<在るべき世界>
空と地面が反転した世界、一番最初に気づく異変がそれだろう。
その他には人の営みが感じられない廃墟と化した都市、空の地面から伸びる無数の腕、天変地異とも思える光景が当たり前の世界には通常の世界では存在しない法則がある。
いや、正確には『無い』というのが正しい。
「なるほど、この世界には力と呼ばれるものが存在しないのか。僕の放った一撃は見てくれだけのもので、威力は草一つ刈り取れやしない。この世界には力が抜け落ちていて、誰もが平等というわけだ」
「そういうこと。私の作り出す氷もこの世界には何の影響も与えない。ただ、そこに『ある』だけ。氷の上に立っても滑ることはないし、冷たいとも感じない。同時に人が触れてしまえば簡単に壊れてしまう」
力の抜け落ちている世界でならばエアの放つ剣撃は人を殺すことのできない中身の無い攻撃、触れてしまえば簡単に崩れ去ってしまう。
「だけど見た限り僕が地面に剣を突き立てれば本来は空と呼べる光景なんだけど地面に傷が付く。僕の魔力による攻撃の補助は効かなくとも僕自身の性能で戦えば問題ない」
「それでいい。団長の力さえ無ければ多少なりとも...」
「―――あぶねぇ!!!」
話終えるよりも早くシーナをその剣の射程圏内に捉えたエアの一撃を横から割って入ったユグドが何とか防ぎきる。
その後、右側から放たれた素早い蹴りを避けることの出来なかったユグドは地面の上を何度かバウンドした後にうめき声を上げて地面に這いつくばる。
「少しでも勝てると思ったのなら後悔しなよ。君は僕の終わらない成長を力の一種として見たのだろう?だけど残念なことにこれは僕が見て、考えて、努力して、学んだ結果だよ。ただ他の人より身体能力が短時間で上がりやすいってだけさ。ユグドの一振りごとに殺傷能力が上昇するのとは違う。成長速度で言えば僕よりも何倍も上。だけど、それに耐えうる器を持たないのが残念だよ」
遠くで今も呻いているユグドを尻目にエアはもう一度剣を構える。
「この世界には力が抜け落ちている。けれど、才能というものは存在しているようだ。それならば僕が有利だよ。見誤ったね、シーナ」
「そう...かもしれないわね。けど―――」
シーナの周りに大きな魔方陣が描かれていき、同時に世界が呼応しているかのように揺れ始める。
「この世界のことをよく知っているのは私よ」
空から伸びる腕が不規則に揺れだし、空の地面に亀裂が入っていく。
「そもそもどうしてこの世界を発見することが出来たのか。私達がどうしてここを戦場に選んだのか。知っているかしら」
「秘策があると?でも、見た限り大規模な儀式のようだ。僕が見過ごすとでも思うのかな」
シーナは前をしっかりと向いて微笑み、はっきりと宣言する。
「―――だから、大切で信頼できる仲間を呼んだの」
エアの横から気合いだけで立ち上がり剣を振るうユグド、それを間一髪で避けると大きく後退する。更にユグドは追撃するために距離を詰めていく。
一撃一撃が凄まじく重い、先程の蹴りで完全に沈黙させたと思っていたがどうやら見誤っていたのはエアの方だった。
この世界に『力』は存在しない。
それはユグドの一撃ごとに上昇していく破壊力を封じると同時に、半ば強制的に使用される膨大な魔力による魔力の枯渇が起きないことに繋がる。
ユグドにとってそれはデメリットであり、メリットでもあるのだ。
―――この力を得るためにひたすら実力を磨いてきた。
力を得た後は磨いてきた剣技は一振りごとに膨大な魔力消費による影響で使い物にならなくなった。
「だからよぉ、久々だぜ。こんなに剣を振れんのは」
幼い頃からの血の滲むような努力は無駄ではなかったということだろう。それが、こうして今役立っているのだから。
