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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
106/185

<一人の思い、皆の思い>

―――夢を見た。


所々抜け落ちたように歪んだ世界で、一人ぼっちだった。


『思いだせませんか』


こちらへ語りかけるように空から声が聞こえたかと思うと、世界から色が抜け落ちていき、建物は崩れ、永遠にも思える闇だけの世界が広がる。


「思い出せないよ。なんにも、なんにもだ」

『私が誰かも?』


夢から少しずつ覚めていく。現実に魂が引っ張られていく。

前よりも夢を見る時間が明らかに短くなっている。短すぎる。


「ま...だ」


夢から覚めるわけにはいかない。また夢から覚めてしまったら忘れてしまう。だから、きっかけを探すのだ。現実でもいつか思い出せるようなきっかけを。


「手を、伸ばしてくれ。そこにいるんだろ」

『...ごめんなさい』


どうして自分はこんなに悲しんでいるのだろう。これは現実ではないと分かっている。所詮夢だと言うことも。


『夢...。そうですよね、それで済めば辛くなくて済みますもんね』


どろどろとした闇がまとわりつくように体を侵食していく。突然の生々しい光景に叫びそうになったとき、アカツキはようやく目を覚ます。


「はっ...ぁ!!」


背中に嫌な汗をかきながら目が覚めると、アカツキはぼんやりとした意識で窓から空を見る。


「もう...。朝なのか」


ついさっきまでとても嫌な夢を見ていた気がするのに何故か一つも覚えていない。一体自分は何にそんな怯えていたのだろう。


いや、怯えていて当然か。これからクルスタミナとの戦いが控えているのだ。怖くないと思えるくらいの強さがあればと心底思う。


「取り敢えず風呂に入りたいな」


アカツキは着替えを持って、大浴場に向かう。途中で既に仕事に取りかかっていたジャックスに最後の作戦会議用に使う部屋を用意するように頼んでおいた。


屋敷に逃げてきた住民の人達は相当疲れていたのだろう。廊下には人影一つ見当たらない。


「......誰か入ってるのか?」


大浴場に着くとそこには子供の物と思われる服が脱がれていて、中からはシャワー浴びる音が聞こえる。


「誰か入ってるのかー?」


うるさくない程度で中にいる人物に声をかけると中から返答が返ってくる。


「入りなよ、私以外に誰もいないよ」

「...!」


(どうしてこうも...。運がいいのか悪いのか分かんないな)


大浴場の中に入り、立ち上っている湯気の向こう側にはタオル姿の小さな少女の姿があった。忘れるはずもない。この少女は...


「ナナ」

「はっ。殆ど初対面に近いってのに、どうしてこんなに懐かしいんだろーなって思うよ。クレアの言ってた通り私達は本当に仲間だったのかな?」


「だったじゃないよ。俺は今でも仲間だと...」

「私からすれば違うよ。確かにあんたのことを懐かしく感じるけど、それはそれ。私はこの都市でずーっと過ごしてきたんだ。まあ、クレアからすればこれは植え付けられた記憶らしいけどね」


確かに今のナナにとって故郷は学院都市であり、思いでの殆どは学院都市で作られたのだ。農業都市で生まれ、辛いときを生きて、仲間と出会い、仲間と別れた時の記憶など覚えてすらいない。それほどまでに神器による記憶の改竄は許しがたいものだった。


確かに辛かったかもしれない。仲間と別れることの苦しさなんて知りたくもないはずだ。しかし、それにも意味がある。ナナはその苦しみを乗り越えて旅に出たのだ。


「取り敢えず座りなよ。背中くらいなら流してあげる」

「...ああ」


昨日に引き続き、ナナやクレアとは全てが終わったら会おうと思っていたのにそんなに上手く事は運ばないらしい。


「あんたが今までどんなに苦しんできたかなんて私は知らない。けど、あんたが必死に何かを守ろうとしてんのは分かるよ」

「皆からはそういう風に見えてるのか」


「過保護が過ぎるんだよ。今のあんたは学院都市では大犯罪者だよ。少し前の私だったら今頃殺してるね。あんたがアレットとどんな関係か知らないけど、クルスタミナの奴からはあんたがアレットを唆してクルスタミナの親類を殺して回ってるってのがこの都市での評価だ。それなのに、どうしてそんな奴等を守ろうと思えるのか私には分からないね」


ナナがアカツキを救うと決めるまで、クレアとの長い話し合いがあった。突然全てを思い出したと言ったかと思えば大犯罪者を助けると言い出す友人にどれだけ驚愕したか知れない。


