私、居心地が悪い
現実世界では季節も秋。昼間の気温も少しずつ衰えをみせ、ひと雨ごとに朝晩の冷え込みがつらくなる時期。
それというのに背中を暖める日差しのような、この甘ったるいぬくもりは何であろうか?
答えは簡単。
モモがアキラに回復魔法をほどこしているのだ。
「………? ………………す」
「………………から、………………。」
囁きあう声が届く。
優しさといたわりに満ちた囁きだ。
ホロホロはウィンドウを開いて、妖怪つるべ落としの項目に目を通している。ベルキラはそれに寄り添い、同じくウィンドウをのぞいていた。二人とも、何事も無い様子だ。
たぬきは指環の中。そしてコリンは、居心地の悪そうな顔をしている。
「どうした、コリン?」
手持ち無沙汰のあまり、訊いてみる。
「な、なんでもないわよ」
強がってみせるが、やはり背後の気配が気になるようだ。
「まあ、あまり気にしないように………」
「マミヤもね。さっきからアキラたちの会話が気になって、耳がゾウさんみたいになってるわよ」
「私が学生のころは、耳がダ〇ボと例えたもんだがね」
「なによ、その〇ンボって?」
「世界でも指折りの著作権にうるさい会社の、アニメーションのキャラクターさ。ゾウさんなんだが、確か耳を羽ばたかせて空を飛んだはずだ」
「アタシの世代では言わないわね」
「ダン〇自体が、あまり見られなくなったからね。著作権にうるさいのも影響しているかもしれない」
それはそうと。
「あの二人は、いつからそういう仲だったんだい?」
私の問いに、コリンは小さな唇をとがらせた。
「知らないわ。アタシだって今はじめて知って、ドキドキしてるとこだもん」
「割りと初期の頃からだよ?」
ウィンドウから目を離さず、どうということも無いという雰囲気で、ホロホロが答えてくれた。
「モモちゃんが自分の気持ちを自覚したのは、春くらいからかなぁ?」
「相談でも受けたのかい?」
女の子同士の恋愛では、ホロホロとベルキラは先人である。そんな話を持ち掛けられても、おかしいことは無い。
「全然、モモちゃんひとりでずっと抱え込んでたよ?」
気づいていたなら、なにか助言のひとつでも与えてやればいいものを。
「そうもいかないんだよね、マスター。だいぶん社会がひらけてきたとは言っても、私たちはまだまだ日陰の人。もしかしたらこれ以上、道は拓けないかもしれないし、行き着く先に何がある訳で無し。無責任なことは言えないんだよね」
だったら何故、君たちは………。
「うん、マスターの疑問はわかるよ。でもね、人間なんて打算だけで生きられるほど、器用じゃないんだよね」
ホロホロは、ちょっとだけ照れくさそうに振り向いた。
「ほら、恋のはじまりに理由はないって言うでしょ?」
たったそれだけで、この娘は………。そんな理由だけで、棘の道を歩いているというのか? ベルキラという恋人以外の見返りを、一切求めずに。これから先には無明しか待っていないかもしれないのに………。
「………しあわせになれないの? あの二人………」
不安そうに、コリンが言う。
「あの二人?」
ホロホロは意外そうに聞き返してきた。
「そうよ、モモとアキラ。恋をしてしあわせになれないなんて、そんなのアタシ許せないわ!」
あ~~………と言いながら、ホロホロはこめかみの辺りを指先で掻いた。
「ごめん、コリン。よく説明してなかったね。この恋はね、モモちゃんの片想いなの。二人が結ばれることは、おそらく、無い」
………………………………。
なに? いや、聞き直すまでも無い。ホロホロとベルキラの関係が無ければ、私だってホロホロと同じ意見だ。同性の恋愛は異性との恋愛よりも、はるかに成就しにくいと考えるのが普通であろう。
「あのね、コリン。モモちゃんは伝統や格式を重んじる、京都の人。そしてアキラは………あんまりこんなこと言いたくないけど、生粋のウチナーなの」
「なによ、そのウチナーって」
コリンは不機嫌を隠さない。すっかり唇をとがらせている。
「ウチナーって言うのは、沖縄人のこと。………うん、ここまで言ったらきちんと教えてあげなきゃね。沖縄の人やアイヌっていうのは、いわゆる和人と種族が違うの」
「なによ! それがどうしたって言うのよ!」
「私たち和人は弥生人の末裔。ウチナーやアイヌ、それから西洋人っていうのは、縄文人の末裔なの。もちろんどちらが優れてるとか劣ってるとか、そんな意味じゃないよ?」
「そんなのどうでもいいじゃない!」
「コリンの言う通り、人間同士なんだから。でもね、そうは思わない人たちも沢山いるんだ」
「どういうことよ! わかんないわ!」
「私もだよ、コリン」
ホロホロはまっすぐに、コリンを見詰めていた。
「でもね、コリン。しあわせになれない理由は、他にあるの。………アキラは、モモちゃんのことを仲間としか思ってない」
「あの唐変木! ひっぱたいてでも、モモの気持ちに応えさせてやるんだから!」
「ダメだよ、コリン!」
ホロホロの眼差しは厳しい。
「モモちゃんの気持ちを受け入れるかどうかは、アキラの意思なんだから。それにね、アキラの好きな人は………」
それきりホロホロは口をつぐむ。
ただ、コリンは青ざめていた。
私としてはこんな時、まったく居場所が無くなってしまう。
「それでもアキラに、モモちゃんの気持ちに応えろって、言う? コリンがアキラの立場なら、自分の気持ちを曲げてまで、モモちゃんに応える?」
「………………………………」
コリンは黙り込んだ。
そして沈黙を少しだけ破り、「………無理」とだけ答えた。
「じゃあコリン、モモちゃんのことはそっとしておいてあげて。この恋は必ず破れるけれど、その時は………。うん、そんな時のために、友達はいるんだから」
「………わかった」
やれやれ、どうやらようやく私の出番のようだ。石ころに蹴っつまずくようなしくじりをした若者を、時に導き時に慰めるのはオッサンの務めなのだから。
「まあ、コリン。そんなにショゲるな。コリンは間違ってなんかいないんだから、な?」
ぺしっ。
コリンが私の背中を、力無く叩いてきた。
ぺしぺしっ。
まあ、これでコリンの気が晴れるなら、叩かれてもかまわない。
「あ、コリン。私もマスターのこと、殴っていいかな?」
「ちょっと待てホロホロ、何故に君まで………」
「うん、全部マスターが悪いから♪」
「だから何故私が悪いと! ちょ………怖い! 目が怖いですから、ホロホロさん!」
何がどうしてこうなるのか? 今度シャルローネさんにでも訊いてみようか。
………命があればの話であるが。
今回いろいろと舌ったらずなのは、作者の標準装備と芋焼酎のせいです。あれも書きたいこれも書きたいがありすぎると、結局ピンぼけになる典型でした。