「なるほど、君自身の実力を見るのはこれが初めてか」
ユグドの連撃を捌きながら、エアはその太刀筋、癖、特徴を学習していく。
しかし―――
「成る程、何度も攻撃の癖を変えて分かりづらくしているのか」
ユグドは何回か毎に癖を故意的に変えて、エアに自身の弱点を暴かせないようにしている。
凄まじい努力と執念、力を得るには十分過ぎる対価だろう。どれほどの年月を剣に捧げてきたのだろうか。ユグドのそれは最早エアの域に達しようとしていた。
「感覚を取り戻してきているのか。なら...!」
強引にユグドの攻撃を弾き、カウンターを繰り出すと一目散にシーナ目掛けて走っていく。
「―――やらせねぇよ」
ユグドに足を掛けられバランスの失ったエア目掛けて横凪ぎの一撃が放たれる。
「そんなんじゃ殺せないよ」
エアは自身の持っていた剣を地面に突き立て、その場に置き去りにすることでユグドの攻撃を弾き、足で蹴ると宙に舞った剣を取り、ユグドにカウンターを仕掛けようとするが、行動を先読みされていたのかユグドに距離を置かれていた。
「これが地面なら、こんなこともできるはず...だね!」
空のような地面を足で強く蹴りつけると固められた土のように引っぺがえり大きな壁となり、障害物を作り出す。
この空を写したような地面は一見透明なように見えるが、感触といい、匂いといいほとんど土と同じで透明ではなく地面に空がそのまま塗られたかのような感じだ。
攻撃を繰り出し後退する度に壁を作っていき、自身に有利な地形へ変えていく。遠くには廃墟と化した都市が見えるが、ここは何もない平原のような場所。
だからこそ、エアが好きなように地形を変えていくことができる。人間とは思えない俊敏さと脚力を備えたエアは壁から壁へと目にも止まらぬ速さで移動していく。
その素早さに翻弄されないようにユグドはエアの動きを確実に目で追っていく。エアの攻撃を感覚で弾くようになれば、敗北へ向かっていくことになるが、まだこの段階ではエアのことを見失うことはない。
それでも少しずつ追い詰められていく感覚がユグドに焦燥感を与える。あれほどの努力で得た実力でさえエアという青年は凌駕しようとしている。終わることの無い成長というのは正しく、今も尚エアの成長は止まることがない。
ユグドの弱点を調べる為にありとあらゆる方向から攻撃を仕掛け、最小限の時間で決着を着けようとしていた。
「しゃ...ら、くせぇ!!!」
エアの攻撃を防ぐだけだったユグドはわざとその攻撃を受けることで確実にエアに重い一撃を与える。
剣で致命傷を避けるように受け流し、左腕を狙った攻撃をあえて受けると、剣をエア目掛けて投げる。
武器を投げ捨てる行為に若干のタイムラグが生じるも、その剣を左手でキャッチする。が、同時にユグドの全体重を乗せた右ストレートの一撃が腹部にヒットする。
自身の造り出した壁を易々と突き破っていき、地面に転がる。
「これで...」
「終わりだよ」
完全に鳩尾に放った渾身の一撃を受けてもエアはほんの数秒も沈黙することなく、最大級のカウンターを放つ。
「安心しなよ、殺しはしない」
逆刃による峰打ち、それでも骨が折れるくらいの一撃にはなるのだろう。
「っ...クソ..!!」
「お疲れ様」
エアから放たれた攻撃によりあばら骨の何本かを持っていかれ、ユグドは気を失い地面に倒れ伏す。
魔方陣の中心にいたシーナへと振り替えるとエアは少しだけ悔しそうに笑い、ボソッと言葉を発する。
「あーあ...遅かったか」
空から伸びる腕に飲まれていくシーナを目視したエアは無駄だと分かっていてもシーナへ剣撃を繰り出すも、予想通り空から伸びる腕に傷一つ付けることすら出来ない。
