしれませんが、やっぱり子供ですから」

「...考えておきます。それでは、そろそろ帰らないと姉が心配するので」


別れ際にミクは彼の名前を呼んだ。今のミクが知らぬ名前を過去のミクは知っている。そして、その名前は今のミクもよく知っている名前だった。


「さようなら()()()さん」


...?


目の前にいる男のことを私はガルナと呼んだ。顔も体型も、年齢も、何もかもが別物の彼を私は確かに名前で...。


『ガルナ...』


どうしてなのか分からない。けれど、それも記憶は暴いてくれるだろう。これが私の過去だとすれば、私にも知らない何かがある。


「ええ。さようなら、ミクさん」


この町を支配する者が変わっても、町並みも人も変わらない。ただ彼らはいつか帰ってくるであろう彼を待っているだけで、何も不思議には思ってもいない。ただ、長い調査活動としか思ってないのだ。


真実を知らない彼らはのうのうと息を吸って吐いている。...本当にイラ...


「おかえりなさーい!!」


家の目の前に着いていたことすら忘れ、考え事をしていたミクに飛び込んでくるのは学生服姿の姉、カレンだ。


「もぉー!ミクちゃん遅いよ!何してたのさー」

「少しだけ遊んできただけで...」


「まさか良くない遊びをしてきたんじゃ...」

「変な妄想はやめてください。ほら、戻りますよ」


変なことを考えているカレンを置いて家の中に入ると、既に料理は出来ていたのか、香ばしい匂いが鼻に入る。


「随分気合いを入れましたね」

「それもそうだよ!だって、ミクちゃんのお誕生日でしょ?」


...そういえばそうだったか。他人に自分の誕生日を祝ってもらうことが長い間無かったせいでが感覚が麻痺していた。誕生日は祝うもの、そんな当たり前のことを私は忘れていたのか。


「...どうかした?」

「いえ。何でもありません。お腹が減ったので早く食べましょう」


居間へ戻り、彼女の両親の遺影に手を合わせる。話を聞く限り、カレンの両親は幼い娘を残して死んでしまったらしい。詳しいことは教えて貰ってはないが、ミクはカレンが強い人間だというのは知っている。幼少期からこの家に一人で住んでいたのだ、悲しいことも辛いことも一人で...。


「食べよっか」


いつの間にか隣で手を合わせていたカレンがミクの手を引く。並べられた料理はどれもミクが好きだと言っていたもので、苦手なピーマンなどは入ってはない。


「こんなに...」

「今日は学院が早く終わったからね。腕を奮って料理しちゃった」


本当に...お節介で、私には出来すぎた姉だ。


『お姉ちゃん』


この頃の私は不器用なりに頑張っていた。人を信じることが怖いくせに、いつの間にか人が勝手に寄ってくる。しかも、皆が皆、私には出来すぎた友人や姉ばかりで困っていた。


『少しずつ...思い出してきた』


鬼は言っていた。私がこれを忘れてしまっているのは自我を保つためだと。ならば、結果は知れている。だけど、私は見届けなければいけない。


―――これは私の過去であり、過ちなのだから。


私は最初から最後まで間違っていた。人と関わることなんて望んじゃいけなかった。


「お疲れ様、貴方の大事なお姉さんは無事よ。大丈夫、あの男の手に届かないところで私がちゃんと保管していたから」


焼け落ちた廃屋で私は血に染まった手を見て呆然と立ち尽くしていた。


―――そうか。私は殺してしまったのか。


「カレンお姉ちゃん...」


すがり付くように姉の名前を呼ぶ。しかし、同時に込み上げてきたのは姉を救えたことによる喜びではなく、友人を殺し、目の前で廃人にされていく友人を見て何も思わなかった自分に対する嫌悪感。


その場で崩れ落ちた私は辺りに吐瀉物を撒き散らす。


あまりにも酷い光景だった。あまりにも悲しすぎる結末だった。勇敢な反逆者達を待っていたのは仲間が殺されていく光景を見ることしか出来ない屈辱と、過去のトラウマを掘り起こされ、絶望したまま死を受け入れることだけ。


そのなかで私が殺したのは二人。最も私に親身に寄り添ってくれていたガルナと、その妻であるユリをこの手で殺した。


「これで分かったでしょう。貴方は人を真に愛することなんて出来ない。だって、貴方の大好きなお姉ちゃんを助けるために大事な友達を殺してしまったんだもの」


胃の中が空っぽになっても私は吐き続けた。そして、自分を呪い続けた。


『あは...ははは』


ほら、結局こうだ。思い出してみろ、この人達と過ごした記憶を。


「昨日が誕生日だったんだって!?何で言ってくれなかったんだい」

「ええ...。だってそんな大勢に祝われるものでも...」


「何を言ってるのよ!ミクちゃんの誕生日なのよ。ほら、皆からたくさんプレゼント貰ってきたから受け取りなさいな!」


両手に収まりきらないくらいの誕生日プレゼントを持って家に変えるとカレンは目を丸くして驚いて、その数秒後に私のことのように喜んでくれた。


「ミクちゃんにもこんな友達が居たんだね!良かった、お姉ちゃんは嬉しいよ」


また抱きつかれて、セクハラ紛いのことをされるかと身構えたが、本心から祝ってくれている姉の顔を見て、―――ああ、私は幸せ者なのか、と思ったっけな。


―――その数日後だ。クルスタミナのことを調べていたグループが無惨な死体や、廃人となった姿で発見されたのは。


当時の人達の中でちょっとした噂になっていただけあり、瞬く間に学院都市にその事件は知れ渡った。


クルスタミナのことを疑ったりしたら殺されるぞ、と大人たちの間ではそんな噂話のようなものが囁かれるようになった。


―――私は友の幸せを踏みにじって自分の幸せを掴もうとした。そして、ミクという人格を保っていられるようにするため、そのことすら忘れてのうのうと生きてきた。


欲と罪にまみれた、最悪の人間だ。


「ごめん...なさい」


誰もいない。そんなことは知っている。


誰も許してはくれない。そうだろう、これは決して許されることではない。


「ごめんなさい...。ごめんなさい」


だけど、私には謝ることしか出来ない。初めての親友達と、その親友の子供達に。


―――叶うことなら、誰も私を許さないで欲しい。

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