表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
375/506

決戦前夜


 静かな夜であった。

 陸奥屋本店。その広い道場の片隅に的を吊るして、小柄なメイドさんが投げナイフの練習をしている。道場は他に人の姿もなく、ただ的に刺さるナイフの音だけが響いていた。

 道場の障子が音もなく引かれた。美人秘書御剣かなめである。

「あら、かなめお姉さま」

「続けてちょうだい」

「はい」

 メイドさんはふたたび的に向き合う。

「いよいよ明日ですね、かなめお姉さま」

「そうね」

 銀の糸をひくように、ナイフは的へと吸い込まれてゆく。

「どちらが勝つと思われますか?」

 メイドさんの質問に、御剣かなめは「ふむ」というポーズ。ただし眼差しは、メイドさんのフォームから離さない。

「………陸奥屋総裁秘書としてはマヨウンジャーって答えないと、薄情よね?」

「ズバリ本音でお願いします♪」

「真っ当な展開ならばカラフルワンダー。でもイレギュラーが発生したら、マヨウンジャーにも分があるわ。そのときは五分五分というところね」

「それでも五分と五分ですかぁ………」

 メイドさんは肩を落とす。

「勝負なんて、終わってみないとわからないものよ? それよりメイドさん、マヨウンジャーに勝ってもらわないとならない理由でもあるのかしら?」

 はい、と言ってメイドさんは顔をあげた。

「実は忍者さんと、賭けをしたんです。負けたらトイレ掃除だって。ゲーム世界の施設には、トイレなんて無いのに。不思議なことを言いますねぇ」

「あぁ、なるほど」

「どうかされたんですか?」

「さっき一乃組へ行ってきたんだけど、角材が散らかってたのよ。………きっといずみがトイレを作ってたのね」

「………賭けのために、ですか?」

「そうよ」

「………わざわざ、ですか?」

「えぇ♪」

「………かなめお姉さま?」

「なにかしら?」

「忍者さんって、馬鹿なんですか?」

「いま気づいたの? なかなか楽しいお馬鹿さんでしょ?」

 はあ、と返事するメイドさんの顔は、まったく納得していない顔である。

「だけどメイドさんがマヨウンジャーに賭けたのなら、いずみはカラフルワンダーに賭けたのかしら?」

「はい。血も涙も無い方です」

「忍者としては、それで正解。でも陸奥屋一味としては、仁侠道に反する行為ね。………お仕置きを考えておかなくちゃ♪」

 御剣かなめは美人である。

 御剣かなめは大人の女性である。

 だがしかし、忍者へのお仕置きを思いついた彼女は、女子高生のようにはしゃいでいた。


 陸奥屋一乃組、道場。

 剣士ユキは稽古着に袴、腰に二本をおとしてたたずんでいた。

 静かな夜であった。

 そして彼女の肩の辺りでは、空気が凍りついていた。

 殺気である。

 かなり押し殺してはいるがしかし、若い剣士にすべての殺気を抑えることはできないようだ。

 いや、未熟というものではない。あふれ出てしまうのだ。殺気というものが。

「………ユキ、にじみ出てるぞ」

 道場に入ってきたシャドウが、抑揚なく言う。

「無理だよ、お兄ちゃん。明日が決戦だっていうのに、殺気を抑えるなんてできっこないよ」

「だが『陰』の段では、殺気をころすことが第一歩だぞ」

「………違う技、稽古しようかな」

「父さんに言われたんだろ? 『陰』の技をやれって」

「………うん」

「大体にして、お前が決戦に挑む訳じゃない。そんなに殺気立つな」

「わかってるけどさ………」

 ユキは小さな唇をとがらせる。

「………勝てるかな、マヨウンジャー」

「スペックでは、圧倒的不利。カラフルワンダーに勝つというのは、陸奥屋一乃組と同等の火力を備えるのと同じだ。マヨウンジャーにはそこまでの火力は無い」

「………………………………」

「だがマヨウンジャーには、対応能力がある。スペックで負けていたら、それを覆す工夫。不利な戦いでも、なんとかする能力。それがマヨウンジャーにはある。俺はひそかに、期待してるぞ」

