私、月明かりの下で………
使い方次第とはいえ、このままではあまりにも用を足していない、私たちの防御魔法。少しくらいは気合と精神力と根性で練り上げておかなくてはならないだろう。
「ということで、防御魔法の気合練りになるんだが、何か良いアイデアはあるだろうか?」
私が見回すと、たぬきと目が合った。ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。たぬきの手には得物である打撃用の杖が握られていた。そしてその杖には、『海軍精神注入棒』と書かれている。
なるほど、たぬきのアイデアは試してみる価値がある。
私は杖を借りて、たぬきの尻をバッシバシ打ち据えた。たぬきは死んだ。死んではいけない。もとも子も無いではないか。ということで、たぬき案は却下。尊い犠牲であった。
「それならマスター」
手を挙げたのはアキラだ。
「二人一組で片方が魔法攻撃、相方が防御魔法なんてどうですか?」
ズバリ目の前に仲間がいて、その仲間の魔法を受けることにより、競争心や向上心を芽生えさせるというのだ。幼稚園の運動会で『みんなで一等賞』などという世代にしては、なかなか熱い発想である。
「それじゃあ組合わせは………私サイドとホロホロサイドで、一度分けてみようか」
ということで、私対ホロホロ。アキラ対ベルキラ。モモ対コリン。
「最初はお互いに、自分の防御魔法のヘボさを知る稽古。それからアキラの言うように、相方の魔法を受け流すイメージで稽古してみよう」
ポイントは、ドツキ合いの稽古ではないという点。乱暴な技を展開することのないように………。
「飛べっ! 激流ストレートっ!!」
「なんのっ!! 展開せよ、防御壁怒龍岩っ!」
「だからドツキ合いの稽古じゃないって言ってるだろうがっ!」
我らが愛すべき熱血バカ、アキラとベルキラの二人だ。熱いのは結構なのだが、ケガをされてはたまったものではない。もちろんゲーム世界なのでケガなど無いはずなのだが、それでも見ていてヒヤヒヤしてしまう。心臓に悪い二人である。
その点、ホロホロの稽古は賢い。どの角度でつむじ風を集めれば有効か? どんな配列なら効果的か? あれこれ工夫しながらの稽古である。
コリンは防御魔法そのものを所持していない。故に動き回る白血球を電撃で撃ち倒していた。
ある程度掴めたら、攻守交代。
「聞けっ!! 土龍の怒りの声っ!」
「なんのっ!! 激流の盾はすべてを押し流すっ!」
「だからお前ぇらは、人の言い付け守れっつってんべ?」
相変わらず、ベルキラとアキラの闘いだ。本当にこの二人は、どこまでおバカさんなのだろうか?
「まあまあ、マスター。あの二人はあの二人で、着実に力をつけてるみたいだから」
「それはわかるんだが、ホロホロ。わかるんだがしかし、ホロホロ!」
「よそ見してたら、マスターを風の刃が斬り刻んじゃうよ?」
って、ホロホロ早い! 私まだ準備できてないからっ!
風の刃、直撃。
「マスター? カラフルワンダーは魔法のオーソリティー。開幕と同時に範囲魔法くらいは撃ってくるよ?」
おのれホロホロ、味な真似を………。しかしホロホロの言い分はもっともだ。カラフルワンダー相手に油断は命取りである。開幕、即散開くらいの隙の無さでも足りないくらいだ。
まったく、ひとつ心配事を片付けようとすれば、その最中に別の心配事が発生する。格上との戦いに備えるというのは、いつも稽古不足である。『これでよし』ということがない。
ただし、年長者の私としては、すでに実生活で経験済みなこと。人生は常に稽古不足。ぶっつけ本番でないだけまだマシ、という状況はよくある話である。
カラフルワンダーにも、稽古不足を経験することがあるだろうか?
若者たちは彼我を比べることがあるだろう。
ならば私は答える。
カラフルワンダーにも稽古不足はある。いや、いま現在我々との対戦を控えて、まさにそのことを実感しているかもしれない、と。
刻一刻、カラフルワンダーとの決戦が迫る中、私たちは今できることやるべきことをこなし、今日も充実した一日を終える。
「それじゃあマスター、お休みなさい!」
元気よく落ちるのはアキラだ。
「また明日も、がんばりましょうねぇ~~♪」
モモはいつものように、のんびりとした口調。
「しっかり休んで下さい、マスター」
「もう若くないんだからね?」
ベルキラとホロホロも落ちてゆく。
「みんな寝ちゃったわね」
残っているのは、コリンと私だけ。
「二学期が始まってるんだろ? 早く寝た方がいいぞ」
「わかってるわよ。たまにはいいでしょ、夜更かしくらい」
チェアに腰掛け、ショートブーツの脚をプラプラさせる。
子供なはずのコリンが夜更かし。
これはやはり………。
「不安なのかな、カラフルワンダーとの一戦が?」
そうねと言って、コリンはテーブルに肘をつき憂いのポーズをとる。
「もちろん不安よ。カラフルワンダーと戦うって決めた日からの、これまでのアタシたちが試されるんだから」
「これまでの日々は、その一日のため。されど人の評価は、一日をもって下すべからず」
「なにそれ? 偉い人の言葉みたいだけど」
「私の言葉さ」
テーブルに肘をついて、私もくつろいだ姿をとる。
「その一日のために頑張れない者は、話にならない。だが人の評価は一日だけを見て下すべきものではないと、私は常々考えている」
「それじゃあ毎日毎日、油断なんかできないじゃない。毎日努力しなさい、負けても努力しなさいだなんて」
「油断ができるのは学生のうちだけさ。社会人になったら、そうはいかない。毎日毎日、努力と緊張の日々だよ」
「息が詰まるじゃない、そんなの」
「だから大人は煙草を吸ったり、お酒を飲んだりするのさ」
月明かりの下、忍ぶようにコリンは笑う。
「それなのにマミヤ、お酒も煙草もやらないじゃない」
もしかして真面目に働いてないんじゃないの? コリンはおどけた。
「私ほど勤勉、かつ実直に働いてる大人はいないさ」
「嘘ウソ、こうして毎晩アタシたちに付き合って、遊んでくれてるじゃない」
「コリンの笑顔は日頃の疲れをトロかせてくれるのさ。私にとっては必要不可欠な、一服の清涼剤なんだよ」
へぇ~~と言って、コリンはイヤラシイ眼差しを私に向ける。
「わりと嬉しい言葉だったけど、そんな台詞あっちこっちで言ってるんじゃないでしょうね?」
「あっちこっちで言ってたら、今頃は独身を卒業。ワイフ殿の尻に敷かれて子供に泣かれて、ゲームしている暇なんてなかったろうね」
「いいわ、信じてあげる」
子供は立ち上がると、後ろ手に半回転。スカートを軽く浮かせてから、私に向き直る。
「だからこのコリンちゃんの笑顔をまぶたに焼き付けて、今夜はもう寝なさい」
指先で、軽く私の鼻を突っつく。そして私も、それをゆるした。
「わかったわかった、コリンももう寝るんだぞ?」
「大きなお世話!」
笑顔のまま、軽く舌を出して、「お休みなさい」とコリンは言う。
なんとも小さく、薄っぺらい舌だなと思ってしまった。