私、開幕突撃をかます
懐かしの娘、チュートリアルのチユちゃんに案内されて、かつて木人と闘った模擬戦場へ。
いつもの闘技場は直径二〇〇メートルほどだが、チユちゃんの模擬戦場はやや小振りな印象。はっきりと計った訳ではないが、一八〇メートルほどに見える。
一応観客席もある。普段の闘技場と同じく、古代ローマの闘技場を思わせる、スーパーボウル型式の観客席だ。そこに陸奥屋一党、チーム『まほろば』の面々が肩を並べて座っている。
私たちは、一八〇メートルむこうのカラフルワンダーと向き合う形で陣を組んでいる。そして両サイドには、かつて初心者だった私を苦しめてくれた、あの忌まわしき木人が並んでいる。
「それじゃあ打ち合わせだね」
ホロホロが切り出した。
この模擬戦場には控室のような施設は無いようだ。………死人部屋はあるだろうが。
「まず今回のポイントは、決戦要員をいかに敵陣へ送り込むか? そのために最大級のプレッシャーをかけるんだけど、囮役はアキラ。………お願いね?」
アキラはうなずく。清々しい、若いくせになにかを悟ったような眼差しだ。
「そして決戦要員はコリンなんだけど、敵に隙あらば誰でも飛び込んで、徹底的にやっつけちゃって」
一同、うなずく。
「今回の作戦は屍の山を築く内容だけど、カラフルワンダー相手に楽なんかできないから。誰かが撤退、私も撤退。だけど必ず誰かが敵陣に届いて、逆転してくれるって信じること。これが最大の肝だから………」
ホロホロは一度、大きく息を吸い込む。
「怯むな、臆するな、退くな。これが合言葉だよ!」
「「「応っ!」」」
誰にも知られぬよう、ひそかに心する。
私がどのような目に逢おうとも、必ずコリンを敵陣へ送り込むと。敵陣へ送り込むのがコリン、護衛が私というのは、なんとも象徴的である。将来ある若者を守り抜く。あるいは若者のために道を切り拓く。または、若者を死地へと送り込むという行為が、なんともこの国の民であると思い起こさせてくれる。そして図らずも、この昼行灯のような私を奮起させてしまう辺り、この作戦の罪深さを思い知らされてしまうのだ。
コリンの頭をひとつ撫でる。
私の珍しい行動に、コリンは顔をあげて私を見詰めた。
「心配するな、コリン」
「心配なんかしてないわよ、マミヤがいるんだから」
BEAT IT!!
やっつけてやろうぜ!
必勝を、心に誓う。
それじゃあ配置だ。銅鑼も近い。
センターで先頭のアキラ。私とベルキラで三角陣をつくる。私の後ろにはコリン、ベルキラの後ろにホロホロ。コリンとホロホロの間には、モモがいる。
対するカラフルワンダーは、どうやら横一列の陣形のようだ。
「これは初っぱなから来るわね」
「あぁ、向こうは範囲魔法を連打したい。こちらの陣形は密集型。カラフルワンダーからすれば、注文相撲だからな」
「ところがどっこい、この陣形はすぐに崩れる。カラフルワンダーの初手は、空振りに終わるのさ」
ベルキラもほくそえんでいた。
カウントダウンが始まり、ついに決戦の銅鑼が鳴る。
「散開ーーっ!」
ホロホロの言葉を待つまでもなく、私たちは駆け出した。同時に魔法弾が飛来、私たちがいた場所が、まずは水浸し。さらに落雷である。
「さすがカラフルワンダーね! 最初から容赦が無いわ!」
「次は何が来る? ツララだ、コリン伏せろっ!」
一直線に飛んで来た。それも無数に、隙間なく。足でかわそうとしたら、きっと間に合わなかっただろう。
しかし、ツララ?
大量ではあるが、通常の弱魔法?
「マミヤ、上っ!」
今度は上からかっ!
「コリン、隠れろっ!」
毛皮のマントで、落下してくるツララを凪ぎ払う。コリンは転がるようにして、私の脚にすがりついた。
そして反撃の雷魔法。
これは弾かれた。
私も火の玉改。
これもダメ。
「魔法攻撃がまったく通らないな!」
「だからこそのバンザイ・アタックでしょ! 足を止めずに、行くわよっ!」
「よし、ついて来いっ!」
幸いにして、カラフルワンダーが放つ魔法は見えていた。少なくとも、何がなんだかわからないという状況には、陥っていない。
上手くすればコリンだけでなし、私をふくむ他の誰かも、敵陣に届くかもしれない。
そう思った矢先。
「あだっ!」
「キャッ!」
ふたり仲良く転んでしまった。
足元が滑ったのである。それも信じられないくらいに、経験したことが無いくらいに。
足元には、一面の氷が張っていた。それもスケートリンクのように平らで、キレイなものではない。自然に作り出されたデコボコがあり、余計に歩きにくくなっていたのだ。
「おのれ、なんじゃこりゃーーっ!」
「ひどい氷ね! 道民もお手上げだわ!」
コリンが言うなら間違いない。そして私は、立ち上がることすらおぼつかなかった。
「マミヤっ! こんなとこねらわれたら、ひとたまりもないわよ!」
「まったくだ! しかし………」
しかし、追撃の魔法が飛んで来ない。
「どういうことよ?」
「コリン、あれが答えのようだぞ」
指をさす。
「これくらい平気平気ーーっ!」
アキラが試合場を駆け回っている。的確に敵を見て、魔法の予測落下地点を割り出し、その範囲を考慮して、予想外の進路をとって駆け回っていた。それも一対一の闘いではない。私とコリンを氷の上に閉じ込めて、浮いた二人をプラスした三人の魔法が、アキラに襲いかかっていたのだ。
「これは急いだ方がいいわね。いくらアキラでも、カラフルワンダーの三人にねらわれたら、長くはないわ」
「ふん、この程度のデコボコ氷で私たちを閉じ込めたつもりとは、舐められたものだ」
私は圧縮ファイヤー・ボールを、氷板に叩きつけた。
ドンという音とともに、氷が割れて吹き飛んだ。足元がよみがえる。
私はすぐさまコリンの盾になった。
「いくぞ、コリン。突撃だ」
「いいわよマミヤ。やっつけてやりましょう!」