実録 北海道大停電3
いよいよ市内へ帰って来た作者。ミスチョイスはまだまだ続きます。
午前九時、現場中止。
俺は会社に連絡を入れて、緊急出動の有無を確認。一度会社へと帰還することとした。
ここでひとつ、余談を。
俺のホームタウンは北海道の真ん中あたり。道内二番目の街だ。この辺りは「巨大地震は来ない」と、盲目的な信仰があったのだが、『例え他所の地震であっても、停電が生活に大きく影響する』のである。
さらに言うならば支援物資などの受け入れは、港が死んでいてはどうにもならない、という事実である。
今回はそのような最悪の事態は免れているが、もしも地震の影響で津波が発生していたら? 港が使えず物資輸送の要、船舶の使用ができなくなっていたら? そう考えると背筋に冷たいものが走る思いであり、漂流者漂泊物を大量にだした東日本大震災などは、現地でどうだったのか? いまさらながらに肝を冷やしている。
余談をもうひとつ。
俺は二〇年前、青森県八戸市で大きな地震を食らっている。平成六年だったか、師走二八日の三陸はるか沖地震。M6弱だった。
だから本来は地震に対して、周囲の人間よりもずっと敏感なはずなのだ。しかし一貫して言っているとおり、間違いをかなりの数、冒している。繰り返しで申し訳ないが、作者が何を間違い何を失敗しているか。何卒、後学の参照として心に留めおいていただきたい。
ともあれ、午前十時前。会社到着。
課長から飛んだ指示は、会社支給の自動車燃料を満タンにしておいてくれ。というものだった。
「いやいや、俺はまだタンクに半分以上燃料があるから」
「いや、確保しておいて欲しい」
車の燃料をだ。
どうやら会社では契約しているガソリンスタンドに連絡を入れて、供給困難という状況を把握していたらしい。そして俺が盗み聞きしたところによると、ガソリンスタンドの燃料は売り切れ御免の状態だったようだ。まあ、緊急出動のかかる仕事なので、燃料キープは間違いではない。早速燃料チケットを切ってもらう。
だが、会社事務所の中が慌ただしい。女性事務員のおばちゃん、お姉ちゃんがバケツを抱えて右往左往しているのだ。
その辺りから聞こえてきた単語を拾う。
断水
そう聞こえた。
「断水になるのか?」
課長に詰め寄る。
「なる」
短い返事。
「確定か?」
「確定だ、一四時からだ」
短いやり取りだが、不要な会話は不要な会話。無用の情報は無用の情報。憶測などは一切仕入れない。緊急時の会話、伝達としては合格点だと思う。
しかしここで俺は、致命的なミスを冒している。
ひとつ、断水開始はわかったが、終了時刻を確認していない。いや、気にもとめていなかったというのが正しい。
断水決定。
そこで思考が停止。柔軟性を失っていたのだ。
いまひとつのミス。それは『情報源はどこか?』を確認していない。
これは少しだけ、あまりにも御粗末なオチがつくので、恥ずかしさのあまり言い訳をさせていただきたい。
俺は「確定か?」と訊いている。
これは市役所、水道局など公的機関が決定したことなのか? という意味合いの「確定か?」という語句の選択なのだ。俺は間違ってない。間違ったのは会社と情報である。ちなみにいま現在、ソースがどこであったかの追究はしていない。それこそ七日夜に、信じられない事実を目にするからだ。
とりあえず、断水決定。すぐさま家に電話。
年老いた母に、断水決定を連絡。トイレ水と飲料水の確保を指示する。
午前十時。
ようやく俺にも、危機感が訪れてきた。地震発生から、六時間三〇分が経過している。
ついでに言うと、家の両親はいたって呑気なものであった。ここでポイントをひとつ。
家から出てない人間は、現実がどうなっているのか、まったく理解していないのだ。災害前日、俳優石原良純などが災害に備えるという内容の番組を放送していた。それを家族そろって視聴していたのに、混雑する道路も死んだ信号機も知らない両親は、情報孤立していたのだ。
とりあえず俺は、自動車燃料の確保に走る。少々離れた区域のスタンドだ。会社で契約しているガソリンスタンドで、機能している店はその一店舗しかないのだ。他の店は電源がダウンしている。燃料があっても供給できず、俺の住んでいる一帯の電源だけが、何故か確保されていたのだ。
これに関しては現場で、親方から聞いていた。水力発電している区域は、かなり早い段階で電力が復旧しているらしいと。どうやら俺の住んでいる区域が、それだったらしい。
ついでに報告しておくと、午前九時以降の国道十二号線では、信号機がかなり復旧していた。ただ、市内にはいるとまったくに近くダメなだけだった。
燃料確保のために、車を走らせる。ここでもドライバーたちは、優先車線と交通道徳を遵守。さほど危険も滞りもなく、車を走らせることができた。国道と交わる交差点では、警察官による交通整理が始まっていた。大変な任務であろうが、今はただただ頼もしい。そして普段は警察官に対して嫌悪の感情を持つアンちゃんたちも、警察官の指示に従っている。やはりこういった場合は、協力の精神こそが必要なのである。
ガソリンスタンドからは、給油待ちの車がはみ出し、行列を作っていた。片側二車線の道路の、半分が潰れている。その行列は背後の橋を、あっという間に越えてしまった。
みんな不安なのか?
しかし給油所に入ると、ポリタンクなどへ無駄な給油をしている者もなく、粛々と給油をする姿。この辺りは被害が少ないというのが最大の理由。そしてすでに報道されている通り、冬ではないというのが大きい。これが冬場ならばと思うと、またもやゾッとしてしまう。
交差点の警察官、断水決定、ガソリンスタンドの行列。街への帰還から急激に、緊張感が増してきた。しかし給油所で俺の順番は、まだ回って来ない。
ならば、次に取るべき準備は何か?
いよいよ危機が迫っている。
ならば食糧だ。日保ちのするものがいい。即座に乾パンが思い浮かぶ。この期に及んでなお、「なろう」で話を書いているクセが出てしまう。不意に、映画『沖縄決戦』において仲代達矢演じる矢原高級参謀が、砲戦盛んな現場に双眼鏡を向けて、乾パンをボリボリと食っている絵が思い浮かんだ。
危機感たっぷりなクセに、「俺もあんな風に格好よく、不味い乾パンをボリボリと貪り食ってみたいものだ」という欲求に駆られる。しかしこれには言い訳をさせていただきたい。不味い乾パンでも貪り食らうのは、精神の不死身を現すものであり、生命力と生命への飢餓感を象徴するものなのだ。
つまりあの絵柄に憧憬を抱くのは、未曾有の危機に対する闘志と不屈の精神なのだと思っていただきたい。………いや、思ってください。
そして給油を済ませた俺は、すぐさまマーケットへと、車を走らせる。