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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
111/185

<偽りのあなた>

あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう。明るかった空が夕焼け色に染まっていき、ボロボロになった町を真っ赤に染めていく。


「っはぁ...。はぁ...。あと、どれぐらいだっけ」


時間を気にすることすらクルスタミナの前では自殺行為に等しく、一つ一つの動作を常に見ていなければならない。そして、何よりも恐ろしいのが無詠唱による魔法の連続攻撃、詠唱なしで唱える場合、発動の予兆を知ることが出来るのだが、それも避けられればの話だ。


連続的に放たれる高火力の魔法の予兆をいちいち確認してたのでは、まともに戦うことすらできない。


「どうした。もう終わりか」


頭上から落ちてくる氷の柱を間一髪で回避したアカツキ、何とか体制を建て直そうとした所をクルスタミナは的確に突いてくる。


すぐ真下の土が隆起し、アカツキの腹部目掛けて勢いよく伸びる。為す統べなく空中に投げ出されたアカツキを包み込むように地面から巨大な炎の柱が伸びる。


「くっ...そ...!!」


回避することは不可能と判断したアカツキは自身の体を強固な闇で覆い、丸焼けにされるのを防ぐ。しかし、神器を使用すればするほど、疲労は溜まっていき...。


『思い...だせ...で...か』


「ぅ...」


脳裏で聞こえたその声を聞いた瞬間体から力が抜け、その場で膝をつく。神器を使用する代償は、精神的に不安定なること。それがこの声と何か関係があるのだとしたら、これ以上神器に頼れば、確実に戻れなくなる。


一日で何度も神器を使用すること自体、今回が初めてであり、魔力も段々と底を尽きつつある。にも関わらず...


「はは...余裕じゃないか」


炎の向こう側からこちらへ歩いてくるクルスタミナからは魔力が減っている様子をまるで感じない。消耗していくだけのアカツキに対して、クルスタミナには余裕があった。


「あれを凌いだか。だが、その様子を見るに、次で終わりだな」

「どうかな...。まだ、立てるぞ」


思い思いに立ち上がるアカツキを見て、クルスタミナはふんと鼻息を鳴らして、今まで一度も使用することの無かった杖をアカツキへと向ける。


「ようやくご登場か...。それでどうする。俺の記憶でも書き換えてみるか?」

「それが不可能なのは知っている。ワシ程度の力では、その神器の障壁を突破するのは不可能だとな」


だからこそ、クルスタミナはアカツキに嫌悪感を抱くのだ。ろくに力も持っていないくせに、持っているものだけは一人前。力をコントロールすることがあまり出来ないというのに、クルスタミナが所有している神器を越える力を持っている。


どうしてここまで違う。圧倒的に自分の方が優っているというのに、アカツキには力があり、人脈があった。


前回負けたのは、人の繋がり、アカツキの仲間であるガルナやミクの存在が大きかった。そう、アカツキを見ていると常にあの男が脳裏をちらつく。


自分では到底届くことのない魔法の極致に至り、学院都市で最も親しまれていたあの男に。


「屑が...。鬱陶しい、煩わしい...!!」


怒りが体を支配する。すぐに殺すことはしない。じっくりと地獄を見せるのだ。生半可な拷問では足りない。何度も両手両足を折り、目の前で仲間を殺し、守りたかったものが失われていくのを見せ続けるのだ。


「まじか...」


クルスタミナの体から漏れだす魔力からは凄まじい憎悪が込められていた。そのどす黒い魔力が収束していくのはクルスタミナの手に握られている神器メモリア。今のアカツキが持てる全魔力でも到底届くことのない魔力量、確かにこの神器の干渉は今までで最も危険だ。


体がすぐにこの場を離れろと警鐘をあげる。それを無理矢理押さえて、アカツキはクルスタミナに剣を向ける。


「貴様に記憶を植え付けるのは不可能だ。ならば、元々持っているものを使わせて貰おう」


アカツキが神器を発動させるよりも早く、メモリアの干渉が始まる。視界がブラックアウトし、体から力が抜けていく。


「ここ...は」


アカツキの目の前に広がる景色は廃墟のような町ではなく、田畑がどこまでと続いている場所。アカツキはこの景色に見覚えがある。


「農業...都市」


アカツキの第二の生が始まった場所であり、第二の故郷と言ってもいい場所。そして、目の前にいる人物は...


