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私、世代交代をしる


 斬ってなければ打ってもいない。緑柳じいさんは若い白銀輝夜をなぶって、遊んでいるだけ。忍者の言葉はそのように聞こえた。

 アキラでさえ撃沈された白銀輝夜を相手に、そのようなことが可能なのだろうか? 正直、信じることができない。だが忍者の解説を信じるしかない光景が、私たちの眼下で繰り広げられている。

 白銀輝夜が動く。

 すると緑柳じいさんの切っ先も動いて、するりピタッと小手に貼りつく。緑柳じいさんのカウンターをかわしてもダメ。一撃目の失中をフォローするがごとく、よどみのない切っ先が反対側の小手をおさえる。


 これはもう語ったであろうか? 剣術ではなく、剣道の話である。

 五段くらいの先生。元気がよくて勢いもある。まさに剣士として、脂ののり切った時期。

 そんな強い強い先生が、七段のじいちゃん先生に歯が立たないというのである。

 七段といえば、私などからすれば達人である。だからかなわない。………うん、それはよくわかる。しかし現実に視力は弱り筋力は衰える。それだというのに七段のじいちゃん先生は強いというのだ。

「どういうことですか?」

 そのエピソードを教えてくれた、ジャック先生に訊いたことがある。

 ジャック先生曰く。

「剣とはそういうものさ」

 どうやら理屈を越えた『強さ』というものは、存在するらしい。

 そしてその証明が、すぐそこでなされているのである。

 白銀輝夜の刀に、緑柳じいさんの刀がからまる。すると苦もなく、ポンと小手に入る。白銀輝夜が突っ込むと、緑柳じいさんは文字通りどこ吹く風。するりとかわしてピタリとあてがう。

 これはもう、感情をあらわにしたり叫んだりすると、何故か当たる必殺技。とかのレベルではない。だからといってクールであれば決まる剣豪小説のような話でもない。

 生々しく現実に目の前で展開する、惨たらしい処刑のようなものである。

「そうかな? 白銀輝夜の精神は、そんな安っぽいものではなさそうですよ?」

 アキラが言った。

「見てください、白銀輝夜の顔。あれが未熟を指摘されてヘコんでいる、若者の顔ですか?」

 言われて初めて、白銀輝夜に注目する。

 清々しい。

 試合が始まる前はあんなに硬かった表情が、憑き物が落ちたかのように穏やかになっている。つい先ほどまでは勝利に固執して、目を三角にして緑柳じいさんに襲いかかっていたはずだ。なのにそれが、今はもう………。

「学んでいるのね、白銀輝夜は。そして緑柳じいさんの方も、見てよ………伝えてるわ」

 まばたきもせず、コリンは食い入るように試合を眺めていた。

 若者が清々しければ、老剣士もまた若さを取り戻したかのようだ。うっすらと額に汗を浮かべ、一手一手を丁寧に打ち込んでいる。

 そう、老人はいよいよ剣を入れ始めていたのだ。白銀輝夜の体力が、ジリジリと削られてゆく。

 だがしかし。

 サッサッとすれ違い互いに位置を入れ替えたとき、老人の体力が大きく削れた。

「よし!」

 老人の言葉だ。

 斬られて「よし!」の言葉が出るということは、やはり白銀輝夜から至高の一手を導き出さんとしているのだ。

「次はこれ………」

 じいさんは中段に構えているだけだが、白銀輝夜は八相にかまえを取り直す。

「二人だけのコミュニケーションだねぇ………」

 老剣士と若者の対決が、忍者にはそのように見えたらしい。

「師匠と弟子みたいですね」

 アキラは目をキラキラさせている。師弟というものに対する憧れがそうさせるのだろう。

 しかし忍者はにべもない。

「そんなにいいもんじゃないぞ、師匠なんてのは。あれは恐ろしいばかりのものだ」

「それは忍者さんが悪さばっかりしてたからじゃないんですか?」

「見て来たみたいに言うねぇ、アキラ」

 老人が打ち込み、若者がそれを捌き撃ち返す。

 その流れが崩れた。

 老人の一言が崩したのだ。

「そろそろ本気で行こうかね」

 撃ち合いが始まった。

 と言っても、チャンチャンバラバラと金属音を立てている訳ではない。まずは老人が斬りかかる。それを刀で受けることなく、白銀輝夜は足でかわす。

「刀を損じないためだ」

 忍者解説が入る。

「そして今つかっている足捌きは、緑柳じいさんが伝えたものだ」

 なるほど。確かに見たことのある流れである。

 しかしそうなると………勝敗の行方というものは………。

「ここじゃっ!」

 老人の声。

 応じるように、白銀輝夜の太刀。

 一撃。

 お互いの体力は、クリティカルの一撃で尽きる。ちょうどその程度の体力だけしか残っていなかった。

 だから………。

 老人が姿を消してゆく。最期に一言、「伸びてゆけ」と言い残して。


 戦士部門、白銀輝夜の優勝が決定した。

 会場が湧く。

 白銀輝夜のファンであろう娘たちの、黄色い声もにぎやかに。

 そして万雷の拍手。

 だが、陸奥屋一党は静まりかえっていた。

「ジジイめ、小娘に伝えやがったな?」

 ジャック先生の声が、不吉な気配を孕んで客席に響いた。

「これから先の修羅道を、あの小娘に押し付けやがったか!」

 そうか、この一戦は勝負、あるいは戦というものを、老人から若者に伝えた一戦なのか。

 その上で、「我々はすでに為した。次はお前たちの番だ」と、バトンタッチした一戦だったのだ。

 ………つまりジャック先生は、次世代の旗手として選ばれなかった、ということになる。

 いや、ジャック先生のことはどうでもいい。そんなことで怒りをおぼえる安い男ではない。むしろ若い白銀輝夜に、戦の厳しさや死ぬか生きるかの真剣勝負、その他もろもろを押し付けたというあたりに怒りをおぼえているのだ。

 ジジイが帰ってきた。

 カラフルワンダーの仲間が、老体をねぎらっている。

 そこにジャック先生が、怒りもあらわに詰め寄った。

「ジジイ………」

 普段親しくさせてもらっている私たちでさえ、近寄りがたい雰囲気を発している。

 だが老人は、飄々と受けている。

 ただ一言。

「あのお嬢ちゃんには授けてやる。だがお前には、なんも授けてやらん」


 確かジャック先生は、息子であろうシャドウには、真伝を授けていなかったはずだ。何故ならその妹、ユキさんの方を買っているからだ。

 じいさんはジャック先生に真伝を授けない。だが白銀輝夜には、惜しみなく伝えてやる。

 シャドウくんに全てを伝えないジャック先生だからこそ、じいさんの意図が突き刺さるのだ。

 だからジャック先生は背中を向けた。

 一人闘技場を去ってゆく。

「………かなめ君!」

 鬼将軍が席を立った。

 美人秘書が、意を賜ったとばかり頭をさげる。

 そしてジャック先生を追う鬼将軍に、一党メンバーはねぎらうように頭を垂れる。

 この場面に必要なのは、男である。

 いまだ男の修養中。そんな私が、口をはさんで良い場面ではない。

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