番外編・楓さんの憂鬱
通常の六人戦。
特別なことは何も無い。
だけどそれなのに、私たちのチームは勝ち星を上げることができないでいる。
その理由はわかっていた。そう、私がこのチームに加盟したその日から………。
「知り合いがチームを立ち上げるらしいんだけど、楓さんも加盟してみない?」
ある日ある時ある場所で、私はフレンドさんに誘われた。
「なんでもそのチーム、マスターさんによると過去最強のメンバーを揃えたらしいよ?」
あら? それは興味深いわね。そんな風に思ってしまったかつての自分を、今は張り倒してやりたい。何故あのとき私は、なんの疑問も持たなかったのだろう。
そう、例えば『最強』とは何を基準にして、どのような物差しで計って最強なのか?
『過去』と述べてはいるがそのマスターさん。どのような過去を積み重ねてきているのか?
そしてそのマスターさんやメンバーさん、信用するに足る人物なのかどうなのか?
疑うべきところは数々あったはずだ。
後悔の時は、すぐに訪れる。そう、呼んだわけでも招いたわけでもないのに、スキップしながら訪れるものだ。
初陣。
マスターさんが言うところの最強メンバーが集い、いざ闘技場へ。
六人制のバトルにおいて、どのようなチームの妙技が見られるのか? 私は足引っ張りにならないのか? 期待と不安を半々にブリーフィングが始まった。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
………あの、何も話し合わないんですか?
様々な戦術、高度な議論の展開を期待してたのに、何故誰も口を開こうとしないの?
いやな予感がするわね。もしかすると、これはアレかしら? 下手に作戦立案して「指示厨乙!」とか言われるのを、避けてるだけ? いやいやもしかしたら、作戦を提示してその作戦で負けたとき、責められたくないから黙ってるとか?
そんな疑念が頭をよぎったときには、ブリーフィングタイム残り一〇秒。
その時、チームが動いた! ついに動いたんですよ、マスターさんが!
「よろしくぅ!」
へ?
挨拶だけ?
「よろしくぅ!」
「よろしくっス!」
「しゃっス!」
え? ちょ、他のみなさんまで………どゆこと?
しかし無情のゴングは鳴る。
いけないいけない、呆けてる場合ではありません。急いで準備しましたよ、魔法を。
だけど飛んできた指示は………。
「楓っち、魔法なんて後あと! とにかく突っ込んで!」
なにそれ! 魔法の撃ち合いで足場を確保、それから前進、最後に突撃が定石じゃないの? いやいや、もしかしたら魔法対策に秘訣があるのかも………。
「うわーーっ!」
「ぎゃーーっ! やられたーーっ!」
………そんなものは無かったでござるよ。
聞こえてくるのは味方の悲鳴ばかり。
そりゃそうだ。魔法対策無しに突っ込んで魔法を当てられて、隙だらけになったところを白兵戦で斬り刻まれてんだから。しかも全員単独行動。二人一組を相手では、勝ち目が無い。ある訳がない。
早々に二人撤退という状況だけど、この時点でもまだ私は信じていた。数的不利を生み出してでもなお、チームを勝利に導く秘策があると!
………うん、当時の自分が目の前にいたら容赦なくひっぱたくわ。
だってマスター含む三人が、格下一人を袋叩きにして喜んでいる光景を見ても、まだそんなこと考えてたんだから。ちなみにこの時の格下くん。三人がかりの攻撃を逃れて、見事回復役により復活しておりましたとさ。………バカじゃないのと、今なら言える。格下相手に三人がかりで、仕留めきれずに取り逃がしてんだもん。
でも当時の私、そんなこと考える余裕無し!
だって敵の残る四人が、私一人に集中攻撃して来たんだから!
………でも敵の視点で考えたら、当然よね? 固まってる三人組よりも、孤立した一人をねらうのって、これまた定石。マスターさんたちじゃないけど、確実に仕留めるならという条件を満たすなら、各個撃破は定石中の定石だ。
各個撃破が定石中の定石なんだから、襲われてる私を救助するのも定石中の定石。それが不可能ならば横合いから敵の集団をひっぱたく。それが普通の戦術だよね。それでこそ私が『囮役』として光るんだから。
ですが頼もしくも愛すべき我がチームメイトたちは、逃走する格下くんを追いかけて右に左に。縦一列で追いかけるという、包囲とか詰めるとかの工夫なく走り回っておりましたとさ。
結局私は死人部屋送り。復帰してみれば試合場に味方は残り少なく、またも各個撃破の憂き目なり。
こんな調子で六分間。私の胃袋に穴を開けかねない、ストレスまみれのナンセンス劇場が展開。というか、そのままの流れで試合が終わってしまった。
「反省会を開くよ」
マスターさんの一声で、どうやら彼らの行動動機を聞く機会ができた。
というか、あのデキでは反省会を開くのが当然。そしてこれからどのような戦術を採用すれば、今回のような憂き目を回避できるか。大いに語り合うべきだ。
私はそう思った。
だけど他のメンバーは、そう思わなかったようだ。
反省会。
参加人数は三人。つまり半分だけ。
いや、半分でもいいじゃないか。実のある話し合いができれば良いのだ。
では実りのある反省会。発言の方はマスターさんからどうぞ。
「〇〇氏、あの動きじゃ彼はこれから先、ウチじゃキツイんじゃないかなぁ」
いきなり批判かよ。
しかもこの場にはいないメンバーの批判だし。
「◎◎氏もセンスないよねぇ。寄ってたかって一人を袋叩きにしてんだから、あそこは僕一人で充分なのに」
いや、寄ってたかっての一人が貴方御自身なのですが。というかそれで取り逃がしてるんだから、僕一人で充分という理屈は通らないですよ?
っていうか、マスターが反省会を開くと宣言して、半分しか集まらないこの事実。
不吉な解が導き出される。
このマスター、みんなから信頼されてないんじゃないの? という、不吉な解が導き出される。
それもさることながら、この方一度も指揮を執っていなかったような………。
「まあ、楓っちも初陣だったから仕方ないけど、慣れてきたら指揮を執ってね」
いや、それをするのは貴方でしょうが!
「前衛と後衛で別れて指揮を執るのが、一番効率がいいからね」
それ愚策! やっちゃいけない愚策だから!
さすがに私も危機を感じた。もしかしてこの人、陣頭に立った経験も無しにギルドを立ち上げてしまったんじゃ………。
愚痴ってやる!
なんでこんなギルドに引き込んだか、フレンドさんに愚痴ってやる!
しかし拠点に帰ると………。
「楓さん、ちょっと………」
反省会に来なかった二人が、私を奥に呼び出す。
「困りましたよ、禄な指示も作戦も無いんだから」
「どうにかなりませんか、楓さん」
「このままじゃ僕たち、このゲームを好きになれないですよ」
二人は私よりもレベルが低い。誰かが指示をしないと動けない。というか先日まで野良だったというのだ。
「………仕方ないなぁ。それじゃ少しだけ、定石を手解きするよ?」
まだなんとかなる。
私たちだけでも力を合わせれば、なんとかなる。
そう思って、二人に定石を解説することにした。
それが、『私がこのギルドに居残った理由』である。