「どうしたんだい?偉く怯えているようだけど」


忘れるはずもない、アカツキに住む場所を与え、農業都市で命を落としたはずの。


「どうしましたか?キュウス様」


アルフに慕われていたウズリカと、農業都市で唯一奴隷制度に反対していた心優しきキュウス、その人であった。


『始まりの地で、自身の罰を知れ』


「違う。これは夢だ。これは悪夢だ」


神器メモリアによって引き起こされる過去のトラウマの再現、アカツキが壊れてしまったその瞬間を幾度となくメモリアは繰り返し続ける。


『第一の過ちだ。お前が初めて人を失い、人の命を奪ったその瞬間だ』


目の前で転がる死体、それは部下に裏切られ、最後には狙撃者によってその人生を終えた男の死体がアカツキの目の前には転がっていた。


「ひぃ...!」


その場に流れる血に足を取られ、アカツキは地面に倒れこむ。ボロボロになった人の死体を見て、アカツキは怯えている。


「どうして...。俺はあの時...」


人の死体を見て、当時の自分が何とも思わなかったのだろうか。それよりも憎悪が先に出てしまっていたのか、それとも...。


「俺じゃなくて...よかった。...違う。そんなこと...!!」


あの時心臓を撃ち抜かれたのが自分ではなくてよかったと心のどこかで思わなかったのだろうか。あの時、死んでいたのはこの男ではなく、自分だったら―――。


『死ねばよかったんだ。お前が、俺の変わりに』


その場で怯えたまま固まっているアカツキに死んだはずの男が這いずって来る。その顔は苦しみで歪み、動く度に心臓からは血がこぼれ落ちていく。


「違う。違う、違う!俺はあの時―――!」

『どうして、俺が死んだんだ。そのせいで、俺は家族を救えなかった』

「頼むから...来ないでくれよ」


『娘は...どうなった。妻は...どこ』

「もう...どこにも居ないんだ。初めから皆死んでたんだよ...!」


アカツキの言葉を聞いて男の顔が悲痛に歪み、やがてアカツキに対して深い憎悪を向ける。怒りに染まったその顔は歪み、瞳からは血の涙が流れていく。


『どうして、俺は死んだんだ。どうして、家族が死ななければいけなかった...!!』

「知らない。俺は何も知らないんだ。だから、許してくれよ...。頼むからぁ...」


耳を塞いでその場で踞るアカツキに男は飛びかかり、地面に押し倒した後、アカツキの首を力一杯に握りしめる。


「あ...が...ぁ」

『お前が死ねばよかったんだ。そうすれば、誰も傷つかなかった。誰も失わくてよかったんだ!!お前さえ居なければ!!』


『死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇ!!』

「が...ぐぁ...!?」


手に体重が乗せられ、息が出来なくなるアカツキは救いを求めるように声にならない声を上げる。どんどん視界が狭まっていき、意識が朦朧としていく。


「お前さえ...居なければ」


意識が途切れる瞬間、男の瞳からは大粒の涙が流れたような気がした。


最近、よく思うことがある。


どうして自分はこんなに弱いのかと。大切なものを満足に守れないのかと。


答えなんて最初から分かっていたんだ。守りたいものを守れないのは力がないから。だから、ここで諦めるか?自分は弱いから仕方ないと言って何もせずに諦めるのか。


―――そんなわけない。


後悔ばかりだ、今も昔も。だからといって諦めるの訳にはいかない。ならばどうすればいい。


「...さなきゃ」


守りたいものを守るには一つしかない。


「殺...」


そうだ。これ以上自分を押さえつけて何になる。力ならすぐ目の前にあるではないか。


「殺さなきゃ、奪われる」


悪夢のなかに閉じ込められたアカツキの意思に呼応するように、現実世界で倒れていたアカツキの体が大きく跳ね上がる。


「この短時間で...。戻ってきたというのか」


起き上がろうとするアカツキの体は壊れた糸人形のようにありとあらゆる動きがバラバラになり、不気味な雰囲気を醸し出している。


「...意識がないのか?」


クルスタミナがそれに気づいた瞬間、アカツキの顔が大きく歪み、笑みを見せると、クルスタミナの体が宙に舞う。


何が起きたのか理解しようとする前に来たのは、腹部を貫かれたことによる鋭い痛み。


「がぁぁぁぁぁ―――!!」


あまりの痛みに叫ぶことしか出来ないクルスタミナに休む暇を与えることなく、背骨をへし折るように剣の逆刃が叩き付けられる。


「つぅぅぁぁ―――!!」


地面に叩き付けられ、腹部から流れる血が水溜まりを赤く染め上げる。凄まじい苦痛に耐えながらも顔を上げて前を見る。そこには血だらけになった手と、愉快そうに笑みを浮かべるアカツキの姿。


壊れている。このアカツキという男はこの瞬間、人としての道を外れてしまった。最早、人を傷つけることに躊躇いはなく、逆に痛め付けることを楽しんですらいる。


メモリアにより過去のトラウマを何度も見せつけられたアカツキの心が壊れてしまったのだ。その結果、通常の人間のように廃人になるのではなく、その体を取って代わった何かを表面化させ、化け物に成り果ててしまった。


