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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
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<家族の記憶>

「はは、ははは」


二人だけの世界に一人の乾いた笑い声が響く。

その手は赤く彩られ、足元には血まみれで倒れる人間の姿があった。


「死んだ。死んだ。偽物が、死んだよ」


もう動くことのない軽い体を蹴ると、その顔は目がくり貫かれ、額には大きな穴が開き、舌を抜かれた見るも無惨な姿があった。


最初から防戦一方だったガルナを持ち前の運動能力と、クルスタミナによる運命の改変により本来のガブィナが失った魔法の力を駆使して最終的にはこんな状態にまで追い詰めたのだ。


「殺...した?僕が?違う!違う違う違う違う違うけど合ってる!これはガルナじゃないけど、アイツだ!!違う、殺してない。僕は、私は、俺は!殺して...ない」


意味不明な言葉が世界に虚しく響き、ガブィナは混濁した意識を保つために何度も地面に頭を打ち付けていた。


額から血が流れ、瞳からは大粒の涙がボロボロと落ちていた。


「はー。誰...か。助け...て。僕は、殺し...ない」


ゆらりと立ち上がったガブィナは誰かに救いを求める。


もう、壊れてしまっている。

自分でも自分が狂ってしまっていることに半分気づいている。けれど、記憶の改竄により植え付けられた記憶と、本来の記憶とが混ざり合い、心の中で矛盾が生まれてしまった。


「ガ...ルナ。アレッ...ト?どこにいるの?僕は、こ...こにいるの?ど...して?生きて...?分から...ない。分からない分からない!!!」


苦しげに頭を押さえながら歩きだす彼の進路を阻む影が一人。

それは、確かに立っていた。


「ガ...ルナ?」


涙を流し、曇った視界であるのにガブィナにはその姿の正体が分かっている。


「質量のない幻影に惑わされる程に精神が磨り減っているのか。当たり前...と言えば当たり前か。そんな歪な記憶の補完では矛盾が生じても仕方がない」


その声と記憶の中のガルナの姿とが一致すると、ガブィナの体を本人の意思に関わらず、黒く禍々しい魔力が体を覆っていく。


同時に意識の殆どを何者かに引っ張られ、どんどん景色が歪んでいき、意識が遠退いていく。


「殺...す!また、コロ...シテヤる」


目が大きく見開かれ、涙が黒く染まっていく。

やがてガブィナの世界を闇が支配すると、完全に体の支配権を奪われる。


「ああ、そうだな。憎いんだろう。当たり前だ。何年も弟のことをほったらかしにしていた愚かな兄など、憎くて当たり前だ」


今のガブィナを支配しているの正真正銘ガブィナだ。

ただ、長年溜め込んできた葛藤や、自分に対して殆どの関心を失ってしまった兄に対する怒りだ。


両親を失ったあの日は同時にガブィナから家族が消えた日そのものだ。唯一の拠り所であるガルナは涙が枯れるほどに泣き、もう一度会う頃には殆どの感情を捨て、何事も傍観し、客観的に物事を見るようになっていた。


ただ、兄は強さを求めた。


両親を奪った奴等に復讐する為にナギサの下で魔法を学び、自身の持つ特特殊魔法をナギサから教わった後に、自己流で鍛えてきた。


どれだけ自分が努力しようと兄には届かない。

それと同様に心に溜め込んでいるこの気持ちも兄には届かないのだろう。


もっと自分を見てくれ。悪いことをしたら、叱ってくれ。

良いことをしたのなら頭を撫でて誉めてくれ。


頼りないかもしれないけれど自分を頼ってほしい。例えどんな小さいことでも兄の為に手伝わせてくれ。


頼むから。


―――もう一度、笑ってくれ。


あの頃のように笑う兄の姿が見たい。

両親を失う前までは毎日のように笑って寮を一緒に駆け回り、ナギサの父親に怒られても、顔を合わせて一緒に笑った時のように。


そんなガブィナの届かない思いが今の憎しみに支配されたガブィナを産み出した。


ならば、その憎しみに終止符を打てるのは他の誰でもないガルナだけだ。


自分のせいで産み出した憎しみを自分で終わらせるのは当たり前のことだ。


「殺...すうぅぅ」

「もう少しだけ待っていろ。きっと連れ戻してやる」


体中から発生した黒い魔力がガブィナの心臓部分に集まり、圧縮される。

次から次へと憎しみが魔力を生み出している。


完全にガブィナが魔力に取り込まれる前にガルナはこの戦いを終わらせる。ならば...


―――方法は一つしかない。


ガブィナから発せられる魔力はそのものが武器となる。魔法の知識を殆ど持たないガブィナには魔力を魔法に転換させる技術は持たないのだ。それでも魔力だけでここまで武器になるということはそれほどまでにガブィナの心の闇は深いということだ。


