私、リップ・バン・ウィンクルの話を聞きそこなう
ライヤー夫人有利。
しかしこの状況にも関わらず、夫人は畳み掛けようとはしない。
謝々ポーズの中国服だが、その広い袖口から何か取り出す。
拳銃だ。
輪胴式、いわゆるリボルバー拳銃というやつだ。
しかし見たところ、私の想い描く輪胴式拳銃とは、デザインが違う。「………コルト社製、竜騎兵銃だな? 西部劇に出てくる銃だ」
忍者は重い口を開いた。
「そう、コルト竜騎兵銃。荒野をのし歩いた銃のひとつよ」
「その銃と忍者、どう関係あるのさ」
「この銃はね、レアアイテムをお姉さんがかっぱら………ゲットしてきて、お嬢のためにカスタマイズした一品なのよ?」
「私のために?」
「そう、お嬢のためによ」
ドロボウ祭りのときに忍者は、ライヤー夫人を知り合いというように言っていた気がする。しかし今現在、二人のやりとりを見ていると、その仲はただ事ならぬものに見える。
「すると姐さん、その銃で私に撃って欲しいってのかい!」
「有り体に言うと、そういうことになるわね」
「じゃあまず、姐さんが撃ってみな」
疑っているのか、美人を? なんて心の狭い忍者だろう。たとえ騙されたとしてもそれが美人であるならば、本望というものであろうに。
私の思いが通じたか、陸奥屋一党ならびにカラフルワンダーの男性陣は、腕を組んで一様にうなずいていた。
ただ一人、鬼将軍だけがうなずいていない。
そこで私は言い換えた。
「騙されたとしても、愛くるしい幼女なら許せるよね?」
感涙、滝のごとし。鬼将軍はモーレツにうなずいた。
「それじゃあ、お嬢。………撃つわよ?」
「あぁ、やってみろ」
ライヤー夫人は天井に銃口をむける。
「………やっぱりお嬢が撃ってみない?」
「やっぱり何か仕掛けがあるんだろ、その銃!」
「ねぇ、ちょっと撃ってみてよ。ホラ、先っちょだけでいいから。優しくするから、痛くしないから」
「お前は焦り気味の中学生か! 自分で撃ちやがれ、自分でっ!」
「ダメよダメダメ、この銃は最初に引き金を引いた人間を、主と認識するんだから!」
「けったいなカスタムしてんじゃねーよ!」
揉み合いになった。
こういった場面では普通、銃の奪い合いになるものだが、この二人は銃の押しつけあいをしている。まあ、ウチの忍者とライヤー夫人という二人だ。おかしな場面になったところで、不思議は無いというものだ。
揉み合いの中、天井にむかって銃が暴発した。
「きゃあぁぁあ」
間抜けな悲鳴とともに、忍者装束の天狗が墜落してきた。
今度は地面にむかって暴発。
「ばびろにあっ!」
何故かその場を通りかかったウチのたぬきに命中。たぬきはショックで飛び上がり、「………まだがすかるっ!」と地に伏した。
二匹の尊い犠牲である。
そしてその引き金をひいたのは………。
「あ~あ、お嬢………。私に撃たせちゃったわねぇ………」
ライヤー夫人であった。
「お前、ウチの天狗とたぬきを射殺しておいて、よく平然としてられるな」
「心配ないわよ、お嬢。闘技場での出来事なんだから、死んだりしないわ。すぐに復活するわよ」
ライヤー夫人は天狗の亡骸を、仰向けにひっくり返す。
「あぁ、いずみさん………。貴女の可愛い天狗は、もうダメです。せめて今生のお別れに、甘い口づけを………」
そんな天狗に、忍者の毒針殺法エルボードロップ。天狗は死んだ。
ライヤー夫人、今度はたぬきの相手をする。
「あぁ、あぁ………御主人様。貴方の甘い口づけさえあれば、たぬきはいつでも蘇るものを………きすみー・だーりんぷりーず………」
とりあえず係員がたぬきを回収、私のもとに運んできた。だから私はエルボードロップ。たぬきは死んだ。
「ということで、お嬢。なんにも仕掛けがないことは、証明できたわよね?」
「いや、おかしいから! 指環の中にいたはずの二匹が、試合場にいるのがおかしいから!」
「言われてみればおかしいわね? 魔性の銃の力かしら?」
「力かしらって姐さん! あんたがカスタムした鉄砲だべさ!」
忍者、地の言葉が出てるぞ?
だがしかし、魔性の力で天狗やたぬきが試合場に召喚されたことなど、序章に過ぎなかった。
「あっ! 忍者さん!」
ユキさんが立ち上がった。
「忍者さん、体力ゲージを確認してくださいっ!」
「体力ゲージ?」
頭上のゲージを確認した忍者が、あっと叫ぶ。
「なんで半分近く、体力が減っとんじゃーーっ!」
そう、正しくは三分の一。忍者の体力が減っていた。
ライヤー夫人は、こちらもまた魔性の微笑みを浮かべている。
「お嬢、この銃は六連発。撃った弾は二発。そして失われたお嬢の体力は、三分の一。………この意味がわかるかしら?」
「………姐さん、手前ぇ」
「そう、この銃はお嬢の体力を消費して、弾を撃ち出しているの」
「その魔性の銃を手離しやがれ、真田ーーっ!」
「真田って誰のことかしら、お嬢?」
さらに三発、ライヤー夫人は発砲。残りは一発だ。
「………ねぇ、お嬢。リップ・バン・ウィンクルの話、知ってるかしら? リップ・バン・ウィンクル………」
ライヤー夫人は弾倉をカラカラと回し、そこから忍者にねらいをつけて、無造作に引き金をひいた。そこの弾はすでに発射済み。乾いた音が響いた。
「リップ・バン・ウィンクルがね、お嬢………森に狩りに出掛けたのよ」
「………森に、狩りに?」
「そう、こいつでオシマイって酒だ」
銃声。
忍者の敗北が決定した。
しかし、リップ・バン・ウィンクルの話は、そうじゃない。つーか省略しすぎだろ。
映画『野獣死すべし』では、そこが最高に盛り上がる場面なんだから、もっと丁寧に再現してもらいたかったのだが………。
すると、私の肩を叩く者がいた。
ここまで読んでくださった方々には、もうお馴染みの場面である。
振り向くと、やっぱり『したり顔』のたぬきがいた。わかっております、わかっておりますわよ、御主人様。という顔だ。
そして、さっき死んだはずのたぬきは、うなずきながらこう言った。
「著作権。なにごとも著作権ですよ、御主人様」
ライヤー夫人、このたぬきもう一発撃ってもらえませんでしょうか?