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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
108/185

<学院都市防衛戦 >

ここまでの道のりは短いようで途方もなく長かった。あの男が学院都市の頂点に立ち、自分はその後ろ姿をただ歯噛みしながら見上げていた。


あの男にとってクルスタミナという存在は最初から眼中になどなかった。自分に与えられた称号は副理事長、つまりは2番目だった。


自分がどれだけの偉業を成し遂げようと、その一歩先に一番の男が立っていた。


疎ましかった。憎かった。何故、常にトップにいたエリートである自分があの男に叶わないのか。


実力で勝つことは出来ない。なら、どうすればいいか。


―――そんなのは簡単だった。


『私と手を組む?それは一体なんの冗談かしら』


冗談だと、貴様に何が分かる。


『あの男を蹴落としてワシが一番になるためだ。手を貸せ』


この女もそうだ。全てを知り、その上でおもちゃで遊ぶように人々を争わせ、高見の見物を決め込んでいる。


『私のメリットは?貴方に手を貸すことでどんな見返りを与えてくれるのかしら』

『実験台の用意、お前がやろうとしている魔獣の実験に必要な魔獣の子と、そいつに食わせる養分の調達。実験そのものを学院都市で執り行えるようにする。それでどうだ?学院都市には優秀な研究員がごまんと居るぞ』


クルスタミナの提案に女は笑いながら答えた。


『バカを言わないで欲しいわね。そもそも、あの男が居る時点でそんな実験すぐにバレてしまうわ。貴方が一番になる前にバレてしまえば計画はご破算よ?』

『近々あの男は虚無の大穴の調査に向かう。その時に長い時を経て開発した結界で永久にこちら側に戻すことが出来ないようにする。あの男の信者共には調査が終わるまでは虚無の大穴に誰一人立ち寄れないように手を打っておく』


『そういえば上層部に知り合いが居るんだったわね。確かにそう言われたらこちらとしては断る理由は無いわ。ただ、完成した実験体の実力調査はどうするのかしら?』


ジューグの質問にクルスタミナはニィと口を歪ませると仮にも学院都市を統括する者としては到底信じられない言葉を口にする。


『言ったであろう?学院都市で全てを執り行えるようにすると。あそこに魔獣を放つのだ』

『あらあら。そうしたら大事な住民の過半数は食われるわよ?そうしたら、貴方に対して責任問題を問われるわよ。そうしたら、貴方が一番になれなくなるんじゃないかしら』


『神器を貸せ。それで全てが上手くいくようになる』


クルスタミナのその一言にジューグは驚いたように振り返る。


『一体どこで聞いたのかしら。私が神器を所持してるだなんて』

『機械都市と取引した時に聞き出したのだ。貴様が神器を譲り受けたとな』


記憶の改竄を可能とする神にも匹敵する能力を持った神器があれば、全てを変えることが出来る。あの男の存在を消し去り、学院都市の頂点に立つのだ。


『気に入ったわ。貴方の話に乗ってあげる。私は神器を貸しましょう。貴方は実験の為に必要なものを全て用意しなさい』

『勿論だ。交渉成立だな』

『ええ。楽しいものが見れることを期待してるわ』


偽りの笑顔と握手、いずれは学院都市だけでなく、全てを支配するものとして世界の頂点に立つのだ。―――この女も踏み台にしてな。


そんなクルスタミナの思惑を見透かしたようにジューグもまた笑った。結局は全てが自分の思った通りに進むと。この男が見せてくれる人形劇が素晴らしいものになると信じて、神器はクルスタミナの手に渡された。


―――そして、現在に至る。


「クルスタミナ様、壁の調査が終わりました。あれは何の変哲もないただの壁です。罠もなければ、簡単に破ることが出来る石の壁、それだけです」

「成る程。あくまで時間稼ぎに過ぎないということか」


ただ大きなだけの壁、そう分かれば何も恐れることはない。あの壁を破壊し、学院都市に侵入した異分子を排除し、アカツキを殺し、箱を手に入れる。


そして、新たに造り出すのだ。自分の思い通りにいく世界を。


「先に屋敷へと向かい、反逆者共を皆殺しにしろ。誰一人として生かすな。ワシの新たな世界には不必要なものだ」

「了解しました」


黒服の集団は闇に溶けるように姿を消し、しばしの静寂が訪れる。雨の音だけが聞こえ、驚くほどに静かだ。既に学院都市の半分以上は機能を停止し、機械都市を見回っていたロボットの活動も停止させた。


