私、とても素敵なアイテムポシェットを見せられる
歌謡曲『カサブランカ・ダンディ』は、こっちに置いておくとして。
ボルサリーノにコート、ニッカズボンにトレッキングブーツ。さらに長得物をたずさえていると、いやが上にも冒険者気分が盛り上がる。
盛り上がる気分のままに光る魔方陣の上に立ち、まずはC3エリアまでひとっ飛び。
森の中とはいえ、人が踏み締めた遊歩道のような、まだ人間の気配があるエリアに到着する。
ホロホロがマップを広げた。
「さて、この時間で太陽があそこにある」
私は太陽を指差す。
「そうすると、C6エリアはあっちだね」
ホロホロが鼻を向けた先には、草木が生い茂っていた。
「難航しそうな探索ね」
コリンが髪をまとめながら言う。コリンだけではない。モモやホロホロ、ベルキラといった髪の長い娘たちは、同じように髪を結わえていた。籔の木枝に引っ掛かるからだ。
私はたぬきを呼び出した。こいつもボルサリーノとコートといった冒険者スタイルで、マシェット付きの長杖をたずさえている。
「それじゃあたぬきとアキラで、マイティ・チンプの匂いを探ってもらおうか」
「わかりました、御主人様!」
「ですがマスター!」
「ん? どうした」
やる気満々のアキラとたぬきだが、二人そろって私を見ている。
「マスター、マイティ・チンプってどんな匂いなんですか?」
………………………ワオ。
言われてみれば、確かにそうだ。嗅いだこともないマイティ・チンプの匂いを探せと言われても、それは無理というものだろう。
私はホロホロを見た。
困った時は、まずホロホロだ。
「これは予想外だったね、アッハッハッ」
いや、ホロホロさん。笑い事ではないのですが。
「でもまあ、チンプ類の生息圏はC5辺りからだって図鑑に出てたから、まだしばらくは出会わないと思うよ」
それよりも今は、まずこの籔をどう乗り越えるかだと、ホロホロは言う。
「どこかに人の通った道は無いか、それを探した方がいいと思うんだ」
「まあ、楽はするに越したことは無いな。ということで、まずはC6への道が無いか探してみようか」
いきあたりばったりとは、まさにこのことだろう。しかし私たちは、探索に慣れていないのだ。仕方のないことだと言える。
獣道か、はたまた人が踏みしめてできた道かは分からないが、とにかく道はすぐに見つかった。
先頭チームはアキラとたぬきのタッグに、痕跡を解読するためにホロホロ。さらにはいざという時のためにベルキラ。私、コリン、モモの三人は後衛である。
無視できる程度のモンスターが、ちょろちょろと細かな出会いを与えてくれる。しかしそれは無視。向こうも戦力比較をしてか、私たちに襲いかかってくることは無い。
「この辺りから、C4だよ」
ホロホロが言う。
私たちにとっては、未開のエリアだ。
早速籔がガサガサと鳴る。全員が戦闘体勢に入った。私もマシェット付きの長杖をかまえる。
籔のむこうから大蛇が顔を出した。口を開いてこちらを威嚇して来る。
まずはアキラの水弾、大蛇の口に叩き込んだ。そこにコリンが雷魔法を撃ち込む。動きを止めたところでホロホロの弓矢。残る私たちが長杖で突撃。
大蛇になにもさせることなく、素早く討ち取ることができた。
「驚いたな、こんなモンスターが隠れてるとは………」
私は帽子の下の汗を拭う。しかしここはゲーム世界。額に汗など一粒も浮かんでおらず、ひとり苦笑いを浮かべた。
「こんなモンスターだけど、大蛇はレベル4しかないみたいだよ? 意外と見かけ倒しだね」
ホロホロが図鑑にアクセスして、情報を提供してくれた。その図鑑によると、大蛇の牙やウロコ。あるいは皮や肝がアイテムとして高価らしい。
「回収するの? それだけのアイテム。アタシたち鞄も荷袋も持ってないわよ?」
「そうですねぇ~~………大蛇の皮だけでも、大荷物ですよぉ?」
コリンとモモの不平に、ホロホロはフッフッフッと気味の悪い声で笑う。
「ふたりとも? このホロホロさんがなんの準備も無しに、アイテム回収の話題を振ると思う?」
私は思わない。
「この手のゲームでは、アイテム回収や運搬に便利な、御都合グッズがあるものなんだよ?」
「なるほど、アイテムボックスか」
「あれは便利ですよね」
ベルキラとアキラは、すでにその便利なグッズの目星がついているようだ。しかし一年経ってもこのゲーム以外に世界を知らない私としては、どのようなグッズが出て来るか、興味津々であった。
「まあ、アイテムボックスみたいな格好のいいモノじゃないけど」
ホロホロはコートのボタンを外す。コートの合わせから、いつもの服がチラリと見える。そしてFBIの射撃訓練のように、勢いよくコートの裾を跳ねあげた。
ポシェットのように、肩から斜めに提げている。
「これがアイテムポシェットだよ♪」
両手で私たちに差し出したグッズは、唐草模様のガマ口だった。
『がまろ』ではない。『がまぐち』である。いまどきの若者はガマ口を知らないだろうが、クラシカルな財布、あるいは小銭入れのことである。一応、格好悪いデザインに分類されるアイテムだ。
ガマ口を御存知なく、興味をひかれた方がいらっしゃったら、是非とも画像検索していただきたい。ポシェットや財布と称した奇っ怪な物体が、あなたの心を鷲掴みにすることだろう。
そして私たちマヨウンジャーの乙女たちは、ホロホロが差し出したガマ口に微妙な表情という、実に正しいリアクションをとっていた。
しかしホロホロにとってはこのガマ口、年間グッドデザイン賞なのだろう。微笑みを絶やすことなく、かつ自慢気にガマ口を開いて、「これにいくらでもアイテムが入るんだよ♪」と御満悦の様子であった。
「よし、それじゃあ解体するか」
一番最初に立ち直ったのは、恋人のベルキラである。さすがと褒めたいところだが、瞳からハイライトが消えている。もしかしたらホロホロお気に入りであろうガマ口のデザインと、自分の存在とを比較してイコールで結んでしまったのかもしれない。つまり、ガマ口のデザイン、イコール私。という具合に。
だとしたら、瞳からハイライトが消えるのも道理である。
私としては、「ベルキラ、君に幸あれ」と切実に祈るより、他にできることがない。