私、ゲーム世界にインをする
ゲームにイン。
しかしチュートリアルの時と同じような、古書とアンティークに囲まれた部屋。視界の上部に、あなたの部屋とある。
どうやらこの部屋は、私の拠点になる場所らしい。
が、本棚の中に奇妙なスペースがある。
ギッシリと古書を詰め込んだ棚から、すっぽりと空いた空間。そこには三株の鉢植えが。
鉢には細くて長い葉の、雑草じみた植物が植えられている。
その鉢植えを見ると視界の端に、「図鑑か手引き書を見てください」とある。
手引き書とは、チユちゃんの手引き書のことだろうか。
思い出すと、尻ポケットに何やら実在感が。
手を伸ばしてみると、なるほどチユちゃんの手引き書という名の、メモ帳だった。
ページを一枚一枚、丁寧にめくってみる。
あった。
チユちゃん手描きと思われる粗末なイラストとともに、その植物に関する記載があった。
魔法の草 職種魔法使いの部屋には、必ず三鉢ある。薬局で売ると銀貨になる。
ふむ、銀貨になるのか。それもひと鉢、所持金の三倍ほどだ。
これは売らなければならないだろう。
だが、薬局の場所がわからない。
これもチユちゃんの手引き書を開いてみることにする。
と、手引き書には三つ折りのマップが入っていた。しかもマップの上部には、虫眼鏡マークが入っている。
これは私に、薬局の場所を検索しろ、と言っているのだろう。
虫眼鏡マークの空欄をタッチ。案の定、キーボードが現れた。
最寄りの薬局、と打ち込んで実行を押す。
するとマップに赤い点滅が。………って、近所ではないか。
落胆半分、楽ができると喜びが半分。
さっそく鉢植え二つを抱えて薬局へ。
「いらっしゃいませ! ドグラ薬局へようこそ!」
黒髪の愛想がいい娘が、私を迎えてくれた。長い髪を一本の三つ編みに編んで、少し大きい丸メガネ。
勤勉実直を絵に描いたような地味娘さんだが、なかなかに可愛らしいと思う。
できればその純朴な姿同然に、清らかな心を保ってもらいたいものだ。無理だろうけど。
「すみません、こちらでは魔法の草を買い取りして貰えるでしょうか?」
丁寧に頭を下げて、用件を伝えた。
「魔法の草ですか!」
店員さんは顔をほころばせる。そして俺の手から鉢植えを受け取ると、魔法の草をしげしげと眺めた。
「お客さん、新人の魔法使いですね?」
「えぇ、今日さきほどインしたばかりの、魔族です」
「嬉しいなぁ、新人さんがその日のうちに、魔法の草を売りに来てくれるなんて、いつ以来だろう?」
「そんなに売り込みは少ないんですか?」
「えぇ、前回の売り込みは三日前だったんです!」
私、ガックリ。
もしくはズコーッ!
「なんですか、その三日前というのは? それで久しぶりみたいな言い方をする?」
「あ、誤解ありました?」
店員さんは指先で頭をポリポリ。
「ゲーム内の時間は、一時間ごとに朝昼夜。三時間で一周なんです。つまり、二四時間で八日間。それが三日ということは?」
八日間×三日で二四日間ということになる。
なるほど、それならば久しぶりと言いたくなる。
しかし、意外な場所でこのゲームの一日のサイクルを知ってしまった。
………まあ、チユちゃんの手引き書には、その辺りのことが書いてあるだろうが。
「で、お客さん。買い取りの方はパチパチパチ………これでいかがですか?」
パチパチパチというのは、算盤の擬音だ。というかこの世界、算盤まで存在するのかい?
ちなみに、彼女が呈示した額は所持金の五倍程度。つまり、割りに合っていない。
「引き上げさせてもらっても、いいかな?」
鉢植えを抱え込むと、店員さんは明らかに動揺をみせてくれた。
「ちょちょちょっと待って! ちょっと待ってください、お客さん!」
「いや、チュートリアルのチユちゃんメモから、この魔法の草の相場ってやつを知ったものですから」
一礼、それから鉢植えを隠し、店員さんに背中を向ける。
「待ってください、すみませんでした! お願いですから買い取らせてください!」
腹黒メガネは私にすがりつくようにして懇願する。弾き出した算盤は、正規の価格であった。
まったく、最初からそのようにしてくれれば、こちらも無駄な茶番を演じなくて済んだものを。
私は交渉の席に戻った。
「ではこの金額でお譲りしますが、鉢はどうしますか?」
「はい、鉢ごと買い取らせていただきます。もし今後も魔法の草を栽培されるのでしたら、隣に雑貨屋がありますので、栽培キットを購入されるのがお勧めですよ」
態度がガラリと変わり、今度は親切そのもの。このメガネは、あまり気を許せないと判断した。
が、情報は情報。
たんまりとふやした銀貨を手に、隣の雑貨屋をのぞく。
御免くださいと声をかけると、奥から店主とおぼしき親父が出てきた。
「魔法の草の栽培キットはありますか?」
「あぁ、あるとも。お客さん、初めてかい?」
「えぇ、薬局で魔法の草を売ったのだけど、危うく買い叩かれるところでした」
一応、「正規の価格をつけるんだぞ」という予防線を張っておく。
すると親父はカラカラと笑った。
「いや、失礼失礼。あの娘が安値をつけようとするのは、いつものことなのさ」
「いつものこと?」
「そう、いつものこと。魔法の草は初心者が売りに来たり、栽培を始めたりなんだが、みんなバトルや高価なアイテムに目がくらんでしまってね。年中品薄なのさ」
それで利益を吹かしたがっている、という話だ。
大丈夫なのか、この世界? 手引き書には、魔法や薬の基礎になるので需要が高い、とかあったように思うが。
「なにしろたびたび国のお触れで、魔法の草採集週間があるくらいだからね」
なるほど、そこで品薄状態を解消するのか。それならば納得できる。
「だからお前さんも、コツコツ魔法の草を育ててりゃ、高価なアイテムを買えるような金持ちになるぜ」
親父は店の奥に目をやる。そこには額に飾られた。「伝説の剣」が掲げられていた。
「貴重な情報、ありがとうございました」
商人として、親父の正しい姿勢に頭を下げる。
親父は、「いいってことよ」と、また笑った。
伝説の剣。
とりあえず私には縁の無いものだ。
栽培キットを抱えて、帰ることにする。
通りに出て角を曲がり三軒目。木造の二階建て。二階真ん中の部屋が、私にあてがわれた部屋だ。
そして部屋に入ると………。
ぴろりん♪
視界に、「カエルーン」の魔法が使えるようになりました、と表示された。
何かと思って確認すると、この部屋に帰ってくるための魔法らしい。
ちなみに、青いラインのマジックポイントは、ほとんど消費しないらしい。
御来場ありがとうございました。毎朝八時更新を目指しております。