視点・シャルローネ
シャルローネ視点
どこでボタンを掛け違えたのだろう?
「初手は範囲魔法で蒼帝と春雷、お願いね」
どこかで私は、ボタンを掛け違えたはずだ。
「そのあとはいつものように、全力でボッカンボッカンかい、氷結?」
「慌てないで、爆炎。今回は伯士がいないから、いつもの手は控えようと思うの」
「なんだよ、氷結らしくもねぇ」
「いつもみたいにみんなの魔法に、ブーストをかけてもらえないんだから、二手目からは少し控え目に。通常の弱魔法で丁寧にいきましょ?」
戦闘前の打ち合わせ。
いつもなら、「今日もガンガン行きましょ!」なんて、みんなに檄を飛ばしているのに。例え伯士がいなくても、そうしていたはずなのに。ブーストをかけてもらえないからって、こんなこと言わないはずなのに。
つまんねぇな、と口をとがらせる爆炎を、「様子見が済んだら、バッカンバッカン行くからね。それまでの辛抱だから、ね?」なんてなだめるなんて、しないのに………。
うん、きっと私はこの時点で、ボタンを掛け違えていたんだろう。
だけど何故?
何故私はボタンを掛け違えてしまったのか?
「初手をかわされたぞ、氷結! あいつらちょろちょろと、よく動きやがる!」
「そりゃそうよ。マヨウンジャーには、私たちからテイク・ダウンできるだけの、火力が無いんだから♪」
うん、そうだ。この時点では、まだ掛け違えは無い。だってこの見解は、斬岩の見立てそのままなんだから。
「細かいところをキッチリ当てて、そこから大きいのを当てて行きましょ♪」
決して悪くない手だ。
いやむしろ、教科書通りの最適解だ。間違ってなんかいない。正解だと断言できる。
断言はできるんだけど、正解ではない。最適解だと言えるけど、正解とは言い切れない。そんな歯切れの悪さ、胸にひっかかる『なにか』が、ボタンの掛け違えを起こした原因かもしれない。
みんなが弱魔法を大量に放って、まるで弾幕のようだ。私も負けじと弱魔法のツララを撃って、マミヤさんたちに牙を剥く。しかしマヨウンジャーは、よく見てよく動き、簡単に被弾してくれない。
「氷結さん、悪いけどマミヤさんたちの足元に、小さくてもいいからデコボコに、アイスバーン魔法をかけてくれませんか?」
斬岩のアイデアに、私は飛びついた。
「それよそれ! あの二人を足止めしておいて、アキラくんに魔法を集中するのよ!」
「御明察」
だけどここで私は、失点を冒す。普段の私ならアイスバーン魔法でつかまえたなら、その場で撤退するまで責任をもって仕止めるはずなのに、それをしなかったのだ。
それだけじゃない。
蒼帝と春雷にまかせていたアキラくん。その迎撃に私も加わったんだけど………。なかなか仕留められないでいた。
「落ち着け、氷結! 詰めが雑になっているぞ!」
「あ、ゴメン!」
「大丈夫だよ、シロ。弱魔法は今まで一番使い込んできた魔法なんだ。自分と魔法を信じて」
だけどこの二人の範囲魔法で、捕まえ切れないんだから、私の失中も当然と言えば当然。そんな理屈も頭に浮かばないなんて、やっぱりどうかしている。
「チッキショーッ! ちょろちょろ逃げ回りやがって! 当たれっコナクソーーッ!」
「ダメですよ、爆炎。一人で三人を相手にしてるんですから。当たらないのが普通。むしろ、よく抑え切ってますよ」
「三人ってお前ぇ、ドワーフのデカイのと、メ〇タムのお姉ちゃんしかいねぇじゃねーか」
「いますよ、爆炎。ドワーフの陰に貼りついて、風の妖精が僕たちをねらっています」
よくやってくれる。不甲斐ないリーダーに就いていながら、本当にみんなよくやってくれている。
「あっはっはっ! シロたんってばチョーシ悪そう! でもユカりんの美貌で、元気出してねーーっ!」
ははっ………回復役の紫雲に言われちゃった。
でもホント、元気出さなくちゃね。
「よーし、氷結の魔女シャルローネ! いっちゃうよーーっ!」
「あ、シロたん。氷地獄のおじさん、脱出したよ?」
ドグンっ。
まるで心臓を掴まれたような不快感。
目の前のアキラくんも忘れて、思わず視線を移す。
槍を手にしたお姫さまが駆けてくる。コリンちゃんだ。
そして毛皮のマントをなびかせて、魔族の男が駆けてくる。
なぜ?
