私、この世の酷さを知る
血の祭典も、いよいよ大詰め。私たち陸奥屋一党とカラフルワンダーからの出場者はいないが、総合部門の決勝戦である。
彼方から、チーム『まほろば』のたぬき、出雲鏡花が入場してきた。
素材は質の高いものを使っているであろうローブ。そして孔雀の羽のような扇で顔半分を隠し、いつものようにお嬢さまムードも満点、シャナリシャナリと歩いてきた。
対するライヤー夫人の入場だが………。
なにやら『おめでたい』音楽が流れてきた。
学生時代、音楽の授業で習ったおぼえがある。
笙や篳篥の優美な音色、そして盛りをみせて流れる旋律。
世界最古のオーケストラ、雅楽『越天楽』である。
ずいぶんとハッタリを効かせたものだと感心したが、その入場がまたヒドい。ねぷた祭りかよ、とツッコミたくなるような山車に胡座で腰をおろし、古代卑弥呼の頃のような服装で。それで巨大な盃を傾け、「私が神さまよ、崇めなさい」という顔をしているのだ。
ダイレクトに言わせてもらいたい。
ライヤー夫人、お前闘う気ぃ無ぇだろ?
山車の裾からはスモークが吹き出し、雷光を思わせるフラッシュが走る。そしてその山車を押してるのが、黒子の格好をしているが、あれは忍者だ。間違いない。お前本当にライヤー夫人と仲良しなのな?
山車が止まった。
忍者がライヤー夫人のそばに、ビーチパラソルを立てる。いや、忍者。山車にビーチパラソルってどうよ?
しかもデッキチェアまで用意して………って、横たわるのかよ! 横たわるのかよ、ライヤー夫人! もう好き放題だな、お前!
「キューバンダイキリの似合う女、ライヤー夫人よ」
盃かたむけておいて、カクテルの名前出すなや。
「でも似合うだけであって、飲める訳じゃないわ。私、下戸だから」
だったら言うなよ。
「ちなみにフローズンダイキリは、私の古くからの友達が好物にしてたわ」
その友達の名前は言うなよ。いいか、絶対に言うなよ。
「………お嬢、ワインを頂戴」
「銘柄は何にいたしましょう?」
たのむから二人の会話で進行しないでくれ。お客さんおいてけぼりだぞ。
「銘柄は、そうね………シャンベルタン、二〇〇一年物。だけどこれは二〇世紀にやるからウケるネタであって、二〇〇一年を通りすぎた現在では、話にも何にもならないわ」
だったらやるなよ。
「ねぇ、お嬢………」
「なんだ?」
「木星には何時に着くのかしら? ………ジュピターには………何時に着くの………かしら………」
「死んでるじゃねーか」
いや、試合前に死なれても困るから。
「もう、寝ましょう………私、疲れちゃったのよ………」
混ざってる混ざってる! 『蘇る金狼』と『野獣死すべし』、混ざってるから!
ライヤー夫人が立ち上がった。誘われるようにして私たちも、ついつい立ち上がってしまった。
そして頭上を指差し声をそろえる。
「「「あ!」」」
私たちは腰をおろした。
ライヤー夫人もまた、身をよこたえる。
何故私たちがこのような奇行に走ったか、その理由はわからない。もしも理由があるとするならば、ライヤー夫人に操られていたのかもしれない。
「………悪のりしすぎたかしら、お嬢?」
「大丈夫だ、姐さんが出てきてこの程度なら、まだまだ余裕はある。適量というやつだ」
まだこの上があるのかよ。忍者の言葉を聞いて、私はゲップが出そうになった。
「それでお嬢、お嬢に勝ったのに私、これ以上なにをすればいいのかしら?」
「とりあえず決勝戦だ。キリキリ闘ってくれや」
細く長い貴婦人用の煙管に、ライヤー夫人は短い紙巻煙草を詰める。忍者がそれに火を着けた。
ライヤー夫人は軽く一口。それから肺に煙を送り込むことなく、唇の間から細く長く煙を出した。
これは口腔吸引といって口の内側の粘膜から、ニコチンを摂取するという喫煙方法だ。肺に煙を送り込むばかりが喫煙ではないのである。
ライヤー夫人は言った。
「イヤよお嬢、面倒くさいわ。私にとってのメインディシュ、お嬢との一戦はすでに終わってるの。私はもう満ち足りてるのよ」
「じゃあ姐さん、チーム『まほろば』のたぬきが優勝でいいのかな? お鏡のやつ、絶対に鼻高々でふんぞり返るぞ?」
「それも面白くは無いわね………」
ようやくやる気になったらしい。ライヤー夫人はデッキチェアから立ち上がった。
「それじゃあ相手になってあげるから、かかってらっしゃい」
堂々と巨大なバストを張る。
しかし忍者がツッコんだ。
「姐さん、誰にむかって凄んでいる。それは私の天狗だ」
「間違えたわ。………貴女が私の相手ね? よくぞここまで勝ち上がって。褒めてあげるわ」
「それはシャルローネ。………姐さんもしかして、対戦相手の顔、おぼえてないのか?」
「そんなことないわよ、お嬢。確か決勝戦の相手は………」
本気でおぼえてないのか、この女。こめかみに指先あてて、ウンウン唸ってやがるぞ?
いいのか、そんな態度で。出雲鏡花の怒りを買うぞ?
って、出雲鏡花は出雲鏡花でポカンとしてるし! お前あれか? シャンベルタンの辺りから、ネタについて来てないのか?
「お鏡………お鏡………」
忍者が出雲鏡花を突っつく。出雲鏡花は我に返ったようだ。
「ハッ! よ、よくぞここまで勝ち上がって来ましたわね、ライヤー夫人!」
「お前セリフが姐さんとカブッてんぞ」
忍者、さっきからツッコミまくりである。
「今日こそはその傲慢な態度を改めてもらいますわよ!」
「………………………………」
「なんとかおっしゃいな!」
「………お嬢? 私、傲慢だったかしら?」
「考えるだけ無駄だ、姐さんの傲慢さは死ななきゃ治らない」
「そんなに褒められたら、お姉さんテレちゃうわ」
「褒めてねーから」
「ところでお嬢?」
「なんだよ今さら」
「なんであの小狸、やかましく吠えてるのかしら?」
「姐さんの対戦相手だからだよ」
「………………………………」
「やっぱりおぼえてなかったんじゃねーか!」
「そんなことないわよ、確か名前が、い………い、いずみ………」
「はいアウトぉっ!」
先程から出雲鏡花がおいてけぼりである。
なんて酷い決勝戦であろうか。
ちなみに銅鑼は、まだ鳴っていない。