最終回
最終回
第三回陸奥屋一党全員会議
いつものゴンドラは標準装備なので、描写は省略するがしかし、鬼将軍はいつものように一段高い場所にいる。
そしてマントをひるがえし、今日も高笑いであった。
「ハーッハッハッハッハッ! 私の名は鬼将軍、悪の組織ミチノックの総裁だーーっ!」
今日はいつもに増して絶好調のようだ。ひるがえすマントにキレがある。
「諸君、最終回である! 新作の展望を語る場である! 今回の反省の場である! 存分に語りたまえっ!」
要は無礼講ということか。なるほど確かに悪魔の化身鬼将軍には、無法とか無礼講というシュチュエーションがよく似合う。
しかし社会人の私は知っている。無礼講などというのは上司の罠。本当に無礼講な振る舞いをすれば、たちまちシベリアかアフガンに出向となることを。
だが、「はい」と言って陸奥屋二乃組の若衆が手を挙げた。挙げてしまったのだ。
「総裁、質問です。結局のところ陸奥屋は、ゲーム内でレベルいくつだったんでしょうか?」
嫌な予感がした。
その質問はしてはならないものだと、私の本能が叫んでいた。
鉄面皮のまま、鬼将軍。
バチンと指を鳴らす。白手袋をはめているのに、何故か指は高らかに鳴った。
途端に若衆は、白目を剥いて倒れる。その背後ではニンジャが、憐れみの眼差しで立ちすくんでいた。
やりやがったな………。
私は心の中でだけ毒づいた。
無礼講と言っておきながら、自分に都合の悪い声が挙がれば力ずくで押さえ込む。
独裁者が使う手である。
しかし、独裁者が悪者だという考えは、いささか短絡的な思考である。
独裁者が悪いのではない。独裁者が何をするか? その行為の成否こそが、善悪の判断基準なのである。
まあ、私の独裁者論などどうでもよい。あの若者は授業料こそ高かったものの、貴重な学習をしたのだ。おめでとうと言うことこそあれ、おいたわしやなどと言う筋合いではない。
「他に、なにかあるかね?」
泰然として、鬼将軍は訊く。まさに驕り高ぶった独裁者の笑みである。
しかし勇者はいた。
いや、事実から何も学ばない愚者と言うべきか?
とにかく、手は挙がった。
「総裁、質問です。マミヤさんが調べていた『魔法弾きの指環』。あれはどうなったんですか?」
またも若党である。
まったく、若いというのは勇敢なのか? はたまた無謀なのか?
しかし若党の肩を叩く者がいた。
ジャック先生である。
「なぁ、きみ。ちょっと飲みに行こうか? なに、心配はいらないよ。帰りは俺が送っていくから」
そのまま二人は、道場から出て行った。
そしてその後、件の若党を見た者はいない。
「………諸君」
悪魔の化身はインテリ眼鏡を輝かせた。
「過去を振り返るのは、腰が曲がって白髪だらけになってからでも遅くはない。そうは思わないかね?」
「「「ラッセーラーーッ!」」」
思わず私も唱和してしまった。どうやら新作では、これが合言葉のようだ。
「さて諸君、ここで新作のタイトルを発表しよう」
眼鏡を中指で押し上げて、鋭い眼差しが光を放つ。
まほろば神謡
それが新作のタイトルである。
一番に目を奪われたのは、『まほろば』という単語である。私たちのすぐそばには、チーム『まほろば』がいる。
これが大きくからんで来るのだろうか?
「簡単に言うならば、異世界モノである」
鬼将軍は目配せした。
奥座敷から、天宮緋影が出てくる。中央に立った。どうやら新作の説明は、彼女がしてくれるらしい。
「新作、『まほろば神謡』の舞台は異世界。文明の灯りは未だほの暗く、文化が重きをなす世界。神々への祈りにより支えられた、それがまほろばという国です」
ふむ、私の狭い見識では、異世界モノというのは「何故かいつも」文明の発達が未熟なものである。そこを踏んでいるということは、定番というところか。
天宮緋影は続ける。
「ですが、細かい設定など気にしなくても結構です」
しなくていいのかよ!
「昨日今日ポッと出のたかだか異世界人風情が、未知の世界のすべてを知っているなど、片腹痛い世界観ですから」
いやまあ現実世界の私とて、現実世界のすべてを知り得ている訳ではないので、それはそうなのだけれど………。
「とりあえず、まほろばを統治しているのが、わたくし天宮緋影ということで」
ずいぶんといい加減、かつロックな精神の統治者だこと。
「そしてその『まほろば』に、悪の組織を根付かせているのが………」
奴はマントをひるがえした。
「この私、鬼将軍であるっ!」
うん、そうだね。君たちはお似合いだよ。というか、仲良しだよね君ら。
「この『まほろば』で人は生き、泣いて笑って暮らしている。ときにはいがみ合い、ときには手を取り合う」
「私たちが演じるのは、人類すべてが思い描く理想郷です」
緋影さん、理想郷を描くのに鬼将軍は必要なんでしょうか?
「もしも読者の皆様方が、少しでも『まほろば』を気に入ってくださり、ここに住んでみたいと思って下さったなら幸いです」
して、その内容は?
「それでは諸君! 新作まほろば神謡でお目にかかろうではないかっ!」
あ、マントをひるがえしやがった! この男、肝心な説明スッ飛ばして逃げる気だぞっ!
「諸君! 生きるならば、まずよく見ること! そして自分で考えて、心で判断することだ! そのとき私は問うだろう! 君の胸にひるがえる旗は、どの旗かと! そのときまで暫しの別れだ………さらばっ!」
海図を渡された気分だ。
船もそこにある。
ならば君は、どうするか?
そう問いかけられたようなものだ。
新作へ、新作へ。
若い順番に帆を掲げてゆく。新たなる世界の曙を信じて。
「なにボーッとしてんのよ、マミヤ」
背中を叩く者がいた。
振り向くと、コリンがいた。
ホロホロがいた。
ベルキラがいた。
アキラとモモがいる。
カラフルワンダーの面々も、船出の仕度に余念がない。
「いくわよ、次はまほろば神謡だって?」
「出番があるのかね、私たちに」
「無ければ作るんですよ! それが陸奥屋精神でしょ?」
アキラが笑った。
若者たちは、笑顔で旅立つ。行く先の困難を知らぬかのように。
だが、それがいい。それでいい。あれこれと迷って足がすくむなど愚かなことだと、私はこのゲームから学んだはずだ。
「よし、船を出すか」
出足がにぶいのは、中年だから仕方ない。しかし船脚がつけば、若い船にも負けないのが熟練の良さである。
まほろばへ、まほろばへ。
どのような未来が待っているのかは分からないが、そんなことはどこの世界でも同じこと。
だから生きる者は、生きることを欲する者は、船に帆を掲げるのだ。
ながらくの御愛読、誠にありがとうございました。
次回作まほろば神謡は三〇日午前八時の公開を予定しております。