あの男が作り出した法も、外交も全て必要ない。ここで必要なものは自分の思い通りにいく自分だけの法だ。


屈辱の日々はようやく終わりを迎え、新たな歴史がここで生まれる。いずれは世界を手に入れる男の物語がここで始まるのだ。


一歩また一歩と新たな世界には世界の実現に近づいていく。


―――そして。


「―――させねぇよ。お前の望んだ世界なんてお前以外の誰も望まない」


クルスタミナの望む世界で最も不必要な男が姿を現す。


どれほどの年月が経とうと決して忘れることのない敗北という人生最大の汚点。ただの子供に全てを見透かされ、全てを失いかけた。


ジューグが居なければ完全に破滅していた。そう思うと腸が煮えくり、この男を見た目も分からないくらいぐちゃぐちゃの肉塊にしてやりたいという憎悪が体を支配する。


この男を思い出しては毎晩のように腕を掻きむしり、頭皮が剥がれるほど強く頭を掻いた。腕には生々しい爪痕が残り、かつてのクルスタミナとは似ても似つかない細い体。それが一層不気味さを醸し出していた。


「もう一度やられにきたか、貴様がワシに勝てたのはガルナが居たから。貴様だけではどうしようもなく弱い。ただ仲間に恵まれていただけだ」

「分かってるよそんなこと。あいつらがどれだけ優秀でどれだけ自分が使えないか。けどな、―――ここで自分を卑下して戦いから逃げるようなことはしねぇよ」


自分の弱さを嘆くことは何時でも出来るのだ。しかし、今ここで立ち上がり、武器を取り、戦わなくてどうする。―――守ると決めたのだろう。一度は忘れられたことにより、心がぐちゃぐちゃになって周りに当たり散らしたこともあった。


その時に自分を見捨てなかった優しい女性が居た。自分のことは殆ど覚えていないのに、その恐怖で夜も眠れなかっただろう。それなのに、自分を見捨てないでずっと寄り添おうとしてくれた。


その人が今も戦っているのだ。謎に包まれたあの黒い柱を一人で食い止めている。それなのに自分が諦めていいはずがない。


「そうか。ならば、―――死ね」


肌が一瞬焼けるように熱くなるのを確認し、咄嗟にその場を離れると地面から炎の渦が立ち上がり、その直後爆散する。火の粉を辺りに撒き散らしながら消え、その数秒後アカツキに休む暇を与えず天空から雷が降り注ぐ。


「見えてらぁ...!」


その雷をアカツキは闇を帯びた剣で両断する。

アカツキには魔法、神器による影響を無効化することが出来るのだが、しかし、それには一定の条件が必要となる。


一つは認識すること。これが出来なければ無効化する対象がないために発動することはできない。そして、物量で攻められれば全てを完全に無効化することが出来ない。


さらに言えば、現状ではこの力を多用することは出来ない。理由は単純にアカツキの保有する魔力が足りないためだ。自分で魔力を貯めれないアカツキにとって人との繋がりは何よりも大切なものだった。

触れることによって他者から魔力を補給して貰わなければいけないからだ。


「ったく。あの規模の攻撃を乱発出来んのかよ...」


一つ一つを無効化するのに大量の魔力が体から失われていく。1日耐えきるにはこの能力だけではあまりに足らなさすぎる。


「少し、力を貸せ」


自分の心臓を抑え、神器の力の源となるあの男に声を掛ける。


『力を貸す貸さないの権利は僕にはない。君が望めば力は与えられるよ。だけど、使いすぎないことだ。君の精神状態では長い間この力をほんの少しでも使っていたら間違いなく壊れるよ』


