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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】

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<兄と弟>

久々の二話連続投稿

壁の崩壊により、クルスタミナの魔の手が屋敷を襲い、更に混沌さを増していく学院都市のことを知らずに別空間とも言える場所で戦い続ける青年がいた。


どれだけの時間を一人で戦い続けてきたのか最早覚えてすらいない。それでも、弟を守るというその意思だけでガルナは今も立っていた。


「そろそろ諦めたらどうだ。愚かな弟を守りながら戦っていたらお前が死ぬぞ」

「だからどうした...。俺が死んでこいつが助かるなら悔いはない...!!」


ガルナの手のひらから炎の玉が生み出されるが、それはやがて小さくなっていき、最後には赤く光りボンっと消滅する。


「不発か。最早魔法を使う魔力すら残ってはいないのだな」


力無く地に膝をついて息を切らすガルナを見て、黒服の男は落胆のため息をつく。


「ここまでだな。貴様の力、面白いと思ったが俺も倒せぬようではな」


黒服の男の査定は終了した。空間と時間を操るという人知を越えた魔法を使用することが出来るといっても、魔力の使用量とガルナが保有する魔力量ではあまりにも釣りあわない。


「時空間魔法とやらはせいぜい五回が限界だろう?それ以上使えば貴様の魔力が尽きるのだからな」


黒服の男のガルナのほうへ手を翳すとガルナを中心として巨大な魔方陣が地面に描かれていく。


「時空間魔法と言えども、新たな空間の創造には至らない。お前がしているのはあくまでも空間と空間を繋げることだ。その空間も綻びだらけで大層なものではないがな。そして、時間に関しては空間魔法にほんの少し組み込むだけだろう?時間を切り取り、その光景を空間に固定する。その程度のものだ」


その場を動くことすら出来ず、ガルナを中心とした巨大な魔方陣が完成し、描かれた魔方陣が黒く光り出す。


「お前の魂に用はない。必要なのは肉体だけだ」


魔方陣から黒い腕が出現し、無抵抗のガルナを包み込んでいく。邪法とも呼ばれる降臨の儀式によって呼び出されたその異形なるものの腕は人の魂だけを食らう。その魂がどうなるかはそれを呼び出している男にも分からない。


しかし、それが天国や地獄などといったあまっちょろいものでは無いのは確かだろう。


「ガブィナ...」


未だに夢の底から目覚めることのない弟の名前を呼ぶ。母親と父親を無くし、世界に一人しかいない家族、ガルナにとって誰よりも、───それこそ自分よりも大事な存在である弟の名前を。