数秒後に空から伸びる腕はシーナを中心として巨大な球体を産み出し、この世界に転移させられた時のように極彩色の光を放つ。
光によって一時的に視界を奪われたエアがもう一度世界を目視できるようになる頃にはほんの数秒前の世界とは思えない幻想的な景色が広がっていた。
「成る程。どうりでこの世界がめちゃめちゃなわけだ」
エアの眼前には見慣れた城が氷で作り出され、神の域に達する創造された景色が広がり、水色のドレスに身を纏ったシーナの姿も見えた。
「おおよそ検討はついていたよ。ここは君が、いや正確には君が自身の体に宿した紛い物の神が僕らの世界に憧れ、模倣し、失敗した世界。紛い物には所詮本物に値するものを創造ができなかった。それに、この世界におよそ命と呼べるものがほとんど存在していない。植物や木々ですら半分が死に絶えた状態で創造されているからね。その程度の神を宿したところで実力は知れている」
「そうね。けれど、こうは考えられないかしら?『世界の半分は創造できる』って」
シーナの頭上に光の輪が出現し、突然天候は一変し暴風と雨が吹き荒れる。
同時にシーナの周りに真っ白い雪のような色をした狼が創造され、生み出されていく。
「そういうことか!!」
エアに向かって突っ込んでいく狼の群れは次から次へと生成されていき、それを可能とする創造を力であるとエアは認識する。
遠くにあった都市も、周りにあった少ない草木も無くなっている。つまりは生命というものを排除し、容量を軽くしたシーナはこの世界に力というものを創造したのだろう。
神を宿したシーナにとってエアが魔力を使い、どれだけ強大な魔法を使おうとそれに対応した力を創造し、自身の力とすれば恐れることはない。
魔力を解放したエアの一撃により、千を越える狼の群れは壊滅する。しかし、狼の死骸から巨大な氷柱が生成され、四方に飛び出していきエアを串刺しにしようとする。
飛び出してきた氷柱の中から致命傷になるものだけに対処し、多少の傷を覚悟で距離を詰めていく。シーナに近づけば自身に被害が及ぶことを恐れて大規模な攻撃を仕掛けてくることはないと判断しての無茶振りだ。
「その程度で止まるはずがないじゃない」
シーナに接近したエアに待っていたのは膨大な熱量が込められた炎球の大爆発、凄まじい熱気と吹き荒れる爆風に為す統べなく吹き飛ばれていく。
シーナの自身をも巻き込んだ爆発を直撃する形で受けたエアは本来無事であるはずがないというのに、殆ど外傷無しで平然と立っていた。
「....正直君達の覚悟を侮っていたよ。君達は全力で僕にぶつかってきてくれている。なら、僕もそれに応えよう」
この世界に満ちている魔力の根源はシーナの身に宿る神のものであり、それは同時に神を自身の身に宿しているシーナの物であるとも言える。
それなのに、この目の前の男はまるで最初から自分の物のように扱っていた。シーナの体からも魔力は奪われていき、世界の魔力は一人の男を中心としてこの世界の神すらも越える力を得ていた。
力の奔流はエアの周りの空間を歪ませ、この一撃は神をも殺すことが出来るのだろう。
今まで本気を出してこなかったのはシーナとユグドの覚悟を見くびっていたからで、今のエアは二人の覚悟を認め、全力を持ってぶつかろうとしている。
―――こんな場面でほんの少し嬉しいと思ってしまう私はおかしいのだろうか。ようやく、団長に認められたと思うと心が弾んでしまう。
「けど、負けられない...!!」
かつての恩人であり恩師のエアであろうと譲れないものがシーナにはある。ユグドを守り、アカツキを救う。そのために...
