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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
101/185

<それぞれの役割>

地面に無様に倒れ、見上げる空は自身の体と同じように赤く染まり、人々の逃げ惑う声が今もそこら中から聞こえる。


視界はぼんやりと歪み、体からは大量の血が流れ、意識も朦朧としている。


『弱いね。あれほど強がっていたのに結局この様だ。これじゃああの柱が出現した場所で一人残ったサティーナが報われないね』


これほど鮮明に聞こえてくるということは、自身の頭のなかに流れてくる言葉なのだろう。それすらも考えることが出来なくなってきているルナはボソッと呟く。


「死な...ないよ」

『どうしてそう言い切れる?あの柱の異常な魔力を君なら感じ取れるだろう?あれは人のものではなく、神に近いものだ。まあ、所詮模倣の域だけどね』


確かにあの巨大な柱からは例えようのない凄まじい力を感じる。

あの柱の正体もルナには大体の見当がついている。


義足の男の仕業、だということに。


『そうだよ。あれは君が油断したことで倒せたかもしれないのに、倒せなかった人間の仕業だ。あれをこの世界に放ってしまったのも君のせい、サティーナはその圧倒的な力に絶望し、諦めてあれに殺されてしまうのだろうね』

「諦め...ない。死な...ない」


『だからどうしてそう言い切れる?君はサティーナの何を知っている?上面しか知らない君に』


―――何も知らないのだろう。

この声の言っていることは正しい。


何ヵ月も一緒に過ごしたサティーナのことを自分は殆ど知らない。けれど、簡単に諦める人間ではないとそう言い切れる。


『ふん。それは君だけだ。よくそんなに無様な姿を何度も晒して諦めないね。僕だったら屈辱のあまり死んでしまいたいと思うだろうね』


諦めないことの、何が悪い。


『無駄なんだよ。君がいくら抗おうとクルスタミナには敵わない。それは間近で戦った君がよく知っているだろう?あの時はガルナの作戦が完璧すぎたんだ。本来であれば勝てる要素などない。しかも、今回は君一人だ。確率は更に低いだろうね』

「確率だの、何だの、そんなの...関係...な、い」


ボソボソと一人で呟くルナに近寄ってくる足音が聞こえる。

この足音がたどり着いてしまったらルナは今度こそ死んでしまうのだろう。


「何をボソボソと喋っている。...意識が混濁しているのか。それも当たり前だ。ワシによって体中を貫かれ、血が流れすぎた。このまま置いていても勝手に死ぬだろう。だが、それはワシが許さない。あの時はよくもワシにあんな態度を取れたものよ。聞いているのか!」


体を蹴られ、地面を何度も転がっていく。


「アカツキ君!」


誰かが苦しげに自分の名前を呼んでいる。

あの子も、守れないのか。


『ああ、そうとも。これも君のせいだ。あの子はここで殺されるか。クルスタミナに凌辱させられるか、どちらだろうね。まあ、人間の屑の更に屑のやることだ。簡単には死ねないだろう』


「や...だ」

『おや?死にたくないのかい?それは当たり前だろうね。人間などけっきょくは自分のことしか考えられない生き物で...』


「失い...たく..ない」

『.........』


もう失うのはこりごりだ。

また失うことの辛さを思い出したくはない。守れない人間に成りたくない。


ミクが泣く光景など、見たくない。

皆が泣く姿を、見たくない。


クレアを取り戻したい。

もう一度、あの頃に戻れるのなら...


