私、事後の余韻にふける
終戦。とたんに尻餅をつく。
目の前のコリンも、へなへなと膝を着いた。
敵陣の最中にあったメンバーたちも、力尽きたように大の字になったりしている。
勝った、という歓喜の声は湧かない。カラフルワンダーの面々もまた、得物を放り出し両腕をダラリと垂らして、終戦の銅鑼を聞いていた。
仕方ない、負けは負けだ。
どっこらしょと立ち上がり、コリンに手を差し伸べる。コリンは「はぁ」と、ため息をついてから私の手をとり、立ち上がった。
「ありがと………」
「行こうか、みんなのところへ」
「………そうね」
観客席から、陸奥屋とチーム『まほろば』も降りてきた。カラフルワンダーもマヨウンジャーも、のろのろと立ち上がって中央に集まってくる。
「お疲れさまでした」
「お疲れさん」
「冗談抜きで、本当に疲れたよ」
これは爆炎だ。
元気者の彼が、めずらしく憔悴していた。
「お疲れさま、マミヤさん」
「あぁ、シャルローネさん。今回はありがとうございました」
社会人として、今回私たちのチャレンジを受けてくれた、カラフルワンダーに頭をさげる。
「いかがでしたか、カラフルワンダーの魔法は?」
「厳冬期イベントのような、天変地異まがいの魔法が来なくて助かりましたよ」
「あれはイベント用の魔法ですから。それにマミヤさんたちの突撃も、大変でしたよ? 圧力のキビシイことキビシイこと」
身振り手振り、シャルローネさんは楽しそうに一戦を振り返るが………。
やはり気にかかる。
これだけは言っておかなければならないだろう。
「そんなにキビシかったですか、私たちのプレッシャーは?」
「それはもう、これまで感じたことが無いくらいに」
「でもシャルローネさん」
「?」
「いつまでもそんな顔、してるものじゃありませんよ?」
「顔?」
「シャルローネさん、貴女いま、鬼のような顔をしている」
戦う顔、殺しの顔。それらを飛び越えて、シャルローネさんは鬼の顔をしていた。まだ興奮と緊張が冷めやらない。戦いの余韻が彼女を鬼に変えていたのだ。
乙女としては失態だったのだろう。私に背中をむけて、「あらやだ、私ったら」と顔をマッサージしている。
「鬼の顔ってんならさ、マミヤさん」
爆炎くんだ。
「マミヤさんだってすごい顔だぜ。六分しか経ってないのに、目の下に隈なんか作ってさ」
「そんなにヒドイかな?」
コリンに訊いた。
「迫力があって格好いいわよ? 普段の優男顔より、ずっとワイルドでセクシーだわ」
子供がなにを言ってますか。というものの、コリンもどことなし大人びているというか、『夢見がちなお姫さま』から、凛々しい『姫君』へと変わったように見える。
一戦が私たちを成長させた。と言ってもいいのだろうか? そんな自覚は無い。むしろこの突撃作戦で私たちの脳は退化し、より頭の悪い作戦でも敢行してしまいそうな、そんな心配さえしてしまう。
ふぉっふぉっふぉっという、有りがちな笑い声がする。
緑柳のじいさんだ。
「いかがでしたかな、氷結どの。『戦い』というものの味、少しは御理解いただけたじゃろうか?」
「あ、伯士! もう、伯士がいないおかげで大苦戦でしたよ!」
スコアボードは、そんなこと言ってない。
「見ている側は、ヒヤヒヤドキドキでしたぞ、氷結どの。………それというのも」
ポクリと杖で斬岩の頭を叩く。
「この小童がキッチリと作戦立案、実行できとらんからじゃ!」
「ひどいなぁ、伯士。僕だってマヨウンジャーが、通常の戦法で来ると思ったんですよ?」
「通常とはなんじゃい」
もう一発、斬岩にポクリ。斬岩は斬岩でよけようともせず、じいさんのお叱りを受けている。
「彼我の比較をしてみぃ。カラフルワンダーにとっては通常の一戦かもしれんが、マヨウンジャーにとっては一年の成果を試す晴れの日ぞ。それを考慮に入れておけば、マヨウンジャーがスペッシャルな手を打って来ると、わかりそうなもんじゃろ」
ポクリ。
ポクリ。
ポクリ。
あの、翁。もうそれくらいで。私たちとてカラフルワンダーの火力を前に、手の打ちようもなくバンザイ突撃を敢行したまでで………。そんな斬岩くんをボテくりコカしていいほど、上等な考えがあった訳でなし。
「しかしまぁ………」
と言って翁は、ホロホロの頭を乱暴に撫でる。
「カラフルワンダー相手に、よくぞバンザイ突撃などという必死必殺の手を思いついたものよ。お前さんは戦いの本質をわかっておるぞ」
「あ、いえ、そんなんじゃありません、お爺さん」
お? ホロホロがタネ明かしをするか? 我々には、他に手は無かったと。
だがじいさんは、ギョロリと目を剥いてホロホロを睨んだ。
「今日のところはそうしておけ、若僧。だがな、儂が出ておったらこんなことにはなっとらんぞ」
鬼だ。
ここに鬼がいる。
ジャック先生に打ち勝ち、白銀輝夜に教えを与える猛者が、ホロホロに敵意をむけていた。
「小娘。お前ぇは仲間の命ぃ質屋に入れて、それで勝利を手にしようとした鬼なんだぞ。その事ぉ肝に命じて、全部全部背負って生きていくんだぞ?」
昨日まで笑いながら、一緒に飯を食っていた奴。国に帰ったら嫁と子作りするんだって笑ってた奴。俺は将来こんな仕事してやるんだと、夢を胸に抱いた奴。
みんなみんなお前ぇさんは、生きた的にしちまったんだからな。
グリグリグリグリ、何度も何度も翁は、ホロホロの頭を撫でくり回す。
下品な表現だが、私は縮み上がった。ホロホロを鬼と呼ぶならば、ジジイ、手前ぇは大鬼だろうが! そう言いたくなるような睨みだったのだ。
しかしこの場を、さらに大きな鬼が笑う。
「翁、同志ホロホロはまだ若い。そこから先の説教は、私が受けますので。どうぞよしなに」
「おう、そうかい? お前さんが言うなら、オイラぁもう矛を納めるぜ」
「さらに言うなら、私に垂れる説教はあそこにいる、出雲の御令嬢に垂れた方が有益です」
「確かにそうだわな」
翁がアゴを撫でると、出雲鏡花は文字通り、尻尾を巻いて逃げ出した。
「ですが翁、合戦の興奮未だ冷めやらずと言ったところですなぁ」
「そうさな、オイラも血わき肉おどるの心境さ」
ジャック先生がシャルローネさんの口をふさいだ。忍者が斬岩に頭突きを食らわせる。そうして反論の口を閉ざした。
そして自爆王の爆炎が口を開いた。
「もう一戦くらいやりたいよな! 今日は日曜日だしよ!」
「ならばカラフルワンダー! 我々陸奥屋本店と立ち会いたまえ! その沸き上がる血、踊り狂う肉体を、私たちが受け止めてやろう!」
「よっしゃオッサン! 一戦かまそうぜ!」
「受けて立つぞっ、若僧っ!」
にわかに、陸奥屋本店とカラフルワンダーの戦い、勃発である。