「なんだ、私もユグドのこと言っといて諦めきれてないじゃない」
シーナの創造により、大地は抉れ、空は凝縮される。
これから行うのは世界による攻撃、この世界の主である神を宿すシーナが世界を武器に変換し、今までとは比較にならない規模の攻撃を仕掛けるのだ。
そんな中で、シーナは自身の矛盾に気づく。
ユグドには制約を優先しろだのと言っておいて、今のシーナはユグドも、ユグドに諦めろと言ったアカツキをも救いたいと思っている。
「―――君達の覚悟はしかと見届けた。後は僕に任せて少しだけ休むといい」
世界が凝縮され、暗闇に閉ざされた世界でシーナの世界による攻撃と、エアによる人の域を越えた攻撃がぶつかり、音もなく、空間を揺るがすこともなく、静かに戦いの終わりを迎える。
......世界の凝縮により亜空間が生み出され、シーナとエアはお互いの力をぶつけ合った。
シーナにも、守りたいものがあった。
それと同じように、エアにも守りたいものがあったのだ。
「世界を武器にするという創造は明らかに君の器では不可能だったはずだ。正真正銘今のは最後の攻撃だった。容量を大きくオーバーした君の体は負荷に耐えられなくなり、自然消滅する。君もそれを知っていたろうに」
「何故...なのか。私にも分かりません。ただ、あのアカツキという人を守らないとって心のどこかで思っている。それを無理矢理押し込めて、ユグドを連れ戻したのに...。最後まで私は助けたいと思っていた」
分からない。どうして、初対面のアカツキを守らなくてはいけないと思ってしまうのか。今まで何の繋がりも無かった人間を助けたいと思ってしまうのか。
「そうか。君が自身を犠牲にしてまで彼を守りたい。仲間であるユグドと同じように、アカツキも守りたいのかい?」
「といっても、こんな体では無理ですよ。結局最後の最後まで団長には敵わなかった」
「あの頃から君らは確実に成長しているよ。それはずっと見てきた僕が一番知っている」
それに、とエアは言葉を続ける。
「君は死なない。僕がそんな簡単に団員を殺すはずがないよ。それが君らなら尚更だ。今更そんなことを言っても信じられないだろうけどね」
エアの周囲にぼんやりと光る球体が七つ出現する。
「この世界を構成する神の一部、君の宿した神が自身の体と魂を触媒として、不完全ながらも本来は存在することのない世界を造り上げることができたのだろう」
ぼんやりと、色素が抜けていくように薄くなっていくシーナの額に手を置いて、エアは七つの光に語りかける。
「七つの子らよ、君らの母親に会わせてくれ。この世界で生まれた奇跡の存在に」
エアの語りかけに呼応するように七つの光は光を強めていき、世界を虹色の光が包み込んでいく。
その光はこの世界に勝手に侵入し、愚かにも神を地に落とした人間を拒絶することなく、優しく包み込んでいく。
......光に飲まれた視界が形を認識するようになり、少しずつ世界に色が戻っていく。
目の前には煌々と輝く大神殿が佇んでおり、その中から小さな少女が姿を現す。
「ようこそ。偽物の世界の中心にして、始まりの神殿へ」
「貴女が、この世界の...?」
「ええ。魂と肉体を分けたことにより、このような幼い姿ですが、私はこの偽物の世界を造り上げた出来損ないの女神。人の信仰から生まれた神ではないので、名前はありません。ですが、確かに私は神ですよ。証明するものなどありませんが」
「いえ、申し訳ありません」と自身の無礼を詫びて、エアは名も無い女神に付いていく。
中にはキラキラとした彩飾も、威厳のある玉座などもなく、ベッドなどの生活上最低限の物しか取り入れられていなかった。
「形だけですよ。私は空腹になることも、眠りにつくことすら必要の無いんです。なので、特に意味があるということではありません」
名も無き女神に付いていくと、二つのソファーとその間にテーブルが置かれた、ごく普通の部屋に到着した。
「どうぞ、お掛けになってください。お話はそれからです。大丈夫、私の子供達がシーナという女性を世界に繋ぎ止めています。それでも危険なことに変わりはありません。最低限の話をした後に対処法をお伝えします」
「......その最低限の話というのは...?」
世界を荒らしたことを叱られるのだろうか、それとも人間ごときが神と呼ばれる高位の存在を一時的であれ地上に落としたことだろうか。
悪いことばかりがエアの頭の中に積もっていくなかで、目の前の小さな女神は本当に小さな子供のように目を輝かせながらエアに問いかける。
「あなたの世界について、教えて下さい。あなたがどうして、そこまで強いのか、あなたの世界ではどのような風習があって、どのような命が育まれているのか。何でも良いのです、私にあなたの世界を教えて下さい」
その女神の質問があまりにも衝撃だったのか、エアは少しの沈黙の後、心配した顔で...