『自身を犠牲にする?そんなことを誰が望む?ミクという子も、サティーナも、君の大事なクレアも、誰も望まないことだというのに』


今の自分には身に余る力を宿せば少なからず代償を払わなければない。

そんなのは知っている。


これは誰かを救うことの覚悟などでなく、誰かを救わなければいけないという呪いだということも理解できた。

誰も望まないことをすることの愚かさも、それがいかに自分勝手なことなのかということも理解している。


ワガママだというのなら、そうなのだろう。

けれど、守ろうと思うことの何が呪いか。


もう、失いたくないと決めてしまった。

もう一度あの頃に戻りたいと願ってしまった。


『決意と、願い』


ああ、そうだ。

誰かを救わなければいけないのではない。


目の前で苦しんでいる人がいるのならば手を差し伸べるのは当然のことだ。

幸せな日々を願うことは当然だ。


『当たり前...ね。心底君は優しすぎる。目覚めた時からから変わったね。君は何かを守れないことが苦しいのかい?』


苦しい...のかは自分にはよく分からない。

けれど、農業都市で味わった絶望と、心が崩れていく感覚、大切な何かを手放す虚無感をもう二度と味わいたくない。


『何度も言うが君の覚悟は呪いだ。僕には自分の命を削ってまでどうしてそこまで出来るのか分からない』


呪いでも何でもいい。守れれば。

守るための力が、今の自分には足りない。だから、力を神器に求める。


『なら勝手にするといい。しかし、一つ言っておこう』


ルナの心臓の鼓動が早くなり、ボロボロで今にも倒れてしまいそうな体を無理矢理起き上がらせると、ルナの周囲に黒い煙のようなものが出現し始める。


「面白い。貴様の神器の力がとれほどのものか見せてもらおう」


体はこんなにも悲鳴を上げているのに痛みがどんどん引いていく。

視界を闇が覆い始めると、左手から不規則に揺れ、今にも崩れてしまいそうだが、柄のない刃のように見えるものが形成される。


それはかつて農業都市で体の一部として飲み込まれた神器なのではないだろうか。ただ、あの頃以上に不完全なものらしい。


しかし、それでも沸き上がる力は本物で、今なら何でも出来る気がする。


殺せばいい。邪魔なやつを殺すために力を振るえ。

目の前の敵は仲間を傷つける極悪人だ。殺すことに躊躇いをするな。


頭から焼き付いて離れない怒りの言葉によりとめどない殺意が生まれ、完全に視界が闇に飲まれていく。


また、戻ってしまう。仕方ない犠牲を許容してしまう人間に。

そう確信した。


「守...ル」


これが力の代償なら安いものだ。守ることの難しさを自分は誰よりも知っている。


そう言ってまた力に溺れてしまうのだろう。

人間というのは本当に醜いなどと揶揄されても構わない。


守れれば...。


「―――いいんですよ。もう一人で頑張らなくて」


唐突に聞こえた聞こえた声により、全ての思考が持っていかれる。


沸き上がってきたのは悲しさや、嬉しさではなくどうしてという疑問だけ。ここにいるはずがない。ここに来るはずがない存在だ。


そして―――


『どうして知っている、だろう?知っているさ、彼女は誰よりも君という存在を知っている。理由は簡単、クルスタミナの記憶の改竄も不安定だが、ジューグによる記憶の改竄もまた不安定というわけだ。その不安定要素を君は見てきただろう?』


記憶の改竄が行われたというのに記憶を保持する者達がいるのは知っていた。けれど、あの時にアカツキという存在を認識できなかった彼女が覚えているはずがないと決めつけていたのだ。


「だけど、どうして...っ!!」

『どうして?どうしてなんて、聞かなくても分かるだろう?君は彼女達を助けたい、それの逆もまた然りだよ』


さてと、と前置きをしたその声が聞こえると闇に覆われかけていた視界に光が射し込み、体から溢れていた瘴気が消えていく。


『―――君はここで思い知るといい。君を守りたいと思う人がいるということを。君が自信を犠牲にしても守りたいと思うように、危険を顧みずに守ろうとする人間達がいることを』


世界が光に包み込まれ、ルナは目の前にいる大切なその人に手を伸ばす。


「大分変わってしまったようですけど、アカツキさんですよね?」

「う...ん」

「良かった...。どうにか間に合ったんですね」


ホッと安心したように息をつくと、ルナの手を取り立ち上がる。


「迎えに来ましたよ、アカツキさん」


体中ボロボロで、足はふらふらとしていて危なっかしい。それでも、生きている。


ルナがクレアの手に触れると、ルナの頬を一粒の涙が伝い安心したからか、ルナはクレアの方へと倒れ込む。


守る為に必死になっていたルナの体はとても軽い、その体に似合わない重荷を長い間背負っていたのだろう。


「ゆっくり休んでくださいね」


軽い体を背負うと、目の前で笑うクルスタミナへ視線を移す。


「箱の少女...。ここで、ついに...!。ジューグ様の欲する存在、やはり、やはりぃ...」


顔を右手で押さえながら歓喜するように笑うクルスタミナが、その手をクレアに伸ばそうとした瞬間...


