私たち、ひと山いくらを片付ける
倒したトカゲ人間も、その場で解体。若干人間に似ているかとも思うが、そこは生々しさのないクッションや枕。手首から先、足首から先を外してしまえば、肉体は単なるオブジェでしかない。
トカゲ人間からは尻尾肉、モモ肉、背中肉。さらには内蔵一式を外して収穫とした。
「なんだか肉類ばっかりだけど、トカゲ人間の肉なんてどうするのかしら?」
「訊かない方がいいかもしれませんよぉ、コリンちゃん♪」
「なによモモ、それってどういうこと?」
「このゲーム世界だけならまだしもぉ、現実世界に戻ったときに、お肉を食べられなくなるかもしれませんよぉ?」
「ちょ………モモ、それって………」
「コリンちゃんはぁ、ハンバーガーはお好きですかぁ?」
モモの眼光が悪いことを考えているかのように光っている。いや、あれはむしろ発光しているとさえ言えた。
「ま、まあ、嫌いじゃないわ」
「美味しいですよねぇ、ハンバーガー………。ですがぁ、あのハンバーグに使われているお肉ぅ、どの部位だかわかりますかぁ?」
「い、いいとこの肉かしら?」
そろそろコリンも、悪い予感がしてきたようだ。広い額に油汗がにじんできた。
「ハンバーグに使うお肉はぁ、調味料で味付けしますのでぇ………」
モモはヒョイと、トカゲ人間の片腕………手首付き………を持ち上げた。
「少々お味の落ちるぅ、肩肉を使ったりするんですよぉ♪」
止してやれ止めてやれモモ。コリンの顔色が、「しばらく大好きなハンバーグが、のどを通りそうにないわ」と訴えてるぞ。
「という具合にぃ、この世界ではモンスターのお肉がぁ、食糧になってるかもしれません♪ 生々しいお話ですよねぇ♪」
「フッフッフッ………そんな話でこのコリンちゃんから、食欲を奪おうだなんてモモ………甘いっ! 甘いわねっ! 糖分加太なマミヤのおしっこよりも甘いわっ!」
コリン、お前かなりテンパッてるだろ?
「いいこと、モモ。アタシはお魚が切身で海を泳いでたり、お肉のブロックが養豚場でブーブー鳴いていると思ってるような、想像力の欠如した子供なのよっ! その程度の話でバックオーライしたりはしないわよっ!」
子供の割には難しい言葉知ってるよな、お前。
「しかもアタシは変にお勉強ばっかりできるものだから、余計にタチが悪いんだからっ!」
コリン、お前………そこはウソだろ。
いや、いけない。
こんな会話に参加して、作業の手を休める訳にはいかない。あまり解体にはむいてないマシェットの先端で、肩関節や股関節を外しながら、私はツッコミに堪えた。
今はただ作業。
手を休めるな、私。
なにしろ獲物のトカゲ人間は、二〇体近くあるのだから。
大量に獲れたお前を、ホロホロのガマグチ………アイテムポシェットにしまい込んで、さあ出発だ。
「だけどマスター、さっきのトカゲ人間。レベルはそんなに高くないそうですが」
アキラが不思議そうに私を見上げた。
「それなのにトカゲ人間、なんでボクたちに襲いかかって来たんだろ?」
「私もトカゲ人間じゃないから、彼らの気持ちは分からないが………」
私なりの解答を出す。
「数をたのみにしていたんじゃないだろうか? そうでなければ槍をかかえたトカゲの親分では、私たちを襲えないだろう」
「あんなひと山いくらの連中が数をたのみにしてだなんて、ウンザリしますねぇ」
ため息をつくのはたぬきである。ずいぶんとトカゲ人間を見下した態度だが、たぬきにひと山いくらを越えるだけの価値があるのだろうか? いや、あってもらわなければ困る。なにしろたぬきは自称とはいえ激レアなアイテムなのだから。
しかし、レベルの低いモンスターが数をたのみにしてという私の推察は、嫌な形で的中してしまった。
幼児サイズのトンカチマウスというモンスターが、ズラリと六〇匹。籔だ茂みだという物陰からゾロゾロと現れたのである。その姿、二足歩行だがただのクマネズミ。トンカチ担いで至近距離から、わっせわっせとである。面倒くさいこと、この上ない。しかも見た目が汚ならしい。
「しかしアレだな、ホロホロ!」
壁役のベルキラが、戦斧を振り回しながら言う。
「カラフルワンダー相手に私たちがとったバンザイ突撃! あれは正解だったな!」
「どういうこと!?」
「敵にやられるとウザイことこの上ないってことさ!」
ベルキラのいう通りだ。次から次へと湧いて出てくるトンカチマウスの、ウザイことウザイこと。
アキラが水魔法でマウスを濡らす。そこへコリンの落雷魔法。
ホロホロが魔法でつむじ風を走らせる。ベルキラがその中に砂魔法をブレンドする。
そんな感じで範囲魔法を使わないと、とてもではないが面倒臭すぎた。
「仕方ない、私達もやるぞ、たぬき! 爆発ならば周囲の草木に類焼することは無いはずだ!」
「もしも類焼したら、アキラさん! 消火活動おねがいします!」
ずいぶんと久しぶりな気がする。たぬきとの合体魔法である。
たぬきが風上に立った。頬を染めて、恍惚とした表情を浮かべている。秘技・たぬきの置き土産。またの名を臭いオナラである。
毒ガスが辺りに立ち込めるのを待って………待って………待って………。私も火の玉を放り込む。
ワオ! マウスどもが吹っ飛んだ! まるでマウスのシャワーだぜ! これであらかた、マウスは片付いたはず。みんなも大喜びだろう。
………の、はずが。
「あ~あ………」
「マウスの亡骸がぁ、グチャグチャですぅ………」
「これは骨折り損ですねぇ………」
そう。すでに倒したマウスまで、すべて吹っ飛ばしてしまったのだ。
対トンカチマウス戦。
私たちの収穫は、限りなくゼロに近かった。