私、動画を見る
動画は運営が用意したもので、タイトルは『ドグマグ・モンスター百科』というものだ。運営が用意したものではあるが、一応制作者は『もの知りチユちゃん』となっている。そう、あのチュートリアルのチユちゃんだ。
まず、カテゴリーは「森に住むモンスター」に分類されている。
その中のレベル6。アニマル系である。
マイティ・チンプは初級チンプより格が上。初級チンプが集団………一〇から二〇頭で襲いかかってくるのに対し、数頭部でしかかかってこないという特性がある。
もちろん初級チンプは力も耐久性も格下。マイティ・チンプは頑丈で力も強い上に、物を投げつけたり道具で殴ってきたりする。この辺りは注意が必要ということだ。
「いわゆるボクたちの、スキルや魔法攻撃みたいなものですかねぇ?」
「おそらくそんなところだろう」
動画に冒険者が現れた。開けた場所でマイティ・チンプと向かい合っている。
まずは冒険者の魔法攻撃。弱魔法だ。チンプはこれを嫌がり、防御の姿勢。
冒険者は剣をかざして踏み込むが、チンプのリーチは長い。モンキーブローが伸びて、冒険者に一発。麻痺して動けない冒険者にさらに殴りかかり、ダメージを深めてゆく。ついには剣を奪い、力任せに冒険者を殴りつける。
さすが野生動物、というかモンスター。弱味を見せたらものすごいラッシュで撤退まで持ってゆく。
「………相撲で言う『電車道』だな。反撃の余地なく、一気に持っていく」
ベルキラもそのパワーに渋い顔だ。
今度は魔法使いが現れた。
足元に冷却魔法。これで動きを止める。と思ったら、通常の火の玉を打ち込んだ。冷たいところから熱いもの。冷却からの熱膨脹で大きくポイントをリード。
動けないチンプに杖の一発。そこから距離をとり、今度はツララ魔法。これがクリティカル判定。
「ヒット&ランが有効みたいね」
「コリンちゃんからすればぁ、注文相撲ですねぇ♪」
「待て、チンプの動きがおかしいぞ?」
ベルキラの警告も終わらないうちに、マイティ・チンプは拾った石を投げつけた。これが魔法使いにヒット。一投目は下手投げ。しかし二投目は上からの投擲。当然威力が違う。
麻痺から覚めない魔法使いに、モンスター・チンプが襲いかかる。大きく拳を振りかぶり、上から下への打撃である。
一発、二発、三発!
倒れ込んだ魔法使いに馬乗り、惨たらしいまでに魔法使いを殴りつける。魔法使いはもう、抵抗力を失っていた。
そしてそのまま撤退。
マイティ・チンプの耐久力と、逆転のパワーばかりが目立つ一戦である。
「………………………………」
コリンは無言である。それはそうだ。先ほどまで注文相撲だとか言われていたのに、有利だった魔法使いが無惨な撤退を喫したのだから。
「………やられちゃいましたねぇ、魔法使いさん」
コリンの無言を産み出したとも言えるモモが、追い打ちをかけた。
「モモ、とどめを刺さないでやれ」
私は軽く咎める。
「コリン、気にするな。これはマイティ・チンプの強さを強調した動画だ。コリンがこんな目に逢うとは限らんぞ」
「そそそそんなこと気にしてないわよ! なによマミヤ、アタシを脅かして楽しいの?」
いや、滅茶苦茶気にしてるようなんですが。
「あれ? コリン、このお猿さんが怖いの?」
アキラがあっけらかんとしたことを言う。
「な、なによアンタまで! このコリンちゃんに怖いものなんかないわよ!」
「そうだよね。このお猿さん、右しか使わないんだから」
「ほえ?」
間抜けな反応をしたのは、コリンだけではない。私も軍師ホロホロも、かなり抜けた反応をしてしまったのだ。
「力が強くても頑丈でも、そこはやっぱりお猿さん。蹴りも使ってないし、大したことなさ過ぎですよね、ホロホロさん♪」
「え? あ、うん。アキラにはちょっと、物足りないかな? アハ、アハハ………」
「だけどマスター、この冒険者。剣の扱いが成ってないんじゃないんですか?」
「そ、そう見えたか?」
「ボクたちが陸奥屋一乃組で、揉まれすぎてんですかね? 剣の使い方がダメダメにしか見えないんですよね」
考えてもみれば、アキラはあの白銀輝夜と対戦しているのだ。いろいろな事情があるとはいえ、カラフルワンダーの翁やジャック先生をおさえて、個人戦剣士部門で優勝した白銀輝夜とだ。
そこいらの剣士では、ぬるく思えて仕方ないことだろう。
「強いって、うらやましいわ………」
コリンが私の上着の裾をつまんだ。周りのことなど気にせずに、アキラをジッと見詰めている。
「………なりたいかい? あんな風に………」
「憧れちゃうわ、頼もしい人に」
「きっとなれるさ、稽古を重ねれば」
「………うん」
公務員の私は、アキラのように才能あふれる若者を、決してうらやましいとは感じない。本音を許してもらえるならば、アキラの将来が心配なくらいだ。
才能とは、花開いた瞬間こそ美しいのであって、花の季節をすぎれば哀しいばかりなのだ。
わかりやすく言おう。
何かができる人間は、他のことができないのだ。戦闘行為に特化したアキラは、おそらく指導などできないだろう。いや、一般生活さえ危ういくらいだ。
人の容量には限界があるからだ。
アキラには拳闘しか道が無い。
他のことは、本当になにも出来ないはずだ。
だがそんな現実を、幼いコリンに突きつける訳にはいかない。努力は人を裏切らないという希望だけは、子供たちから奪ってはならないのだ。
だから、こうとしか言い様がなかった。
他に言葉が見つからないのだ。
「がんばろう、アキラに頼りにされるくらいに」
「うん、わかった」
だから、コリンの頭を撫でてやる。
未来が無限に広がる、若者の頭を。