ここで死ねば確実にこの男の矛先はガブィナへと向かうだろう。また失うのか。あの日、両親を失ったように弟の命すらも奪われてしまうのか。


失いたくない。それならばどうする。空っぽになった魔力でどうすれば弟を守れる。―――この空っぽの腕でどうやって。


「これで終わりだ、ガルナ。すぐに弟に会わせてやる」


黒い腕が視界を飲み込み、体を包み込んでいく。体から力が抜け、呼吸すらすることは敵わない。息苦しい闇の中、ガルナの頭の中で走馬灯が駆け巡る。


「ガルナ、お前はやれば出来る子だ。ガブィナを守ってやってくれ」


それは叶わなかった。この手では弟すら守ることは出来なかった。壊れてしまいそうになっていた友人すら救えなかったのだ、当然だろう。


「ガルナ、あなたは私達の子よ。お父さんのようになれとは言わないわ。あなたにしか出来ないことがあるんだもの」


自分にしか出来ないこと。それは一体どうすれば手に入れられる。守るための力を、どうすれば得られるのだ。


「ガルナ、お前は父さんのようにはなるな。こんな役目、僕の代で終わらせてみせる」


父親は強かった。魔法の才に恵まれ、頭も良く、運動も大抵のことは難なくこなす。子供の頃の自分には父親は理想の大人そのものだった。


―――景色が一変し、目の前には血だらけで倒れる父親の姿と、目玉をくり貫かれ、両手両足を潰された母の死体が無造作に転がっていた。


「お...母さん?」


その光景をただ呆然と眺めることしか出来ない一人の子供がいた。


「ごめんな...ガルナ...!僕は妻を、皆を守れなかった...」


その子供にとってヒーローだった父親が片目から血の涙を流しながら血まみれになった手で優しくその子供を包み込んだ。


「どうして...皆死んじゃったの...?お父さんも...居なくなっちゃうの?」


無力な子供は今も無力なままだ。救いたいものも救えず、守りたいものすら満足に守ることが出来ない。どうしようもなく弱くて、救いようがない。


「どうすれば守れる」


問いかける。答えるものは誰もいない。そんなのは知っている。


「どうすれば救える」


救えるのか。力を持たないただの子供に。


「教えてくれ」


もう一度問いかける。声だけが何もない世界で虚しく響く。


『...ろ』


自分一人しか居なくなった暗闇の世界で問いかけに答えるように突然声が入り込んでくる。ノイズか掛かったような聞き取りづらいその声は、次第に鮮明になっていく。


『つ...な...げ......ろ』


『―――道を繋げろ』


暗闇の世界に一筋の光が差し込む。次第にその光は広がっていき、地上を作り出し空を生み出していく。


『道は繋がった。しばし体を借りるぞ、人の子よ』


空から翼の生えた人がラッパを吹きながら降りてくる。世界に響くその音色は―――優しい世界に終わりを告げた。


「......どういうことだ」


突然意識が途切れたかと思うと黒服の男の目の前ではガルナを中心として巨大な魔方陣が描かれていた。


時間の逆行。この状況を説明するにはそれしかなかった。だとすれば、ガルナには世界を巻き戻すことが出来るだけの術と魔力が隠されていた...。


「え...?」


無理解、自身を襲った突然の現象にあっけらかんとした声を出すことしか出来なかった。


「ひぃ...!!」


一瞬の間に男の左腕は赤子のような小さく、ぷるんとした肌になっていた。


「そうか。人はこんなにも脆いのだったな。私としたことがつい加減を忘れてしまった。すまないな人の子よ...。いや、体の構造を少々弄られているのか、これでは使い捨ての玩具だな」


黒服の男の前には先程まで何も出来ずに膝を地についていた少年の姿はなく、変わりに―――深淵があった。


「体の認識すら出来ないか。これを呼び出す程の魔術師かと思ったが違ったようだ」


そこにはただ黒で塗りつぶされた人形が立っている。それだけなのだ、本当にそれだけなのだ。


この闇が立っているだけで周囲の空間が歪み、魔方陣で召喚された異形なるものの腕は空中で四散する、


「不完全な召喚も良いところだな。何もしなくても崩れるのか」


勝手に崩壊していく闇の方へ頭を動かすと落胆したように首を横に振る。


「ああ、すまない。つい独り言をしてしまっていた。とても興味深い現象がこの都市で多発していてね。おかげで空間はボロボロだよ。彼女はこれほどの歪みをどうするつもりなのか...。私がここに来れたのはその歪みとこの少年が空間と時間に干渉する術を持っていたからなんだ。まあ、それは別として少しだけ君に興味があったんだ」


男の方へ体を向けた闇が一歩、また一歩と歩を進める闇を前に、黒服の男は体中から冷や汗を掻きながらも、その場を動くことが出来なかった。そんな男の顔を至近距離まで近づいてきた闇が首を傾げながら観察をする。


絶対強者の観察、人が虫を見るように明らかに敵わない存在から逃げるという選択肢は男に存在してはいなかった。


「成る程、成る程。君は、―――ハズレだ」


瞬間、男の体がプレスをかけられたようにぺしゃんこになり、体が平たく叩き潰される。およそ人の姿とは思えない凄惨な形になった肉塊に興味を持つことなく闇は歩きだそうとする。


「少しばかり見たいものがあるのだ。もうしばらく体を借り...」


「―――出ていけ」


その闇に向けて放たれた言葉、明らかに敵意を持ったその声の持ち主の方へと闇は振り返る。


「もう眼を覚ましたのか。君が見たのは過去のトラウマ、見たくない景色、思い出したくない悲しすぎる記憶。それを見て、君は作られたとはいえ、優しい過去ではなく、辛い過去を選んだのか」


