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私たち、仕上げに入る


 普段はステッキを使って闘う私。ベルキラは戦斧を使い、コリンは槍を使っている。だから私たちは、『拳闘の間合い』というものに慣れていない。

 テレビを所持する家庭では、拳闘試合の中継番組などめずらしくは無い。拳闘に興味がない方でも、情報番組などで拳闘はお馴染みなものである。

 だがしかし、グローブをはめた拳闘士と向かい合うという経験は、そうあるものではない。

 何を言いたいかというと、拳闘士アキラとの間合いが、ものすごく近いのだ。そしてその光速の拳にねらわれると、逃げられないのだ。いや、小柄なアキラの場合見えない場所から、拳を発射してくれたりする。まったく厄介。他流試合などでは負け役に堕ちる拳闘だが、向かい合うとこれほど厄介な存在になろうとは。そして凡人、かつ人畜無害な私が、そのような猛者と相対する日が来ようとは。公務員・私、まったく想像すらしていなかった。

「ルールは簡単。得意の得物でボクのことをやっつけるだけです」

 アキラは簡単に言ってくれた。

 あまりに簡単に言うものだから私も、「ノックアウトは無理でも、せめて試合になるくらいには………。いや、あわよくばダウンのひとつも奪えないだろうか?」などと考えてしまったものだ。

 しかし現実は………。

「ほらほらマスター、姿勢が崩れてますよ? もっと背筋を伸ばすのが、ジャック流剣術でしょ? ………そうそう、そこからスッと伸びてきて、撃ち込む! あ、撃ったあと休んでたら、すぐに相手は踏み込んで来ますよ? ほら、ポーンポンって」

 私の攻撃、アキラがかわすという稽古で、これだけ言われているのだ。そう、私が攻撃してアキラから反撃が無い、というのにだ。

 つまり私の攻撃など、かすりもしないという状態である。

「じゃあ今度はボクも、攻撃を組み立てますからね。まずはジャブ」

 これをもらう。

「よけ難かったかな? それじゃあ右から。………これもよけられないか。じゃあ右フック、いきますよ」

 ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! と、空気を切り裂くような音が聞こえて来そうな、そんな鋭い拳だ。よけられるはずが無い。

 私、メッタ撃ちに逢う。

 そんなサブタイトルが付きそうな展開だ。

 それはコリンも同じこと。そしてこのゲームは、いらない演出(エフェクト)のおかげて、パンチを浴びたコリンが「あんっ! やんっ!」と鳴いたりするのだ。声だけ聞いていると、親に隠れてプレイするゲームのようである。

 しかし同じ長物を扱っていながら、攻防になっているのがベルキラだった。

 曰く、「柔道の組み手争いもこんな感じですから」とのこと。同じ長物を扱っていながら、なんだかズルイと言いたくなる。

 アキラが手加減しているのだろうが、ホロホロとのスパーは見応えがあった。

 両者ともに小柄。しかも間合いが近い者同士。

 ジャブで先制しようとするアキラ。ホロホロはこれを短剣(ダガー)で威嚇。踏み込もうとするホロホロには、アキラが対面の位置をズラしてアッパーをねらう、というものだ。

 こういったスパーを見ていると、おのれの不甲斐なさが身にしみてしまい、コリンと二人で嘆きの唄を歌ってしまう。

 モモのヌンチャクも面白かった。逆にアキラの方が戸惑っていたのだ。しかも蹴り。フロントキック、サイドキック。回転してのバックスピンキックと、アキラに先を取らせない。

 しかし慣れというもの、あるいはアキラの対応能力には舌を巻く。パッと飛び込んで左右のフック。これでモモからダウンを奪ってしまったのだ。

 ちなみにモモはいつものクラシック看護婦さんの制服だが、その下には黄色地に黒いラインの入ったトラックスーツを着込んでいるので、スカートがひるがえってもまったく平気なのである。私としても安心して、スパーを眺めていられるのだ。


 そしてアキラの稽古には、特筆すべき効能があった。精神的な持久力がつくのだ。集中力が持続するのである。

 具体的に言うと、最初はなす術もなく撃たれていた私だが、アキラが来ようとするタイミングが掴めるようになってきたのだ。

 もちろんそれでパンチをよけられる訳ではない。しかし、スカをかけることができるのだ。

 アキラがねらっている。私は間合いを外す。

 アキラがねらっている。私は正面から逃げる。

 さすがにアキラも『私がスカをかけている』のがわかったか、スカをかけた直後に当ててきた。だが私も、その攻撃に対しても集中できていたのだ。

「いいですねぇ、マスター。白兵戦の攻防でカラフルワンダーを圧倒は無理としても、マスターの思い描く方向に持ち込むのも時間の問題ですよ」

 そしてコリンも。

「先手必勝っ!」

 得物のリーチを活かして先をとる。以前はそれで終わりだったのが、一の槍が外されたなら二の槍。さらには三の槍が出る。まだまだアキラを後退させるには至らないが、この攻勢は成長が楽しみだ。

 さらに言うならば、ダメダメだった私たちの奮起は、周囲のヤル気を呼び起こす。

「モモちゃん、コリンの番が終わるまでスパーの相手、お願いできる?」

「マスター、手が空いているなら、一丁お願いできるかな?」

 アキラが相手でないとなると、これは簡単に倒される訳にはいかない。ましてベルキラの得物は戦斧。小回りが効かないのだ。むしろスカの直後に小手を合わせてやるか。などと、柄にもない欲を出してしまったりする。


 白兵戦に陸奥屋あり。

 時としてそのように言われることがあるが、やはり私たちも陸奥屋の一員なのだ。

 この稽古はメンバーの誰もが熱くなった。

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