それでも何故か納得してしまっていた。だから、そんな自分が分からなくて余計に反発してしまった。けれど、時間が過ぎて学院都市を覆う炎を見て確信した。


あの時、初めてアカツキを見た時の絶望に満ちた顔からは都市全土を揺るがすような悪人だとはどうしても思うことが出来なかった。


そうして、全力で街中を駆け回り、ようやく見つけた時に、不思議と私は安堵していた。


―――ああ、まだ生きていてくれた、と。


「私の記憶は歪で勝手に作られたものなんだよね。なら、あんたと私の出会いはどんなものだったんだ?んで、私はどういう人間だった?」

「それは...」


言ってしまっていいのだろうか。ナナにとって仲間と言える存在は死んだことになっている。大切な存在の欠落により自暴自棄に陥ったナナが自殺をしようとして、それを必死に止めた。


そんなことを今知って何になる。辛くなるだけに決まっているではないか。


「ねえ、私は。どんな人でなしだった?」

「人でなし...?」


「私は自分のことをお世辞にも良い人間だとは思えないんだよ。口は悪いし、内心じゃ人のことをどう思ってるか分かりやしない。もしかしたら、あんたのことを殺そうとしているかも...」

「違うよ。お前は絶対に人でなしなんかじゃない」


ナナの言葉を遮るようにアカツキは否定する。そうしなければ、いけないのだ。だって、自分を卑下することがどれだけ辛いか知っている。それに、仲間想いで強がってはいるけど、実は仲間思いの優しい少女なのだ。


「お前は優しくて強くて、ちょっと口は悪いけどそれはそれ。俺にとって欠けちゃいけない大事な仲間だった。いや、違うな。お前は覚えていなくても、俺は確かにお前のことを覚えている。だから、今も大事な仲間なんだ」


ナナがどんな表情をしているか背を向けているアカツキには分からない。


どんな表情をしてるのだろう。なんだこいつと思っているのか、それとも...。


「のぼせた。後は一人で入ってなよ」

「まだ湯に浸かってないだろ?どうし...」


振り返ろうとしたアカツキの顔をナナは押さえる。どうしたのかと思ってアカツキが質問すると。


「どうしたんだ?」

「振り向かないで。少しのぼせて顔が赤くなってるだけだから」

「...そっか」


遠くなっていく足音を聞きながらアカツキはゆっくりと振り返る。目を擦りながら大浴場を後にするナナを見届けると体を流して、湯に浸かり、束の間休息を満喫していた。


「本当にバカみたい。あんな奴を私は...」


大浴場から出たナナは着替えながらぼそりと誰にも聞こえない声で呟く。


「――――――いなんて」


......ナナと出会ってから数十分経ち大浴場から戻ったアカツキはジャックスに案内され最後の作戦会議をする大きめの部屋へ向かう。


ドアノブをひねり、中に入ると既にグラフォルやアスタといった面々が揃っており、話し合いを始めていた。


「ごめん。遅れた」

「いや、問題ない。大体話すことは昨日言ったからな。最終的な確認だけだ」


対クルスタミナ戦ではアカツキが頼みの綱となる。負けるつもりは無いのだが、かといってクルスタミナに勝てるとは思えない。だが、グラフォルには何か策略があるのだろう。でなければ、こんな子供一人に都市の行く末を賭けた戦いを託すはずがない。


「おっさん、勝算はあるんだよな」

「五分五分といったところだ。俺でもこんな博打はごめんだが、それしか方法がない。お前には1日クルスタミナを食い止めて貰わなければならない。それが、どれだけ酷なことか知っているからこそ、お前に決めさせた。あの邪悪な男相手に子供一人だ。アズーリが聞いたなら、英雄になんてことをしてるんだ、と言われるのが目に見えるな」


ここには居ない彼女の顔を思い出しながらグラフォルは苦笑いする。邪悪の権化のようなクルスタミナを1日もたった一人の子供が食い止めるのだ。アカツキにそのような重荷を背負わせる罪悪感がないはずがない。