「怒っては...ないのでしょうか?」
「怒るなんてとんでもない。この神殿の周囲にしか出歩けない私に地上を見せてくれたのですよ?それの何を怒ればいいのでしょうか?」
エアはそして確信する。
女神は自身が創造した世界を自由に歩き回ることも出来なく、更には...。
「貴女が創造した世界を目にしたのは、これが初めてですか」
「お恥ずかしいことに...。私は所詮紛い物の女神ですから。ああ、気にしないでください。あなたの言っていることはどれも正しいことです。だから私は怒っていません。その紛い物は世界の創造は出来たものの、空間も時間も、全てがぐちゃぐちゃになってしまった。だから私は世界を支えるために魂と肉体を七つに分け、弱った私は神殿の周囲にしか出歩けなくなってしまったんですよ」
世界がぐちゃぐちゃだったのは一度起きた世界の崩壊によるものなのだろう。それでも女神は世界を造り出すために己の体と魂を投げ去り、遂に世界の創造に成功した。
しかし、その世界を見る術がなかった。
どれだけの時間を一人で過ごしてきたのだろう。そして、何を思って過ごしてきたのだろうか。
「そんな顔をしないでください。これは私が望んだこと、それにあの人の体に宿ったことで人の構造を多少なりとも理解できました。これからは試行錯誤を重ねて、私と、あの来訪者が望んだ世界を実現してみせます。なので、あなたの世界を教えて下さい、エアさん」
来訪者という単語に疑問が残るが、エアは長い時を一人で過ごした一人の女神が望んだ世界を実現させるために、命が溢れ、人が争い、それでも人と人とが支え合う世界の話をする。
それから間もなく、短い対談を終えた二人は立ち上がる。
名も無い女神は神殿に運ばれたシーナの容態を確認する。
その隣では傷だらけだったユグドの体を治している七つの光もある。
「ユグドという方は私の子供達でも治せそうですね。シーナという女性は一時的に世界の記憶を吸収し、更には再構築をしたことによる影響で存在があやふやになっています。世界の記憶に自身の記憶を塗り替えられ、自身の記憶すら曖昧でしょう」
女神がシーナの手を取り、両手で大事そうに包み込むとシーナの体が淡く光り始め、薄れていた体が色と実態を取り戻していく。
「ありがとう、人の子よ。貴女のおかげで私は世界を見ることが出来た。これは私からのささやかなお礼、受け取りなさい」
世界を少しずつ光が満たしていき、本来三人が在るべき世界へ誘っている。光に満たされていく中で、シーナは意識を取り戻し、うっすらと目を開ける。
そして...。
「ごめん...なさ..い」
シーナにも一目で目の前にいる少女がこの世界を創造した女神であると理解したのか、自身の行いに対して謝罪する。
「謝らなくてもいいのですよ。貴女の行いは正しかった。これからも辛いことが続くでしょう、ですが挫けてはいけません。私は貴女のことを見守っていますから」
シーナの額に幼い姿の女神は口づけをすると同時に世界が眩く光りだし、シーナとエアとユグドの三人を優しく包み込んでいき、この世界の優しい女神は祝福の言葉と共に来訪者を見送る。
―――三人は在るべき世界へと戻る。
―――目が覚めるとなんだか随分と懐かしく感じるふかふかのベッドの上で目を覚ました。
「どうやら無事に目を覚ましたようですね、シーナ」
「......ユグドとワーティはどうなったんでしょうか」
「自分のことよりも仲間が大事なのも変わらないようで。まあ、団長もお人好しですから、その弟子もお人好しになるのも当たり前でしょうか」
ため息をついた女性のこれまでの苦労を考えれば
上司にあたるエアにため息をつきたくなるのも当たり前だろう。
