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私、デコの痴態を眺める


「森の入り口ステージでは、モンスターは三種類。さきほどゴブリンを群れで倒したから、次は別のモンスターかもしれませんよ?」

 あまり目立たないユキが、説明してくれた。しかし、どんなモンスターがいてどこが弱点なのかは教えてくれない。そこはゲームの醍醐味ということで、わざと教えてくれないのかもしれない。

 陸奥屋一之組は、次に現れるモンスターを把握しているのか、さきほどのような戦闘準備はしていない。

 ということは?

「大したことないモンスターなのかな?」

 ホロホロが言う。

「そうかもしれないわね。でも油断は禁物よ」

 デコは槍をかまえ直した。

 さて、茂みの中から現れるのは、どのような恐ろしいモンスターなのか。

 私も火の玉を準備した。

 ガサリと現れたのは、丸っこい物体。例えて言うならば、まんじゅう型の半球形。

 色は赤いのやら青いのやら緑色やら、いずれも半透明だ。

 そして、愛くるしいつぶらな瞳である。

 うむ、ゲーム音痴は私でも、これはなんとなくわかる。

「………スライムか」

「違いますよ、マミヤさん。これはプルプル。スライムは他のゲームのモンスターです」

 ユキが訂正を入れてきた。

 しかし問題なのは、そこではない。

「か、かわいい~~っ!」

 デコの反応である。

 勇ましくかまえていた槍を解いて、とてとて近づいて行ったのだ。

「ねぇ、ちょっと! 可愛いわよコレ!」

「こらこら、相手はモンスターなんだぞ? 少しは緊張感というものをだね………」

「なに言ってんのよマミヤ? こんな可愛らしいモンスターなら、下宿館で一匹飼育したってムギュ」

 そら見ろ。デコのやつ、プルプルにのし掛かられて潰されてやがる。

「あああああ………柔らか~~い………柔らかいわぁ………」

 潰されていながらデコは恍惚の眼差し、うっとりとしている。

 そう、まさに夢見心地というところだ。

 陸奥屋は動かない。というか、デコを囲んで救助しようとしているが、デコの方がそれを拒否しているのだ。

 で、見ているとプルプルがもう一匹。

 プルプル→デコ→地面の状態を、プルプル→デコ→プルプル→地面に変えてしまった。

 つまりデコはプルプルにサンドイッチ状態。あるいはプルプルというバンズに挟まれた、「おでこバーガー」というところか。

「あああああ………な、なによこのモチッと感は。こんなの初めてぇ~~………」

 プルプルはデコを大の字にして、完全に全身を包み込んでいた。本当ならデコは窒息死しているところだが、そこがゲームの良いところなのだろう。「うひょひょひょ」などと、喜悦の声をあげている。

 だがプルプルの攻撃は、ここから始まる。プニョンプニョンと変形し、思うがままデコをいたぶり始めたのだ。

「あああ、たまらないわぁ~~………癒されるぅ~~♪ 人生のなにもかもが、どうでもよくなるわぁ~~♪」

 こらデコ、さっきまでの勢いはどこへ行った?

 というか、へっぽこのクセに勇ましいお前はどこへ行った?

 快楽に翻弄されるデコは、まさに虜。ダメ人間製造機にとらわれた、ただのダメ人間に成り下がっていた。

 仕方ない、ここは私が一肌脱ぐか。

「ところで、シャドウ。このプルプルというのは、何が恐ろしいんだい?」

 デコから目を離さず、シャドウに問いかける。

「えぇ、実はこのプルプル。手触り肌触りが大変に心地よく、一度のし掛かられれば御覧のとおり………」

「ああああああああああ、あ~~ん♪」

 デコはかなりダメになっている。

「快感触のため地力での脱出は不可能。で、のし掛かられているものだから、延々と体力を奪われてしまいます」

「そればかりじゃないよね、シャドウさん」

 アキラが意見するが、視線はデコから離せない。

「………なんかこう、上手く言えないけど………すごく恥ずかしいよね」

 年頃の娘には、そうだろう。なにしろいい年ぶっこいた中年の私でも、これは恥ずかしいと思う。

 まさにデコは今、痴態をさらしている状態だった。

「ではシャドウ、このプルプルという恐ろしいモンスターを退治するには、どうすれば良いのかな?」

「簡単です。斬ればいいんです」

「それだけ?」

「それだけ。ただしコリンさんのようにうかつに近づくと、あのような痴態を晒す羽目になりますけどね」

 シャドウはニコニコとして、まったく動く気配を見せない。

 つまりこれは?

 自分たちの力で、この窮地を脱してみろ。ということか。

「よし、マヨウンジャー集合!」

 珍しく私が、チームのイニシアチブを摂る。

「お聞きのとおり、あのプルプルは斬れば死ぬらしい」

「殺すんですかぁ?」

「ゲームの話だ。現実と混同しないように」

 軽くモモを咎める。

「だが諸君、うかつに近づけば救助にむかった我々の方が、デコの二の舞になるらしい」

「このメンバーで、刃物を持っているのは私。それからベルキラだよね?」

 ダガーを所持するホロホロは、厳しい表情をしていた。

「いや、確認はできていないが、ベルキラの斧は打撃武器と考えた方が無難だろうな」

 ホロホロを追い詰める。

 この状況を改善できるのは、お前しかいないのだと。

「私たち鈍器打撃チームが、ホロホロに襲いかかるプルプルをぶっ飛ばす。その隙に、デコを助けてくれないか?」

 重責では無いはずだ。ゲームの世界の話なのだから。だがホロホロは目を閉じたまま、小さくプルッと震える。

 本当に緊張しているのが、私にも伝わった。

「………ベルキラ?」

「あぁ………」

 ホロホロは私以上に信頼しているであろう、相棒の名を呼んだ。

 私にとっては、それが嬉しい。

 ゲームの中の立場よりも、よっぽど大切な存在が、ホロホロにはある。そのことが私にとっては、限りなく嬉しいことだった。

「総員気を付け!」

 陸奥屋総裁、鬼将軍の声だ。我知らず背筋を伸ばしてしまう。

「年少軍師ホロホロに背を向けよ! まわれーーっ! 右っ!」

 誰も彼もがホロホロたちから目を背けた。だから、二人が何をどうしたのかは、まったくわからない。

 ただ。

「ごめんね、ベルキラ。ちょっとだけ、勇気が欲しいの」

「仕方ありませんね」

 という会話が聞こえてきた。

 少しの沈黙があった。

 もちろんその間にも、デコは体力を奪われて続けている。

 私個人の感覚を述べさせていただくなら、少しだけ甘い薫りが漂ったような気がした。

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