何故私はマミヤさんに、プレッシャーを感じるの?
いや、今日のマミヤさんは私の知っているマミヤさんじゃない。私の知っているマミヤさんは、私なんかの話を黙って聞いてくれて、ちょっぴりのワガママにつき合ってくれたりして。そんな大人のマミヤさん。
だけど今は………今は違う。
闘志をむき出しにして、「お前を倒してやる」っていう不細工な殺気を放って、私に迫り来る戦士。それが今日のマミヤさん。
でもそんなシュチュエーションは、今までも試合で数々あったはずだ。
なら、何が不快なの?
何にプレッシャーを感じているの?
怯えに似た感覚にとらわれながらも、弱魔法のツララを発射。マミヤさんはマントとステッキで凪ぎ払う。まだまだツララの発射。今度はよけない。よけようとしない。動きは止まったけど、私のことを睨みつけてくる。
「お前なんかに、負けるものか」と。
「シロたん! まだ来るよ!」
え? いけない、マミヤさんに気をとられて、コリンの接近を許していた。
けど………。
「っ!」
息を飲む。
コリンの殺気はさらに不細工で、さらに生々しく。
「アンタを殺してやる」
と、剥き出しに迫ってくる。
特攻。
馬鹿馬鹿しい。
そんなもの作戦でもなんでもない。ただの愚作だ。
言いたい人は言うがいいわ。どうせあなたたちは、特攻をくらったことなんてないんでしょうから。
そうだ。
私の不快感の正体は、調子の悪さの源は、これだったんだ。
伯士から私は戦い………兵法を学んだ。
理路整然。一分の隙もなく組み上げられた、生き残りの理論。勝つための理論。私は私なりに、それを身につけたはずだ。だからこそ、私にとってこの特攻という戦法は、理も法も無いが故に恐ろしいのだ。
そしてマミヤさん。
この人が先頭に立って、若いメンバーを特攻に狩り立てている。
私にはできないことを、平然とやってのける大人。それも、自分が先頭に立って。
今、私は大人というものに恐れを感じていた。
特にこのマミヤさんを、恐ろしいと感じているのだ。
ピリッ………。
いけない。
肌に粟粒が立ってる。
人はよく良いものを見て聴いて、「肌に鳥肌が立つ」と言うけれど、あれは間違い。鳥肌は不快なものに対して言う言葉。
だから私の肌に立ったのは、粟粒。
大人に対する畏怖。
いいね。子供が大人をコテンパンにやっつけるのが、ゲームの醍醐味。だから最近は、大人に畏怖なんて感じてなかった。だから粟粒。
特攻、いいよね。
自分がよければそれで良しな、いまの御時世。我が身を捨てて飛び込んでくる、原始的な戦闘手段。だからこそ闘争、だからこそ戦闘。いつからだろうかな? こんなドキドキを感じなくなったのは。みんな小利口、小賢くなっちゃって。知識だけで戦闘を語る、テキスト上だけの『守られた戦い』しか知らないのに。
ピリッ………。
また立った、粟粒。
いけないなぁ、マヨウンジャーに惚れ込んじゃいそう。
だって、あれだけの不調を絶好調に変えてくれるんだから。
笑い、込み上げちゃうよ………。
圧縮して殺傷能力を上げたツララ。弱魔法のくせにバカ強いツララを瞬時に形成して、お姫さまの全身を貫く。
ワォ、まだ生きてる。さすが特攻、気合が入ってるね♪
それならお姉さん、ちょっぴり奮発しちゃうよ♪