「ここを凌いだら考えるよ」


神器に頼ることのリスクは重々承知の上でこれを選んだ。クルスタミナとて魔力は有限。どこかで必ず攻撃の手を緩めるはずだ。


―――心臓がきゅっと締め付けられ息苦しくなる。それも数秒後には溢れる力の快感により痛みが上書きされていく。


「ふん。どこまで持つか見物だな」


油断と慢心を捨てたクルスタミナは本来の力を存分に発揮する。学院都市のNo.2に実力でのしあがったその天才は賢者の域にある魔法を行使する。


「これに耐えてみろ」


地面に巨大な魔方陣が描かれ、天と地を穿つ極炎の柱がアカツキを飲み込み、凄まじい熱量で焼き尽くさんとする。


「―――飲み込め」


その極炎から守るように闇の球体がアカツキを包み込み、じわじわと極炎を侵食し、最終的には全てを飲み込んだ。


「っ...」


心臓を苦しそうに抑えて何とか立っているその姿からは本当に一人で勝てると思ってここに来たのかと疑いたくなる。


「随分とワシもなめられたものだ」


この程度に過ぎないのだアカツキという男は、一人では何の影響も持たないただの一般人、それだけだ。


だからこそ許せない。一時であれこの男に負けたことを呪い、あれほどまでの自傷行為に走ったことが。


「この程度の男に...負けたのか」


体の奥底から煮えくり返るような憎悪が溢れ出てくる。やがて、クルスタミナの周りに黒いもやが漂い始め、やがて、霧のように先が見えない闇の世界を作り出す。


『神器に半分魂を吸われてるね。あの神器を使うことによる代償は魂を差し出すことらしい。それに神器のちゃんとした保持者でないのなら代償は尚更高くつくだろうね』


クルスタミナが頼ってきた神器により、魂が喰われていく。何とも滑稽な話だろう。このままでは神器に魂を余すところなく食い尽くされ最終的には廃人のようになってしまうだろう。


『魂の半分が神器に飲み込まれていることで、神器の禍々しさがより一層際立つね。この霧はあの神器に飲み込まれた人の記憶の悪感情の部分、嫉妬、哀れみ、呪い。そういったものが神器から漏れ出している』


誰しもが持つ人として当たり前の感情、誰かを妬まずに笑顔で過ごせる人間などきっと何処にも居ないだろう。そんな誰しもが持つ悪感情がこの黒い霧を作り出してと言うのなら。


「こんなものでも、元々持っていた人達の場所に返さねぇとだろ」


確かにこれは人の悪い部分かもしれない。けれど、クルスタミナが奪った記憶には楽しかった思い出も存在するはずだ。それなら、その思い出と一緒にこの嫌な思い出も元の場所に戻すべきだ。たとえそれが誰も望まないとしても。


「辛いことなんて人生腐るほどある。だけど、それと同じくらい楽しいこともあるだろうが」


この負の感情と共に全てを在るべきところへ返そう。それをやるのは誰でもない自分だろう。ならば、こんなところで無理だと諦めることは決して許されない。いや、自分が許さない。


「―――来いよ、クルスタミナ。てめぇの描いた思い通りにいく世界なんて絶対に作らせねぇ!」


こうして一人の少年は覚悟を決める。辛いことも楽しいことも全て取り戻してみせると。そして、このクルスタミナという男の望む自分の思い通りにいく理想の世界を作るという馬鹿げたことを止める為に剣を握る。


―――そして、同時刻。学院都市を二分していた壁が突如崩壊し、数えきれない量の黒い影が放たれる。


「来たぞ!あの人達の予想通り、壁が崩れた!」


アカツキの屋敷では怪我人などを最上階に避難させ、屋敷に残っている人間だけで対処に当たる。グラフォルを含めた強い力を持った者は既に移動を開始し、屋敷に残っているのは...。


「ったく。最後まで私は屋敷の防衛かよ」

「リリーナさんは魔獣との戦いで大分無茶をしましたからね。それにほら、一応僕らの護衛でしょう?」


大きな剣を構え、正面から侵入してくる黒服の殲滅に当たるのは都市壊滅部隊の副団長兼アオバ率いる名も無き医師団の護衛役リリーナ、そして。


「本当に良いのかよ。これからやるのは簡単に言えば人殺しだ。あんたみたいなガキがやるには荷が重すぎるよ」

「セレーネさんやルナさんを止めれなかった不甲斐ない委員長ですけど、それでも帰ってくる場所を守るくらいはしてみせます」


あの時、ルナを止められなかったことを今も後悔しているサラトはせめて、あの二人が帰ってこれる場所を守ろうとしてここに立っているのだ。ここに立つのにも恐怖があっただろう。普通の生活を送っていた人間が急に戦いに向かうことを恐れないはずがない。


「分かったよ。けど、私からあんま離れんな。あんたは援護だけでいい」


覚悟を持ってここに来たサラトの気持ちを無下にすることはリリーナには出来なかった。


「はい!」


屋敷の正面から侵入しようとしてくる黒服を止めるのはリリーナ一人で十分だろう。しかし...。


「我々が馬鹿正直に突っ込んでくるはずがないだろう」


屋敷の反対から迫り来る脅威、義足の男が率いる部隊が屋敷内に侵入しようとするが、それの対策をグラフォル達が練っていないはずがないのだ。


「だろうな」


無防備な屋敷を覆うように青い結界が張られ、黒服の集団の侵入を阻む。しかし、前回の屋敷襲撃の際に高度な結界魔法の確認はされていた。―――重要な任務でその対策をしないはずがなかった。


