私、突然の幕切れを見る
六人の選手が、彼方と此方に別れる。そうなると彼方はチーム『まほろば』メンバー、此方はその他という具合に別れることになる。
とはいえ、ライヤー夫人以外の二人はカラフルワンダーの蒼魔とじいさん。あまり違和感のない配分となった。
「でも、こうして見るとアレね。決勝戦に三人送り込んだ『まほろば』と、二人送り込んだカラフルワンダー。どちらもハイレベルなギルドだって、よくわかるわ」
コリンが半ば呆れたように言う。
「そうだね、準決勝の顔触れなんて、さらにシャルローネさんと爆炎が入るんだ。ただじゃないよ」
「それを言ったら、マスター。陸奥屋だって準決勝にはジャック先生、忍者さんが入ってるんですよ。これも快挙だと、ボクは思うけど」
アキラはどこか誇らしげだ。そして私たちの戦績と言ったら、アキラという才能におんぶに抱っこというありさま。残念至極というやつだ。
「まあまあ、マミヤ。これは個人戦なんだから、そんなにショゲるんじゃないわよ」
コリン、意外に肝っ玉母さんな一面を見せてくれる。
「アタシたちは全員そろってのマヨウンジャーよ。一人一人が弱くっても、チームワークじゃ負けないわ」
うん、それは個人のレベルが対等な戦いで、発揮されるものだけどね。
そんなこんなで、いよいよ決勝戦開始。まずは魔法部門の闘いである。
此方より、激流の蒼帝・蒼魔が入場。
彼方からは蓑をまとった暗殺者・三条歩が入ってくる。
「どう見る、二人とも?」
アキラとコリンに問いかける。
「まず有利はマタギちゃんよね。ステルスは俄然有効だわ」
「蒼魔さんがそこを押し切るには、やはり位の魔法でしょうね」
「位の魔法?」
偉そうにして魔法を効かせるのはわかる。しかし相手は見えないのだ。位だけではどうにもなるまい。
「効いてないふりをして、相手の動揺を誘うんですよ。そうすればステルスだって、きっと破れます」
なんだか頭の良くない戦法にきこえるが………。
「ちなみにアキラ、その戦法を考えたのは?」
「はい、忍者さんです」
やっぱりそうか。
陸奥屋は、どこまで行っても何をしても、陸奥屋でしかないのだろう。
「納得してないみたいだな、マミヤさん」
忍者が顔を出した。
「それなら賭けようじゃないか、私は蒼魔に賭けるぞ」
「なにか小細工してるんじゃないだろうね? いくら賭けるんだ?」
「一〇〇〇ジンバブエ・ドル」
「それはもうジャック先生がやったネタだ」
とはいうものの、ここで高くベットしないのは小細工してない証拠だ。
「じゃあ私は、マタギの歩ちゃんに賭けよう」
「いくら?」
「一〇〇〇ジンバブエ・ドル」
「ネタを使い回すな」
戦闘開始の銅鑼が鳴る。
両者呪文の詠唱から始まり、三条歩はステルスで姿を消してゆく。
しかし蒼魔が早い。単発弱魔法で三条歩に襲いかかる。
対する三条歩、ステルスを中断してまで弱魔法を回避。蒼魔はさらに弱魔法、弱魔法と繰り返す。なんとかして三条歩の足を止めたい、という考えだ。
三条歩は意外にすばしっこい。というか的が小さいのも影響している。蒼魔の連続魔法をことごとくかわして、そしてついに………。
「やられたわ………」
セコンドのシャルローネさんが、爪を噛んだ。
弱魔法とはいえ、連打に連打を重ねたのだ。
蒼魔の魔力が一時的にゼロになってしまった。
「あ~あ、ここまでか」
アキラは天を仰いだ。
私もこれで三条歩の弾丸が叩き込まれて、試合終了と思った。
しかし三条歩は村田銃を撃つでなし、ステルスを使って姿を消したのである。
「ここで消えるの、歩ちゃん?」
「撃ってしまえば、試合終了だろ?」
私とアキラは立ち上がった。
しかし、「そうじゃないわ」とコリンが制する。
「よく見て、蒼魔の魔力は回復したわ。きっと村田銃を撃つには、それなりに呪文が必要なのよ」
その差は、コンマ何秒の世界だろう。
だがしかし危険は冒さない。トーナメントを勝ち上がってくるというのは、そういうことなのだろう。勝ち抜き戦というのは、ひとつもミスを許されないのだ。