「―――触んなよ、私の仲間に」


クルスタミナの顔面に容赦ない蹴りが放たれ、めしゃりと顔が変形し、クルスタミナの軽くなった体は易々と吹き飛んでいく。


「ナナ、か」


吹き飛ばされた先の瓦礫から狂気的に笑うクルスタミナは、壊れた機械のようにふらふらと足を動かして近づいてくる。


「いいのか?そいつはお前らの平穏を奪い、親友を人殺しにした犯罪者だぞ。そして私は身寄りのない貴様らを受け入れた恩人ともいうべき存在だ。信用するべき恩人の顔を蹴り飛ばしよって。助ける相手が違うではないかあ!!」

「言っとけよ。元々私はクレアと一緒にいればそれで善かったんだ。それに私は本当のところ、あんたもそこのアカツキとかいう奴も信用してないよ」


ナナがクルスタミナの正面に立ちはだかり、相手をしている間にミクはリナによって助けられていた。


「ごめんね、遅くなっちゃったみたいで」

「私を...覚えてるの?」

「ううん。けど、ラルースちゃんから聞いたよ。私達の大事な友達だから助けてあげてって。だからね、また一緒に遊ぼうね」


リナはミクを背負うと、同じようにルナを背負うクレアの下へ向かう。それを確認したナナは小さく頷くと、歩き続けるクルスタミナにはっきりと戦線布告する。


「私が信じたのはクレアだ!名前も顔もよく分かんない奴と、私達の学院の理事長なのにその顔を一度も見たことない奴なんざ信じろと言われても信じられないよ」

「そうか。生徒を殺すのは忍びないが、これは仕方がないな。犯罪者の逃亡補助に、理事長に対する不遜な態度、到底許されるべきではない」


ナナを睨み付けるその瞳には明確な殺意が宿っており、今すぐに殺さんとする意志が伝わってくる。


ナナはそれに動じることなく、冷静に対処をする。

ここまで殺意を明確にするということは、隠したい何かがあるということ、その隠したい何かをナナは見逃さない。


自身の右頬に一瞬小さい雷が出現し、それをナナは目視する。

咄嗟に回避行動を取ると、先程までいた場所に天から巨大な雷が降り注ぎ、その場所には巨大な焦げ跡が残っていた。


「詠唱なしの魔法発動、本気で殺す気だね」


ナナが臨戦体制に入ろうとした瞬間、後ろからルナの声が聞こえる。しかし、その声はルナの意識外で行われたことだ。


「少しだけ手伝ってあげるよ、その代わり屋敷まで絶対に捕まらないでね」


ナナの体を避けて、ルナの体から伸びた闇がクルスタミナの身動きを奪い、黒い球体の檻を生成する。


「逃げるよ!」


誰だか分からないが、今はこのチャンスを逃す訳にはいかない。

クレア達を先導するように前に出たナナに遅れないように身体強化をしたクレアとリナも走り出す。


クルスタミナの身動きを完全に奪っていた闇の球体は三分後にはドロドロと溶けるが、その時には既にクレア達の姿を見失っていた。


「黒服共」


静かに立ち上がったクルスタミナは黒服の集団を呼ぶ。


「何でしょうか」


クルスタミナの呼び掛けに家屋の中から二十人近い黒服が現れる。


「屋敷には魔獣を放ったのだろう?」

「仰せの通りに、研究の成果である魔獣を放ちました」

「ならば...」


問題ない、と言葉を続けようとしたクルスタミナの言葉を遮るように党首らしき男は頭を垂れながら「ですが」と話を続ける。


「屋敷に放たれた魔獣の制御は不可能になり、更に新たな敵対勢力の出現により、アカツキの屋敷を境に都市の半分を両断する巨大な壁がものの十秒で作られ、こちら側からの干渉が一切出来ないという状況です」