 魔法のカラフルワンダーと、なんでも出来るマヨウンジャー。と、ユキは呟いた。

「………本当に、『あしたはどっち』なんだろ」


 静かな夜であった。

 チーム『まほろば』の拠点で、出雲鏡花は技術書片手にチェス盤に目を落としていた。その眼差しは「次にどの手を打つか」よりも、「その手を何故打つか?」あるいは「その手を打ったことで、盤面がどのように動くか?」に注がれていた。

 つまり出雲鏡花は次の一手そのものよりも、ひとつの動きが周囲にどのような影響を与えるか? そのことに興味を惹かれる人間と言えた。そして相手の一手から人物像を推し測り、一局の盤面から『その人物』を丸裸にすることを、無上の喜びとすることがうかがえる。

 簡単に言うならば、出雲鏡花は性格が悪い。常に相手の揚げ足をねらい、自分の襟元は正している。そして相手の発言はことごとく記憶し、矛盾があれば速やかに突く準備を怠らない。そんなタイプだと、顔に書いてあった。『つまり』を繰り返すなら、つまり出雲鏡花の容姿は、フランス人形のように隙がなかった。

 出雲鏡花がナイトの駒を動かす。

「ふむ」

 鏡花以外は無人と思われた拠点で、他の人物の唸り声がした。

 出雲鏡花は教本を、ローブのポケットにしまい込んだ。

 そしてフランス人形のような表情を崩さず、傍らで盤面を眺めていた白銀輝夜を軽く睨む。

「いかがなさいました、輝夜さま?」

 いささか侮蔑の色がにじむ笑顔だ。

 白銀輝夜は答える。

「さすが鏡花どの。進み行く歩兵の陰に、さりげなく桂馬を打ち込むとは………」

 定石中の定石でしかない手だ。

 しかし鏡花は不快を微塵にも現さない。

「お分かりいただけましたか、輝夜さま? これなるは出雲鏡花、必勝の手にございます」

 必勝などではない。定石だ。しかし鏡花としては、白銀輝夜がこの手に気づいたことを、手放しで誉めてあげたかった。なにしろ白銀輝夜は戦闘では斬れるものの、それ以外はポンコツ街道まっしぐらな………ダメな人間だったからだ。

「輝夜さま? まほろばの軍師出雲鏡花が、次なる手にどのようなものを用いるか。賭けてみませんこと?」

「鏡花どのに賭け事で、勝利を得られぬと存じまする………というか、いやいや鏡花どの! 私が今宵うかがったのは、賭けをするためには御座りませぬ!」

「ではなに故に?」

 出雲鏡花は、まったく動じていない。つまり白銀輝夜を舐めているともとれる。良く言うならば、仲間として軽い戯れ口をきいたに過ぎぬ。

「鏡花どの。明日迷走戦隊マヨウンジャーが、カラフルワンダーに挑むと御存知でしたかな?」

「えぇ、存じてましたわ」

 珍しいことに、サムライ白銀輝夜は、目を泳がせる。

「で、では鏡花どの。もしもよろしければ、明日はマヨウンジャーの一戦を、観覧いたしませぬか? もし! もしもよろしければの話で御座るが」

 苦しそうに、白銀輝夜は続けた。

「………私ひとりでは、両者の機微を………見抜けそうにはありませぬ故………」

 ホッというようなため息を、出雲鏡花がもらした。

「解説が必要ですの?」

「是非、是非に」

「ということは、輝夜さまはいずれをマヨウンジャーかカラフルワンダーとの対戦を、念頭に置いておいでで?」

 む。

 白銀輝夜が、さらに唸る。闘魂充実、そんな唸りであった。

「鏡花どの、行きますぞ」

 強く言われた。

 出雲鏡花は髪をなびかせた。

「仕方ありませんわね。拝見しましょうか」

 マヨウンジャーの負けっぷりをだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