私、大森林に手こずる
私の所在地が東京都、それもかつては業界人の都と言われた練馬区と知ると、途端にコリンは瞳を輝かせた。
「そんなスゴイ所に住んでるの、マミヤ!」
「は?」
「だって有名人がたくさん住んでる街なんでしょ? スゴイわ!」
「いや、ちょっと待てコリン………」
たかだか漫画家だのアニメーターだの、あの手の業界人くらいで瞳を輝かされても、私としては居心地が悪いのだが。
「きっとあれよね、その練馬って高級車に乗った有名人が、当たり前に行き交ってるのよね………。ロールスロイスに乗った有名人が、普通の顔して煙草を買いに来たりして………」
コリン、それはもしかして矢沢・ロックンロール・永吉の話か?
「やっぱり豪邸に住んでたりして、休日には庭のプールで子供たちを遊ばせて………リムジンを洗車したりワックスをかけたり。そうそう、週末には庭でバーベキューのホームパーティーをしなくちゃね♪」
どこのアメリカンな暮らしだ、それは? というか練馬区はちょっと前までキャベツ畑や大根畑が広がった、女の子からすれば「あんなところ東京都じゃないわよ!」などと言われた街なんだぞ?
「有名人ですかぁ? そんなにいいものでは、ありませんよぉ?」
京都人のモモがもらす。というか京都人が言うとなにか黒い話になりそうな気がする。やめてくれたまえ、モモ。
「みんな島を離れて、東京に出ちゃいますからねぇ」
アキラの言葉も、なかなかに切実だ。
「ですがぁ、コリンちゃん? 同じ港町でも、ヨコハマに憧れは無いんですかぁ?」
「ヨコハマ? ヨコハマって、あれよね? 海があって港があって、船が行き交っているような………」
うん、コリン。なんとなくわかる。お前の思い描いているヨコハマと、みんなの思い描いているヨコハマに、ものすごい温度差があるはずだ。
「ホロホロやベルキラには悪いけど、あんまり珍しいものは無いわね」
ジャック・ポット。
私の推察、大当たりだ。
いいかコリン、ヨコハマはスゴイんだぞ? ヨコハマじゃあなぁ、人間とロボットが共存してるんだぞ。
とまあ、まだ汚れを知らない子供の夢を壊すことがないよう、充分な配慮をしながら話をマイティ・チンプに移行させる。
「私たちが攻略したエリアから、最大六丁角移動しないと、マイティ・チンプには会えないんだよね。………みんな、歩ける?」
ホロホロの問いかけに、私たちは顔を見合わせた。
「六丁角くらいはぁ、普通に歩けると思いますけどぉ………」
「私はスーパーカブで通勤しているから、六丁歩くのもシンドイかもしれないな」
「大丈夫よ、マミヤ。オジサンのペースに、アタシたちの方が合わせてあげるわよ♪」
「っていうか、ゲーム世界での移動は疲れたりしませんよね?」
口々に言うと、ホロホロは腕を組んで「やっぱりその程度の認識か」と呟いた。
「あのね、今まで私たちが攻略したのは、道のあるエリアばっかりだったの。それが今度からは、道を拓きながら歩かないとならないんだ」
ほ? それはいったい、どういうことで?
ホロホロは現地画像をモニターに映す。
「そしてこの画像を立体映像化すると………」
拠点『下宿館』が、密林になった。かなり背の高い樹木が太陽光を遮り、かなり丈の高い草が仲間たちの姿を隠し、密度の濃い籔が行く手をはばんだ。
誰も彼もが、思わず「おぉっ」と口にする。
練馬区在住とはいえ、東京都民の私などが体験したことのない、いわば大森林である。
ちょっと指環を外してみた。
「たぬき、出てこい!」
道場の端に、指環をポンと放る。
籔の向こうで、間抜けな煙がボワンとあがった。そしていつものように、たぬき登場。………のはずなのだが、その姿が見えない。籔に隠れているのである。
「御主人様、大森林です! たぬきとしては血わき肉おどるをとめられませんっ! うっきゃーーっ!」
草むらをかき分ける音の後、ゴチンと音がした。
おそらくアホのたぬきが興奮のため駆け出して、柱か何かに衝突したのだろう。冥福を祈るばかりである。
「と、まあこんな具合に、大森林なんて言って喜んでる場合じゃないのよね」
ホロホロは椅子から立ち上がった。背が低いから、すぐ草むらに埋もれてしまう。
「ちょっとマミヤ! どこ行ったのよ!」
「マスターっ! コリンっ! みんなどこ行ったんだよーーっ!」
背丈の低いコリンとアキラ、早速遭難である。ほんの二~三メートル先で………。
「私たちが挑むエリアは、あまり人が足を踏み入れていない地域なのね。だから獣道があるばかりで、人の道なんてとてもとても」
自分でマイティ・チンプを獲物に選んでおきながら、ホロホロも割りと無茶振りをしてくれる。
「なぁ、ホロホロ。雑貨というかゲーム内貨幣で購入できるものの中に、アドバルーンはあるか?」
ホロホロのいさめ役、ベルキラがアゴを撫でる。
「あるけど、高く浮かせれば木枝に引っ掛かるし、低く浮かせても木枝に引っ掛かるけど。………どする?」
ベルキラは目印のために、一人一人がアドバルーンを浮かべるべき、と考えたようだ。しかしホロホロが、大森林ナメんなよ、と返す。そんな攻防に見えた。事実ホロホロは挑戦するように、ベルキラをニヤリと睨んでいた。
「お困り? ベルキラ」
「………参った」
「そんな困ったちゃんたちに、ホロホロお姉さんからの提供がぁ~~………こちらっ! ちゃらん♪」
ホロホロが何か取り出した。うん、効果音と音楽が未来から来た猫型ロボットのものだ。
「ばさばさマシェット~~♪」
猫型ロボット前作な声マネをしているようだが、あまり似ていない。というか、酷いくらいに似ていない。それでもホロホロは強引に「のび太くん」などとベルキラを呼び、アキラとコリンの目を丸くさせていた。
「ね、マミヤ?」
「どうしたコリン」
「ホロホロのアレって、猫型ロボットのモノマネよね?」
「あぁ、前作だけどな。………コリンは今の声しか知らないのか?」
「今の声? 昔は違ったの?」
「なるほど、コリンは料理上手な猫型ロボットを知らないか………」
偉そうに自分の知識に酔いしれていると、モモがツツツっっ寄ってきてポツリともらす。
「マスター? ドラちゃんの声は鉄郎さんも演じてたんですよぉ?」
「っ!?」
「しかもぉ、初代『中の人』はぁ、オジサンだったりしましたぁ♪」
「なんだってっ!?」
声をあげてしまった。
そんな重大な話を、年下のモモから聞くことにのうとはっ!
モモを見る。
しかしすでに彼女は、籔のむこうに旅立っていた。
まあ、未来から来た猫型ロボットのことはいい。どうでもいい。
問題はホロホロがにこやかに、ベルキラの戦斧とマシェットを合体させているところにあった。