「こうなるともう、三条歩の一人舞台よね」
「なんのまだまだ、ここから踏ん張るのが、勝者の条件だよ」
アキラはまったく勝負をすてていない。これもまた、トーナメントを勝ち上がる人間の条件なのだろう。
蒼魔は腕を組んで仁王立ち。どこからでもかかって来いという姿勢。
ただ、額ににじむ汗が、余裕の無さを物語っている。
「さて三条歩、どう出て来るかな?」
と、忍者。私たちの間に割り込んでくる。
「確実性を重んじたいわね」
コリンが即答。
「じゃあ確実性の定義とは?」
「避けられることがない………けど、鉄砲をステルスで使っているから。そうなると反撃されないっていうのが、定義になるかな?」
アキラが答えた。
「では反撃されないためには?」
忍者の質問は、なおも続く。
「離れた場所から………ではないね。魔法はとばせるから距離は関係が無い。そうなると一撃必中の大ダメージ。これで動きをとめたいかな?」
私は答えた。
「そうなると三条歩は、どこから撃ってくる?」
私たちの答えは同じだった。
三条歩は背後に回ってくる。
「そうなると、三人とも。三条歩を走らせた蒼魔は………」
「歩ちゃんのスピードを知っている!」
「そうなるとどのタイミングで歩ンがポジションに到着するか?」
「まるわかりだわ!」
「さてマミヤさん、歩ンが配置に着くのは?」
「三秒………二………一………今だっ!」
蒼魔が振り向いた。
圧縮された水の塊が、背後に発射される。激流の蒼帝に、迷いは無かった。
が。
銃声。
蒼魔が撃たれた。
背後からではない。
真横からだ。
「………………………………」
もう、言葉も無い。
まさか真横から撃たれるとは。
強力な水魔法は、虚しく試合場のすみで砕け散った。
「………まだですよ、まだまだ」
アキラが歯を喰いしばって言う。瞳がギラギラと輝いていた。
だが、蒼魔は倒れている。かろうじて顔を上げてはいるが、その目は虚ろだ。そして体力は残り少ない。
「だけどアキラ、これじゃあ逆転のしようがないわよ!」
「コリン」
鬼のような眼差しを、アキラは向けてきた。アキラもまた、魔法の師匠蒼魔とともに闘っているのだ。
一戦に入れ込むことに、なんの恥ずかしいことがあろうか。むしろそこまで入れ込むことができることを、喜びとするべきである。アキラの瞳は、そう訴えていた。
その上でアキラは言う。
「コリン、戦闘では時に、あり得ないことが起こるものなんだ。だから絶対に、勝負を諦めちゃいけないんだ!」
「そのとおり」
忍者だ。
毒の笑みを浮かべている。
「戦場では何が起こるかわからない。あり得ないことが起こるし、起きてはならないことが往々にしてあるものだ」
あ~あ~………んっんっ。忍者が発声練習をしている。その声は男まさりでハスキーなものから、少年の心をとろかすような甘いものへと近づいてゆく。
そしてその声が完成したようで、忍者は大きく声を発した。
「歩~~っ、ご飯よ~~っ!」
あ、三条葵の声だ。
「ハイなのですよ~~っ♪」
ステルスを解いて三条歩が走り出て来た。
そう、私たちが陣取る観客席まで。
途端にブザーが鳴る。
蒼魔に旗が上がった。
試合場から逃走したとみなされて、蒼魔の勝利が宣言されたのだ。
女性応援団たちからざわめきが起こり、男性応援団たちはポカンとしている。
場内アナウンスが入った。
「魔法部門決勝戦、三条歩選手の棄権により、蒼魔選手の勝利となりました」
まだ場内は、現実に追いついていない。が、歩ちゃんの「し、しまったなのですよ~~っ!」の叫びで、ようやく状況を把握したようだった。
万歳の声に湧く男ども。
不満をあらわにする女たち。
カラフルワンダーの仲間たちにもみくちゃにされる蒼魔。
がっくりと肩を落とす歩ちゃん。
しかし。
「………私の弁当だ、食べな」
忍者が握り飯を差し出した。
そして歩ちゃんにも、ようやく笑顔がよみがえる。