過去の記憶との対峙をしていたガブィナがうっすらと涙を流しながらも確かにそこに立っていた。


闇はその少年を見て手を叩く。それはからかうでもなく、正真正銘称賛の拍手であった。


「お前は...誰だ。ガルナをどうした!」

「私か?そうだな、私の呼び名はその時々によって変わるのだが。今の君たちからすれば災厄の化身。本来ならばこの世界に居てはならない異分子、世界の病原体さ」

「何を...!」


「何を...とは?私は本当のことを言ったまでさ。こんな化け物がそこらの魔獣に見えるか?仮に名乗るならそうだな...。ラジエル、とかはどうだろうか。最もそれも正しいか分からんがな」


「しかし、過去に打ち勝つというのは生半可なものではなかったはずだ。それでも君が戻ってこられたことに私は惜しみ無い拍手を送ろう。―――けど、残念だ」


ぱしゃりと液体のように体を溶かしてガブィナの目の前で深淵は姿を消す。その数秒後、地面に描かれた魔方陣も含めて、この場で起きた戦いの名残が全て巻き戻されたように復元される。


「え...」


突然の異変に呆然と立ち尽くすガブィナを置いて、復元された景色が徐々に歪み始める。それはあの闇が言っていた空間がボロボロになっているということなのだろう。景色が上書きされるように崩れた家屋と重なり、世界にノイズがかかり始める。


この空間は現実に引き戻されている。そういうことなのだろう。


「ガルナ...?ねぇ、どこだよ...」


大粒の涙を流しながら、ガブィナは修正されていく世界を呆然と歩き始める。確かにここに居たはずなのだ。死んでいるはずはない。


「そこに居るんでしょ?何で姿を隠してるのさ...」


生きていた。けれど、壊れてしまった記憶と人格はそれを受け入れられず、ガルナに牙を剥いた。それをはっきりと覚えている。


―――世界は戻されていく。愛する弟を守るために勇敢に戦った兄を置いて。


次に目を開けるとそこには崩壊した民家が並び、雨に打たれていた。


「僕はどうすればよかったんだ...!」


過去に打ち勝ち、その先にあったのは兄との別れ。あの謎の生命体の媒体としてガルナが使われているのだとしたら、到底体が持つはずがない。あの存在はここにいてはならない存在、本当であれば誰にも知られるはずのない異物。


雨に打たれながら思考を巡らせているガブィナ、ただ時間が過ぎていくかと思われたその時、前から誰かの足音が聞こえる。


「誰...?」


そこにはフードを目深に被り、わずかに見える顔から老人、それも男性だと認識できる。


「何を選ぶ」


その老人はガブィナの前で歩みを止めて問いかける。


「このまま何もせずに兄が死んでいくのをただ待つだけか。それとも、兄が自分を救ったように自分も兄を救うか。後者になれば当然ながら、多少の代償はつくだろう」

「何を...?」


「選ぶのは何時もお主だけ。誰もお主の選択を邪魔しないだろう。望むのは...どちらだ」

「僕は...」


選ぶのは何時も自分だけ。それなら、やるべきことは決まっている。例え、このフードを被った老人が誰であれ、ガルナを救うことが出来るのだ。


『ガブィナ、お前なら出来るよ』


―――本当に、出来るだろうか。


兄も、両親も、そして友人さえも掴めなかったこの手で救えるのだろうか。そんなことを今も考えている。


それでも体は動いた。口は動いた。


「兄を救うにはどうすればいいんですか」

「......黒き柱へ向かえ。そこにお主が求めるものがあるだろう」


足が前に進む。次第に歩く速度は速くなっていき、駆け足になり、最後には走り出す。その場で踞るだけだった少年は、自分の選んだ道を歩きだしたのだ。


「なぁ、()()()よ。お主の子供はとても強く育ったようだ」


フードの老人は少しだけ口角を上げて、どこか満足したようにまた来た道を戻り、崩壊した民家の奥に消えていく。

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