私、一生忘れられない
「そろそろ茶番はよろしいかしら?」
さすがに出雲鏡花も焦れてきたようだ。眉間にしわを寄せて不機嫌な目つきをしている。
「私としてはそろそろそこの年増を仕留めて、勝利の美酒に酔い痴れたいですわ」
「あんなこと言ってるわよ、お嬢。失礼よね、お嬢なんてまだまだ若いのに」
「いや姐さん、年増ってのは姐さんのことだから」
やはりまだまだボケるライヤー夫人ではあったが、運営サイドも焦れていたのであろう。ようやくの銅鑼である。
ニヤリと毒の笑みを見せたのは、出雲鏡花。ライヤー夫人は泰然と腕を組んで立っている。そして忍者は山車を片付けていた。
出雲鏡花がジリッと前に出た。得意の口車を使うには、間合いを詰める必要があるからだ。
ライヤー夫人もジリッと後退。こちらは出雲鏡花の距離に付き合わない姿勢。
「ダメよ、出雲鏡花。それ以上近づかないでちょうだい」
「あら、ようやくおぼえてくださいましたの? 私の名前。散々煮え湯を飲ませてくださった割には、ずいぶんと釣れない態度ですこと」
もちろん近づくなと言われて、「はい、そうですか」と答える出雲鏡花ではない。むしろ気分よく間を詰めてくる。
「お待ちなさい、出雲鏡花。そりゃあ私たちの間には、いろいろとあったわ。だけど今は全てを水に流して、話し合うべき時だと思うの」
「あらあら、いまさら命乞いですの? それでしたらそれに相応しい態度、というものが………」
言いかけなのに、出雲鏡花の姿が消えた。
ズボッという音がしたのだ。
私の見間違いないでなければ、落とし穴に落ちたようだった。それもかなり格好悪く。本人も落とし穴にハマッたという自覚なしに。
「だから言ったじゃない、それ以上近づくなって」
ライヤー夫人は落とし穴をのぞき込む。
「生きてるかしら! 出雲の小狸!」
呼び掛ける姿から察するに、相当深い穴のようだ。
「………生きてるみたいね、体力ゲージがまだ残ってるわ」
ライヤー夫人は落とし穴の中に、ファイヤー・ボールを放り込む。そして素早く魔法で岩石を生み出し、落とし穴に蓋をした。
ズン………!
地響きにも似た、重低音。
岩の上に標示された出雲鏡花の体力が、あっという間に消失。
試合終了の銅鑼が響いた。
呆気ない幕切れであった。というか、最初から勝負になっていない。
私などからすれば出雲鏡花は、猛者の中の猛者である。しかしその出雲鏡花が苦もなく、それこそ手のひらで転がされて敗退したのだ。
確かにライヤー夫人、ドロボウ祭りのシメは「そりゃないよ」なオチをつけてくれる、ロクデナシの極みだ。だがしかし、それでも出雲鏡花をこのように料理するとは。
ドグラの国のマグラの森。
このゲームの強者連中というのは、どこまで強いというのだろう。
ライヤー夫人は試合場に残っていた。
マイクを手に、これから御挨拶というところらしい。
「参加者のみなさま、お疲れ様。告知から約一ヶ月を費やして開催された、真夏のイベント。おたのしみいただけたかしら?」
否定の声など、あがる訳がない。会場は拍手と足踏み、そして大歓声に包まれた。
ライヤー夫人は満足そうにうなずき、群衆に問いかける。
「もしかしたらこの中には私の個人イベント、ドロボウ祭りにも参加してくれた方も、いらっしゃるんじゃないかしら?」
またまた大歓声。
「みんな、良い夏の思い出ができたようね。お姉さんも満足よ」
酷い思い出だけどな。
忍者のツッコミに、一同爆笑。
「思いがけない好成績、思いの外のびなかった成績。いろいろあるだろうけど、夏はまだまだこれからよ」
会場全体がうねりを上げている。いま正に、特設会場は「ライヤー夫人オンステージ」である。
「それじゃあ最後に、お姉さんのワガママよ。私の友人に、喜びの声を伝えさせてちょうだい」
ずいぶんと殊勝なものだ。ライヤー夫人らしくないと言えば、らしくない。
「受付のリンダ、見てる? ドロボウ祭りに集客人数で負けた運営が、肝いりで開催したトーナメント。私、ライヤー夫人が優勝しちゃった♪ ねねね、リンダ。いまどんな気分? どんな気分? 集客人数で負けてトーナメントも優勝をさらわれて、いまどんな気分かしら? お姉さん、気になっちゃうなぁ♪」
ちょっ………待て!
待ちやがれっ、ライヤー夫人!
お前、運営にケンカ売ってどういうつもりよ!
「よし、迷走戦隊マヨウンジャー! 全員荷物をまとめろ、ずらかるぞ!」
これはマズイ。
非常にマズイ。
大凶と天中殺がしずしずと寄り添い歩いて来るような、そんな予感しかしやがらねぇ!
陸奥屋一党は美人秘書の号令で、テキパキと帰り支度をすすめている。
「それじゃあみなさん、私たちマヨウンジャーはこれで! また明日から稽古にうかがいますね、ちゃお!」
暇乞いの挨拶も早口に、私たちは会場をあとにした。
出口にむかって通路を駆ける。
「マスター! 会場で爆発が起きてるみたいだよ!」
「振り向くなホロホロ! 過去には夢も希望もないぞ!」
「いやぁ、結局表彰式や閉会式は、なかったですね」
「アキラ、そのマイペースぶり、今は頼もしい限りだ!」
どうにか会場の外まで逃げおおせた。
ようやく振り返ると、次々と避難してくる人々が見える。もちろんその中の陸奥屋一党と、私たちは合流する。
「おい、あれを見ろ!」
誰かが叫んだ。
爆炎をあげる会場の上。
広がる青空の中に、三部門の優勝者。準優勝者の名前が浮かんでいる。
そして運営からのメッセージ。
多数さまの御参加、ありがとうございました。
お疲れさまでした。
あぁ、イベントが終わったのだな。
感慨にふけってしまう。
会場が炎上していなければ、もっと感慨深かっただろうに………。
いや、これはこれで感慨深いものがあるだろう。おそらく一生忘れられない思い出だ。