私、答える
陸奥屋本店。
私だけが呼び出される。
いつもの道場に、私だけがポツリと正座していた。ここには第二秘書さんに通されたのだが、ひとりで待たされると改めて道場の広さがわかる。
廊下で足音がした。
二人分だ。
いつものような大袈裟な告知などなく、美人秘書の御剣かなめが障子を開き、鬼将軍にゆずる。その入場と同時に、私は座礼。両手をついて頭を下げた。
陸奥屋一党総裁、鬼将軍が上座に座る。
「楽に」
その一言で頭をあげた。
「迷走戦隊マヨウンジャー主、マミヤよ。仕上がりはどうか?」
「はい、まだまだにございます」
正直に答えた。
鬼将軍も、フム? と身を乗り出してくる。
「ジャック先生から剣豪緑柳は参戦しないと報告があったが、そちらには?」
「うかがっております。が、緑柳落ちでもなお、カラフルワンダーは強大。あれを準備すればこれが足らず、これを賄えばあれが足らずという次第」
「そこをよく努めるのが主であり、軍師であろう」
強い口調ではあるが、わざとだ。この男に、「これでよし!」などと報告をあげれば、かえって叱責を受けることになる。鬼将軍とて戦支度の大変さは、重々心得ているのだ。
「はい、しかし何分戦支度に『これでよし』は無いものですので、私も軍師も四苦八苦しております」
と上申すれば、見ろ。やはりフフフと笑った。
「では同志マミヤ、具体的にどれほど支度がすすんでいるのか?」
「この度魔法というものには相性があると知り、これを活かした編制と作戦を準備」
「ほう」
ほうとは言っているが、鬼将軍の表情には落胆の色が見えた。その程度の小賢さでカラフルワンダーに勝てると思うのか? というところだろう。
「これを活かした編制と作戦を準備したのですが、カラフルワンダーの火力は強大。相性もなにも、根こそぎさらわれるものと想定しました」
「相性ごときではどうにもならんか………。ではどうする?」
この男も、落胆したり身を乗り出したりと忙しいことだ。今はもう、私の話に食いついている。
「完全な作戦、完全な装備、完全な魔法。戦支度というものは、左様にあるべきとは存じますが、総裁。………戦というものは、人と人が戦うものにございます。装備や魔法が戦うのではありません」
「………緑柳が出ぬ。ならばマヨウンジャーに分があるというのか?」
「そこまでは申しません。それは油断や奢りです。ただあの老人が出ぬとなれば、恐るべき『狂』や『愚』は無いものかと」
鬼将軍の眼差しが、輝く。
「詳しく話してみよ」
「この世界においては気合、精神力、根性が大きく作用します。ならば我らは陸奥屋一党、『狂』と『愚』を………いや、戦いの恐ろしさというものを、若い連中に存分に見せつけてやります」
「迎撃されるぞ」
見抜かれたか、特攻を。だが、それしきで止まるものではない。
「先刻承知。されど、単なる特攻ではありません。ここから先は練度がモノを言います」
「ふむ」
「ジャック戦法。………まずは見るべし。そしてよけるべし。すべてはそこから始まり、そこへたどり着きます」
「かわせるのかね? カラフルワンダーの範囲魔法を」
「カラフルワンダーの過去の戦いを確認したところ、範囲魔法といえど闘技場では限度があります。通常の範囲魔法が半径三歩程度に効果があるなら、カラフルワンダーは半径六歩。いや、五歩ほどのもの。カラフルワンダーに破れた者たちはことごとく、この差に気づかず魔法を浴びています」
つまり、初手をとられているのだ。
「その読みを違えることなく、見切ったうえで同志アキラを飛び込ませるのか?」
「アキラに限りません。誰であろうと飛び込みます。白兵戦の陸奥屋一党、そのようになれば一騎当千。奮迅の働きができるものかと」
私らしくない、ずいぶんと勇ましい単語が並んだ。しかし私もまた、この一戦のためにずいぶんと頭を働かせたのだ。ずいぶんと思考が戦士向きに偏ってしまっている。
「その根拠が、『狂』と『愚』かね?」
「カラフルワンダーは若い。もちろんマヨウンジャーも若いですが、このマミヤがいます」
「同志マミヤ、君は『狂』や『愚』を心得ているというのか?」
「総裁やジャック先生、あるいは緑柳ほどの『狂愚』ではありませんが、子供たちからすれば社会人は『狂愚』の塊にございます。この一戦を通じて若者たちに、恐るべきを伝えられるなら………」
「同志マミヤ」
鬼将軍の眼差しが厳しい。
「同志マミヤ、こちらに来てはならん」
「ですが総裁………」
「ならぬものは、どこまで行ってもならぬ! ………君はあくまで、一般人なのだ。私たちのような、『こちら側』の人間ではない」
御意、と頭を下げた。
しかし私たちは、マヨウンジャーはすでに舵を切りはじめている。狂と愚の方角に………。