私、前座を狩る
大蛇の解体と言っても、グロテスクなものではない。私たちがあちこちにつけた傷口から流れるのは、あくまでも血液を模した赤い液体でしかなく、生臭さいなどはない。吊るして皮を剥ぐ時もヌルヌルとした感触はなく、厚手のフェルトを引き剥がすような感覚であった。そう、巨大な抱き枕・中身入りを解体しているようなものだ。
内蔵はクッションや枕。筋肉………いわゆる身も作り物。骨や牙はプラスチックで出来ているようだ。大変に扱いやすい。そして疑似体験とはいえ、こんな大物を解体するのは貴重である。なにしろ独り身では、魚を三枚に下ろすことすら無いのだから。
こういった体験を、学校教育の中に取り込んでみるのはどうか? ふと思う。命あるものをシメて、解体して食糧とする過程を疑似体験させるのは、決して悪いことではないはずだ。
………いや、この考えは頭から消そう。
いまどきの子供たちでは、人間の腹の中に枕やクッションが詰まっていると、間違った認識をする者が出て来るかもしれない。
それに動物の解体や精肉、あるいは魚の解体に関しては、いまや動画サイトにあふれるほど上がっている。
新しいことを『面白半分の無責任でひらめく』より、今ある物を存分に活用するべきである。………などと考えるあたり、私もつまらない大人になってしまったと言える。
若いメンバーたちを見た。みんな楽しそうに解体作業に励んでいる。もちろん血も脂も臭いもない疑似体験だ。しかし嬉々として作業に取り組む姿を見ていると、若者たちが自分勝手に正しい認識へと舵を切るだろうと、無責任にも期待をかけてしまったりする。
「どうしたのよ、マミヤ。ボーッとしたりして?」
「自分がオッサンなんだなぁって、自覚してたところさ」
「いまさら?」
コリンは屈託なく、キャラキャラと笑う。そうだ。オッサンの杞憂など、若者たちには関係が無い。私たちにできることは、子供たちに思い切り遊ばせることだけだ。
精製したアイテムをホロホロの『がま口』に入れたら、再び出発である。目標は、あくまでマイティ・チンプ。大蛇ではない。
「ですがマスター? こんなに大きな蛇がぁ、チンパンジーよりも簡単に狩れるなんてぇ、おかしな話ですよねぇ?」
モモが不思議そうに言う。
「そうだね、私たちのイメージからすると、大蛇はサルより強いってところだからね」
「あら、アタシはそうは思わないわよ?」
コリンだ。
「なんて言ったかしら、あの巨大なサルの映画。あれのおかげでアタシ、サルは蛇より強いって感じよ?」
「あ~~あの、体に巻き付かれても、アゴを掴んでビリビリってしちゃう、あれですかぁ。私はぁ、機械のおサルさんと闘う方が好みですねぇ♪」
………機械のおサルさん?
「放射能を吐くトカゲの親分と闘うのもいいんですけどぉ………そうそう、トカゲの親分対巨大なおサルさんと言えばぁ、傑作だったのが〇ンボー対ターミ〇ーターっていう、パロディ漫画ですねぇ♪」
待て、モモ。
激しく待て!
話がマニアック越えて、理解不能な領域に達してるぞ!
「最後のオチは、その企画を提出した漫画家さんがぁ、灰皿で編集長に殴られツッコミされるんですぅ♪」
かなり飛ばしたアイデアだが、その漫画家さん、大丈夫なのだろうか? 売れていればいいのだが………。
作者注:いまや大御所になられました
アホたれな会話に興じていると、先頭のたぬきとアキラが立ち止まった。二人とも耳がピクピク、尻尾は水平に伸びてピリピリと小刻みな痙攣をみせている。
以前にもこのような光景を目にした記憶が………。思い出す暇もなく、「います!」。小さくするどくアキラが言った。たぬきはすでにマシェット杖を構えている。ホロホロも弓に矢をつがえていた。
「合戦準備」
ホロホロの低い声。
私たちは腰の縄をほどいて、手裏剣を構えた。
「数は………一〇………それ以上です」
たぬきが言う。森の中のモンスターに関しては、たぬきの勘は宛になる。
「………脅しをかけてみるか、ホロホロ?」
ベルキラの言葉に、ホロホロは「そうだね」と答える。
「ベルキラの手裏剣を放り込んでみて」
ホロホロは道を挟む左側の籔を指差した。
ベルキラがそこに手裏剣を打ち込む。ガサッという音がしたと思うと、いきなりモンスターが現れた。二足歩行のトカゲである。一人前にズボンを履き、手槍をかかえていた。数は、五人以上いる。
ホロホロの弓矢が飛ぶ。モモの縄票は横凪ぎ、トカゲ人間の突入を阻んだ。
ベルキラの戦斧が、足を止めたトカゲ人間に振り込まれた。大ダメージだ。コリンの縄票がとどめを刺す。私も縄票モンスターたちに手傷を負わせる。そこへアキラが飛び込んで、連打を浴びせた。
「みなさん、右手からもモンスターです!」
たぬきがマシェット杖を振り回し、新手の進入をふせいでいた。
「たぬきさん、今いきますよぉ!」
モモの縄票はヨーヨーのように、モモと敵との間を行きつ戻りつ。そこへマシェット槍をかまえて、コリンが応援に駆けつけた。
まず、私たちが先にトカゲ人間を片付けた。それからコリンたちの側にまわる。そこからはほぼ一方的な展開。やはりアキラとベルキラのポイント能力は頼りになる。
あらためて二人の火力を認識した。