私、チュートリアルを卒業する
悪くない。
飛翔魔法を終了した感想だ。
空を飛ぶ。
ライト兄弟がその偉業を達成して以来、私たちの世代にとって飛行などごく当たり前で詰まらない行為に過ぎないはずなのだが、それでも我が身をさらして空を飛ぶのは、たまらない快感を与えてくれる。
ただし、五秒間だけ。
高度も地上から二メートル程度だが。
そして空を飛ぶと、魔力を消費する。つまりすぐには火の玉を撃つこともできなくなってしまう。
「便利なのか不便なのかわからないな」
「それはマミヤさまのレベルが低いからです! 高レベル魔法が使えるようになれば、どの魔法も使い勝手のよさに惚れ直しますよ!」
それは詰まり、低レベルのうちは使い物にならない、ということだ。
「続いて障壁魔法です!」
障壁魔法、わかりやすく言うなら、バリヤーだ。
飛翔魔法もそうだが、障壁魔法もまた杖を使ったアクションで発動する。
「この障壁魔法はですね、マミヤさま! 同じレベルの対戦相手でしたら、物理攻撃でも魔法攻撃でもスキルを使った攻撃でも、みんな跳ね返すんですよ!」
ほう、それは素晴らしい。我が身を守ってくれる魔法が、それほど有用だとは実に頼もしい。
飛翔魔法は、杖を横に上げてくるくるくる。
障壁魔法は背後に上げてくるくるくる。
だが、ちょっと待ってもらおうか。
「チユちゃん?」
「なんですか、マミヤさま?」
「私の魔法を発動するには、アクションが必要なのだよね?」
「ここまでチュートリアルを進めておきながら、今さら呪文を覚えたいですか?」
御免こうむる。
「だがしかしチユちゃん。敵が必殺の一撃を食らわそうとしている時に、悠長な魔法発動アクションをこなしている暇があるのかな?」
「そこにお気づきになりましたか」
チユちゃんはどこぞの軍師のような、含みのある笑みを浮かべる。
いや、お気づきにもなにも、普通に気がつくところだろ、それは?
「このままでは障壁魔法、使用不可能な使えない魔法に過ぎません。ですがしかし! この魔法は他の魔法とは違う点があるんです!」
それは何かな?
「マミヤさま! くるくるくると回した杖で、ピッと私を差してください!」
くるくるくる、言われた通りに回した杖を………チユちゃんに刺した。
ドスッ!
「ほうっ」
チュートリアルのチユちゃんは崩れ落ちた。なにやら口元から、キラキラと輝くきらめきを出しながら。
「ま、マミヤさま………違います………。指差すようにしてください………」
おぉ、そうなのか。
では改めて、くるくるくる………ピッ。
シャララランという効果音とともに、杖の先から星屑のようなきらめきが! もちろんこれはチユちゃんのきらめきとは別物。魔法のきらめきなのだが。
なのだが、その星屑がチユちゃんに降り注ぎ、透明度の高い壁を作った。
そして消えた。
「早いな、消えるの」
「まだまだレベルが低いからね~~。マミヤさま、精進してください!」
「で、いまのは一体?」
「バリヤーです! マミヤさまの障壁魔法は、他人を守ることもできるんですよ! ………まあ、短時間しか持たないから、一発を避ける程度にしか役に立ちませんが」
「いや、それでも他人を守れる魔法というのは、良いものです。特に私のような素人にとっては………」
忘れる訳にはいかない。
私はゲーム初心者なのだ。
他人のお荷物でしかないのだから、謙虚でなくてはならない。
「というか、チユちゃん?」
「なんですか、マミヤさま?」
「このゲームは、他人とプレイするものなのかな?」
私の質問に、チユちゃんはズルッと足を滑らせていた。まるでマンガのようなリアクションだ。
「………あの、マミヤさま?」
「なにか?」
「このゲームは仮想現実世界で、『他人と協力し合って楽しむ』ゲームなんです!」
「そういうものなのか」
現実世界でも他人と協力など面倒でしかないのに、仮想世界まで来てそのようなことをするとは。なかなか酔狂なものである。
「たくさんのプレイヤーさんと仲良くなったり、レベルを上げて強くなったり。他にも探索なんていうステージもあるから、色々楽しんでみてくださいね!」
チユちゃんは私の手に、一冊のメモ帳を渡してくれた。
チユの手引き書と書いてある。もちろん笑顔のチユちゃんがデカデカとプリントされていた。
「このゲームの案内や楽しみ方、探索の方法や注意点が書いてあります。よく読んで、ドグラ・ライフを楽しんでください!」
「ん? その言い方、チュートリアルは終了かな?」
「はい! マミヤさま、頑張ってくださいね!」
ありがとうという間もなく、闇が押し寄せてきた。視界が暗転する。
そして闇の中に、ロード中の文字が浮かんだ。
その文字が消えると、ナレーションが入ってきた。
人と魔族の大戦が終わり、もう一〇〇年。
今は共存できる場を建て、平和を維持している。
そこにはドワーフが住み着き、ニンフたちも住み着いた。
悲惨を極めた戦さを経たからそこ、この平和を保たなければならない。
ドグラの国は、庶民にも武芸を奨励することで武力を維持し、独立を保っていた。
これがこのゲームの、基本的な世界観らしい。
ツッコミどころはさまざま有ろうが、要するに戦闘ゲーム格闘ゲームなのだから、目をつぶることにする。
まぶたを開くような、横一条の光。
そしてタイトル画面。
スタートの文字が点滅していた。
指を伸ばして虚空の文字に触れると、BGMが止んで再びロード中の文字。
しかし………。
ナレーションの最中にスキップの文字が点滅していたが、このゲームは中年男に何をさせたいのだろうか?
御来場ありがとうございました