「安心しなさい。ワーティは自身の部屋で開発に勤しんでいます。ユグドは傷も無事に治った状態で戻ってきたので、特に治療を施す必要もありませんでしたよ。問題は貴女の精神面でした。何せ一時的にではあれ、神を宿したのです。その思想、記憶がどうなっているのか私にも分かりませんから。ですが、無事なようで安心しました」
女性は立ち上がると、また通常の業務へ戻る為に部屋を後にしようとする。
「ああ、それと。外に出ることはオススメしません。団長から来るはずなので、貴女は安静にしておくように」
忠告をして、女性は部屋の扉を閉じる。
その後、シーナはもう一度体を休める為にベッドに潜り、瞳を閉じる。
寝静まったことを確認するかのように、もう一度部屋の扉がゆっくり開き、寝息を立てて安心したように眠っているシーナを確認する。
「―――団長、これでいいんですよね」
その頃、城門にて。
「―――これはこれは、教団の皆様。わざわざこんな何もない城に訪れるとは、何か急ぎの用でも?」
エアとその取り巻きの数人が城に訪れた来訪者に出来るだけ粗相のないように慎重に挨拶をする。
その来訪者達は誰も彼も目深のローブに身を包み、素顔を晒すことを嫌がっているように見える。
「エア殿、今回このような忌々しい城に訪れたのは、ユグドという男の粛清の為です。お通し頂けますか」
バーサーカーを取り仕切るエアの前で直球でユグドの殺害宣言をするローブの女性はさも案内することが当然のように歩き出そうとする。
それもそうだろう。バーサーカーという組織が成り立つのは教団あってのもの、この教団によって設立された部隊であるバーサーカーには拒否権など存在していないのだ。
しかし...。
「はて、ユグドが何か致しましたか?」
「......何の冗談でしょうか。教団の命令に逆らい、学院都市に留まり続けたのはエア殿もご存じのはずですが。それに、ユグドは仲間にもその刃を向けたとか何とか。粛清の対象になるのは当然のことでは?」
エアはびっくりしたようにわざとらしく目を丸くさせる。
「あれ?ああ、ご報告がまだでしたね。ユグドが学院都市に留まり続けたのは学院都市にて秘匿されているという魔獣の調査をしていたようで、それにバーサーカーで怪我人が出るのは日常茶飯事ですよ。何せ血の気の多い奴らばかりで、僕も手を焼いてるんですよ~」
そんなエアの話に興味を示すことなく、ローブの女性はその脇を通り抜けようとする...が。
エアは剣を抜き取り、女性の首元に当てる。
つぅ、と首筋から血が流れると初めて女性はエアの顔を見上げる。
「これは...?」
「僕らがこの刃を人に向けることが許されるのは魔獣を使役、または隠匿する者と、自主防衛の時だけ。僕からしたらバーサーカーは我が身も同然、ユグドを傷つけようとするのならば教団でも許さない」
エアの周りに殺意が具現化したかのように黒いオーラが現れ、ローブの女性を牽制する。
一歩でも動けば守るための剣はこの場にいる教団の人間達の首を跳ねるだろう。バーサーカーが如何に猛者揃いであれど、教団はその信仰心に比例するように力は上昇していく。
故にこのローブの女性は油断していた。教団で長い間祈りを捧げてきた自分の力が魔獣を倒すことに特化した人間であれども匹敵、それ以上のものだと。
「―――引きなさい。貴女方ではその男には束になっても敵わない」
エアと教団の人間に間に割って入ってくる男はローブの女性達と同じ紋様を刻んだ衣服に身を通した神父らしき男。
その男はローブ女性達に下がるようち命じると、笑顔のままエアに近づいていく。
「───わざわざ、こんな所まで出向いて下さるとはお思いになりませんでしたよ、大司教殿」
「今回は僕個人の用事として来たんですよ。少々アカツキという少年について知りたいことが出来たので、彼に関わりのあった方に話を聞きたいのですよ。案内は...勿論してくださいますよね?」
エアはバツの悪い顔をしたまま、神父を迎え入れると、今も寝室で眠りにつくユグドの下へと案内する。