私、戦士部門の決勝戦を観る
わっしょいわっしょい!
仲間たちに担ぎ上げられるようにして、激流の蒼帝・蒼魔が帰ってきた。
「いや、棚ぼたな勝ちをひろっただけだ。そんなに担がないでくれ」
遠慮はみせるが、それでもやはり嬉しそうである。
客席に到着すると、カラフルワンダーのメンバーたちから陸奥屋一党が、こぞって蒼魔を胴上げした。
やったぞ! 万歳だ! 俺たちの仲間がトーナメントを制覇したんだ!
喜びはどこまでも、いつまでも。
しかし。
「………ちょ、ちょっと待ってくれ。ちょっと降ろしてくれないか」
控えるようにして、蒼魔は人々の手から降りた。
鬼将軍の御前である。
蒼魔は片膝をつくと頭を垂れた。
悪魔の申し子はおおらかにうなずくと、静かに伝えた。
「よろしい、面を上げるがよい」
「ハッ!」
若い蒼魔がうかがうように顔を上げると、タイミングを見計らっていたのだろう、鬼将軍は大きくマントを翻した。
そして人を魅了する悪魔は、短く言った。
「この度のはたらき、天晴れである!」
翻りの余韻に、まだマントがゆれている。私としては、どうしてなのだろう? と疑問が浮かんでしまう。
どうしてこの男は、こんなに格好いいんだろう? と。
そして背中をむけて、こう言うのだ。
「大義であった、休むがよい!」
「ハハーーッ!」
これには蒼魔のみならず、私をふくめた陸奥屋一党が、すべて片膝で頭を垂れてしまうのだ。
若い蒼魔は、ポツリと呟いた。
「俺は、まだまだだ………」
この若者がひそかに、鬼将軍のカリスマ性に憧れているのは、周知の事実である。そしてまだまだ、あの領域には達していないというのも周知の事実。
だがしかし、小利口なモノマネや諦めた態度よりも、登っても登っても頂へ着かない山に挑む若者の方が、はるかに伸びしろがある。そして私たちのような中年からすれば、はるかに好感のもてる姿勢であった。
一戦に入れ込むに、何ら恥入るところなし。
アキラの熱意を評した言葉だ。ならば………。
人一人に入れ込むことに、何の恥入ることあろう。
特に若者たちが、「俺もあんな風になりたい」とか、「僕もこんな人間になりたい」と憧れるのは、大変に結構なことである。
かかるに、私はどうだろうか? 若者たちが追って来てくれるような、そんな大人になれているだろうか? 若者たちに恥じることのない、そんな背中をしているだろうか? なにクソ、人生未だ半ばなり。地の物言いをさせていただくならば、「俺自身がまだまだというのに、人に追ってもらおうなど百年早いわ! それを望むに、俺は若すぎる!」と、自分の未熟を笑わせていただきたい。
もしかすると………。
もしかすると総裁、実は貴方も一生懸命に、鬼将軍を演じているだけなのでは………?
いや、それを訊くのは失礼でしかない。それを訊いたところで奴には、「馬鹿者ーーっ!」と怒鳴るしかできないのだから。「わかってくれるか、同志よ。私も孤独と不安を、常に抱えているのだよ」などと、泣き言をホザく選択肢は、奴には存在しないのだから。
「格好いい大人になりたいな」
思わず一人こぼしてしまう。
「あらマミヤ、アンタ充分に格好いいじゃない」
コリンが言ってくれた。
「ありがとう、コリン。だが私などはまだまださ」
本当にありがたいものだ、若者から認められるのは。
だがコリン。
耳まで赤くしてソッポ向いて、私の腰にぺちぺちパンチはやめてくれ。地味に痛いから………。
会場地面がならされ、次の闘いの準備が整った。
彼方より白銀輝夜、此方からは緑柳のじいさんが入場である。
「ひょっひょっひょっ………ようやく会えたのぉ、お嬢ちゃんや」
笑顔がうるさい。
嫌な感じがする。
そして何をしてくれるかわからない、不気味さがある。ジャック先生との一戦では、闘志が凍てつく氷のように固まったが、今回は汚泥のようにドロドロと渦巻いている。
「柔らかいな」
忍者がもらす。
「ジャック先生との一戦じゃあ、ガチガチに殺気立っていたのに。今度の殺気は柔らかい」
それはどういうことか?
「余裕があるんだろうか? ジャック戦を越えたから」
「あのじいさんが、ジャック先生を相手に余裕が無かったと?」
正直、信じられない。
信じられないと思ったが、考えてもみればあの一戦、ガッチガチの真剣勝負でしかなかったのは確か。凶器や隠し武器を駆使しての闘いだった。
刀を温存していると解説したのは、忍者である。温存とは、ここ一番という時に見せる手の内。つまり緑柳じいさんは、長期戦になることを予測していたということになる。
そのじいさんが。
「今日はお手柔らかにたのみますよ」
にこやかに頭をさげた。
白銀輝夜は………動けないのか? ジロリと睨んだままである。対するじいさんは頭を上げると、さっさと自軍に引き上げてきた。
「輝夜! 輝夜! ぼっとしてないで準備しなさい!」
彼方の陣営から声がとぶ。我に返ったように、白銀輝夜も自軍に引き上げる。
開戦の銅鑼が鳴った。
白銀輝夜が駆けてくる。すでに刀は抜いていた。じいさんはゆっくりと振り向く。このままでは間に合わない。
「と、思うだろ?」
忍者の言葉通りかどうか? 白銀輝夜の刃が止まっている。
何故だ?
じいさんの刃が、下から小手を打っているからだ。
「斬らないのね?」
「斬ってないよね?」
「打っただけか?」
私たち三人の疑問が並ぶ。
その疑問に答えるのが、忍者である。
「斬らないさ、打ってもいない。………あのジジイ、遊んでやがるからな」
苦々しい顔であった。