「もういいんだよ。決まったことだろ?1日耐える。目標があるだけ少しは心も軽くなるってもんさ」

「そうか。本当にお前は変わったな、会ったときとは別人だ」

「良い意味で変われたんだよ。それも全部ばあさんやウズリカのおかげだよ」


この世界でもう一度与えられた命を無駄にするつもりなんてアカツキにはない。ただ、やらなくてはいけない。それが誰でもない、自分にしか出来ないことなら。


「グラフォル、偵察部隊からの報告だ。黒服を引き連れてクルスタミナが壁に接近してきている。アカツキにはそろそろ壁を出る準備をさせたほうがいい」


今まで各地と連絡を取り合っていたアスタから報告を受けてグラフォルはアカツキに最後の言葉を伝える。


「お前には感謝している。俺達の都市を救ってくれたことを。今回も頼んだぞ」

「皆のおかげだよ。あの頃の俺は全てを知った気でいたバカな奴だった。だから、そんな俺を多少ましな人間にしてくれた皆に感謝してるよ。じゃあ、―――行ってくる」


今回の作戦で必要なものは武器のみ、丸1日戦闘になれば休憩を取れることはないので、食料も水分も必要ない。ユグドから渡された守るための剣だけで十分だ。


「あんま気張んなよ。適度な緊張感を持ちながら戦いな。少しの間だったけど私が教えたことを思い出しなよ」

「分かった。ありがとうな、師匠」

「ああ、行ってきな」


短い話を終えてアカツキは一足早く部屋を後にする。ようやく屋敷では人の話す声が聞こえ始め、子供達が廊下を走り回っていた。


「守りたいもの...か」


最初は自分の為だったかもしれない。クレアやナナに自分のことを思い出して欲しかった。ただ、それだけだった。


しかし、今の自分はこの屋敷で過ごす多くの人を救いたいと思っている。もう一度平穏な日々を取り戻して、活気に溢れたあの通学路を皆で笑いながら歩くのだ。


誰も怯える必要がないように。誰も傷つかないで済むために。


―――歩き出す。


「待つんだ。君はどこに行こうとしてる?」


屋敷を出て少しした所でアカツキの進路を阻むように一人の青年が立っていた。


その青年はアカツキの後を追ってきたのか息を切らしていた。わざわざアカツキを止めるために先回りをしていたとすれば、それが意味するのはただひとつ。


「ルナ君。君とセレーネ君だけが点呼の時に居なかった。それ以外の生徒は奇跡的に無事だったんだ。だから、余計に心配だった。けど、生きていてよかった...」


サラトにはだからこそ分からなかった。あのときに姿を消してしまった一人の生徒が何故壁に向かって歩いているのか。同じ学年で同じ時を過ごしていた彼女がどうして剣を持っているのか。


まるで今から戦いに行くような―――


「いや、行くつもりなのかい?あの壁の外へ。そんな無茶なことをどうして...!」

「ごめん。行かなきゃ守れないものがあるんだ」


「大人に任せればいいじゃないか!僕達はまだ子供なんだよ!?外にいるあの黒服達を子供の僕達が倒せるはずがない!」


サラトには彼女が死地へ向かうのを見過ごすことが出来ない。確かに他のクラスメイトに比べれば少しの付き合いだったが、それでも新しい仲間として、彼女が一人で壁の外に行くのは何としても阻止しなくては...。


「心配してくれてありがとう。そして、ごめん。今まで皆を騙してたんだよ。クルスタミナから隠れる為の隠れ蓑にするために...」


「知っている!君達が普通に学校生活を送るつもりがなかったことくらい最初から知っていたさ!だから、余計に普通で当たり前の生活を送って欲しかったんだ...」


ルナとセレーネの転校初日から創校記念祭に至るまでの間、二人がよく分からない話をしているのを聞いたことがある。そして、帰り際に普通の女子高生のように笑顔で帰宅する二人を見たこともある。


その時に、ああよかった、今の生活は楽しいんだなと心の中で思っていた。


「皆と過ごせて楽しかったよ。だから、守らせて。もう一度平穏を取り戻す為に」

「駄目だ!行かせる訳にはいけ...」


サラトが止めようと前に出た瞬間、視界を暗闇が包み込み。途端に眠気が襲いかかってくる。


不思議と恐怖感はない。それどころか、こんなに落ち着く闇があるのかと思ってしまうほど。


「ごめん。卑怯なことだとは分かってるけど、もう行かなくちゃいけないんだ」


アカツキは地面に倒れ込むサラトの体を支えて物陰で今までこちらを伺っていたある人物に対して語りかける。


「先生、そこに居ますよね?」


少しの沈黙のあと、崩れ落ちた廃屋の影から一人の男性が姿を現す。


「どうして隠れてると?」

「先生が生徒を一人で行かせるはずがないですから。面倒くさがりなようで実は優しいっていうのは少し過ごしただけで分かりましたし」


「そうか。一人で行くんだな」

「確かにサラトは強かった。けど、クラスメイトを傷つけさせたくないんですよ」


笑顔で振り返る担当した生徒の姿を見て、───一人の男は目を細め。


「...サラトは連れていくよ」

「助かります」


また歩き出す生徒の後ろ姿を見送り終えると、サラトを背負いアカツキとは逆の方向へ歩き出し...。


「クラスメイトに傷ついてほしくない?そんなの、皆当たり前さ。なのに、俺は止めないのか。つくづく最低な教師だな...俺は」


止められなかった。止めることが出来なかったんだ。覚悟を決めた少女の歩みを止めることがどうしても出来なかった。


「過ぎたことをうだうだ言ってもしょうがないよな。ルナ、お前が戻ってこれる場所を守るのが俺の役目なら、最後までこいつらの面倒を見てやらないとな」


そうして一人の教師も帰ってくる場所を守ると覚悟を決めた。


教師と生徒が歩き始めてから数分後、空に暗雲が立ち込め始めると、やがて雨が学院都市に降り注ぐ。


空を覆い尽くす黒雲から降り注ぐ雨が辺りの崩壊した民家の火を消火し、火が消えた後も静かに降り続ける。


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