私たち、忍者海兵隊スクールに学ぶ
ということで、まずはいつもの陸奥屋一乃組、ジャック道場へ出稽古である。陸奥屋一乃組当主ジャック先生は、私たち迷走戦隊マヨウンジャーの掲げた大目標、『打倒、カラフルワンダー』を理解し応援してくれているありがたい人物。のみならず、その秘伝の古流武術を惜しみなく伝授してくれているという、またまたありがたい方である。
「忍者から隠蔽技術を学ぶ、か………」
腕を組んでジャック先生、しばし考え込む。
「いけませんでしょうか?」
普通ならば、「隠蔽技術なんぞに目移りしとらんで、もっと稽古せんかっ!」と一喝され、一途であることを求められるはずだ。しかしジャック先生の様子は、それとは違う。
ふ~む、と首をひねりやはり何かを考えている。
「………ユキにフィー先生。………総裁は隠れるなんてしないし………メイドさん辺りかな?」
何かブツブツ言っている。
そしてやおら顔をあげると、天井にむかって呼び掛けた。
「忍者、忍者はいるかい?」
天井の羽目板がズレて、忍者とその所持品の天狗が、仲良く顔を出す。
「いかがされましたかな、ジャック先生」
今日は時代劇ムードな口調だ。
「本店の秘書、かなめさんは隠蔽技術を使えるのかな?」
ジャック先生の問いに、忍者の「チッ」という舌打ちが小さく聞こえた。
「………私の技術でかなめ姉にできないものは無い」
「なるほど。………じゃあ忍者、お前の隠蔽技術を陸奥屋一党に伝授してくれないか?」
「いやだ」
簡単に断るやつだ。
「忍術というものは、血でやるものだ。才能や素質の無いやつが一〇〇人一〇〇〇人と集まったところで、モノにはならん」
「………そうか、仕方ないな。じゃあかなめさんに頼むか」
ジャック先生もあきらめが早い。モノを伝える側としては、忍者の言い分が理解できるのかもしれない。
が、忍者と天狗がクルリと回転しながら降りてきた。着地と同時に土下座の姿勢をとっている。
「隠蔽技術、なにとぞこの愚鈍な忍者めに教授させてください、お願いします」
ちょっと待て忍者。
お前いま、才能の無いやつには隠蔽技術を教えない、とか言っただろ。
なんだその手のひら返しは?
「いやいや忍者、お前の手は煩わせないよ。俺たちはかなめさんから忍術を学ぶから。あんたの姪っ子がステルスを教えてくれないって、泣きついてから」
「いえいえジャック先生いきなりあの夜叉………じゃなくて、かなめ姉の高度な技術は危険過ぎます。なにとぞ、後生ですからこの忍者いずみめにおまかせください」
だんだん早口になってきてるし。
つーか忍者。君は何をそんなにガクガクブルブルと震えてるんだい? いや、美人秘書かなめさんが怖いってのは、わかってるんだけどね。
「仕方ないなぁ、それじゃあ忍者にたのもうか?」
「おまかせ下さい、マイ・マスター」
「だけど俺だけじゃなく、一乃組メンバーにマヨウンジャーの面々。さらには本店の人間にも、教授して欲しいんだ」
「………チッ」
「ん? 今もしかして、舌打ちした?」
「滅相もございません、ジャック先生。よろこんで教鞭をとらせていただきます」
ということで、私たちはジャック先生の許しを得て、忍術修行も並行することになった。
が、ひとつ謎が残っている。
ジャック流古武術もおさめていない未熟者の私たちが、あれこれ手を出しても良いと許された理由である。
ジャック先生曰く。
「学ぶことは悪いことじゃないさ。悪いのは、流派に使われること。一流派にばかりこだわっていては、流派に自分を乗っ取られるからね。いろんなものを混ぜこぜにしてやるのさ」
とのこと。
この言葉の意味を理解するには、私にはもう少し時間が必要なようだ。有り体に言ってしまうと、何を言ってるのかよく分からない。いつもの宇宙言語、いつものジャック節というやつである。
そして。
「来たわよ」
忍者が指定した日時、陸奥屋一乃組道場。
おそらくジャック先生発案だろう。マヨウンジャー、一乃組のみならず、本店メンバーを始めとした一党の総員が集結していた。
その中には、「来たわよ」と発言した美人秘書、御剣かなめもいた。そして忍者は肩を落とし、ひざを着いていた。
「さすが本家ね、いずみ。その若さで人にものを教えるなんて」
「………何しに来たンさ、かなめ姉」
「あら? いずみの先生振りがどんなものか、採点して宗家に提出しようかと」
「かなめ姉、私にあの世へ旅立てと?」
「いずみが立派に先生役を勤め上げればいいだけじゃない」
忍者は何やらブツブツと言い出した。かなり不満な様子である。
「あ、そう言えば夏イベントの結果、宗家に報告してないわね」
「………さらば青春の日々よ。私は明日から修行漬けで、遊ぶ暇が無くなるよ………」
「だからね、いずみ。あなたが立派な先生になればいいのよ」
そんな次第で。
「第一回! 忍者になろう講習会隠蔽編! シェゲナベイベーーっ!」
かなりヤケクソ、かつ投げやりな態度だな、忍者。
「いいか諸君っ! 諸君は隠蔽技術を欲してこの場に集っているが、その修得は容易ではない! わかっとるかーーっ!」
返事は「ハイ」しか許されない。そんな雰囲気だ。なにしろ忍者も、死ぬか生きるかの瀬戸際なのだ。
「ではこれよりっ、隠蔽技術の基礎の基礎を教えるっ! ………全員、気を付けーーっ!」
私たちは直立不動の姿勢をとる。
「隠蔽技術の基礎っ! それは動かないことだっ! 今からヨシというまで、絶対うごくなーーっ!」
「ハイッ!」
「いま返事した者っ! 言いつけを破って動いたなっ! 全員前支えヨーーイっ!」
「1! 2!」
1でしゃがんで両手を着き、2で脚を後方へ。いわゆる腕立て伏せの姿勢だ。
「そのまま腕立て伏せ三〇本っ! ………一本一本、気合入れてぇっ!」
エイッ! ヤッ! と気合をかけながら、どうにか腕立て伏せ終了。どうやら忍者の修行は、一切の口ごたえが許されない世界のようだ。
「よし、もう一度っ! うごくなよっ!」
かなり理不尽。
そしてこんな稽古でステルスが身にくつのか。
はなはだ疑問ではあるが、この際目をつぶらなければならないのか。
謎は謎を呼ぶ。