ジャック先生、緑柳翁と語らう
ドグラの国の中央地区。様々な商店が立ち並び、武器やアイテムが販売されている。当然種族や職種を問わず人々が行き交い、つねに賑わっている場所だ。
その中の酒場。どこか地下の穴蔵を思わせる店内。立ち飲みまで出ている店の中で、老人がひとり、卓でジョッキを傾けていた。種族はエルフ。しかし和服に袴の二本差しである。
誰かを待っているのか、麦の泡立ちはすでに消えて、ジョッキの汗もなくなっていた。
立ち飲みの客たちをかき分けて、男が現れる。中年のくせに、やけに爽やかな男だ。
「よ」
老人は見上げて言った。
「よ」
中年も爽やかに返す。
すすめられて、中年は席についた。二人掛け、向かい合わせの卓だ。
ウェイトレスの娘が、忙しそうに店内を行き来している。その娘に、中年もビールを注文した。
注文のビールが届いて、かりそめの乾杯。中年もジョッキを大きく傾けた。
「どうでぇ、そっちの若い連中は」
老人が切り出した。
「ユキや忍者のことかい? それとも馬鹿息子のことかな?」
「とぼけてもらっちゃあ困るね。マヨウンジャーだよ、マヨウンジャー」
老人は枝豆を口にした。
「あぁ、マヨウンジャーね。じいさんはどう思うんだい?」
中年も勝手に枝豆に手をつける。
「まだまだヒヨっ子、オイラが出る幕じゃねぇな」
「確かにヒヨっ子、つーか俺やじいさんみたいな人種じゃあ無ぇんだ。一般人ってところは見逃してくれ。………で、どう見る?」
老人は麦の酒をグビリ。
「………光るモンはある。だが、今はそれだけだな」
「どの辺りを見て評価した?」
「一人ひとりさ、いいねぇ、若いってのは。まず拳闘のお嬢ちゃん、あれぁピカイチだ。………スポーツマンに過ぎんがな。それとデカいのは、あれぁ柔道だろ? まあ、柔道としちゃ悪くない。競技だけどな。弓矢のお嬢ちゃんもいい。ジュニアリーグだが、他人を指揮してんだ、あの若さで。いいじゃないかよ。デコちゃんは将来が楽しみだな。案外あぁいうのが、こっちの世界に来るんだぜ。どっか歪んでっからな、とことんヤルって人種だよ。ボケ姉ちゃんは、ああ見えて、なかなか勉強熱心だ。自分がトロいってわかってやがる。自分を知るってのは大切だ。で、残るはボンクラだ。ボンクラだからいい。あれがボンクラだから、みんながまとまる。あの中であのボンクラが抜けたら、マヨウンジャーはたちまち解散だろ? 他じゃあ代りが務まらねぇ」
そして老人による、マヨウンジャー全体の評価だ。
「連携で比べれば、ウチよりも上。みんな一丸になれるところが強味だ。ただし比較するなら、火力が足らないな。カラフルワンダーの前に立つには、ここを強化しなくちゃならねぇ………が、そっちの大将」
「鬼将軍だな?」
「そう、その大将が、魔法を好んじゃいねぇだろ?」
「決めつけるな」
老人はカラカラと笑う。
そしてウェイトレスに、燗酒と焼き鳥を注文。
中年はウィスキーをロックで。それに鶏の唐揚げだ。
「隠す無ぇ、お前ぇさんたちを見てたらわかるさ。倅もデッカイ兄ちゃんもお前さんも、魔法を軽視しすぎよ」
「魔法にばっかり偏った奴に、言われたくないな」
「オイラぁ負けず嫌いでな、何をやっても勝ちたい主義なのよ」
「歳を考えやがれ、負けず嫌いとか言ってる歳じゃねぇだろ」
またもや笑って、老人は鳥串にかじりつく。
中年もまた、唐揚げを塩で頬張った。
「やはり勝てないか? マヨウンジャーでは………」
「ガッチンコの正面衝突ならな」
中年の眉がピクリと動いた。正面衝突なら勝てない。ならば正面衝突でなければ………。
「お前さんも知っての通り、勝負なんてモンぁ水物よ。始まってもいねぇのに、勝ち負けの予想なんぞするモンじゃねぇ。闘う者は、勝つも負けるも五分と五分。どっちに転んでも覚悟だけぁしておかなくちゃならねぇ。ガチャモチャうるせぇ外野なんざ、気にしちゃならねぇよ」
老人の目がギラリと輝く。戦士の目であり、現役の輝きだ。呼応するように、中年の眼差しも闘志に燃え上がる。
一触即発。
二人を知らぬ者は、そう感じるだろう。事実二人の卓の側から、人気が消えた。誰も二人には近づかないのだ。
「まあ、オイラたちが闘う訳じゃねぇ。そう殺気立ちなさんな」
「そっちこそ。ビンビン伝わってくるぜ」
お互いに殺気をしまい込んだか、老人は盃を傾け、中年はグラスを傾ける。
「で? オイラの出る幕じゃねぇとか言ったが、本当に出ないのかい?」
「………………………………」
「出たいんだよな? 闘いたいんだろ? 俺の育てたマヨウンジャーと」
翁は燗酒を、チビリ。
盃を卓に置き、ため息をつくように言う。おそらくその言葉は、酒臭い。
「拳闘のお嬢ちゃんは、拳闘だ。オイラと闘うべきじゃない」
アキラはスポーツの世界に生きるべきだと言い切った。
「デカいお姉ちゃんも、また然り。こっちに来るべきじゃ無ぇ。ボケ姉ちゃんも中途半端、軍師のお嬢ちゃんもダメ。軍師ちゃんなんざ、気が先走りすぎよ」
「となると?」
「ボンクラが一番お前の教えを理解してる。だが生兵法だ。デコちゃんがオイラの前に立てそうかなってとこだが………オイラにも寿命はある。総じて言えば、マヨウンジャーの出来を見るこたぁ、叶いそうにないからな。未練は残したかぁ無ぇ」
「そこまでか、マヨウンジャーは?」
「お前さんがシゴいてんだ、本物の技は伝わってるぜ。だが、どこまで歩かせるつもりよ? オイラが出て、回れ右させたいとこだがな。こいつは氷結のお嬢にまかせるとするよ」
「あれもただ者じゃないな」
「オイラが仕込んだからな。物を見る目はあるぜ。それがしあわせか、そうでないかは、本人が決めることさ」
「恐るべきリベラリズムだな」
中年は唐揚げを、また一口。
「リベ………なんだって?」
「リベラリズム、放任主義さ。またの名を無責任」
「無責任はお互いさまだろ? その気も無い若い者に、あれこれ仕込みやがって」
「それをその人が人生にどう活かすか? それは個人の責任です」
「本気で殺せる技でもかい?」
ジャック先生は、ふくむような笑みで酒を飲む。
「殺せる技だから、ですよ。現にウチの娘は歪んでいない。技は活かすものです。殺すのが嫌ならどうするか? 彼らは考えなければならない」
「散々仕込んどいてソレかよ? 最悪だな」
「まあ、翁がマヨウンジャーに興味が無いことを確かめたんです。今日は失礼しますよ」
剣士は出ていった。
老人・緑柳はまだ、酒を楽しんでいた。いや、眉間にシワを刻んでいる。楽しくはなさそうだ。
不満だらけにも見える。