「ははは...。あは、ハハハハハ!!」


空を見上げて大きな声で笑い声を上げる。周辺を揺るがす悪魔のような笑い声が止むと、クルスタミナの視界からアカツキが消える。次に起きたのは、右腕の感覚が失くなり、急に襲いくる喪失感と激痛。千切られたように断面がぐちゃぐちゃになった右腕を押さえながらクルスタミナはあまりの痛みに意識を失い、痙攣し始める。


「死ん...ダ?」


クルスタミナの右腕を瓦礫にポイと投げると、アカツキは意識を失ったクルスタミナの下へ近づく。クルスタミナの意識が本当に無いのか確認するために、まだ血が止まらない腹部を足で何度も蹴りつける。


骨が折れるような鈍い音が響いても蹴るのを止めないアカツキは、数分間何度も何度もクルスタミナの腹部を蹴りつけた後に首を掴み、崩れ落ちた廃屋に投げつける。


めしゃ、と何かが砕けたような音が響き、顔面から血を流しながらクルスタミナの体は廃屋の前で崩れ落ちる。


......。


何を選べばよかった。何を救えばよかった。どこを間違えた。

そんなことばかり、考える。


「アカツキィ...。痛いよぉ」


目の前でアカツキに救いを求める小さな少女、その体は魔獣に食い荒らされ、所々体のパーツが足りていない。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


名前も知らない少女はただぐちゃぐちゃになった体で這いずりながらアカツキに救いの声を求める。


「いだい...。たずげでよぉ」


アカツキの背中に倒れこむ老人の顔は舌を咬み切られ、ボタボタと黒い血を口から溢している。生暖かい血が衣服に染み込み、ぐちゃぐちゃになった体でアカツキにすがり付く。


アカツキは動く死体の顔を見ないように踞り、「ごめんなさい、ごめんなさい」と誰に向けたものかも分からないまま、ただ謝り続ける。


そうしないと、罪悪感で心が押し潰されてしまう。そうしないと、自分のせいで死んでしまった人達のことを忘れてしまいそうになるから。


「なんで...。俺は死んだ人のことをすぐに忘れちゃうんだよ」


この膨大な数の死体はかつて農業都市で殺された人達のもの。それをアカツキは今まで忘れてしまっていた。学院都市に来て、アレット達と出会ったときに笑っていられたのは、農業都市で自分のせいで死んでしまった人達のことを忘れてしまっていたから。


自分の嘘のせいで、何千人の命が奪われた。突然魔獣に襲われ、目の前で大切な人が死んでいく。次に死ぬのは自分ではないかと怯えながら魔獣から逃げ続け、最終的には絶望したまま死んでいく。


そんな悲惨な最後を遂げた人たちがいたことを忘れてしまっていた。そんな自分が許せなかった。


「アルフのことを頼みましたよ」


ウズリカはここに居ない誰かにそう言いながら魔獣に首を咬み切られ、笑顔のままで死んでいった。


「これで最後...さね。まぁ、悪くない人生だったよ」


自分の腸を魔獣に食われながら、満足したようにキュウスは静かに瞳を閉じて、そのあと目覚めることは無かった。


―――全部、俺のせいだ。


どうしてもっと考えられなかった。恩人とも言える人達のことを優先できなかった。それこそ、俺が居なければ良かったのでないだろうか。


俺が来たせいで、たくさんの命を奪われたのだとしたら。


「死んじまえよ、俺なんて」


必要なかった。最初からアカツキという人間は求められていなかった。外野から勝手に現れた男のせいで、犠牲になる人が増えたのではないだろうか。


アズーリならもっと上手く出来たはずだ。こんな子供一人に期待なんてしなければ、自分一人で何とか出来たのに。


「俺なんかに頼ったから...」


アカツキという男は結局のところ、必要ありませんでした。ただ、ちょっとだけ人と違う力を持っただけの子供。それだけだ。


「もう...終わってもいいのかな」


ここで死んでしまったら、どれだけ楽なのだろう。これ以上誰かを死なせることになるなら、いっそのことここで...


「―――何をバカなこと言ってるんですか」


諦めかけたアカツキに声を掛ける人物がいた。ここで死ぬことを良しとしない人物、それは...。


「......ぁ」


突然、頭の中に駆け抜けたのは始まりの記憶。終わりの後に目覚めた先に待っていた白いローブ姿の女性。


「女神...か?」

「そうですよ。久しぶりですね」


アカツキが目を開けるとそこは先程のような血にまみれた暗い場所ではなく、全てが真っ白な純白の部屋。


「全く...。折角私が用意したのに、諦めちゃうんですか?」

「うん。そうした方が良いんじゃないのかなって」


あの時と同じ真っ白な椅子に座ったまま、アカツキは下を向く。


「なら、少しだけ話をしましょうよ。その後に諦めるか決めましょう」


アカツキの目の前に立ち、顔を上げさせた女神は椅子をすぐ近くまで持ってくる。


「時間はたっぷりあるんです。少しだけですから。...ね?」

「...分かった」

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