私、縄票を使う
しかし、アキラにとっては容易い獲物であっても、私たちにとって楽な獲物とは限らない。
「案外ネックは、私とマスターかも」
ホロホロは深刻な眼差しを私にむけた。
「そうですねぇ、お二人は長距離攻撃専門で、いわゆるドツキ合いは苦手ですよねぇ?」
私にはステッキがある。
ホロホロには短剣がある。
しかしそれだけでは、決して充分とは言えない。接近戦における、『コレ!』といった特技が乏しいのだ。
「マミヤのステッキの握り、その丸っこい玉の部分。そこを原始人の棍棒みたいに、イボイボをつけてみたらどうかしら?」
なるほど、それは殺傷能力が上がる。しかし………。
「確かに良いアイデアだが、そうなると今まで習った技の大半が使えなくなるな。それにこのマイティ・チンプ、相手の得物を奪うという知恵がある。自分の得物を奪われて、自分の得物でドツかれるのはゾッとするな」
「だとしたら、鞭や鎖鎌に改造してはどうでしょう? サルごときでは使いこなせないような、技術系の武器です」
ベルキラの案に、フムとアゴをなでる。
一応私も鎖鎌の稽古はしている。鞭という道具も、耽美な雰囲気がたまらない。
「いいですね、それ」
目を輝かせるのはアキラだ。
「鞭のようなジャブとはよく言いますが、実際にマスターが鞭をふるうんですか。………いいですねぇ」
ふむ、アキラが夢見る眼差しを宙にむけた。
ヒシヒシと間を詰めてくる、マイティ・チンプたち。中には棍棒を握っている者もいる。
私は丸めていた鞭を解き、蛇のように波打たせる。
ミリ単位で、チンプたちの間が詰まる。同時に私の小手もスナッピーに反応。毒蛇よりもすばやく、鞭は空気を切り裂く。
パンッという乾いた音。マイティ・チンプの一頭が犠牲になる。野獣系モンスターたちは、警戒の声を発する。だが私の右腕は、すでに波そのものとなっていた。
パンッ!
パンッ!
銃声のように鞭を鳴らすと、チンプたちはバタバタと倒れる。警戒の声は悲鳴に変わり、散を乱して逃げ出すマイティ・チンプたち。
だからといって容赦はしない。逃げる背中に鞭の雨だ。
「という妄想をしてみたのだが、どうかな?」
「………マミヤが、鞭。………やん♪」
何故かは知らないが、コリンが額まで赤くしていた。これは感想など返ってこないだろう。とりあえずアキラに目をむける。
「そうですねぇ、ボクが妄想するなら………」
たくましい背中。
力強い腕。
マイティ・チンプたちが私を囲んでいる。
しかし妄想の中の私は、極めて涼しい顔。鞭を執る右腕を、波のように揺らめかせている。
マイティ・チンプの中にも、ボスはいるのだろう。目配せをして、一斉にかかってくる。
反時計回り。右へ右へと回り込む私。毒蛇の一撃は、まだ温存している。しかしステップは慌てることなく、機械のような正確さで安全地帯を目指している。
距離が出来た。
チンプたちの死角に位置している。
鞭を鳴らす。
チンプが倒れる。
二発、三発。
ようやくマイティ・チンプの群れは方向転換。しかし、さらに鞭が鳴る。
まったくのワンサイドで、六頭のチンプが撤退した。
「なんてことを思い描いたんですけど」
「なるほど、アキラはインファイターだったからね。鞭のようなジャブには手を焼いたんだな?」
「エヘヘ………」
アキラは頭の上についたオオカミ耳を、嬉しそうにピコピコと動かした。
「だけどマスター。みんなで手裏剣を稽古したとき、マスターだけやらなかったよね? 鞭もいいけど、火の玉改を補佐できる手裏剣。この機会に試してみない?」
ホロホロの提案だ。
「そういえばそうだな。慣れない鞭よりも距離を稼げる投擲武器の方が、性に合っているかもしれないな」
「ですがぁ、マスター? ただ手裏剣を投げても、お猿さんに投げ返されるかもしれませんよぉ?」
「モモ、なにか良いアイデアがあるのか?」
そんな顔をしている。
「はい♪ こんな時こそ縄票ですぅ♪」
「ジョウヒョウ?」
作者注:本当は金偏に票の字を用いるが、変換候補にその漢字が出ませんでした。
「まずは論より証拠でぇ、実際に動画で確認してみましょう♪」
ということで、映画『少林寺』が始まる。
うん、嫌な予感がしてきたぞ。そして顔が強ばっていくのがわかる。
そして嫌な予感がしているのは、他の手裏剣を使ったメンバーも同じなのだろう。やはり顔が強ばっていた。
庭園のような芝生の上で、少林寺の坊さまたちが稽古に励んでいるシーンだ。
ここですぅ、とモモが指をさす。
悪い予感的中だ。
長い縄に手裏剣のついた武器を、坊さまが自由自在に操っている。それはもう、なんでこんな真似ができるのよ? というくらいに。
腕に縄をからめて巻き取り、巻き伸ばしては敵に打ち込む。からめ取るのは腕だけではない。首、脚、胴体。あらゆる場所に巻き取り引き戻し、意外なタイミングで飛ばしてくる。
とにかくアクロバティックな武器と言えた。
「これなら手裏剣を刺してもぉ、縄を引っ張ってやればぁスッポリ抜けるのでぇ、お猿さんに投げ返される心配はありませんよぉ?」
「モモ、これは却下だ」
「ほぇえ?」
「あのねぇ、モモ? こんな武器、アタシたちにできる訳ないでしょ?」
「そうなんですかぁ?」
「あったりまぇじゃない!」
コリンが私の心の声を代弁してくれた。
しかし。
「どれどれ?」
アキラが手裏剣に縄を結びつけた。
そして体の右側で旋回、左側で旋回。鎖鎌のように回し始めた。
おぉ、何やらそれらしい雰囲気があるじゃないか。
「それじゃあ行きますよっ!」
肩と折り曲げたヒジに、縄を巻きつけてゆき、くるんくるんプスッ。
手裏剣はアキラの後頭部に刺さった。