私、攻撃を学ぶ
「それではマミヤさま! まずは模擬戦闘です!」
変身した自分の姿にほれぼれしている暇も無し。チュートリアルさんは私を別の空間へと案内してくれた。
目の前のアンティークな風景がシュルルと流れ、レンガ造りで土床の部屋に変わったことで、それがわかる。
そしてその闘技室で私を待っていたものは、ドラム缶に手足を生やしたようなポンコツロボット………いや、それではロボットに失礼だ。昔カンフー映画で観た、木人に近いものだった。
「あの、マミヤさん?」
「なにかな?」
「もしかして失礼なこと、考えてません?」
「比較的失礼なことなら考えている」
「あの木人さん、私が作ったんですけど、けっこう強いんですよ?」
そうか。ならば君にはデザインセンスというものが欠落しているな。
というか。
「けっこう強いとか言ったかね、いま?」
「はい! 木人さんは強いですよ!」
「初心者の模擬戦闘で、いきなり強い木人を出すのは、いかがなものだろう?」
「う」
言葉に詰まったようだ。
おそらくそのような配慮は、彼女の頭から抜け落ちていたのだろう。
「この模擬戦闘、プレイヤーの勝率はどのくらいなのかね?」
「も、もちろん十割です」
目を逸らした。
「………チュートリアルさん、それは………嘘だね?」
「い、いや、結果的に十割なんだからいいじゃない! そりゃまあ、油断してるプレイヤーさんなんかは、確実に一回二回負けるケドさ………」
それは油断ばかりでなく、私のようなズブの素人もふくまれているのではないのか?
「でも模擬戦闘なんだから、油断してる方が悪いよね? ね?」
出たな、女の子理論の中でも最も難解な、「私、悪くないもん!」というやつ。
そうかそうか。悪いのは君ではなく、油断しているプレイヤーの方か。
では君としては、それでチュートリアルの役割を果たしていると、そう考えるのかな?
これが部下相手なら、そのように問い詰めるだろう。しかし相手はゲームの一部。普段の私とはかけ離れた対応だが、ここはひとつ、これも一興と楽しんでみよう。
わかったわかったと彼女の頭を撫で、少し油断をさせる。
「なかなか難しい模擬戦闘のようだが、闘い方を教えてくれ。私は戦闘というものに、知識も経験も無いのでね」
するとチュートリアルさん、花開くように顔色が明るくなり、私の杖を奪い取った。
「まずは基本で、打つ、突く。打つのは相手の頭やお腹、手首に脚。これはわかるわよね?」
「君は私をなんだと思ってるのかね?」
「え~~! だって最近のプレイヤーさん、チャンバラのひとつもしたことないんですよ~~?」
なるほどそうか、これは失礼した。
「続けてくれ」
「あとは肩口の袈裟、逆袈裟。相手の背後から打っても有効だから、柔軟に考えてね?」
虚空から取り出した木剣で素振りしながら、チュートリアルさんは実演してくれる。
「次は突き技ね? 上は喉、下は鳩尾。横は脇腹、うしろは腰の高さってところね」
「質問をよろしいかな?」
「なにかな、マミヤくん?」
すっかり先生気取りだが、不快ではない。
だからこそ訊く。
「切り技に戻りますが、男子最大の急所を狙うのは、反則でしょうか?」
ごく普通、興味本意な質問だったのだが、チュートリアル先生の動きが止まった。
しまった、少女相手にこの質問はマズかったか。
そう反省したときだった。
「えっと、マミヤくん? それにはちょっと説明が必要かな?」
「と言いますと?」
「現実の闘いじゃないから、もちろん急所攻撃も、有りね。だけど股間への攻撃は大ダメージを与えるの」
それはそうだ。
あんなところを斬られたら、想像するだけで私も縮み上がってしまう。
だが、チュートリアル先生の話の主旨は、そこには無いようだった。
「マミヤくん? 水分は高い場所から低い場所へ、流れるよね?」
「はい」
当たり前だ。なにを言ってるのか、この先生は。
「そして心臓は、血液を押し出しては吸い込み、押し出しては吸い込みを繰り返すよね?」
「理科の時間に習いました」
「このゲームの人たちも心臓を持っていて、血液を持っている設定なのね?」
それがどうした?
「つまり股間の大動脈を斬ると、手首なんかよりも、大量の出血をします」
それは初耳だ。しかし参考になる。
「当ゲームではそこも吟味して、股間攻撃をスキル技としている方もいらっしゃいます」
ということは、つまり?
「物凄く有効ってことです」
チュートリアル先生がおっしゃるには、弱攻撃であっても強攻撃レベルの効果を期待できるそうだ。
「それじゃあマミヤさま! 実際に木人を叩いてみましょう!」
まずは攻撃してこない木人から。
って、意外と滑らかな動きを見せてくれる木人だ。ムーンウォークまでこなしてくれるし。
「さあ、このヌルヌル動く木人を、シバキ倒してください!」
確かにヌルヌル動く木人だが、私のような素人でも捕らえきれない速度ではない。
私のことをなんだと思っているのか?
とりあえずステッキを構えて、素人打ちに打ち込む。
さけられた。
ふむ、やるな木人。
ならばフェイントをかけて、小手………ではなく袈裟!
これは当たった。パシッという音と手応え。
「命中! 弱判定です!」
視界の中で、何かがピコッと動いた。
なんだ、これは?
視界の上の方に、赤い横ラインが入っているが、そのラインの端っこが暗くなっている。
「その赤いラインは、木人の体力です! それが全部無くなるまで、バッシバシと叩いてください!」
ちなみに視界の右側にも縦のラインがある。赤いラインと青いラインだ。赤は私の体力。青が魔法に使うエネルギーだそうだ。
それはそれとして、今は木人をシバキ倒すことだ。
なにしろこの木人、やたらと動く上に変なすばしっこさがある。
だが、フェイントは有効だった。今度は小手をスカさせて突き! グラリとしたところへ、面打ちだ。
パシッという音と、パンッという音。
「やりましたね! 今度は弱判定から中判定ですよ! マミヤさま、センスあります!」
そ、そうかな?
ちょっと気をよくして、さらに連続攻撃だ!
しかし、かなり打ち込んだのに弱判定四つと中判定二つしか取れない。
「マミヤさまは魔法使いですから、打ち合いで強判定を取るには突き技が必要です」
最初に言ってくれないかね、そういう大事なことは。
だが、突きが効くとわかったのは、ありがたい。
弱判定弱判定から、袈裟、面、そして突き!
ついに木人が倒れた! そして姿を消してゆく。
「素晴らしいです、マミヤさま! それでは次、木人の攻撃をさばいてみましょう!」
………あの、チュートリアルさん?
私は戦闘の素人なんですが?
おたくの木人、割りと強いとかって、先ほど自慢してませんでしたか?
繰返しますけど私、戦闘の素人なんですが?
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