「結界を別の結界で上書きする。それも触れれば簡単に壊れてしまうような結界にな」


男の手には青く光る水晶が握られており、この水晶を用いればどれだけ優れた結界であろうとその情報を書き換えることで微弱な結界にすることが出来るのだ。


対抗策を用意するのはごく当たり前のことなのだ。であれば―――


「そんなこと子供の私達でも知ってるっつーの」


頭上から聞こえてくる声の主を見上げるとそこには数人の子供達がそれぞれが思い思いの顔で黒服の集団を見下ろしていた。


「ミクちゃんが頑張ってるのに私達が何もしないわけにはいかないもんね!」


身体能力を強化する魔法を周りの仲間達に付与しながら淡く光る体で準備運動をしている少女リナ。


「私はなんでこんなところに立っているのかしら...」


あんまり戦闘には向かないはずのラルースがため息をつきながらも髪を前髪で結い上げ、戦闘の意思を露にしていた。


「皆が頑張っているから」

「私達も頑張るわ」


殆ど見分けがつかない姉妹のサラとララは最低限の準備運動をしながら、侵入しようとしている黒服の集団を見下ろす。


「ナナちゃん、私とラルースさんで皆を援護するけど、あんまり無茶しないでね」

「分かってるよ。あくまでも私らは足止めだ。あのグラフォルとかいう奴との約束だからね」


そして、アカツキの帰る場所を守るために立ちはだかる少女が二人、立ちはだかる。


「ふん。たかが子供で何が出来る」

「せいぜい吠えてなよ」


結界の内側からわざわざ出てくる少女達をただの子供と侮ったのが間違いだった。確かに見た目はこどもかもしれない。だが、彼女達にも覚悟があった。友の帰る場所を守るという大事な役目をやり遂げると。


初めは静寂があった。


「...な?」


次に視界が暗転する。足場が突然消失したように体を謎の浮遊感が支配し、体を動かそうにもとてつもない倦怠感に襲われ、指一本動かすことすら敵わない。


「ほらね。あんまり子供をなめるものじゃないよ」


ラルースの瞳によって精神部分に深く入り込まれ、ラルースの魔力を辿ってクレアが睡眠魔法で身体と精神を眠りにつかせる。そのあとはあらかじめ用意していた落とし穴を作動させ、落ちていくのを見届けるだけ。


「子供らしい悪知恵だろ?準備をする時間さえあればこっちのもんさ」


黒服の集団は最初から罠に嵌まっていた。屋根の上からという大仰な登場により足元の確認を疎かにしていたのもそうだが、たかが子供だと見くびり、すぐに殺そうとしなかったのも失敗だったのだ。


「盗み聞きもたまには役立つよね」

「確かに準備をする時間がたくさんあったから作戦通りにいきましたけど、大人の話を盗み聞きするのは駄目ですよ?」


しかし、この規模の罠をたかが数分で張り巡らせることは不可能だろう。ナナの盗み聞きも誉められたものではないが、この場面を作り出すことが出来たのはその盗み聞きのおかげなのは間違いないだろう。


「これなら一時間は耐えられるよ」

「勿体ぶるだけで何もしないのも私たちらしいわね」

「それも作戦だからね」


呆れたようにため息をつくラルースと、この作戦を考案したナナ。しかし、屋敷の防衛は正門をリリーナが、裏から侵入しようとする黒服をナナ達が食い止めることで屋敷の防衛は強固なものとなっていた。


各地で戦いが繰り広げられるなか、一人の少年は雨が降る町をゆっくりと歩いていた。


「......」


その手には焼け爛れた顔の男性の頭部らしきものが掴まれており、その叫んでいるような顔から察するに死の直前まで恐怖していたに違いない。


「クルスタミナの近縁者はこれで全部かな」


かつてはイスカヌーサ学院の5組の中心人物としてクラスを盛り上げていた少年の瞳には復讐の炎が今も灯っていた。


「誰も頼ることは出来ない。敗北の先にあるのは純粋な破滅だけだよ、クルスタミナ。君が苦しむ姿を見れるのを僕は楽しみにしてるよ」


そう言って楽しそうに笑みをつくり、手に持っていた男性の頭部を瓦礫へ投げる。


狂った少年は歩き続ける。その先にあるのが救いようのない破滅であったとしても、アレットは進み続けるだろう。


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