「......どういうことだ」


クルスタミナは話が理解できなかったのか、したくなかったのかは分からないが戸惑っていることは確かだった。


「新たな敵対勢力の出現でございます。そして、その者共の特定も出来ております。その者達は―――」


同時刻、学院都市に突如出現した壁の上にて、見覚えのある顔が並んでいた。


「アズーリの奴が言ってたのはこれかぁ。まあ、最悪な状況じゃねえか」

「クセル、敵の数を把握できたか」


「あのな、グラフォルよぉ。俺の魔力感知は万能じゃねえぞ。ただ、腹を満たすには十分すぎるくらいの数は居るな。まあ、大雑把に言えば3万は越えてんな。そこら中で暴れてやがる」

「そうか」


壁の上で敵情視察をしている二人の下へ黒服の男が一人現れる。目深なフードで顔を隠しているその男は今まさにこの壁を作り出した張本人だ。


「アスタ、壁の生成は上手くいったか?」

「勿論だよ。大分魔力を消費したけどね」


「魔獣の方と柱はどうなっている?」

「魔獣はリリーナという女性が一人、柱の方はジューグの側近が対処しているようだ。僕はすぐに魔獣の方へ向かい、一時的に身動きを奪ってくる。柱の方は...。正直に言うと僕でも対処できないかもしれない。あの柱から感じるあれは魔力より更に上のものだよ。全員で向かっても全滅するだろう。そもそも僕にはジューグの側近がどうやってあの柱の攻撃を防いでるのか分からないね」


そうか、とグラフォルは下を向き打開策に思考を巡らせる。

大体のことを彼から知らされているグラフォルには今のサティーナが協力者であることも知っている。


だからこそ、アカツキが本来は敵であろうと助けようとすることも知っている。例え、どれだけ傷ついていてもサティーナを助けに向かうだろう。


「対策は考えておく。クセルとアスタは魔獣の方へ向かってくれ。俺はアカツキを出迎える準備をしておく。クセルは行動時間を残しておけ。アスタはあまり魔力を消費するな。アオバという医者は魔力までは戻せないようだからな」

「「了解」」


二人は壁から壁から飛び降りていき、魔獣が暴れ狂う場所へと向かっていく。


「持久戦になれば不利だが、アイツらが戻るまでの時間は稼がねばな」



......その頃遠方の地にて。


「ここが虚無の大穴ねぇ。確かにこれはすげぇや。本当に生きてんのかぁ?」

「団長に立ち入り許可を出してもらったとはいえ、本来は私達みたいな下っ端が入れる場所ではないもの。けれど、確かにこの先にはこの世界とはかけ離れた空間に繋がっている。そこで、彼が生きてるのも確証済みよ」

「ワーティの発明品も役に立たないかもしれませんね。そしたら、ワーティってただの邪魔じゃ...?」


「元々非戦闘員で、発明品も使えねぇやつばっかじゃねぇかよぉ」

「おっと、命の恩人に対してその態度はないですよねぇ、ユグドさん?ワーティとシーナさんがいなかったら今頃消し炭ですよ?」


ワーティの言葉にユグドは言葉を詰まらせると、「へいへい分かりました」、とぶっきらぼうに返事する。


「それじゃあ、行くわよ」


三人は終わりのない大穴に飛び込み、一人の男をこの世界に連れ戻す為に危険を承知で全てが未知の世界へ向かう。


『これで、一億と二千万五百六十二体目。迎えもそろそろ来る頃かな』


空にぽっかりと開いた黒い穴を見て、数え切れない魔獣の死体の上に立つ小柄な男は赤、緑、黄、紫と無数の血で彩られたローブから顔を覗かせる。


『さて、時間は限られている。僕は出迎えの準備でもしようかな』


積み上げられた魔獣の死体の上で男が後ろへ振り替えると千を超える魔獣が炎を吐き、ありとあらゆるものを溶かす胃液に、巨大な一つ目の怪物など、例えどれだけ洗練した技術を持つ騎士でも、ありとあらゆる魔法を極めた賢者であろうと、見たら即倒してしまう光景が広がっていた。


その光景を見ても尚、目の前の補食対象は怖じ気すら抱かず、それどころかこの男は笑った。


なめられてたまるものかと、魔獣の雄叫びが世界を震わせ千を超える魔獣は一斉に攻撃を開始した。


『これはいい準備運動になりそうだね』


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