理解されない苦しみ以上に辛いことはない。


その他にも何年も言えずじまいだった思いは悲しみから怒りへと変わったこともある。


人の心と魔力は深く関わっている。

今のガブィナはやり場のない怒りを魔力に宿し、触れたものを切り裂き、貫く。


だからこそ、ガルナは走る。

避ける気など毛頭ない。右手を、左足を貫かれてもその歩みを止めることはない。


「これで...終わりだ」

「消えろおおおおおお!!!」


ここまで近づかれてしまったのはガブィナの心の奥底で殺したくないという思いがあったからだろうか。

しかし、その思いの枷は憎しみにより絶ち切られる。


―――ガブィナから伸びる黒い魔力は遂に決着をつける。


「が...ぶ」


ガルナの心臓部分を貫き、確かに何かを貫く感触があった。

しかし...。


「ぇ」


確かに感触はあったのだ。だが、それはまるで石のように固く、心臓とは思えない。


同時に黒い魔力をガルナの貫いた心臓部分から漏れだす白い魔力が包み込んでいく。


「......?」


知っている。ガブィナはその魔力を知っているのだ。

それはどこか懐かしくて、いつも側にいるようで遠い場所から見守ってくれている。もう会えない人のものだった。


抗うことが出来ない。いや、抗わない。

ガブィナはその場を動かず、優しく伸びる白い腕を受け入れる。


『おいで、ガブィナ』


ガブィナは優しい声に導かれるままに現実から意識を手放す。



......ガブィナの意識が覚醒するとそこには見慣れた景色が広がっている。


「ガブィナ!行くよ!」


突然後ろから声を掛けられ、何者かに腕を引っ張られ、連動するように足も動き出す。


「アレット?」

「うん?そうだよ。どうかしたの?」

「あれ...?」


何かを忘れている。自身の記憶に違和感を抱えながらも、ガブィナは走り続ける。


「ほら!お父さん達に会えるんだよ!早くナギサお姉ちゃんの所に行かないと!」


幼い少年は嬉しそうに声を弾ませながら寮への帰路を急ぐ。

そういえば今日は1ヶ月に一度、両親が仕事から戻ってくる日だった。


両親が帰って来ると考えると嬉しくなり、記憶の違和感など忘れて、全速力で寮へ戻る。


「あら?ガブィナはどこに行ったのかしら」

「あの子ならアレットと外に遊びにいきましたよ。最近は秘密基地を見つけてそこで遊んでるとか何とか」

「ナギサちゃんには悪いわねぇ。あの子ったら忙しなくって、危なっかしいでしょ?」


寮に通っているガブィナ達にとって姉のような存在のナギサと笑顔で話をしているのはガルナとガブィナの母親だ。


母親の姿を見つけたガブィナはアレットをあっという間に追い越して、母親の下へ駆け寄っていく。


「お母さーん!」


遠くから駆け寄ってくるガブィナを母親は優しく迎え入れ、ぎゅっと抱き締める。


「お帰りなさい!おとーさんは!?」

「お父さんはね、ガルナとお話してるからちょっとだけ待っててね」

「うん!」


この1ヶ月で何があったかを笑顔で話す幼いガブィナとそれを一生懸命に聞く母。


とても優しくて、怒ったところなんて一度も見たこと無くて、皆に自慢できる母親だ。


―――これは優しい記憶。

―――これはもう会えない人との夢。


この夢が覚めてしまったら、僕はどうなるのだろう。

この記憶を最後まで見てしまったら僕はどうなってしまうのだろう。


壊れるか、受け入れるか。

そんなのは僕には分からない。


―――記憶は一度もぼやけることなく、全てを鮮明に映し出していく。



......ガブィナが記憶を遡っている間、ガルナは心臓を押さえて苦しげに呻いていた。


「心臓の...空間転移は流石に...。はぁ。無茶だったか。新しい発見...だ」


ガルナは自身の心臓を一時的に誰も干渉できない空間へ飛ばし、変わりに母の遺品であるペンダントを本来、心臓がある場所へ埋め込んでいた。


そのペンダントは特殊な鉱石が使われており、長年母が肌身離さずにつけていたものだ。


「成る程。記憶の改竄を本来の記憶をもって、打ち砕くということか。なかなかに面白いことを考える」


「―――来たか」


ガルナにはその声の正体が分かっていた。

その声の主が現れると分かっていて、ここに来たのだ。


二十八人、ガルナが別空間へ飛ばした黒服の数だ。

この別空間は時間制限以外で本来の空間へ繋がることは決してない。


ある一定の期間で現実に戻れるのだが、本来の空間ではないところではない場所同士なら行き来出来ることがあるのだ。


そもそもガルナもこの別空間がどのように生まれ、どれほどの数があるのかも知らない。


それでも、ごく稀に異空間同士で繋がることは自分で経験して知っている。


「一人、か」

「そちらは足枷が一人、私だけでも問題ないさ」


この男はミクのことを見張っていた最後の情報収集専用の黒服だ。どういう理屈かは知らないが、テレパシーのようなもので一部の仲間同士でやり取りが出来るようで、ガルナにとってこの上ない障害であった。


その中で情報収集専用の部隊のなかでは隊長の位だ。

実力は現在学院都市を襲っている黒服とは比べ物にならない。ジューグの命令をこなすだけの人形のような黒服とは違い、命令を下す存在ということで自我を保つことを許されている。


「現実世界ではこちらが不利だが。来たばかりの別空間では実力では上の私が有利だ。何せ、策も罠も仕掛ける時間がなかっただろう?」

「それはどうだろうな。やってみないと分からないことだ」


ガルナは痛む心臓を押さえながら、立ち上がり倒れているガブィナの前に立つ。


「生憎と不出来な弟は今、母さん達と会っているんだ。邪魔はさせないさ」

「ふん。兄弟仲良くここで死ね」


ガルナは前を見据える。

隙は与えない。出来ることならこちらから攻撃を仕掛ける。


「消えろ『インフェルノ』」


黒服の男の手のひらから巨大な炎の塊が放たれ、ガルナの視界を赤く染めていく。


「出し惜しみをしてる暇はない」


―――その瞬間、世界は一瞬で崩れ落ちた。

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